71、―畏怖―贈り物
ライズとジグルの記憶と魂、他の世界線との交差点。
畏怖の世界観ジパンは、設定上、日本的に。
ライトオブホールが膨張、ダークオブホールが分解。
”ギュウウゥ―――ン”
「大空が見えて来る。いい色だ」
――異歴265年2月、若城商店街
ここは何処だと言わんばかりの殺風景な商店街だ。勿論ラーメン屋などの洲杯流国の料理店、ジパンで有名な恵駆SUPERI本店のほか、阿日本国のチェーン店が並ぶ。だがこの人の少なさ。
今の人口減少対策計画には人工生命体が起用されようとしているが、それは意志を持つのだろうかと思うのだ。この骨董店も同じく一軒だけ古びているのでは、いずれひとつの大型店舗へ吸収されるか廃業するか。
「・・・骨董屋らいず?」
「あれ?臣子先生じゃあないですか・・・お久しぶりです」
「はて・・・、あなたは私の知り合いで?」
「ああ、いえ。新聞で“新機軸なる頂き”という記事を読んで、そこへ写真が・・・」
「ファンでしょうか?だが今や私は66歳の只の老人。あまり有名ではなく・・・」
「いえ、とにかく入って見てください。外は寒いでしょうから」
骨董屋らいずの店主から誘われるがままに中へと足を運んだ。そこには古い玩具や写真集、著書、円形の音楽集などが棚に置かれていた。もし彼が生きていたら手に取るだろう。そう思い出にふけると、ひとつの懐かしい本に出遭うのだった。
「うん?コレは・・・」
昔、孝弘の父が読んでいた“文明哲学者ダ・ジィン”の著書である。最古の世界は光と闇が同じものだと語る。その世界での生まれ変りが友となり、光を抑え、闇を使役するとそこへ虹がかかる。その虹が地平線を照らす頃に全てが終わり、友が離れるとようやく魂の変容が始まる。
それ等は生命の頂へとようやく地に足を着けてゆき各々の痕跡を残すのだろう――あの海岸で、孝弘からその内容を聞かされた事もあった。
「ああ・・・それはね、オレの生前に、一人の少年がここの店主、父へ売ったと聞いた覚えがありましてね、何だかその時の青年の目が光っていた様にも見えたんだそうですよ」
「目が・・・光って、いた・・・と」
「ええ。何だかね、少年は“海に落ちる光の束が一気に海を干上がらせた”と聞いていたらしく、その翌朝のニュースでほんとうに海が一部干上がっていて魚も漂流物さえも無かった報道のことをよく、父から聞かされていましたよ。なんとかバーストと言っていましてね、もしかすると先生もその話、知っているのでは?」
それは俺が16歳の頃に体験したライト・オブ・ホールよりも強いバースト現象というモノだ。研究して分かったのは宇宙線が未確認反射物質を通り抜け他の星から放たれる生命線を合接されてあの時の様に父の体が変容し、事故へ至ったようにこのジパンの大地をも光で飲み込むのだろう。
それを更に収束させたものがライト・オブ・バースト・Es(エース=極小)だと思われる研究成果も実は発表済みなのだ。
「よかったら、それ差し上げますよ?」
「はて?私にはこの骨董屋が潰れるなどと思いませんが?」
「いえ、もう父もそれに巻き込まれて蒸発したらしく、ここの商店街を見れば父が生きていても店を閉める事でしょう。だからオレの代で店を閉めるんですけどね!」
「じゃあ、お言葉に甘えて頂いておきますかな・・・」
「あ・・・、オレは横高雷頭と言います。もしよかったらあと3週間で閉店しますんで、また立ち寄られても構いませんよ。その本、役立てるといいですね」
“なぁ、友よ。お前にその本やるよ。いつか役立てると思うから!”
――う―・・ぐ―ぁ、くぅ!ありが―とう―
「え?どうかされたんですか・・・?」
「あ・・・いや、その感傷に浸ってしまい、すまない」
「あ、まぁ多分、その本はあなたの宝物となるでしょうね。譲ってよかったです!」
「い―、いいの―かい?せめて代金だけでも―・・・ゴソゴソ」
「いいですって。さてと、また何時か・・・会えるといいですね―ッ!」
店主は『またのご来店を』と言って俺を見送ってくれた。かつて孝弘が持っていたであろう本を家に持ち帰ると自室で彼の形見のようにひとつひとつページをめくり読んでいた。それに彼の墓地から俺が戻るとなぜだか妻、佳津江の機嫌が良くて元気になっていたのも不思議だった。
娘の道代も孫の亞里亞も俺を見るなり優しく接してくれた。これも孝弘とおじさんとの再会と喜ぶべきことで、ほんとうに年を取ったものだと感じ取るのだった。
――研究ラボ
“ドンドンドンガシッ、ドッガァ――ッン”
―おぎゃぁ、あぶぅ、ばびゅううう――・・・あ!
「あなたはいい年して、どうして暴れるの?警察呼ぶわよぉ!」
―ねぇねぇ、ボクの絵本おもしろいでしょう?―ズビッ
「なんだぁコイツは~この本そんな面白いワケぇ~~?そぅッらぁ“ポイ―、ボチャッ”」
―え?どこに居たのかって?それはねぇ~~コレ!―ズイ・・・
「なぁ、兄ちゃん、悪いことは言わねぇからこの人形で試してくれないか?」
―これねぇ、グチョ・・・ボクのとっておきの宝物なんだよぉ~教えてほしい?
「どうしたんだ?もう終わりかぁ~俺達は終わっちゃいねぇんだッよ!“ゴッ、ドス”」
―いやだよぉ~、もう少し大人になってから遊ぶんだぁい―ジュル、グジュ
「おい、こりゃ重症だ・・・頭が半分割れている。人工手術は彼しか出来ない・・・」
―あ!そっかぁ、ブシュッ、ボクのお話ききたいんだね――ぇ?
「なぁ、頼むよォ~!そんな事言わないで助けてくれよォォ、昔の事は――“ズボッ”」
―じゃぁ、――と――い――で、ほ――し――な?
「ふはははぁ~~いい魂が採れたんだぁ!キミも味わってくれたまえよォ?」
―ボクと約束して思い出作りをホンキで作ってほしいんだぁ。むりかなぁ~?
「構わないよ。その代わりと言ってはなんだけど・・・コレくらいでどう?」
―ほ、ほんとうにッ!?グアァ~そのかわりぃ、ズビッ―いくらいるのぉ~~??
「そうだね。では君は今から彼女の母体となってくれよ」
“ブシュ、ドス―、フキフキ―・・・ハラッ・・・ドクドクドク・・・”
「では、ご機嫌よう――“カ―、カ―ツ、カツ―ッ”」
―――ほんとうに、大人の世界は楽しみが小さいんだね―――
大人が子供に戻る頃を理解しているだろ?
鍵が飛び出たような穴が在るんだ。
そこへ自ら扉を開けようと、身を乗り出してみろ。
きっと大空へと向かえる道標が現れてくる。
積み木を思い出せよ。
――異歴269年8月
俺はもう70歳の杖を突いた老人だ。亞里亞も時が過ぎると16歳、早いものだ。この時期は両親の命日。二人の眠る墓へと家族と向かうのだった。それはなんと儚くも愚かで優しき事だろうと思えば墓へ着くなり顔中涙と鼻水、唾液にまみれ泣いてしまっていたのだった。
そのような非礼を俺の両親と、未知雄、そして唯一の友で理解者だった孝弘の前でするのも訳あってのことだ。
俺は言葉なく“どうか赦してほしい、俺は皆に謝りたいのだから”と墓前で伝えていた。
“う・・・ひぐっ、うぅ・・・あふ・・・ぉ、おお・・・”
“どうしたのでしょう、お義父さんずっとあの調子ですよ。大丈夫かしら?”
“あのお爺ィが、お墓に立ったまま泣いているとか。う~ん、訳アリだわぁ”
“母さん、もしかしてあの事故と関係あるのではないの?アレは時を止めると”
“はぁ~。彌汲リプラさんから聞いた話だと“自ら犯したであろう罪がある”などと謝りに来たんじゃない?あの人も年ですから恐らく涙腺が緩んでいるのね。全く仕方のない人よ“
“少し、様子見がてら僕達で声を掛けてあげませんか?住職さんも困っていますし”
“分かったわ。そうしてあげましょう。道彦さん、彼等の魂と会えるといいわね”
―――――俺は罪を受入れた。
だが目の前にあるのは両親と息子、未知雄の眠る墓。それを見ると、つい、本音が出てゆくのを感じざるを得ないで居る。本当は甘やかされたかった。だが、あなたは決して生き返ることすら叶わない。時としてそれ等想いは自らを追い込むこだと思うと涙が止まらない。
研究の最中に光の束を通して見ることの出来る死後の魂たち。俺の発明した人工生命体を以ってその魂を移してでも彼等を蘇らせる為なら俺は最善を尽くしていたに違いない。たとえそれが罪だったとしても構わない。
「う“、え、ぐずっ・・・え”・・・」
――このような形であれど“だからこそ会いたい”と願うのだ。あの16歳の頃のように。そして俺さえ居なければ『この様な悲劇は起きなかった』と懺悔したかった。それでも己が罪を赦してくれまいか、いずれこの墓へその身を置くのだから、と――。
「お“父ざん俺、ま”だ墓参り”に“ぎだよぉ・・・え”、えぐ、あ・・・ぐ」
「道彦さん?あなた一体・・・どうしたというの?」え“、ぐじゅ、え、え・・・
「父さん。きっと彼等も満足したの。きっと!」お“母ざん”・・・え“ぐ、ぇ”
「お義父さん?あの、んと何か・・・あったんです?」あ“う”ぅ、じゅる・・・お“っ
「お爺ィ~寒いの?あ、それとも浮気がバレた!」う“、ァ”、お”父ざァ“ァ”――ん“
「ぐじゅ―、えぐ―、え、げぼっ・・・お、俺が居だぜいでみ“ん”な“死ん“だぁ”~~」
「でもお義父さんは、人工生命体が実用できて良かった!そうでしょう?」
「父さん、魂移しは成功し、ライト・オブ・ホールは安定。これ以上に無い成果だったのよ?それに付け加えて言うなら擬似的にも人を幸せにする事さえ叶っているのに」
――《そう、あれがライト・オブ・ホール。俺が発明したんだ!父さんも見てくれるかな?いや、きっと見てくれているさ。闇の災厄だって終わったんだからな!な?お前も見ていたんだろう?唯一無二の親友よ!》――
「取返じの“付がな”い“事を”!え“、ぐじょ、だだ抱い“でぼじぐで~ッ」
「お爺ィさ、ひい爺ィひい婆ァ叔父さんは“ここに立っている”んだけど?」
――《ははっ、父さん見てくれ!これで宇宙移民計画が出来そうなんだ。既に人工生命体の開発は量産化へと向かっている。良好さ。孝弘さえ居てくれればいいのに・・・ん?雨か・・・詫びを入れなければ・・・》――
「あ“の”事故ばずべで俺の“意志が呼ん”だん“だよ”~!だがら“ッ“頼む”がら“―――」
「あなたのせいじゃないの。道彦さん、彼等は選ばれたのよ、きっとね!」
――そう、
彼等は望んでいた訳じゃない。
“選ばれた”のだ。
そこで気が付いていたなら俺は『取り返しのつかない事をしていたのだ』と思い出せた筈。そこから人体実験を繰返し魂の変換技術を身に付けた俺は、ようやく人工生命体を試作することも出来た。それが認められ量産化が計られると、今度は自動生成と変換可能な新技術が搭載された。
永い道が放たれる。その時の感動は道標と同じか。
これはもはや機械技術で俺の志す生命ではなくなっていた。俺の目指した生体学は両親を生き返らせる事だけを望んできたのに過ぎなかったのだ。それなのにあの事故の原因となった人工型ライト・オブ・ホールをも開発してしまい、闇の災厄まで引き起こすなど予想だに付かなかったと誰が答えてくれたのか。
その旅に向こうに在るものは灯か。強い光を放っている。
お陰で俺は大切な友さえも失ってしまった。確かにリグのように救えた命もあったが、もしも俺が生命体について研究者としての実績と経験を持たなければ両親と親友、未知雄、そして『ともだち』という名の命を奪う事など無かった筈だと後悔している。
もう、安全装置をフリーにしても問題無いだろう。
俺の導きだした“核融合生命体”などという過ちさえも拭い切れずこの先どう生きろというのだ。墓石は答えてはくれない。
辿り着く場所にも、生命を吹き込まなければ。
俺は死んだ者からずっと愛撫して貰いたくて生きていた。自然も空の遥か先にある星さえも答えてはくれない。だからあまねく魂よどうか俺の元に、どうか――!
―――――帰っで来でぐでええ――――
“ポツ―”
“ポトン、ポッ―”
“ポチャ、ポッ、フワッ―――”
――ねぇ、コレ何ぃ?
「ねぇ、お爺ィ、コレでしょう?紫羅と緒錬の色のコレ」
「ぐすっ・・・んえ?亞里亞・・・ビイィ~、お前もしかして・・・ズル」
「ずっとお爺ィの頭撫でて、背中もさすって“名前の由来を以って導くのだ”って教えてるんだけど?う~んと、とにかくしっかりやれ、とか泣いても歩けとか・・・だそうです」
―――道彦、お前の名前はね、まずは歩くことから始める事を示しているんだよ。
「え?名ま・・・ぇ・・・しっかりと歩け?」
―――『未知なる太陽が地平線を灯す』だと。父さん俺も余命6カ月・・・なら魂は?
「未知なる、灯、太陽、光、線、生命・・・魂とは」
―――臣子君、灯は太陽の光を真似たものだ。つまり導線を介した生命とも言うべきか。
「線を真似る・・・―はっ!・・・いかんっ、忘れていた・・・」
亞里亞には見えていたのだ。あの魂の記憶、意志と俺が核融合生命体の事まで・・・。
ROH知能、DOH生命素粒子を掛け合わせた特殊な人工生命体ALIR-アリア―。究極にも等しい新たなる『贈り物』だと。
“お前さえ居れば”と俺の念願の道標、才徳、想いがようやく完成を迎えられる展望を感じ取れ、このALIRさえ傍に居てくれればよい案が浮かぶことも確認したくなった。
「亞里亞、お前も16歳だ。私と“遥か外”まで見てみたくはないか?」
「ん?遥か―外・・・何よぉ~まさか・・・“ボケた”とか?」
「そう、私は“ボケた”のだ!だから泣いたッ・・・―クスッ」
その後、俺はALIRの研究データーを基に“合同研究施設モノゴトリー”を設立させた。それでも宇宙移民計画は未だに研究段階だ。それに魂を移した完全なる人の形など在るのだろうか。
そのような謎を掲げて尚、80歳を超えて非核融合生命体、ALIRの量産テストを行った。既にあの子は26歳となり3児の親となっている。その案は新しい礎となった。
「ひぃ爺ィ言うよ~?ヨーイ――」
「分かった・・・オホン、よ~い――」
その後、俺の魂は変容を遂げた。亞里亞は非核融合生命体の母体となった影響により臓器が破裂し一部が機械生命体となって蘇った。だが余りにもはやくに寿命を迎えてゆく生命の宿命故にあの子は孤独な日々を送っていたという。
あの“跳び言葉が呪い言葉となった理由”はソレ故の事だろう。そして俺の魂の変容が始まると共に闇の世界線ダス・ダ―ネスが創られていた。その超自然帯の大地が俺自身の魂である“闇”だとは見通せなかったという。
俺が“眩き闇の魂”だとも知らず。それでも亞里亞はただ独り言葉を呟いていたのだ。
数百年もの時を超えて――――
――モノゴトリー協会、研究監査室
「すまんな、実は彼が危険生物だと知ったのはつい7日と5時間前からで」
「なるほど、では傭員を配置しなくてはならん・・・それで?」
「この画像を見る限りどうやら幼児化が進んでいてな、彼じゃないようなのだ」
「これは・・・自らを傷付けている、まるで数十人の言葉を発している様に」
「しかも研究ラボとは連絡が取れない。コレを見る限り、壊滅したか・・・」
「それで、彼女の処置は済ませてあるのだな?」
「うん―・・・あまり気乗りはしないだろうが・・・仕方ない」
―――この救世主に頼んでおこう。
そう、コイツがインシュビ―・・・覚悟しておこう・・・
是非、よい『贈り物』を届けてあげなくてはね・・・。




