目標というもの
“ウイィ――・・・ン、ガタンッ”
俺も含め皆様々な事情がありここの現場へ働きにやってきている事をまた意識している。
その現場で俺はこの日も何となく感覚的にやり過ごしているし、皆もきっとそのつもりで働いていることだろう。今は7日目の時が経っていて記憶することにもまだ慣れていない。それから暑い。暑いが汗を拭きそれを絞りまたレバーを操作する。
―――よし、遊びと手加減がいい感じだ・・・
今は焦るな――俺ッ!
その最中、“ズズー、タン、ズズー・・・、タン”と何か引き摺る音がする。
「あんた!おーい!!」
「はい!!」
「クレーン車から降りて!!」
「降りる!?」
「そうそう!!あの機材取ってきてくれないかーっ!!?」
「はい!!!」
皆、普段あまり話すこともしないが、ここの現場は広くて機械や資材の衝突音など体に響くほどの音がする。だから大声で合図をしているほうが日常的だった。この仕事が終わったからと言って飲み会などはなく挨拶でお互いを確認していたりする。この現場の全員が男性だから異質的な違和感までは余りないかな。別の施設にはもちろん女性も交じっているが、主に書類上のことや食事関連で働いていて、中には交際している人も居るようだ。
俺も“どこかの店で女性と出逢えたなら”きっと広い地平線の見える場所で過ごしているかも知れない。もし彼女の名前を呼ぶなら、きっと“あの名前”が気に入る事だろう。
「すまないねぇ――、ウォーター・ドリル持ってきてくれて!」
「いえ!それが無ければグレイロー(灰色岩)が彫れないでしょうからァ」
グレイローはとても硬い。人工石の支柱を設置するにはそこへ四角形の穴を開けなければ工事は進められない。だから高水圧射出型のウォーター・ドリルで削るのだ。勿論クレーン車も試作アーム・ロボットでの運搬作業も遅れが出てしまう。そこはワイヤーで資材を流すように運ぶ。グレイローの骨組みが建てば木材、金属、内装の順に形が見えてくるだろう。だが俺も彼等にもここへ何が建設されてゆくのか未だ教えられなかった。
「なァ!ここには何が建つ予定なんだっけぇ!?」
「設計図によると、学園を建てると書いてあるぞッ!」
「学園?これがかッ!どう見ても楕円形にしか見えないよォ」
そこへ現場指導員が駆け寄り何が建つのかを教える。そうしなければ記憶の無い俺達の事だから設計図を見ていても何かピンと来なくて工事を続ける意識が途絶える事もあるから野暮ったい話も織り交ぜられると状況も飲み込める。例えば自分の住処が変わるとか家族も住めるとか目的があればそれを日誌にすれば彼等にも希望が湧くのかも知れない。
「ここはだな、モノゴトリー学園と呼ばれると言うぞォ。それにここはあんた達がいずれ学問を習うための空間も設置されるとのことだ!」
「え?それって家族も呼べるってことですかッ?」
「家族だと?そうじゃない、別の施設から送られてくる同級生のことだ!あんた達は今、工事現場での作法を学ぶに留まっているのだよォ?それなら頭の方にも学ぶべき歴史や文明を入れなければいかん!記憶がないからと言って焦ってはならんのだ!!だから家族との同居はいずれまた協会で議論される事だろう!楽しみにしておけよォ!?」
「あァ~~~、まだ家族と暮らせないのか――――ッ」
豪快な声に紛れる彼等の悲痛な声。折角記憶を取り戻すために工事現場でリハビリテーションの一環として力を振り絞っているのだが、このモノゴトリー協会の総合施設の意味を成すための行事が随時追加されてゆくらしい。学習するだけでは患者の身体記憶能力がデーターに残せず次の課題を設けられない。仮に学習できたとしても現時点では視覚的情報には程遠いだろう。俺もそうだがナンバーネームである彼等の意識を果たして掴んでいるのだろうか。いろいろと模索すること何か希望が見えるといい。例えば使命とか――。
「おい、そこのあんたァ!」
「あ、はい・・・俺でしょうか・・・?」
「そう、今クレーン車から降りているあんただ。今、妙な顔をしていたな。まだ新人なのにこの現場にある事を疑っている様だが、何か見えるというのか?」
「えっとォ、施設を広げ過ぎると・・・このドーム状の壁に収まらないんじゃないかと思って・・・、それでつい目を疑う設計のモノまで作られるというのは、ちょっと記憶を取り戻すのと目的が違うんじゃないかな、って・・・」
「ふむ・・・、それはそう。あんた、結構いい目をしてるんだなァ!そうだよ、こんな狭いドーム状に無理矢理設備投資なんてしていたら外にはみ出てしまう――。問題はそこじゃない。人はどうするんだろうなァ!?私はモノゴトリー協会のみに人がそれほど収容されていないと思うのだが、あんたとそこのあんたはどうかねぇ?」
一人は『設計図によれば地下にも設備が必要』と答える。
もう一人は『設計段階であればまず食材などの分担貯蔵庫を開発すべき』と指摘。
まず、重機をロボット型に変える方が体の負担が少ないと俺は現場指導員へ意見する。
「確かにこの設計図には無理がある。それに食料だって地上の数万倍必要になるから牧場や畑に水路が幾通りも設置しなけりゃならん。それからロボットは既に開発しているよ。恐らく3年から5年の工事となる。そうなる前に現段階で負担のある者、不便を感じている者はモノゴトリー協会へのアンケートが出来るから記憶のある内に書いておきなさい。私から監督へそのまま伝えられるよう意見を入力しておくよ!」
皆、本当に大丈夫かと言葉に出しそうになる。それを敢えて引っ込めてその学園に対する提案を次々と書き出す。そうしないとその場限りの食事だって入った気がしないだろう。
お互いをナンバーネームで呼び合うと運ばれデーターを採取される。それはとても悲しい事だ。なぜそこまでしないと彼等は開放されないのだろう。地平線は何を求めるのか。
―――それ等は、闇の世界線の最中で起きている事なのだから。




