女としての意地(プライド)
私は今ライズを連れている。彼は口を閉ざしまるで子供の様に付いてくる。
それは当然だろう。いきなり研究所で働けなどと言われたらあまり乗り気になれないのだから。それにあのダリングという人物は誰なのか未だ正体不明。以前の私を知っているとか、ライズを危険な目に合わせないようにとか気配りまでするよう告げてくる。まさかミイネン博士が裏切るなんて事はないと思うのだけど、一応は“警戒するべき”と意識の奥底が判断を下す。私にもライズの様に薬を飲んでいないので“記憶も確か”だと信じたい。
―――“メイズ・アン・ファッショナー”
「着いたわ。ライズ」
「うん。デイジーあのさ、一応だけどあまり店長を刺激しない方がいいと思う」
「あ・・・うん、そうよね・・・」
「あのさ、考え事もいいけどさ一応、俺も仕事を失うし今後の事を考えてはいるんだよ。モノゴトリー協会から出た時の事をさ・・・それで君に話があってね?」
「う~ん?・・・ごめん何を言っているのか~。とにかく良い返事を貰えるよう祈るね」
ミイネン博士は“任せるよ”とは言ってきたのだけど、今の私じゃどうする事も出来なくてライズをこのままモノゴトリー協会の中で実験させる訳にはいかないし、何かの記憶の干渉があれば何時ものライト・オブ・ホールの現象だろうとか話されるだろう。だけど私もあまり快く感じられる状態じゃない。私にも生活があるからある程度モノゴトリー協会の様子と距離を置いて見るほうが無難かも知れない。
「デイジー、足が止まっているよ?君から店長へ挨拶するんだろう?」
「ええ、そうね。店長に挨拶しなくちゃ!」
そういえば、“ドレスミー”が怒っていた事なのだけどあの時の私は意地を張っていた。それは当然、モノゴトリー協会に従わなければ私もビードもすべて処分されると決まっている。あの実験を思い出す度にその恐怖を刷り込まれてきた。でももしこれ以上の実験で記憶を取り戻そうとすると他のナンバーネームとなった患者も暴れて事故をして怪我をするという二次的な不幸が起きる事は明確。仮にそれで入院したとしても医療班や研究班による実験に落とされて新たな生命体を産むという意味で称賛されるでしょう。でもそうなるとナンバーネームの生命が素材となるので廃棄処分されるし、事と次第では母体も必要と言われ私も恐らくその一部になるに違いない。一体どうすればこの様な状況から逃げられるのだろうか。
「いらっしゃいませ、ライズさん――それから、常連のデイジーさんですね?」
「ドレスミー店長、突然すみません。俺、どうやら今日までのようで・・・」
「こんにちは、店長さん。その節はどうも。私あのとき気が動転していて・・・お蔭様でスッキリしました。今回はその件じゃなくて・・・ライズの事でお願いがあります」
「そうですか。私もあの時は丁度“ディスパー(邪魔者)”にストレスを感じていたのです」
「・・・ディスパー?・・・」
“ディスパー”というのはナンバーネームが実験の際に何かに憑依した形を取る姿勢とこのモノゴトリー協会では一般的に言われている。少し分かりにくいけど彼女から何等かの力を感じてしまう。ダリングの言う恐らくは“ライト・オブ・ホールに干渉した場合に変容を遂げる”というモノであれば他の被検体にも意識障害、植物人間、死亡というケースがあるけども何がそう変容するのかディスパーについては研究段階では未解決となっている。
「そう、ディスパーです。貴女に取り憑いた“欲望”かしらね」
「何です、欲望というのは?俺にも給料が届けば自分を磨きたい~とかデイジー達と食事に行きたい~とか色々したい事がありますけど・・・、そういう事じゃないんですか?」
「ライズ、ドレスミーさんの言う“欲望”はここでは次世代へ続く階段を示すのよ。私もその一人だし息子のビードに生きてほしくて被検体の実験に仕方なく・・・」
「――そうですね。ナンバーネームと言えど寿命があるので欲望は生きている内に叶えるのが人という生命なのです。貴女は子供を産みました。それで生活を支えるために働いています。ですが―――記憶はどの様に伝えているのでしょうね」
“私にも以前の記憶など無い。一体どこから来て今に至るのか教えてほしい”と私の記憶はそう訴えている。でも意識体の更に脳梁区域からはどの様に発信されていたのか・・・。
「貴女、ライズさんをまた騙すというの?もしかして―――、人工生命体について何か分かったのでは?あの博士なら彼を再び使えるような実験素体として起用するでしょうね。それとモノゴトリー協会から脅迫されているのではないの?」
その通りだ。私は結局彼の人生を壊している。そうでもしなければ逃げられないからだ。でももう一人の私はこうも言っている。ライズを実験しないで場合は彼に眠る“王たる力”を呼び覚ます事で“新たな世界を突き動かす原動力になる”かも知れないと。
―――じゃあ私は結局、邪魔者なの?
「とにかく、モノゴトリー協会の総主からラウン・リジシーという研究施設でライズを勤務させるよう指令が下っているので、今日を以ってライズはメイズ・アン・ファッショナーを辞職させる形とさせて頂きたくてドレスミー店長へそのお願いに上がりました!」
「ライズさん、貴方は本当にこれでいいのですね?彼女へ付いて行くという事は今後から研究所の外へ出られず延々と実験と研究を受けて前回の様に壊れ、やがて生きる事すら見失うのですよ?貴方自身から辞めるというなら私は何も言いませんが、そのデイジーさんの独断で辞めさせるというなら私はその話を阻止しますが―――如何でしょうね?」
恐らく彼女ドレスミーは全力で私を阻止するつもりだろう。何かそういう力を感じるのにどこか優しく抱擁的にも感じられる。もし、阻止されずにラウン・リジシーへ彼ライズを連れて行けば後戻りはできないだろう。それに“変容”があるならここの世界も只では済まない。もし今の私にとってのディスパーであるドレスミーが止めてくれたら・・・?
「もし私ドレスミーが止めてくれたら。その様に思うのならモノゴトリー協会から出て行く事です。そうすればライズさんは何ら犠牲になる事もなく自身の道を歩むでしょう」
「あくまで・・・消えろと仰るのでしょうが、そうはいかないわ・・・」
「ライズさんを犠牲にするためにお仕事を辞めさせるのでしょう?お子さんはどうするのですか?たとえモノゴトリー協会から指令が下ったとしても先に動けないのでしょうに」
「デイジー、君は俺の事を見捨てる為にビードとここで暮らしたかったのか?」
「・・・いえ、あなたを犠牲になんかさせたりしないわ。それにドレスミーさんだってライト・オブ・ホールに何か疑念を抱いているんでしょう?」
「私は疑念など一切捨てているのです。それよりも“デイジー”。貴女があくまで意地を張るというのなら――私も覚悟があるわ?デイジーは仮に死ぬ覚悟はあるの?私はあるわ。大事な人を失うくらいなら私は自らライト・オブ・ホールの実験を受けます―――」
何が覚悟だ。そう言いつつライズの顔を窺うのだろう?彼女は何か関係を持って居るような素振りを見せるがそんな事はどうでもいい。そういう人物に限って覚悟なんて無い筈だと私は覚えているし“あの子”の覚悟に比べたら私は教育者として失格だと責めてきた。
―――ああ、―――イライラする。何故こんなにも記憶が冴えるのだろうか驚きだ。
「ふん、じゃあその覚悟に免じて私はライズを連れて行くわ。それにあなたと一緒に居るといつ彼が私の魅力も知らずに寝取られるのか分からないものね!」
「なるほど。貴女自身ではよく分からない何かの奥底に眠る記憶へと縛られているのね。例えば何かの王女だったとか、例えば身売りだったとか、何処からかの魂を宿していたとか――、それは犠牲にしないと約束できる者の意志として女としてもどうかしら?――いいわ。私がライズさんを頂くのも悪くないわね―――、ライズさん?」
「ド・・・ドレスミー店長ォォ~~?」
「今すぐに貴方から彼女のようなディスパーの傍を離れてしまっては如何かしら?私ドレスミーはこれからも貴方のパートナーとなってもいいのですよね―――」
――あ!
何かを試すようなその高貴な態度はどこかで見た事があるのだが、誰だったのだろう。まさか女神?貴族?変容を遂げて服屋の店長、ここまで品性を保てるのならあり得る話だ。
「あのぅ、ドレスミー店長って推定56歳だったでしょう?肉体年齢は49歳で・・・」
「ライズさん、女性は年齢では判別できないの。だから貴方は彼女に相応しくないの」
「それって、私が老けているからライズは年相応の人と付き合えと言っています?」
「そうね。“一応”女だし彼の目の動きからして戸惑いが多すぎるわ。若い子なら自ら手取り足取り教えられるもの。デイジー貴女は彼から何も教えて貰っていないでしょう?」
(この人・・・本当に推定年齢と肉体年齢よりも遥かに凌ぐ色気が出ている。言えば言うほど私を飲み込んでゆく・・・一体この人は何者なの?どこにも属していない様に感じられた・・・まるで親子?それとも姉・・・の・・・よう・・・な・・・?)
私はたじたじと自称天使と示す彼女のことを恐れている。それは年齢にそぐわない美貌と品性、他にも沢山持っているようだ。私をディスパーと言いながらも次々と赦されてゆく。そういえば、ライズが私達親子から聞く事の方が多かった。私から追いかけ彼はその距離をどんどん突き放してしまう。それに“ドレスミー”もそうだ。彼を教えるのに手取り足取り教えてきたような言いぶり、これじゃ私がライズを研究所へと働かせる事も出来ないままだ。そんな私も彼女の手取り足取りを受けているかのよう。一応私を応援してくれている様にも感じ取れる言動も今の私に叶わぬ気高さを保てている・・・これは手強い。ライズを退職させるつもりが逆鱗に触れたように私は彼女が近寄ると私が恐れを成すという構図・・・。ドレスミーが踊るなら私は踊らされる、ドレスミーがライズを奪うなら私はライズを奪わされてしまうだろう。なんでこうも直ぐに受け入れられるの・・・?
(・・・ゴクリ・・・さて、どうしようか・・・)
―――あのさ!
その場の雰囲気を一気に消し飛ばすその声、ライズだけど何処か遠くで聞いた事がある。
「俺はもう一つ、ドレスミー店長から最後にレクチャーしてほしい事がある。どうせ実験が済んだら魂だけになるんだろう?それなら彼女のレクチャーを済ませてから研究所で実験されたら、あとは君達が解放されるんじゃないのか?」
「ライズさん貴方――」
「いいんです。俺はあの時誓いました。約束を守るために魂が行く事を」
「そうね、あなたはドレスミー店長なんかの魂よりも大きい筈よ。でも・・・彼女からどんなレクチャーを受けるというの?・・・もしかして・・・」
「俺の洋服を作ってほしかったんだ。じつは俺、モノゴトリーで目覚めた時から碌な服装ばかりでしんどかった。それに君とデートしている時だってドレスミー店長に仕立てて貰っていなければ会っていなかったと思う。それでその洋服が俺の死に衣装になるならいいと思っていてね。だからそんな風に二人で意地を張っていても俺はいずれ抜けますよ」
――何てこと?
ライズに一本取られた感じだ。それほど言い合う必要もなく何だか私だけ“偉そう”に言っていたみたいだ。もしもビードが次世代の生命体へと選ばれたのならライズは別の世界線へ向かうと思う。私はあの世界線で既にあなたの妻ではなくなっていたのだから?
――いいわ。
「特別に作って差し上げます。ライズさん7日後に取りにいらっしゃい。デイジーも。どうせ選ばれないこの世界で生きるなら精一杯、貴女の大事な人を見送りなさい―――」
―――ふ~ん
デイジーに・・・
それに“天使マーサ・キャルク”・・・か。
闇と天使・・・そりゃディスパー(邪魔者)同志である筈だ。
―――ね、彼女達良い感じでしょう?
―――ふっ、そうだね。
特に彼女・・・
ようやく覚醒の一歩を踏んだようだね。




