45、それは風のように
挿絵つけました。
―――半年後
この日、久しぶりに外出をする。ずっとリハビリだと心落ち着ける場所がなく偶には本を買いに行こうと思う。本屋はフェンリー商会から5キロメートルあるグロリアシティにある。俺はそこで1カ月間ほど仕事をした事もありそこの店長とは面識がある。ただその店長はナンバーネームなので時折記憶喪失のよう。だから俺は名乗らない事にしていた。
――本屋“汽笛のテュリン・メソール”
「いらっしゃい」
俺は早速本棚にある商品を見に行くことにした。図鑑、ファッション雑誌、モノゴトリーに関する本書、研究、学問、料理、機械工学、生命医学、宇宙・・・いろんな分野の本が置いてあった。俺が最近購入していたのは図鑑関連だった。今回は違う分野で探していきたい。
――1時間後
 機械工学、生命医学の分野を手に取り読んでみた。ページをめくる度に医療班での実験の話や研究ラボでの様子を思い起こす。かつてある世界には“機械生命体”というものが開発されたという。およそ50年の時を駆けて闇の魔道と生命の融合により生まれたとされる。そのような生命体となった被検体の身体からエネルギーが増大したため世界の変容が始まったとされる。さらに変容を遂げてしまえば生命に宿された魔道の力によって覇王が誕生するとされている。記述によるとそれとは別に生命が通常の変容を遂げると記憶を失った状態で容姿や年齢などが変化するのと変わらず以前のようには動けないと分析されている。しかし覇王が変容を遂げた世界で通常の変容体よりも強力な身体能力、学習能力を身に着けているとエネルギーを放出するために発明を開始するという。こうして世界は力の強いモノが支配し、通常の変容体は機械生命体となる依り代となり、新たな星へ移住を始めるなどと、現実味の無い挿絵や写真とともに記載されている。
(機械生命体・・・“ジパン国”や“新天地の歴史”と書かれているぞ・・・?)
――いいかね?機械というのは生命を操る能力を与えられている。あれは虹の鉱石で作られたモノだそうだ。私の知る機械工場でその虹の鉱石を開発したとされる人物が働いていたと聞いた事もある。彼等は人類をわざと研究し、抽出した神経細胞や血液から様々な臓器を作るとそれを機械へ組み込む技術をも持つという。それ等をライト・オブ・ホールというエネルギーを使用し出力返還させることで人工知能が完成する。その人工知能を搭載した機械は“ロボット”と呼ばれ我々の工事現場にも導入されていくと聞いている。なァ、このような儚くも愚かな人間の思想――それ等は無知から現れたのだろう。
(彼も色んなことを知っている素振りだった・・・・)
――2時間後
 次に料理、研究分野の本を手に取り読んでみた。素材に対し味付けは一つの調味料で決まる事もあるそうだ。野菜、粒、肉などそれぞれ素材に沁み込んだ肥料へ旨味が凝縮されているともいう。例えば生の素材にファリー塩を漬け込むと肥料の油に旨味が染み出すとそれが水になり更なる深みを増す。しかし逆に素材そのものにファリー塩を振りかけると旨味が瞬時に出され塩の辛さが引き立つのだそうだ。これ等は古くなった素材の中身をも活用すると研究されているとも図形と計算式で記載されていた。
(土の民ゴ・ランズの知恵?深いッ!・・・俺もやってみよう――)
――あんたは面白い顔をするなァ!協会からロボットアーマーが届くというぞ?その様な話をどう思うかは私には見当は付けられんが、ある学士はそれを機械生命体と呼んでいた。それを人間が操縦するために多くのボタンやレバー等が配置されていて操縦するたびにモニターに表示されるメーター系を確認しなくてはならん!ナンバーネームは記憶が出来ない内はそれ等を覚えられない・・・だが、ロボットはそれ等を覚えられるよう人工知能を研究し搭載させている。それらを開発しているならナンバーネームから外れいつか大切なことを思い出せるのだろう・・・実に深い!あんたの感想もいつか聞きたいものだ。
(今のところは外れていない。記憶が戻れば俺は協会から出る・・・)
――3時間後
 気になる学問分野を手に取り読んでみた。生命体の言語となる図面計算式と用語説明が成されていた。かつて文明が栄えた頃に採掘場から大量の油が噴出したという。その油を生命の源と呼ばれる鉱石の微生物へ結合させることにより言語方式が生まれるとの結果が示されたのだそうだ。その方式に従い言葉を物体へ置き換えようやく言葉として発音できたのため、地上大陸から新天地が切り開かれたのだと合成写真と共に記載されていた。
(・・・言葉を覚えた生命が子孫繁栄なる文明を起こすと?・・・)
――遊びと手加減。もし、私があんたと酒を酌み交わす時間が増えた時、どのような言葉を交わそうか?例えば誰かを抱きしめるのだろうな・・・それなのに男同士だったから付き合うのをためらってしまうと好きな人が誰なのか言える相手も居なくなるのだろう。人間とはな恋人、家族、大切な誰か―――いや、忘れてくれ。どうせ独りでは何を訴えていてもその言葉は時間と共に忘れ去られるのだろう。明日もリハビリの指導をするよ・・。
(生きてさえいれば誰かと交わるのかも知れない・・・)
――4時間後
 最後に宇宙分野を手に取り読んでみた。宇宙の誕生は神がもたらしたという説もあるが、生命の中の存在から宇宙が誕生し、爆発をも繰り返しそして生命が、誕生する輪廻転生が繰返されているとの研究成果が挿絵と共に描かれていた。それから集結した生命により宇宙がスぺエリクス・ウェーバーを起こし、光と闇が生まれ宇宙がビッグバンを起こし分裂した世界線が創生され、やがて銀河が誕生しブラックホールが現れて、星々をも飲み込んでいく事で宇宙は役目を終えると、初紀生命サンシャインへと還される論文も載せてある。波戸衛満・・?
(あのサンシャイン?・・輪の知恵?・・・それは天使の声とも書いてある・・・)
――焦るなと言っても仕方がない。人の体は頭脳から指示が来ると言われている。しかし痛みがあるなら頭脳は体に反して嘘をつくのだよ。あんたも覚えたろう?一気に瓶から栓を取る方法だ。“――ポンッ――”同時に空気の抜ける音ォ!このように“線”から抜けてしまいようやく人は焦る――ッ!これがナンバーネームを呼ばれた患者達の『名前を読んでほしい』が故の痛みなのだなァ!!痛快を覚え運ばれまた現場に戻される――・・・ッ!
だからな、あんたも誰かとの誓いで壊れる事もある。それで苦しむのなら決して焦らないようにしてくれ・・・誰かがあんたを助けに来るその日まで逃げる事も覚えろよ。
(・・・やはり俺は長い道を抜けて・・・)
――夕方5時半
「“最古の料理”と“ジパンの味”ふたつで320ルド、まいどあり~~!」
沢山の知識に恵まれて俺は今ここへ居る。あくまで生活範囲になるけど仮に研究されるとまた新しい実験が試され大変疲れる事になるだろう。それよりもこれ等の知識を得られれば誰かと一緒に話せる時がやってくる。それも以前の記憶よりも多くの事が俺を待っている。焦らない事だ。
―――そうだ、学べ!
君はようやく覚えられるのだ―――ッ!
「老けたのかなぁ。あまり身の周り整えられなくて」
「お金を使えていないでしょうし、整理整頓をするほうから始めませんか」
一度、整理をしよう。
―――3カ月後
溜まっていた携帯電話のメールを整理する。暫く生活と複数の仕事を両立しダリングとミランナから“さいきんよく考えるようになった”とか“部屋の整理整頓はできているか”と言われている。夕方にはドレスミーとお客様の洋服選びを手伝うものの、俺の襟元が萎れていたから“あまり楽しんでいない”とか“溜まった記憶を整理するように”と襟を正され基本的な事だと教えられた。今までは一人だったがそれが今や複数の人たちに支えられている様に感じ取れている。“以前”の大切な記憶よりも今の想いを大事にしていたい。
「本件:ライズ様」
「本文:只今、研究ラボは閉鎖されており・・・いません。どうかご理解のほどを」
「本件:ビードの事で」
「本文:ライズあの様な目に合わせてしまって大変申し訳なく思っています。暫く生活から離れる前にあの子を研究施設の教育学習へ向かわせる事にしました。そこには保護施設も隣接しているので大丈夫―――」
「本件:ライズ君へ」
「お疲れ様。今日はミランナから君の誕生祝をしたいと思っているらしい。君の誕生日はモノゴトリー協会へ招かれたその日に決定してい・・・から、是非夜7時に・・・へ集合してほしい・・・」
「本件:天使の子ライズさん」
「本文:私の教えをまた貴方は覚えていましたね。今度は店内の掃除にて汗を流して頂きます。きっと天使は貴方を導く事でしょう―――ですから――」
(選択削除・・・“ピッ”・・・少しまとめよう)
「本件:これまでも、これからも」
「本文:沢山メールしていましたね。これまで色々と俺を支えてくれてありがとうございました。俺も今度から皆と一緒に変わろうと思います。どうぞこんな俺でよければこれからも宜しくお願いします。――ライズより――」
(“全件へ転送”と・・・これでも頭がスッキリしない・・・)
『スッキリするコツを伝授しようか?あんたの辞書には“何と在るのか”をだ!』
――そういえば買った本も溜まっていたな。
さいきん感じられたのは工事現場で働いていた時のものとグロリアランドで購入した本の内容が似通っていたこと。大事な文面を切り取りノートへ貼り付けて記憶の整理を行おう。そうする事で本棚に新しい空間ができ小さなヘッジフォグの植木鉢も置けそうだ。
(さあ、やるぞ!)
これまで購入していた文庫、事典、学習書、専門誌、詩集から大事な言葉と写真などを切り取りノートへ貼付けて上端に付箋メモを貼りつけ1冊に纏めた。そして棚は湿らせた布で拭きとり1時間乾燥させる。次はトイレ掃除に台所周辺を整理。拭くことで腕の筋がくっきりと浮かぶのを感じられ整理することで汗をかき皮膚が息をするのを感じ取れた。
(合計1時間20分。まだ表情が硬い・・・何でだ?)
『折角の汗を酒で固めてしまったようだなァ~?・・・よし、では今から私と30分間だけ宿舎から散歩をしよう。ほら~ッ!行くのだぞォ―!?』
――変われよ自分、俺は癒しを求めるべきだ。
実験用の薬で俺の体質が固く変化していた。例えばダリングでのメニューをこなす時に客から表情が怖いと言われることがある。
(先ずはグロリアシティのマッサージを受けに行こう!)
事前に電子ノートで検索したところシティ中心街3キロメートル先に有名なエステショップが高評価で人気の店だと紹介されていた。性別年齢問わず対応して貰えるとのことだ。
――“エステフォーム・ニーツ”
「先にお客様の地肌を柔らかくする必要がありますので先ずはファズフロウ液(柔軟剤)を顔へこのように伸ばし・・・キュッキュッ・・・グリーハウズ(暖かい葉)で30分間浸すのです・・・ペタペタ・・・次に光でお肌の栄養を充填させますねぇ~」
俺の顔にはライト・オブ・ホールの電磁波を利用したストレイエニュ(表皮延長)という機械が当てられる。俺の強張った表情が暖かくて柔らかくなるのを感じられてゆく。
「随分と緊張していたのですね~・・・ヴィ―――ン・・・なるほど、記憶がですねぇ」
ミランナの紹介からもこの表情の硬さを記事にされドレスミーの店では柔らかな表情を目指すようにと彼女のレクチャーを述べ3ヶ月指導されていた。だがこれでどうだ。
「お客様ぁ~、お鏡をどうぞォ!」
(おお・・・、すごい!俺の地肌が“ライト・オブ・ホール”の光を帯びている様だ!まるで天使のよう。ダリング店長、ドレスミー店長、ようやく認めてくれますよね?)
その表情は爽やかで10歳若く見え誰からも信頼されるだろうと自画自賛する。これまでの教養から俺に神経質さが現れていたので学びや教えを妨げる要素となっていたのだろう。医療班と研究班の視点もなく俺から動かなければいけなかったが見事変身していた。
――1時間後、待合室にて
「結論からするとォ~お客様からは過酷な泥仕事や生活をされている印象だけが見受取れたのですよ!なのでわたくし、お客様の“よくある癖”を見直させて頂いたのです!」
「え?既に工事現場から離れ今は食堂と洋服屋で勤めていますが・・・」
「なるほどォ、それなら鉱石の粉塵により肌のくすみが見られ肌の産毛が枯れていた事と一致しますねぇ。それで表皮が次第に挟まれ隙間に汗が染込み表情が硬く変化したのだと思われますよォ~」
「それは俺の意識の奥底にある意志が閉ざされていた・・・?」
「お客様ァ?それは心理学者にでも頼ってくださいますかァ~?」
――俺の心はそれほど沈んでいたのだろうか。確かに実験もなく薬も飲まず意識の奥底でストレスが溜まっていたのかも知れない。また今度詳しい人へ当たってみよう――。
「・・・では、これから半年間ここへ通ってください。そしてプライベートではお仕事で何をしたいのかノートへ書いてみて頂けますかァ~?毎日お仕事をされているのであれば、急がず慌てず焦らない事を推奨しますねぇ。するとお客様ご自身の視野が開けるようになり表情が和らぐことでしょう!」
―――いい感じだ。それでいい!
資材の周りの瓦礫を取り除き見やすくすること。まずはこれ等を撤去しろォ!
“ガッガッガラガラガラ”
どうかね―――、音が通りやすくなっただろう?瓦礫を撤去したことで空間が晴れた。あんたの声とあんたの同僚の合図がとても聴こえやすくなったろう!
“おお、君の声って爽やかだね、驚いたぁ~!”
そうさァ!まずは安心をする。
これで一人じゃなくなった――と―――。
「裏切られていたんだと思います。まるで腫物のように」
「あなたは無知だった。下手な指導など捨ててしまいましょう」




