42、過ぎた愛情
現場指導員№10との掛け合いに触れつつ涙する・・・
―――2ヶ月後
俺はあの日以来、研究ラボへの立ち入りを禁じられデイジーとも暫く会えなくなった。
フロンティ・グロリア総本部所長からは『君の記憶に関するデーターは暫く凍結とする』と告げられ、研究ラボ総括責任者代理からは『№850ライズの記憶・心理状態・深層意識に対する生体反応は正常、直ちにリハビリテーションを継続するように』と告げられた。
“ライト・オブ・ホール”
それは如何なる存在をも産み出すとも、蘇らせるとも報告書にあるとされているが、実際はサンシャイン現象、モノゴトリー現象のいずれの側面を示す詳細な研究には至らない。
「ああ、俺の記憶は今、彼と共に居ると博士も言っていたけど・・・」
今の俺には“王”たる気配も力も蘇った感じなど一切なく、意識も実験前と同じだった。
最古の王の生命融合を勤しまれるミイネン博士は暫く研究機材の修復とモノゴトリー協会の研究総括者として責任を問われたため暫く外部との連絡は出来なくなった。
一方、デイジーはナンバーネームの記憶を操作したとしてグロリア・ポリスに容疑者として連行されたが行方不明のままだ。
だから当面、俺はグロリアランドで保護される形で働く毎日を過ごすこととなった。
” 一体そこで何が在ったのか誰も聞いて来ない。皆、俺に遠慮しているのだろうか。もう少し自分の以前の記憶を知りたい。だけど今は、新しい記憶によって生まれ変っている感じがするんだ。もう少しでいい。俺の記憶を盛り上げてくれないか―――?”
――“ラーメン・ザ・ダリング”
この日の客は450名にのぼる。俺はリハビリとしてこの仕事を続けたいと思っていたのだが、クレーン車やロボットアーマーを操縦していた頃よりも小刻みに動くことを求められているように思う。普段している料理などは賄い料理として、工事現場で鍛えた体力は鍋や材料を持ち上げたり、ラーメンを小走りで運ぶ方へと変わっていった。あと覚えるのが早いと評判だったものの、注文される料理の種類や数もそうだし、来客者、テーブルや食器類、それと料理の手順に振り分けていると頭が回り、機械操作をしていた時以上にそれに沿うよう動いていた筈の手が滑ってしまう。来客数120名だったが今は流石に――!
“ガチャ―――――ッン”
“ザワザワ・・・あの閃光のごとく眩く光るライズが皿を落とした?”
・いえ、落ちたのは掬い棒なんですが?
“ヒソヒソ・・・1秒切ってる!だから体が付いて行かなかったんだ!”
・0,1秒ですよ、よく見てください。
“モグモグ・・・だけど、味は・・ズズー、プハーァッ、うま過ぎた!”
・ありがとうございます!
・・・でも、そんな気分じゃ居られなくて・・・
なんか、すみません・・・!
俺の頬と額の辺りが次第に熱を持つのを感じられた。
恥をかくこと、申し訳ないと思う心、俺達メンバーの料理を食べてほしいという誇り、そして俺個人が記憶を取り戻し必ず約束を守るという気持ち、デイジーとビードを守りたくなる意識など一気に蘇る。ダリング店長は慌てる事もなく俺に皿を片付けるよう目線で指示を送り、ミランナが即、注文を聞きに入り、片付け終わった俺がダリングと調理する。あの苦しくも痛い“モノゴトリーでの実験には戻りたくない”と俺の体が声もなく叫びだす。
「いらっしゃいませぇぇ~~ぇィ!」
注文がある度、俺の目は一線の光を残し、俺の声は空を切り、俺の手足は真空を呼ぶ。
“注文はまだあるか”と顔を振り向かせ客の声を求めていた。注文をする声たちはダリングとミランナとの連携さえ休まる事すら許さなかった。俺は何を焦っているのだろう。
―――それなら焦るな。
右・・・左、右・・・左・・と連動する・・・いいか?
そう、その調子だよ、遊びと手加減を忘れるなよォ!
“記憶の速さよりも動ける速さ”をも身に付けられたのだと思うんだ・・・ッ!
” いえ、少しでも焦ってしまうんです。つい手が出るような衝動に駆られてつい、言葉がきつくなるんです。あの時、俺はどうすれば良かったんですか?「お前のようにはいかないんだ」とでも云ってくれるんですか?あなたが居ない日々は何だか、新しい自分に生まれ変わりそうな怖い予感しか得られなくて・・・”
”それでいいのだ”
”えっ?”
――夕方4時半
「まぁこんな事もあるさ。ライズ君、今日はよく頑張ってくれたね~」
「すみません店長・・・俺は焦って動き回っていたのでしょうか?」
「謝るのはお客さんにだけでいいよ?ただペースは時には落とし次に速くでいいんだよ?もしかすると君はもっと光速の世界へ向ってしまうだろう。宣伝した責任も強いからね?ミランナァ~~?」
「ライズさんが速過ぎても“連携は固まりつつある”と!・・・店長ォォ~~、次はこのタイトルでいきましょうよォ?私ったら、いい宣伝したよねぇ~うふふふふぅぅ~・・・」
ミランナにまでそう言われると次の働く場所でも俺はやり過ぎるんじゃないか、とか思ってしまう。まだ3ヶ月少しだからか以前のような“遊びと手加減”だけでは難しいだろう。これから俺は記憶を取り戻すのだからまず感覚に慣れないといけない。
―――いいかね?あんた、焦るなよ?
なぁ、あんたァ!失敗してもいいからな?
『自分で這い上がるんだ』とか言うなよッ!?―――
もし俺がラーメン・ザ・ダリングの秘伝のスープをこぼしてしまったら、彼はきっと叱ってくれていただろう。でもダリング店長は優しそうだし見守る方なので俺から動かなくてはいけないようだ。それでもきっと“失敗は成功の鏡だ”なんて言うのだろう。
―――え?私は怒るよ?
秘伝のスープ、あれは最古の世界線での結晶なのだから。
失敗は成功の鏡?あのねぇ、例え君だとしても私は許さないからね!
―――まァ、まァ、いいじゃない。
クドクド言わなくても――ねぇ?
その秘伝のスープって、彼が居たから作れたのよ?
誰のお陰で店を開けているの?
それもあの時、彼と遭ったから皆も食べてくれた!
味もクドくなく“最古の形”となった!
―――確かに・・・そう。『誰かに頼る』という
この形こそ文明なのだろう、きっとね。
―――そうね。その文明を超えて凝縮した
その“秘伝の結晶”は彼のお陰なのよ――。
その秘伝を受け継ぐのにかなりの時間が要るのだろう。ダリング店長に継ぐ者なんて居るのだろうか。もし俺が他のアルバイトと兼用して働くと更にもっと時間をかけなければ、手からスッと落とす。彼が居たら“これはゴミではなくタバコだ”と言うだろう。
そう、俺は向こうから落ちてきたのだから。
―――え?無駄に落としたァ?
いいかね、落としたモノは自分の胸に返ってくる。
それは落ちる以前から無駄なモノなんかじゃない、ゴミでもない。
結晶だ!誰かの意志で自分が選んできたモノだ。それは突如やってくる。
そう、それは記憶だッ!
決めろ、そして拾って運べよ?当然勇気も要るが大丈夫だッ!
すると君も無駄じゃなくなる――。
いいかねェ――?
自信を――、持つんだよォ――ッ!
もう、あれから随分と経つけど彼はとても注意深かった。俺が薬を飲まなくてよくなってからはそれ等の記憶が鮮明となって蘇るようになるものの、以前の記憶の方は未だ戻らなかった。以前の俺なら例えば冒険に燻ぶられていたのだろうか?
「さてと、メイズ・アン・ファッショナーへ向かおうっと!」
俺はダリングとドレスミーの居る仕事場を掛け持ちしている。これは収入でなく高い身体能力と記憶力を試したかったからだ。それに張りのある声まで出せるようになっていたのも以前よりも今の自分らしいと思う。




