今日というこの日の先で見た風景
モノゴトリー協会にきてから8カ月が経った。主人公は徐々に記憶を取り戻していた。
この日は医療班でなく、彼は一人の相手と施設内の涼しい草原で休暇をとっていた。
そこで見たものとは?
「俺は以前こことは違う仕事をしていたんだよね」
「へえ、よかったじゃない。それで今の仕事は向いていたって?」
そう。クレーン車にも慣れていたが腕に支障をきたしたため俺はドクターストップにかかり今はスコップや資材運搬を任されている。№721だった彼をよく手伝っていたがその彼はもう居ない。妻と子供が迎えにきて何とかモノゴトリー協会から出られたのだそうだ。
「それで、サンシャイン現象は治ったの?」
「そうじゃない。ここで働くうちに“記憶違い”だったらしく克服できたのだそうだ」
「ふーん・・・、じゃあ、“マセル”もそのうちここから出られるの?」
俺は“マセル”と呼ばれるようになっていた。ナンバーで呼ばれるのはサンシャイン現象が中程度の状態のみ呼ばれるものだったそうだ。これからは気楽に回復できるかもしれない。そして横に居るのは№39と呼ばれていたデイジーという女性だ。
「それにしても足が丈夫だね」
俺よりもやや老けた彼女は興味深々に以前のことを聞いてくる。
「俺はここに来る以前は海岸付近で冒険し足を鍛えていたんだ。だから歩いている方が楽だと現場監督に言ったら『次からマセル、事務所で走れよ』と笑っててさ・・・」
休暇ではよくこの公園で親友“みちひこ”と語らい、夕方は子供から慕われていた。
「それで本のとおり地平線は見えたの?」
「ここの地平線なら見えるけど、俺が居た世界はまだ海岸や子供のイメージだけ」
「わたしは、犬とよく庭のほうでお茶を楽しんだり、買物して子供が帰ってきたら夕飯を作ってて、リモートワークだっけ、なかなか給料いいしそれなりに気楽だった。でも肝心の記憶の方があいまいで、誰かに・・・」
「もういい、また今度で」とデイジーに言うと、彼女から提案があった。
「マセル!」
「うん?」
「100メートル先に見える木まで走ってみよう“ヨーイ、ハイ”で!」
「よっし!」俺とデイジーは姿勢をかがませて一斉にその合図で、全力で走った。
“タッタッタ・・・”
“タッタ・・・ッタ!”
「よし、着いた!」
「ハア、ハア、ハッ!早いなあ、マセル!!」
何だか倍近く走ったような気がする。100メートルなんてそれほど長い距離じゃない筈だ。なんだか目まいがするのだが。それに声も擦れそうで喉も乾いていた。
「ねえ、デイジー、何か1キロメートル走っていなかったか?」
「ふい~、そうなの。ここの施設ってワザと息が上がるように出来てて。でもここ立ってみて、ほら、見える?」
「んん??・・・あれは・・・飛んでる・・・なんだ?」
飛行機なんかじゃない。それは陸地のある大地だったのだ。町ごと飛んでいる。
「そこは、私が所属している施設で“グロリアランド”っていうところ!」
「“グロリアランド”ってモノゴトリー協会の何?俺知らないんだが・・・」
デイジーが言うにはこの協会の町だという。そこには山川緑に最新の設備が整っているとのことだ。№721の帰っていった協会の外というのは、ほんの一握りの緑の町だけで、他は荒れ地になっていると施設長から説明されたことがある。グロリアランドで暮らす人々は1000人だけで地域活動や、街づくり、工場や飯店街もありとても豊かなところだとも聞いた事があるな。
「マセル。もし帰ることが出来たらいいね」
「そうだけど、グロリアランドほど狭くはないな。確か俺の住む“パヘクワード”ってところは・・・あれ?今俺、何か言った?」
「狭くはないとか、俺の住むというのは聞えたけど何かあった?」
一瞬、目の前が揺れた。ザザーっと音が鳴って俺の視界の内側から下界のような大地が見えていた。青くて広くて美しい雪山と甘い空気が感じられた。新天地パヘクワードか。
「うん。俺はそこで仲間と一緒に仕事をしていた・・・確か、“ミヘル、イーター、ジグル”と・・・いう・・・仲間・・・だった・・・。デイジー、俺は・・・マセル・・・じゃ、ない。・・・モノゴトリー・・・俺は・・・」
「マセル??・・・あなた頭揺れているけど、大丈夫?あなたはここへ来る前に仲間と一緒に何の仕事をしていたの?それにミヘル、イーター、ジグルって仲間と仕事をしていたとか・・・。」
何だかグラグラと揺れるような変な感じだ。グロリアランドを目にして新天地パヘクワードに居たとか目線がジーっと左から右に動いている感覚まであるが走りすぎたか。
「大丈夫。ただ声を出して言わないと。それに1キロメートル走ったらさ、頭がスッキリするみたいだ。サンシャイン現象って不思議だよね、デイジー、うん!」
「無理しないでね。見た目は若くても頭と体が一致していないと平衡感覚までおかしくなるって先生言っていたし、気をつけなきゃいけないね」
「そういや、先生ってなんて名前なんだっけ」
「ナスワイって名前だったよ」
「そう・・・」と言って、不安になる俺の手をデイジーが引っ張って“戻りましょ”と言って大きな木の下で座る事になった。それから2時間経ったころデイジーから話があった。
「もし、マセルねえ、思い出せることがあったら色々話してね。私もそうするから。確かにサンシャイン現象の記憶喪失から抜け出せるのはリハビリテーションの一環だけど、食べなきゃいけない時に味も分からないと脳が退化するみたいだからね。ああ、そうそう・・・」とデイジーは話を続ける。
「私も子供がいて独り身っていえば独り身だけど、あなたは身内が居るのか分からないでしょう?もし、帰ることが出来ずにここに居るんだったら、私は、もしかしたら一人じゃ居られないと思うの。そうなればあなたとは・・・」と言葉が詰まる。
俺はパヘクワードで仲間が居た。でも身内が居たのかどうかは分からず、グロリアランドでデイジーと居られるなら幸せな時間が過ごせるのかも知れない。
「あのさ・・・、もし、帰ることが出来ないなら、ただ大切なものを失ってまでそうするべきか自分で決めなければいけないと思うんだが、もし独り身のデイジーと居られるとすれば、代わりに大事なものを手に入れるということだろう?」
デイジーは照れくさそうに“まあ、そうなる事は全く不自然ではないかもね”と言いそうだ。そう“イーター”が言っていたような気がする。
「さ、食事して、少し寝て、それで帰ろう?お互い少し疲れたし」
「そうだね。じゃシート広げようか」
サンシャイン現象と呼ばれるものに光があり、その光に沿って今の俺はこのモノゴトリー協会で生きている。生きてはいるが、魂は“あの誓い”によって縛られている。そこでは食事など満足に食べられていなかった。ここではちゃんと食べられて、あの吹雪の夜を思い出す。俺の名前は・・・。
「“ライス”美味しいよね。わたしこのプチプチいうの好きなんだけど、“ライズ”は?」
「ああ、“フォダネス”この食感忘れられないかもね」
瞬間的にこの場が夜に包まれた。ここは“パヘクワードの裏の世界”と思い出したのは、それから半年後の事だった。
この話ではパズルを解くように主人公とそのパートナーが思い出していく様子を描いています。
ここでの中~後半にある”・・・”は秒刻みのアニメ等で演出されるザザーっと音が鳴るものを表現しています。