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ー7ー闇の世界線「モノゴトリー」  作者: 醒疹御六時
第一章 リハビリテーション
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未知なるニオイ


「私、監督からは以上だ!」

「よし、皆ァ――ッ!開始が遅れたが、問題はないから作業を始めてくれ!」

自信を持って更に1ヶ月過ぎていった。

(この4ヶ月でまだ名前すら思い出せないのか・・・)

最初は生活だってようやく覚えられるかも不安だった。

それでもここでの指導は細かく行き渡っていたし、次第に困る事は少なくなっていた。

だが、名前で呼ばれないから作業は頭でなく身振り手振りで覚えるしかなく、合間に悩むこともあった。朝には度々ミスをすることもあり、遅刻する。


「え?現場で名前を呼んでほしいって?」

「はい。名前のある人が居るなら声を掛けていきたいです。そしたら工事がもっと進むのだと俺は思いました」


そう、その筈なのだ。名前さえ呼べるなら楽に動ける筈だ。資材が運ばれその資材を動かす指示がありそして目的の場所へしっかりと設置できるし時間の大幅短縮になる筈だ。

しかし、現場はそうはいかない事情がある事を知る由もない俺だった。

俺は『あの、どうでしょう?』と提案。

彼は『なるほどねぇ・・・』とため息を出す。

そして彼は一息ついて“やれやれ”と俺に一喝入れる。

「だがね、ここでは、名前など呼ばなくていいんだ!」

「は!はい!!」

「いや、いい。謝る事の方が動くよりも10分も答えが止まるのだからな」

彼はもうひとつ息をついて現場の資材の上に座り始めた。


「少し休もう。あんたもクレーンから降りて休憩を取ってよい。近くの適当な場所へ座りなさい。私はここに座ろう」


そういって彼は建設途中のブロックへ座った。そしてポケットに入れていたタバコにライターで火をつけ煙を吹かすのだった。直ちに白くも薄黒い煙が立ち込めた。

そして彼は言う。ここでは“なぜ名前で呼ばれないのか”、何か事情でもあるのだろうか。

「さてと・・・。では何故、覚えていない筈の名前で呼ばれないのか、それでどのようにして生きてゆくのか、そういう疑問でよいのかな?」

「疑問といいますか・・・、そうですね。その疑問です」と自身無さ気にそう返す。

そのタバコの煙がフ~っと風のように流れ、俺の鼻に入る。鼻から入った煙によって喉からおえつが走りはじめたのだった。既に3分経っていたが煙がたまらなく喉を焼く。

「では、疑問について説明し・・・、んん!?来たのかねぇ~!?」

はい、来ました。指導員のあなたのタバコの煙が俺の喉奥まで器官や肺を介しています。

“げほっ、げほっ!!”

「はっはっはっ!!・・・蒸せるかね?」

“げっほっ!げっほっ!おォォォッ!!”

煙を吸い込むと器官が一気に縮み空気を出そうとする。その勢いが咳となって出てくるのでとても苦しいのだ。だが、彼は眉を顰めながらもとても涼し気であった。

「なんだ、説明はいらんのかね?ん?」

「いえ、そん・・・な・・・!」

俺は咄嗟に息を吸いそして吐出すような姿勢をしていた。顔は引きつるし鼻の穴は広がるし背を反らし一気に前へ沈む、弾ませる。何度も何度も息が苦しい。彼は心地よくタバコを吹かしている。だがその表情は険しそうだった。

“ごっほっ!ごっほォおォッおえェェッッー!!げぇェェ~~~っぼォ!!!”

暫く話す事すらできず、俺は説明を求めたことに後悔した。彼がタバコを吸うのも知らずに。タバコの煙、それは瞬時に俺の喉を刺激した。まだ慣れるには若く、とても苦しい。

「大丈夫かね?落着いてきた様だから説明するが?」

「あ“~っ!い”っ!お・で・が・い・じまずーーっ!!」

“あははははっ!!!”と彼の高々に大きい声が響く。

やがてそれ自体が香ばしいものへ変わるとやっと咳が消えた。

そして彼は俺の顔全体をじーっと覗くように構える。ようやくあの煙から解放された。

説明もきくこともできるようになると彼は優柔不断な発言を繰り出す。

――パチパチパチ――パキッ

―――この炎の集まり―――、君には眩しいかね

―――俺からすればチリの山に――、雪が輝いているようだ―――

―――なるほど―――集まっては輝く―――、かね

―――皆、解放される時を―――、望んでいるのだ―――


――朝8時15分

「さて、諸君、マニュアルにも在るとおり・・・“ペラ―”」

モノゴトリー協会、

マニュアルシートp.№301項『現場での規則・行動①最重項』

「なぜ、我々が“名前で呼んではいけないのか”を、説明するよ!」

この現場は朝7時45分に開始される。

――我々、現場担当班は各ナンバーネームの付いた患者の“記憶の無い状態”を、記憶のある状態へと習慣付けなくてはならない。力仕事とはいえ、あくまでリハビリテーションという一環で、そういう決まりとなっている。眼、耳、知能、身体に支障のある患者も中には居るのでそこは医療班と研究班側でコントロールしなくてはならない。そこはトーティング・チップにより改善する方針だ。声掛け或いはマニュアル通りに説明しようにも作業をそのまま進められるよう祈るばかりだ。

(・・・記憶にない苦しみ・・・19分。そろそろ現場に向かわないと・・・内容を覚えられず事故を起こしてしまうかも・・・怖いなぁ・・・)

――特に“彼”は、マニュアルの説明について何やら言い難そうにソワ付いてしまう様だ。まるで以前の記憶が別の説明と捉えている模様。意識の奥底にある行動によって自らの考えを主張する仕草とも類似している。いつもの解放的な話し方は隠れてしまっている様だ。直ぐにでも行動したいのだろう。誰かに“見張られている”という印象のほうも裏付けている様にも感じ取れるが、果たして私の説明は如何に理解しているのだろうか。

「そこのあんた。少しいいかね?」

「あ・・・俺・・・ですか?」

「そう。説明するそれは、“あんたにだけじゃない”。そこは踏まえておいてくれ」

「はい、必ず踏まえておきます・・・」

「よろしい。一応だが、同じく名前、つまりナンバーネームを呼ぶことをしない理由を私へ聞いてくる者も他にも居た事は念頭に入れてもらえるとよい。そのように私からは現場における立場があるため、説明は彼等にもしてあるのだから安心してくれたまえ」

「・・・名前を呼ばない事・・・念頭、安心、つまり“俺達同僚”と?」

「なので、それは“あんたにだけ『起きる事』じゃない”という意味だ。わかるかね?」

「はい・・・。俺だけに“起きる『それは特別ではない』事”・・・、わかりました」

「顔は真剣だが、まァ、それでいいよ。さて、そこでね、ここの現場は合図挨拶ばかりである。彼等はそれだけで仕事をこなしている。それも時には動かなくなり名前を思い出そうとする。それはそれで恐ろしい事なのだが例えば、あんたの“その腕は”不器用かね?それとも真っすぐに動けているのかね?」

「腕、それは人、それぞれ真っすぐだと思っていますね・・・、俺もそうだし・・・」

「そう、“人それぞれ”だ。筋もあり理屈も道理も備えている。だからこそ合図と挨拶だけでは困るのだろう。説明はそういう処だね?」

「ええ、そういう処、困っていました。それは記憶がなく名前を憶えていなかったからでした・・・」

「そこはあんたも先程のように“記憶が無かった”と医師から告げられている。私も知っての通りだがその私も名前でない呼ばれ方になっていた。あの頃は30代、無知だったよ」

無知だったというのも仕方がない。現在45歳だと“自称”する指導員の彼も俺と同様に10年ほどモノゴトリー協会で生活する以前の記憶がなかったのだ。どうせ独りだと自身を責めていたに違いない。それならそれで、如何にして“今現在”も名前がなく暮らせているのか、聞いておきたいと俺は思う。

「名前が無い。そして確かなそれが基本としている意味の教訓であるが、我々はここで記憶を与えられている。以前ではなく今だ。その一方で対処しかねる部分である事は、“記憶を正しく整理する事”である。そうやって日々を暮らすのだ。そこは分かるな?」


――あの――“現象”のことだ――。


それは“記憶が無い”そして“何も覚えていない”という怒りと悲しみと苦しみの現れ。

「まだ15分だ。落着きたまえよ。心配ない、暫くは他の同僚に仕事を任せていればいい。あと15分だから説明はしっかり聞いておけよ?」

あれだけ待ってもらったのに30分経ったのかと思っていた。まだ体の感覚がこの現場の空気に馴染んでいないようだ。以前の記憶が無いせいで意識が散漫とする。

「この話は意識が散る。それは分かるが続けるぞ?」

“もう、無理です”と言いかけたが俺がその無理を押して彼が説明に乗ってくれた。この様な機会もなかなか得られない。今の俺にはまだ持久力が必要みたいだ。

「記憶が無い、そんな彼等も『名前で呼んでほしい』とか『名前がなければ仕事がしづらい』とか、現場で言い出した。あんたと同じようにだ」


――あの、俺と――、同じよう・・・にと?


――そうさ!

「彼等はあんたのように『もうここへ来てから随分経つから』と焦っていたよ。名前がないのでまず、病院で呼ばれる”ナンバーネーム“で呼ぶことを約束し、実際呼んだ。そうすると彼等は壊れたよ。例に挙げると異様な雄叫びを挙げる者、走りだしては溝に落ちる者、のた打ち回り倒れる者。酷ければ全身を搔きまくり血を吹く、資材へ頭を何度もぶつけて頭蓋骨折になる、突如世迷言を広めて仲間を道連れにしようとするなど様々だ。それで遂に病院行きとなる。彼等にとって名前で呼ばれるということは喜びであり、そして感動を味わえるし解放されるものだった。それ等は彼等の中では、とても大切なことだし大事なことなのだろう。それなのに苦しんで怪我して壊れて捕まって運ばれちまってさァ、とても工事など進められる状況でもなく生活自体がストップし復帰など期待できなかった。彼等もそうだ。とんだ犠牲を払ってまであの様にリハビリテーションを行うのだ」

“・・・あァ、彼等はとんだ犠牲者たちなのだ”と指導員の彼は上を見上げて言う。長く勤めていて体に染みついたのだろう。記憶が無くても彼等のあらゆる姿を憶えているのだ。つい俺も便乗するように“それでどうなるんです?”と聞いたよ。“廃人にでもなるのか?”ってね。

「“どうなるか”だね?それは既に廃人、数週間で別の施設に送られ行方知らず、或いはそのまま死亡し或いは戻ってこられなかったのだ。つまり、この施設から排除されたか、別のところで実験されているか、それとも別の生命体のパーツとなったのだろうがなぁ」

実験と言えば医療施設の医療班で務める“医療補助員によるカウンセリング”のこと。

俺もどの様なカウンセリングを受けていたのかよく覚えていないんだ。だがその話を聞いていて震える体が“それはとても苦痛だった”ことだけを憶えていた。名前を憶えていないだけなのに何度リハビリをしても以前の事を思い出せていない。


「だからあんたも名前で呼ばれないからって焦るなよ?彼等も長期間に及ぶ医療班のやり方に疑問と思っていたよ。その期間必死で名前を呼ばれるまで苦しんだのだから」

(そうだよ・・・苦しい)

だが――、俺には名前があった筈だし実際ナンバーネームで呼ばれている。その理由が命を落とすかも知れないとか想像を絶する事だと言われるが未だそのような行為は起きてはいない。ここは大型施設でモノゴトリー協会は生活の場とも呼べる俺達の居場所だ。病院を兼ねた複合施設まであり発展途上の段階だ。それを以前の記憶がなく、現場に慣れてきたようだから、病院へ行き精査を受けることだけ覚えていたのに何ら効果が得られていない。その後また、同じ日常の繰返し・・・という訳だが工事現場での日々の合図、指示だけで方角、高さなどが分かるよう体へ染みつくよう、俺達は訓練されてきたから絶対外にも出られるだろう。

(だから、名前くらいは呼ばれてもきっと大丈夫だろう・・・ッ!)

「無理だ」

(・・・・え?俺、声に出していたっけ?)

「“呼ばれても大丈夫!”そう思うのだろう?・・・そういう処がダメだったのだ」

「でも、俺も名前さえ呼んでもらえば、あの現象くらいで折れたりしないハズ・・・」

「だから、そういうト・コ・ロだよ!“普通に”病院を運営するならいいが、空気が変われば新鮮な風と共に発狂するんだよ!」

「つまり・・・病院ではない研究施設・・・と・・・?」

「さァ・・・そんな訳で、私からもあんたの名前は呼べないしサンシャイン現象は人により症状があるので未知数だった事も伝えた。医師の指示もこれからもずっと続く。そんなんだから現状維持などと判断されるのだろう。そうでなければ別の施設へ紹介されるのさ・・・・このモノゴトリー協会内での別の施設だがな・・・」

「え?別の施設・・・複合施設でなく施設それぞれが分離している・・・?」

「ん?おっといかん!45分も経ったし説明も以上とする。いいかね私は規則上、名前で呼ばないからなッ!だからもう――、大丈夫だな?」

「はい・・・、名前では呼ばない・・・分かりました・・・」

「いずれナンバーネームは言えるまで医師から許可をもらえるといいなァ、おい?分かったなら、焦らず早く復帰しろ。この現場では“私になら言っても構わん”と思う。よし―――、では、作業に戻ろう!」


――メモしたから今夜、日誌に書いておこう・・・


――夜9時ごろ

「悪いな、彼と“再び”話す機会を貰えて助かった」

「いいんだ。君もずっと“意志”が宿っていて大変だしね」

「“意志”・・・私はまた――、“約束を守らせようとした”のだな」

「そうか・・・。私もいずれ向かうのかなァ、君とは別の約束の地へ」


―――そう、それはすべて未知数なのだよ。




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