研究成果
―――3ヶ月後ラーメン・ザ・ダリング
「はァッ、はァッ、はァッ!ラーメン一丁、あとテン・プゥ・メン上がりぃ!」
「ライズ君、随分・・・動くねぇ・・・それに、ミランナや私よりも速いしねぇ?」
「店長ォ、ライズさんをこき使わないでよォ・・・あッ、いらっしゃいませェ―!お客様ァ!!入りましたァァ・・・そりゃ、私達“3人”ですし?」
「はい、ジー・ラーメンとマー・ボウ・メンそれぞれ一丁ご注文頂きまーす!!」
最初に来た時よりも客足が増えていた。
注文、調理、片付け、会計など俺達3人だけで捌いている。事の発端はミランナが毎日記録していた電子ノートでの体験談である。それ等はグロリアランドの電波塔によってライト・オブ・ホールの電磁波を通じて発信され、それを基に来店していった人達によって拡散され遂に人気を博したのだ。それを今日ミランナが初めて説明してくれたが修正は利かなかった。
『これは一体?』
『モノゴトリーでは記憶に基づく説明が出来るようになると、その回復の第一歩に進めるとありました!ナンバーだけでなく、脳の老化や損失の回復も見込めると!』
まずその体験談のタイトルは“神の聖域ライズの道標”とされおり、内容は“彼はラーメンを操る魔術師で名人以上!”などと紹介されていた。ミランナの解説によると「その速度、230キロメートルを10秒で走り即座に麺を30メートルにも伸ばし茹でること3秒間!秘伝のスープのキレとパンチを一度で与える腕はまさに次元枠を超えている!具を並べる事1秒間という驚愕なる世界観!一気に各種ラーメン他メニュー100人分を準備しそのまま走り去ってゆくその心!これは神の聖域に入る速度と鍛錬が織りなしたと言えよう!そう、その名はライズ!このグロリアランドの翼だ!飛べッ!ライズよッ!!』と彼女の音声を併せて延べ5分間の動画として編集されていた。
『俺が・・・空を飛んでいる?』
『はい!このように情報を発信し、そこに感応することで脳のたんぱく源が補給を始めると聞きました。つまり水源を得たかのように、疲れが無くなると研究されたとか、』
その他にも“ミスター・ダリングの正体”とか“ミランナちゃんの恥ずかしいトコロ”などと描かれており、それも同様に頭の切れそうな動画速度で編集されていてなぜか彼女の声だけはソワソワしていたり、トーンが高く演出的に表情豊かに加工が施されてありそういった類のものが体験談として追加されていたのだった。きっと誰かに嘘と暴かれて広められるとしてもミランナが平然と解釈し宣伝するのだろう。それこそが来客者数の増える相乗効果を呼んでしまうという事なら俺達のキャパシティーをも超える事となるだろう。
『客足を誘っているのは分かったんです・・・でも関わりたくない気が・・・』
『ダメですよォ!この地でリハビリしてる以上は、データーを取られるんですよォ?もう少し喜んで表情筋を緩ませ、緊張していた記憶が広がるとも向こうから紹介されています。ライズさんに教える私が教育係。店長からそう聞いているんですよォ?』
しかしミランナの表すそれは紛れもなく偽の俺達だった。俺はこんな怖い顔なんてしいないし、声も創作ビジョンに出てくるライカマイ―ンって奇獣みたく体も3メートルに見えるよう鋭利な姿となっている。ダリングも顔がひし形で笑っており動きがグロリア・ズー百科図鑑に出てくるボイドマードの鳥と同様だしその音声も怪奇電波を送っている。ミランナはなぜか化粧をしていて大型動物セヴィンカドルのように重量感のある演出へと施されていた。昼食だって動物辞典にあるヒシザタラント級の巨大な肉とそっくりだった。個人的に彼女のその個性を鑑みる限りは画像加工とその編集能力は全てにおいて無責任で遊び心が凄まじく夢中になるには長い時間が必要だと感じた。
『俺と客の橋掛け的な?これで被検体並びに人の役に立てるのでしょうか・・・』
『はぁい、勿論そうですよォ~?モノゴトリーでは活気があるとその分、暮らしの演出が試されるのですよ?(えへへ、ライズさん~これからどうなるのでしょうねぇ~~)』
これを見る人達もそのような画像加工など疑わず例え嘘だとしても似ているならそれでいいと想像を膨らませるのだ。その内容を基に彼等は来店し、俺達3人と挨拶や握手を交わすと携帯電話で様々な感想を述べられてゆく。これもリハビリの一環なのかな。
“―――ザワザワ・・・”
“本当にライズがメニュー100人分を1秒で捌いているように見える”
“今、店長に頼んだのに下を見たら注文した料理が置かれていた気がする”
“走りながら会計して歌っているミランナという子の顔が眩しく感じられた”
――このように派手な演出と見紛うほどの客の盲目ぶりには俺も脱帽した。あの編集した動画を研究し、何度も自分の中で脳内再生し錯覚をも起こしてしまいその自身の感覚で俺達をとうとう美化させてきた結果、異なる現実となったようである。俺の動き、ダリングの容姿、ミランナの変りよう等ここまで在りもしない事実を彼等は語れるなんて、なんと幸せに満ちているのだろう。そして翌日もその別の日も反応はこれだけに留まらずだ。
“何だと?今度は店長が宙返りをしてカウンターへと滑りとても撮影できそうにない”
“あの怖い顔のライズが汗でツルツルと眩しくてこのカメラの画素数では納められない”
“見て、ミランナが車輪着けて店内を走行し14回転しているから音声収録まで乱れるわ”
“ああ神々しい。ライズが店長と同時にメンと飯を炒めて具を回転、私の手が動かない”
“わたしの再生数を上げるために動画に収めるよりも土産として伝えた方がよさそうね”
“ほほう、メニューが分身しているようにも見えるが儂と婆さんの冥途の土産としよう”
“きっとミランナの魔法だよ。あのステッキの先から虹を掛けている様にも見えるし
――声がますます盛んになる。
それらが更なる評判を生んでいったのである。何故かその評判の意見は一つもなく次々とラーメン・ザ・ダリングへ足を運ばれる人達。しかも上層部のナンバーネーム達も食べにくる。それ等の効果により僅か3ヶ月で『神の食事ランク10位』を獲得したのだった。店長は俺の背中を叩き、ミランナは俺にウインクをしてくる。今思えばそれはラーメン・ザ・ダリングの盛況とモノゴトリー協会の計画の礎に合図したという事を物語っていた。
モノゴトリーの医療施設に一度戻ることにしようか・・・
――夕方5時
「ライズ君お疲れ様でした。私はまだ残るから次のお仕事頑張ってきてね!」
「ライズさん、あとは任せて下さいね?私はもっと注文取る工夫をしますので」
(ああ、これも身体記憶を測るためのリハビリとして博士に報告しなくては・・・)
俺は次の職場“メイズ・アン・ファッショナー”へと向かった。前よりも遥かに体が軽く改札口にも電車にも頭ではなく“体が勝手に”その工程を憶えて目を向き声をも出し手足を動かしている。勉強にもなるけど、ここでは声の大きさよりも高さが基本。
「いらっしゃいませ、お客さ・・・ま?(・・え?デイジー・・・?)」
「すみません、この赤くてヒラヒラした服が欲し・・・い?(あっ!ライズ、)」
基本的に知り合いであってもお客様と呼ぶよう店長から教えられている。身体が音にピクッと動くように、声にスッと表情を向けることで欲しいモノに足をトン、と進ませるとお客様も“手に取りたくなる商品の刺繍の良さ”に気付くという、脳と体のてこの動きが表れるのだそうだ。
「おほん。店員さんお願いするわ!」
「はい、お客様。この赤に似合うカーディガンなど如何でしょう?」
「とても綺麗な刺繍――いいわねぇ~でも!私は“普通の服”にしてほしいわ?」
「あ、うん・・・。いいですか、ドレスミー店長?」
「なるほど、貴方のお知り合いとあれば彼女のいう普通で宜しいでしょう」
――どうしたんだろう。
デイジーは研究ラボでのデーター整理は済ませてきたのだろうか。俺のデーターは一体どうしたんだろうか。ミイネン博士からナスワイ先生宛に送ったのだろうか?・・・それとも新しい実験が始まるとか?
――ほんとうに、ライズは何でもやれるのね。
ハッキリ言ってこれほどの才能、あの子には真似できないわ・・・。他に働き場所もある様だけど、彼は覚える事に関してだけはデーター上で究極の値を示すのよねぇ。
俺達は顔を合わせた途端、動きながらお互い視線を合わせていた。慌てるでもなく服のコーディネートをしている。それの動きに合わせるように試着を始めるデイジー。お互い表面的には平静を取り繕っているけど、内心ソワソワするのは何故だろう。
「さ、試着感も良い事だし、私はこれを買うわね」
「それでいいのかい?ちょっと若すぎるんじゃ・・・?」
「な・・・、あのォ店長さん!彼が老けているって言ってるんですけどォ!?」
「それはそれは・・・、大変申し訳ございません。ほらライズさんも・・・ガシッ!」
「痛ッ!も―――、申し訳ぇ・・・ありませんでしたァァ~~」
デイジーと密に付き合っていると研究ラボでのパートナーシップにも影響するようだ。
彼女の子ビードとも遊んでは食事を共にしているから俺達3人で同居するのと変わらなかった。じゃあ、フェンリー商会でのアパート暮らしはいずれしなくて済むのだろうか。
「いいわ、合格点よ。許してあげるわ」
「もう・・・びっくりしたよ、ここへ来るなんて・・・」
「だって私はこの店の常連だもの。あなたには悪いけど他の店は私が選ぶことにもサイズ的にも値段に意識をしていて口調も厳しくて、それでこの店に来る事に決めていたのよ」
「そうか、だからドレスミー店長と・・・」
―――しばらく沈黙が続いた。
彼女との出会いから3ヶ月間で彼女との距離が縮まり以前の記憶を忘れさせてくれる。俺の抱いていた大切なことよりも新たに大事な思い出を手に取るのは何とも爽快だ。あの実験と薬も無くなりもう日誌も要らなくなった。どうやら以前の記憶よりも今の自分らしさを強調するかのようだった。
――あの日、あの時に私との約束をあなたは覚えていますか?
―――陛下ァ!息が・・・くっ、
“ユリヤ―ッ、ハルトルゥ、ヒルディ!医者を!”
“フゥ、ハァ―いいか―ウゥ、あの子との――約束だけはァ―ぐっ!”
“殿下、俺はここに、彼女もここに・・・さァ、姫様・・・”
“ス――スタヴァ―か――!ゥぐ!ライズゥ、頼む―ゥア!ど、どうか―ゼェゼェ!忘れないで――いでぐでぇ――お”―王よォ!ァがハッ――”
“・・・父上ぇ・・・”
“お・・・遅かった・・・陛下ァァァァ―・・・ッ”
“殿下の意志は・・・きっと次代へ、きっと!”
―――貴方に代わって俺が、スタヴァ―様をお守ります!
夜の空気が辺りを静かに抜けてゆく。その空気を肌に感じたときに大切な何かを忘れている様な気がしていた。今はそれが闇に閉ざされているよう――。
「今のところデイジーは俺とはどう居たい・・・?」
「まァね、いずれ暮らすでしょうよ。ライズは?」
「お、俺も君とビードと暮らしたいと思うよ・・・だけど、いずれ俺は・・・」
彼女は深刻な顔をする俺を見て溜め息をついている。
その目線は“あなたにはもっとしっかりしてほしいし私と居れば大丈夫だから安心してほしいから子供と3人で一緒に夢と未来を作ろう”と言っている。今の俺なら彼女の言い分がわかるかも知れないと思っていた。だがグロリアランドの研究ラボへ来てからというものの、それは事実なのかを疑う自分も居たのだった。俺には大切な約束があった筈だと。
「ねぇ――、聞こえるぅ――?ちょっとォおーい、どうしたのォ!」
「・・・え?俺って何か大切な約束を忘れていたんじゃないかと・・・」
「その約束なら大丈夫よ。もうモノゴトリー協会の医療施設へ戻る必要もないからね?」
「ごめん、ボンヤリしてて・・。それってどういう事?」
「あ、いけない!時間が――、その説明はミイネン博士に聞いて。今は家でビードが待っているから急ぐの!だから明日、研究ラボで会いましょう!それじゃ――」
“タッタッタッタッ”
研究ラボ・・・、一瞬だけデイジーが“あの彼女”と被る。とても若くて高い声、細くてしっかりと引っ張ってくれるし料理も美味かった。彼女も“あの子の教育係”だった・・・。
―――するとデイジー、君は・・・?
”何してるの、そんな高い所で座ってないで降りてきなさい”
”いいだろう?今、式典の下見に来てるんだから”




