28、この天よりも高く昇る先へ
挿絵入れてます。
「短い間だったけど、クレーン車よくマスターしたよ」
「おう、あんた、よくやったほうだよ」
「あの“現場指導員”が異動してから不安だったけど、大丈夫だったねぇ」
「グロリアランドってあれだろ?天空に浮かぶあれだよな」
№10はここから居なくなった。だが同僚たちとても賑やかな様子だ。
そう――、今日は俺の移転が決まったので皆が工事現場へ集まり祝ってくれた。デイジーはここに居なかったが、いつも通りメールは送ってくれていた。“よかったねライズ、おめでとう!新生活スタート“という内容のメッセージだった。
「何かあったら、手紙よこせよ?」
「そうそう、何かあったらいつでも戻ってこい!」
―――
”プルル、プルルルル♪”
――これが携帯電話??
―――そうだよ。先生から頂いたんだ。
『いいなぁ、ああ!そうだァ、お前の事をナンバーネームで呼べたら心地よく作業に没頭できそうなんだけど、このモノゴトリー協会の総主が指揮するマニュアル本の通りじゃないと、直ぐに追い出されそう』
―――それなら、マセルって呼んでくれても良かったのに?
『でもね、前に居た№721のように気軽ならいいよ?君の事は伏せておかなくちゃ不自然な行動を起こしたってすぐ注意されるんだぜ?そんなの不自由だし嫌だなァ、あ、けどさ呼んでみたいな。今ならいいか?』
―――どうぞ、俺は№850マセル、これなら呼んでも怒られないだろうから。
『よし、マセル!・・・あれ?暴れたり倒れたりしなくなっちゃってる・・・なにこれ?、俺達って今まで何で強烈な悩みや痛みに浸されていたんだろう。意識の奥底?以前の記憶が無い?薄れているって事なんじゃ?』
―――俺も、変な発作が起きない。ここの監修スタッフに見つからない様に、こっそり呼び合おう。
―――
「・・・色々あったな~」
俺はナスワイ医師の通り紹介状をもってグロリアランドへ訪れた。モノゴトリー協会の中にある浮かぶ大地には、浮遊船に乗っていく。地上から上へ向って行くこの重量感に足がすくむが、ゆっくり動くので乗り心地は良かった。
”ヒュシュィィ――――ウウァン”
空になった気分だ。過行く雲の様な霧が浮いては離れる。強い風が吹くのも演出だって聞かされていたけど、本物って感じがする。どうして今までこの気持ちのよさに気付かなかったんだろうか?
(爽快だなあ・・・)
30分の有飛行を堪能・・・グロリアランドの陸地に着いた。
「♪只今、グロリアランドに到達・着陸しました」
「♪どうぞお気を付けて、お降りください」
これまでと異なり体がフワッとしている感じがしている。いつになく陸地感があるようにも思えるけど、これが空中大陸特有の”安定感と落着き”になるのだろうか、と俺は感じた。
―――
『なぁ、ライズって言うんだろ?新しい名前貰えてよかったね~?』
『私にもくれないかなぁ、先生はまた溝に落ちて怪我をするからダメだって!』
『いいなぁ~お前だけズルい!感動分けてくれよ~ォ』
―――
平衡感覚も僅かにマシになった様に思う。これもリハビリのお陰かな?
”コソ、そこの通りすがりで悪いが、あまり長居しない方がいい・・・”
(何を言っているんだ?)
”ここでも、オレは酷い目に遭った。ナンバーネームで在る内は仕方ないが・・・”
(聞かないフリをしておこう)
「ああ~~、風が体を浮かす様だ~~」
「きもちィイね、ママ~~」
ここは空港都市とも呼ばれている。複雑で便利さが窺えない。
300メートル程歩いたのに、まるで汗を感じない。空だからか?
「なぁ、この標識にグロリアポイントへタッチしろと書いてあるよ?」
「じゃ、タッチしよ・・・ポッ・・・おお、画像が表れた!」
(フェンリー商会と表記してある・・・)
そこは1000の集合体で構成されたその都市の中にある“フィンリー商店”という街のなかに今度俺が世話になる拠点があるのだった。その標識から2キロメートル程歩くと、なんだかゴチャゴチャしている雰囲気ぽい場所に足を踏み入れていたのだった。
「やあ、兄さん。美味いものあるよ?」
グロリアランドに着いて直ぐなのに突如、呼び止められる。
「よお、あんたここの住民になるんだってねえ」
「やあ、こんにちは初めての人だね、歓迎するよ」
このように、ここには様々な人がいて新鮮な感覚を憶えるのだった。
(何か美味しそうだなあ・・・丁度お金もあるし・・・)
と、財布に手を出しそうになったときだった。
デイジーからは“あまりフェンリー商会のなかでは目立たないこと”を言われていたのだった。なぜかと言うと貧困の差?みたいなのがこの街では日常的にあるので何を売られるのか分からず、下手をすると住処さえ知らない人が出入りするようになるからだという。
誰かが来ても安易に契約書へサインすることはしない、記憶が戻っていても戻っていないフリをする、決して不要な外出をすることなど何かと無理はしないよう注意は受けていたのだった。
――貼紙が多いな。
建物の壁のあちらこちらで様々見掛ける。
(色々あるよなァ・・・全部受付じゃないか・・・)
不動産受付、医療相談受付、動物愛護受付、税金徴収一切受付、アート作品募集受付・・・受付・・・受付・・・・・その受付だけで目が回りそうだった。フェンリー商会の壁際から外へ出ると人と人がすれ違い、様々な店がある。その店の前にも宣伝広告などの多い事だ。
(う~~ん、これは何だ?)
四角く小幅の用紙がガラス窓に貼り付けられてあった。
「ここで採用するにあたり、自信を持つ必要はございません。時間と共にお仕事に慣れるかと思われるので、どうぞ安心してください」
なんと、求人広告だ!
ナスワイ医師から紹介されたグロリアランドの街で俺の所属先が見つかるのだというが、まさか一人で探してこいだなんて言われると思っていなかった。
そう思う内に俺が足を止めていたのは、店の前だった。
――ラーメン・ザ・ダリング?
“スタスタ”と歩み寄る一人の女性が俺に話しかけてきた。
「すみません!まだ準備中で、あと1時間待っていただけたら開店となりますのでもう少しお待ちください!!」と頭を下げてきた。
前の施設で見た感じであれば彼女は15歳くらいの少女かな。
「あの、頭を上げて・・・、少し聞きたいのだけど。まだ越してきて間もないので」
「あ―――ッハイ!私でよければッ」
俺がグロリアランドの方で住むための資金調達をしたくて働くところを探していたことや、医師に紹介された筈の施設名と道筋が分からず迷っているので道を教えてほしいということを伝えた。
「えっとそこは“マンパイン・グロリア”と呼ばれていて、グロリアランドの右側にあたる中層ビルの設備群にありましたね。確か、その研究所はフロンティ・グロリアと呼ばれる区域ではないでしょうか?えーっと、この店から真っすぐのところに駅があって、そこから列車に乗ってですね、“グロリア・パーク”で乗り継いでそのまま到着すると思いますよ。分からなければグロリアランドの駅員さんが場所を教えてくれるので」
なるほど、案外分かりやすい場所にあるんだな、“ライト・オブ・ホール”って。
「それからラーメン・ザ・ダリングで働くのであれば今頃、店長が仕込みを終えるところなので、私に付いてきてください。ご案内します」
クレーン車を動かしていた時に、情報収集していってもよかったと後悔していた。
でも俺がサンシャイン現象の状態から完全回復するにはここで働くしかないな。
「よろしく、私がここで店を取り仕切っている“ダリング”だよ!ごめんねー忙しくて」
「宜しくお願いします。俺はライズといいます。以前モノゴトリー協会の工事現場でクレーン車を使って施設内運搬係を担当していました」
「私はこの店のアルバイトで働く“ミランナ”といいます。採用されたら同僚ですね!」
俺がグロリアランドへ来たのは“ある博士へ会ってほしい”との紹介のもとだったが、まさかこんな出逢いがあるなど思いもよらなかった。博士やデイジーに会うまでは嬉しい驚きに満ちた“冒険”になりそうな予感だ。そして店内は50人座れそうである。
――厨房
「えっと今から説明するね~。えっと、あそこに見える鍋なんだけど秘伝のスープと言われていて、ラーメン・ザ・ダリングの・・・」
「店長!そうじゃなくて・・・まず、お仕事の説明を始めてあげて!」
「おっと、そうだ。ライズさんだったね。ここでの仕事はまず、開店準備、掃除、接客、代金の支払い、カウンター、掃除、閉店作業の順序で商品、回しているんだよねぇ」
うん?なんか複雑そうな印象だ。説明下手かなこの人は。
「それがダメならラーメン作りのほうを担当してもらう。先にこの店の秘伝のスープの準備をしてもらい、具材を準備して、それからお客さんが来たと同時に麺を茹でて大器へそれぞれ投入し、カウンターへ置いてもらう。接客などはミランナへ任せておいていいよ。私が直々ラーメンの手順を伝えるから、そのままやってみて貰えるといい」
そう聞くと、少し落ち着いて仕事が出来そうな印象だ。ここでも遊びと手加減を交互にする感じでいいのかと思っていた。だから俺はダリング店長の説明を淡々と聞いていた。
時計を見るとこれから研究ラボへ赴き博士と面会する時間にも近付いてきていた。
「じゃあ、俺はそろそろ別の用事があるので・・・」
「あぁ、分かった!明日から1週間のうちに採用のメールを入れるよ」
「じゃぁ、連絡先は“SaR―pwX―GoQ3”まで宜しくお願いします」
「フムフム・・・うん、私のは“2dB-Rov-AcKZ”だから。あとは・・・このメールアドレスをお互い登録し合おうか。こうすれば採用の合否が分かるし、友達としてもメッセージが出来るからさ、今後とも宜しくね!」
そしてこの先、この大陸にやってくるものと起きる出来事など、俺を困惑させるものに遭遇するなど全く予想だにしていなかった。
―――これは面白いことになりそうだ。




