27、それなりの訳
「そうか、お前も旅経つのか」
モノゴトリー協会へ来てから2年3ヶ月経った。
俺はデイジーとの触れ合いによって様々な記憶を噴出させた。
「なァ、その彼女と一体どうなったんだァ?」
「最近会わないし、あれから便りもない・・・どうしているのか分からない」
「あれ?振られたの?」
俺の出身地は“新天地パヘクワード”という大地でライズという名前で育ち、王の命により仲間と共に計画を進めていたことや、時には暖炉を取っていたことや、大切な人との約束のほか、デイジーがイーターやフォダネスという人物と重なっていたことなど、逃れられないような違和感に苛まれていたのだった。
そう、ここはパヘクワードの裏の世界・・・“闇の大地モノゴトリー”だ。
その闇を生んだのは・・・!
“ウィイイイ―――ン、ガタンッ”
“ドルルルルルルゥ~~~~ッ”
「あんたァ、明日は休みなんだってェェ――ッ!?」
「あ――、はいィッ!そうですがァ~~~ッ!!」
――現場指導員№10――
彼も最近は病院でカウンセリングを受けているという。
『私も患者の一人だからねぇ・・・あんたは、私を覚えているか?』
彼の話によると実験も受けてはいるが洗脳も薬も使わずに記憶は保たれているという。
俺の状態と違うのは怪我の程度も比較的浅く、ナスワイ医師でも医療補助員でもなぜ彼にサンシャイン現象と呼んでいたのかが不明だったので結論からして現場指導員という立場を維持できるとの事だった。しかも彼から俺にも自身のナンバーネームを教えていて、それなのに倒れず現場続行していた。たしか彼は以前にも“慣れている”と言っていたが、それなら名前は与えられていなかったのだろうか。
同じ現場でよく面倒を見てくれ、プライベートでは酒を酌み交わす仲であるが、なぜかそこだけ教えて貰えなかった。記憶を失うほどの衝撃、サンシャイン現象とはいったい何だったのだろう。あの時もあの日も現場から病院へ搬送されて帰ってきたものの人によってはそのまま帰ってこない者も居た。
完全に元に戻るという訳でもなく―――
だが、現場指導員、№10の彼は怪我をしていても所詮リハビリだから治って元通り帰って来られるなどと言っていたのも今や昔のことだった。―――彼は知っている。
「ちょっと、いいかねぇ?」
「う~んと、アーム止めます」
あれから俺は№721が帰ってしまってからはロボットアーマーで資材運びや設置、移動などを担当していた。この機械の全高は5メートルあり二階建ての建築物と同じ高さだ。このロボットアーマーが支給されたのは俺が工事現場で働いて2年目になってから。体はとても軽く感じられアームの挙動が心地もよくフットモーターも連動してくれている。
しかもクレーン車と同等のパワーだし、ほんとう資材運搬での移動が楽になった。操縦系統はパワーアシストが装備され実に精密である。開発期間や費用など相当掛かったと現場監督から聞いた事もある。動作も複雑だが実に滑らかな操作系統に驚く。研究開発から支給期間が長引いたのは送信する電磁波が人へ届かなかったためだった。この一体を運ぶのに輸送機一機が施設内で飛んでいたが確かに長引く筈だ。
「モノゴトリーへ入ってからの意識操作が必要だったのもこの為だったのだろうなァ!」
「そうですよね。俺も正直この大きさと精密さに驚いて意識の同調が難しかった・・・」
支給も早ければ№721も楽だった事だろうと頭の片隅で覚えるのだった。
ところで№10から俺を呼んでいたけど、何の用だろうかと気付く。
彼は俺の“また実験の話なら嫌だ”という意志など考えず次々と話し掛けてくる。
「まあいい、アームを動かしたまえよ。そのまま話を続けるのでね」
一言目には“操縦系統はそれで合っているかね?”と聞かれ、二言目には“それにそのロボットアーマーはとても優秀だろう?”と言い、そして“あんたが操縦するんだから問題ないと思う設定に合わせてある筈だ!”と言い放つ。だが今は記憶が新たな生活のほうに上向いていた俺を見てはいつも気遣うことが増えている。
(現場で俺達に何もなくても彼にはどのような変化があるのかは既に見当済みだよ・・・流石に分かるんだ・・・あのニンマリ見ている時が一番怖いよぉ~)
――そして№10は表情を整えて周りを見渡し作業中の俺に近付き話を切り出した。
「なぁ、あんたァ!また、あの怪しい検査を、実験をォ受けるのかねぇ―ッ!?」
(細身でどっしりとしたその声・・・ほんとう、迫力があるよ・・・)
あの時の俺は病院検査について『別に』と言っていて全く怪しいとも思っていなかった。
俺は毎回カウンセリングにより記憶の改正を行われている。今のところ質問、応答、薬を飲む。そして医務室で眠るだけで普段通りに生活や仕事へ向かっていられるため前とはかなり苦しみの度合いが違っている。№10の言う“前の医療班での出来事”について俺にはよく分からない。だが彼はそのまま話し続けるため俺の頭では分からなくても医療班が何をしていたのか体が意識的に憶えていて身が時折萎縮を始めるし、それでも作業を続けるしかなかったのかが問題だと思うんだ。
「前の医療班は実験の実態を知り、そして消された。どうしてだと思うね?それは被検体であるナンバーネームの記憶があったからだ。モノゴトリー協会の総主がこの地へ現れたのも何故か分かるかね?その被検体が光の束からある研究成果をもとに“世界線”という所から協会の総主と通信していたからだ。様々な被検体の意識にある技術や文明、これ等もすべて前の医療班が実験をしていたところ、光の束の生成に成功したがそれはすべて被検体のある箇所に“虹の鉱石”というものが装着されていたのだそうだ――」
細やかに話し掛けるその内容が分からなくなる前に俺はその内容はどういった理由で起きたモノなのかを聞き取る。だが、彼のその細やかな動きの方が俺の操作よりも早いのだ!
―――それで、
「その虹の鉱石を以って意志の無い被検体は右腕を動かされ、次に左足を固定されると右足を動かされ、左腕は固定されたままアームを装着する。この資材同様に――」
凄い――ッ!ロボットアーマーの動きに合わせるように動きながら手振り身振りをして俺に語りかけている・・・確かに俺の右腕はハンドアームの人差し指でボタンを押しつつ手前に引いて左足は脚部の停止ペダルを固定、右足は脚部の稼働ペダルを踏みこみ、左腕のハンドアームは親指のボタンを押したまま固定。するとロボットアーマーは個体を旋回させ資材を右45度の資材受取担当へと渡してゆく。その一連の動作を見ずに彼は話し込むのだ。記憶が無ければそのような事は出来ない筈だ。
――だからして、
「装着されていた虹の鉱石はある世界線のものであり活動を始める。例えるなら右足のペダルは前に、そして左足のペダルは後ろだが上下にしか動かん。そうするとこのように2メートル歩幅を揃えるようにすると活動を進めやすい――」
次はロボットアーマーの方が操られているような錯覚を覚えた。彼の意図を感じる。だがそんなものどこにも無い。それは俺に指示を与えた言葉が機械を操りそれを言葉で介して取り付ける様に機械ごと操る。それはまるで“糸で操られた人形”と同じ現象である。
「そこで!輝きを解き放つとあんたの様に光を放つという訳だよ。つまりこれが右腕シリンダーの伸縮、可動、そしてあんたの操縦は左稼働をする。光というより闇なのだ。あんたは闇の中で光を灯す一筋の線なのだ。右稼働を自然にすると資材は落ちない。前方の地平線を光が灯すように見るんだよ。この私の動きは、遊びと手加減。覚えているね?」
これは、ダンスだ――ッ!
――彼の話にある“虹の鉱石”とは俺の“かつての”世界線で使われていたものだ。それが今の世界線にあるのは研究成果に基づいた実験装置を伝い、それで光の束を生成して呼び寄せていたのだと思われた。彼の話はそれ以前の技術の危うさを物語るようである。
「総主が枝ならこのモノゴトリーのある地ごと別の世界線へ送る計画を企てていた事や、全ての人々を欺いて収益にしていた事を前の医療班がこっそり捜査していたのは不自然だろう?」
――欺く?ナンバーネームを?利益にして?世界線を直立させる?
「例えば丸虫。つまり極秘事項――つまり実験は、人体の奥底に眠る魂だとか?・・・それを機械へ移して人工的な生命体を作るという。仮にそうなるとこの世は人間よりも更に知能や体力の上回る力で支配され、この世の文明ごと世界線が崩壊するのではないかね」
――魂を移し替える?人の支配で文明が崩壊する?生命は円を描く?
「たしか、その医療班は実験装置にある端子に被検体の意識体を探れないように1つの細工を施したというのだ。それは知っての通り別の意識の声を再現するというものだった。つまりこの話は0だ。念のため確認しておくが、何か引っかかるところはないかね?」
――実験が1の端子を0の声に再現させられる?それは天才的思想?
“キミは1と0の関係を知っているかい?僕は出来るんだよ。
そうだねぇ、たとえば0が挨拶として1が理解できた、と位置付けよう。
0は相手の音を呼び、1で初めて聞いた。1はようやく分かったのに0で覚えられたのさ”
いつか彼はそう言った。使い分け等しなくても“初めからやり直す”という意味で全てを費やす。このサンシャイン現象のように彼は自ら持つ枝と丸虫を同時に扱ってみせていた。
枝は丸虫を滑らすだけ。そこには引っかかる要素など何処にも見当たらなかったのだ。
「・・・なぁ、引っ掛かるところはあるのか、と聞いているんだが?」
――たぶん気のせいだと思います。
「だけど頭が引っかかる部分はひとつ記憶できるけど出来なくするとひとつも無理はしなくていい・・・えっと、“虹の鉱石”がその効果を発揮するんですかね?」
――あんたァ、そいつの動力源は?
「それが何なのかは知っているのか?それから、そんな無理をしなくていいところだが、さて―――、先程コイツの動力源について触れたいが・・・あんたは――?そしてその記憶は合っているという自覚があるのだと思うかね――?」
――ハッキリというと・・・
本当の“君”はどうなのだ?
モノゴトリーで世界線がある事さえ忘れ、決めつけは良くないと心へ言い聞かせている。
つまり俺は、様々な世界線を通じてきたが、それ等の情報すべてを言葉や図解にするのには限界があり深い意識の方へ何らかの装置で繋ぐ必要がある。それが意識体の奥底にある眩き光“ライト・オブ・ソウル”と眩き闇“ダーク・オブ・ヘル”と呼ばれるもの。そこへ人類が辿り着くために被検体を人工生命体へ改変する必要があるという。それの動力源が“虹色の鉱石”・・・、虹の鉱石の原型だ。
―――殿下、俺はあなたとの約束を本当に守れているのでしょうか?
――――――カッ、カッ、カッ―――ピタ――ッ
“―――さて・・・ライズここが私の書斎だ。ここの部屋で暫く話でもしないか”
“――はい、殿下・・・仰せのままに・・・”
――――カタンッ
“すべてが崩壊し果たして君はそこから還ってこられるかね?”
“―――はい、殿下。俺はそこへ向かい、必ず還ってきます”
“君は・・・?それとも君は神の意志に導かれし存在なのか?”
“はい、俺はもう決めています。それが神の意志の導きだとしても”
“あの子は親の私でも気付かないうちに神憑りな波動をいくつも宿して”
“はい、たとえば今の彼女が”イデア“と呼ばれるのです”
“一つだけ。そこには偽りはないのだろうか?”
“勿論。仮に死んだとしても俺はきっと彼女を探すでしょうから―――”
“分かった―――、娘を頼んだぞ、眩き王よ―――。
「君はその“私との約束を果たせているのかどうか”だ」
(何だ今のフラッシュバックは・・・№10、あなたは一体・・・ッ)
「あの――ッ!指導員さん――?俺は――未だ、どこの誰なのか全くわからないんですよ?実験中にもよく分からない言葉や用語で話しているとも言われていて・・・怖くて困っている・・・でも明日、そのことで何か手掛かりも掴めると思っていたところだったんだ!」
「ふむ・・・なるほど。あんたの事情は察する。たしかに無理に聞いてしまった私が悪かったようだが―――だが、だがなァ、あんたがッどうしても気にかかるのだ!一応でいいのだ――ッ・・・病院へ行く前に聞いておきたいし伝えておきたかったんだッ!数十分でいいのだ・・・。その“生命体の技術の結晶の一つ”である“ロボットアーマー”から降りて話を頼めないのかねぇ・・・?」
生命体の技術の結晶といえば“あの世界線の技術から”だった。俺はそれを操っているから№721だった“あの親友”とも会えないままなのだ。今だけはそう思っていた。
“ウィイインップシュッカタンッ”
「指導員さん、アーム、フットとも起動停止。止めました。今から降りますね」
「無理言ってすまんな・・・。さて、まだ話の続きがある。適当な場所で座ろう」
彼は俺の以前のことを知っているかのような素振りをこの日は特別感じる。それと彼の様子まで身に覚えているような気がした。だけど暫くすると彼は俺の空気を読み取るように雰囲気を変えた。これも“サンシャイン現象”の影響かとも思っていた。なぜ俺と過去、話していた人に似ているよう感じていたのかな。
――え、っと・・・ぉ?
俺が躊躇うのと同時に№10はこう聞いてきた。あの時の俺なら“向こうからやってきたのは惑星の軌道がズレた。だからすべて計画は崩れていった”なんて言っていたのかも。
「あのな、ここはどこの星か知っているかね?ここの外は砂漠さ。水も緑もあるが10%で構成されている。人口は残り25%、不思議にもモノゴトリーはこれ以上の水も緑もある・・・そう、この星は遠く離れたギゥム星雲のドジェス銀河の一つの星なのだ―――」
――そうとも、はじめは豊かな生命で溢れていたよ。
それがだ、一瞬で光の中で蒸発したのだよ。あの頃のように浸食されて――
・・・王よ!君の目覚めの時はあの実験ですべて失ったというのか――ッ!
あの約束も―――ッ?
―――何故だと思うかね?”
―――砂漠と化したのは向こうの主によるものだ―――
―――これら星々は眩き世界線の光で浸食されていたのだ―――
―――浸食を行った奴の名は――――
「我々は銀河の元・・・星が・・・という訳だ。いいかねあんた?」
「え?あ・・・、すみません。意識が少し反れていました。聞いています!」
「まったく、あんたらしい・・・さて、前にも話したが焦っていたら何もかも廃になる。どこから来たのか、とか名前が何だったのか、とか色々思うところはあるだろう。だが、これまで築き上げていた記憶など全て実験や薬でどうにかされちまう。頭の中も見られるがままで意識の奥底まで探られてしまう。先程は前の医療班の話をしていた。今はどういう魂胆で実験をしているのか―――あんたは――、知りたくは――ないかね?」
――ああ、知りたいね。
いくつも俺が迷っていたのだから一生外に出られないなんて嫌だよ――
またあの実験によって俺はすべてをやり直さなければいけない。いつまでたっても外に出られず先に進む事さえ出来なくなる。そしてまた“焦るな”と言われる。
―――俺は――、先へ進みたい―――
「まあ焦るな。誰にも話した事は無いが今のモノゴトリーだって元は緑あふれる土地だったと聞いた事がある。それが一瞬で干上がった。さっきも話した通りだが、その大地の人々もおかしくなり始めた。そして協会が生まれた。それなのに当の協会本部の総主はこれ等の惨状の何を見ているのだろうな―――」
「―――先程の話だと、俺は協会が干上がった大地を懸命に元に戻そうとしているようにも思えますが・・・何だか無理矢理、世界線を繋げようとしている様に見えました。でも、さすがに世界線までは・・・」
“そうじゃない”と彼が言いそうなのを分かってはいても、そう言い切れない何かの意図が感じられていた。ハッキリとは見えていない。だが、それならさっき話していた人工生命体というものは“光と闇の集合体”とでも言うべきなのだろう。
「まあな、それも確かかも知れない。総主が―――、その“人工生命体”がこの世を支配していく日もそう遠くはないかも知れない。だが―――、私たちが、自分が、何者なのかをハッキリしないままだと、生きてはここから出られん。もしも意識の中まで消されてしまえばもう二度と、元には戻ることも出来なくなるだろう―――だからいいかね、私はあんたを買っている訳じゃないが実験に耐える位ならここの支給金よりも遥かによい仕事へ向かえる。それに私もこんな話をしていると彼等は私の存在そのものを消してしまうだろうが、そんな事がなければ豊かな暮らしが待っていただろうなァ―――」
ああ、そうだよ。実験なんか元々嘘の記憶で操作されるものだ。必ず記憶を戻さなければ頼る拠所も見つけられない。
――あなたもそうでしょう?
――殿下!
―それに、
「あんたは腕も足も頭も遥かに早く動かせる。それに体で覚えられるのは今のところ、あんたの特技だろう?私はこの現場指導員として働いてきた。色々な実験や薬もなく危険な状態にはならなかったさ。だからこうして居られるんだ」
(どういう事だ・・・?俺は覚えられるが、彼はとっくにその先を行っている??)
「――そうだなァ、あんただってあの中から超えてきたのだろう?」
いったい何を言って・・・ッ?
――俺は?
――怖い・・・?
――変容したのだろう?
「だったら、絶対奴らには“記憶にある世界線”を悟られるんじゃないぞ・・?」
そして、その時だった。彼はそっと俺の耳――、意識の中へとささやいた。
“―――かつての友よ、あのときを取りもどすのだ―――
使命を終えるであろう私が、この様に各世界線を経てそなたに交信したのも創造と破壊あっての事だった――――
光の王は残念だったが――その魂も既に変容を遂げている
――だから焦る必要はないぞ―――”
「なァ」
「・・・・はい、師匠・・・」
「この私がァァア?師匠ぅぅう~~~??」
彼は俺の肩をバシバシと叩き頬を両手で伸ばすと大声で“師匠”と呼ばれたことに歓喜した。だが、直ちに平静を保ち“現場指導員と呼べ”と指示した。
「あんたはいい感情を持つヤツだよ。だがな、いいか?あまり“呼んでくれないから”といって感情的にはなってはいけないよ?」
―――“遊びと手加減”
自信を持てよ―――
それからというもの――、№10がモノゴトリー協会の工事現場から姿を消したという。
―――夢の中
彼等は誰だろう?黒装束に身を纏った人間のような者たち。何かを実験し機械へ取り付けているがそれが機械人形となって生命を宿す。その生命体らしきモノへ装置を繋げて何かを文言を呟いている。この光景は何なんだ?
――我、闇の集いし虹の化身よ形よ、魔道の光を放つのだ・・・
この国を闇の狭間へ誘え―――騎士となれ―――ッ!
―――夢の続き
中年位だろうか、一人で誰かと話している。赤い椅子へ座っているこの人物はそっとワインを飲みながら、その誰かへと語りかけているようだ。そこは多様な装飾物に広いツルツル光る壁と床の一室。手入れが届いていることが分かる。これは一体どこ?
―――意志よ、あなたは全てを守っていたのです。
あの方へ大いなる意志が宿り我が意志にも―――
その誰かの背後には“眩い閃光”に包まれし影がそう告げている。その誰かは何か意図をもって動いてはいたが、その瞳孔は開いたままだった。何かを話し合っている?
――“王”よッ忘れないでくれ?“時を駆ける”のだ。
いいかね?いずれまた会おう―――ッ!
赤い椅子へ座っている彼のその最後に放った言葉。俺の意識のなかでそれが共鳴しその約束は記憶に残った。まるで俺がそこで居たかのよう―――。
「№10、接触あったな・・・用意しろ!」
――――――彼をこの世界線から・・・排除の対象とするよ。
―――朝、モノゴトリー医療施設
「では、始めます」
ナスワイ医師の精密検査によると、脳の上部の形状が一回り大きい事が分かった。
ただ、マセルの記憶については詰まるところがあった。
「まず、あなたをマセルでなく今後は“ライズ”と呼びます」
――なぜ俺がライズと?
――そう呼ぶほど、あなたは機械に共鳴します。
「“ある人物”にとってより良い発見があるかも知れないからです。彼は研究ラボに居ますからね。もう一つ、多分に本の読みすぎとの推測憶測をするには、あまりに惜しく有用ではなかったのですね。著者ビヨジャ・メンション・ジュダス・・・といいましたか?」
「先生、“あの本”にはそんな名前登場していませんし、あの著者にはまるで物語がありませんでした。遥か遠くの指標を指すようなことが多くて、特に地平線から光が差すとか、あとは自分次第みたいな文言ならあるけど頑張っていれば希望があるとかなんとか・・・」
「希望・・・自分次第というよりも誰かの存在にやっと気付き今の自分が輝いていた事を知るのですが、地平線とは鏡・・・ライズ、その本は光を差すのでは?」
「俺は確かに誰かの存在に気付いているつもりです。光も地平線の向こうから毎朝見られます。だからあの本はそういう意味で鏡とは違うと思うのですが?」
――まあ、読者の感想とはそういうものでしょう。
――ところであの本――、私も一読したものの何というか―――、
――――遥か先の光と闇を覆すのを感じ取れた―――。
ビヨジャ・メンション・ジュダスの著書から数多の意志を、光を放っていた。
ライズはマセルの時よりも遥か遠くを見つめていた。だから物語がないというのか?彼には自身の世界線を思い出せず意識を保って居られたとでもいうのだろうか・・・・。
著者であるジュダス、それからサンシャイン現象・・・
ああ、実に実に―、興味深い――ッ!
「では本題に入ります。ライズあなたにはもっと気になる処があります。この脳の形状を見てください。あなたの脳です。我ら協会が示すサンシャイン現象の特徴というより、突起物に強く当たった衝突痕でしょう。一回り大きいといっても1ミリと満たないですし、これで記憶が蘇るというのも医学的に説明がつかず“一時的な幻覚だった”のでしょう。気晴らしによる興奮状態とも言えるし時々乖離が起きていたようですが心当たり等あるでしょうか?」
「乖離?心当たりはないけど、もしや俺の記憶が別の意識にあるという意味・・・?」
「はい。カウンセリングの実験結果で毎回、ライズさんの記憶にある声と意識の中にある声が違っていて、それが“世界線の崩壊”と表現されていました」
「崩壊、ですか。あのォ、ナスワイ先生からは俺のサンシャイン現象が中程度と聞いていました。記憶は戻りつつあるけど、崩壊した新天地がここには存在していなかったとも」
「ここはモノゴトリー協会が仕切っている世界でもありますから、そのようなものは存在していないでしょう。それよりも元々、モノゴトリーの外の世界がどのような名称なのかは詳しく明示されていません。昔、施設長からは“荒廃した大地”とも名付けられていたと聞いていましたが、新天地パヘクワードというのは、完全なる大地とも呼べるものなのでしょうか?」
――パヘクワードが?あの崩壊した大地がどこかの世界線へ向かったので完全ではないと“ある人物”から聞いていた。
俺はその世界線を基に戻そうとしている。それでも尚、形状を保っていて完全だと呼べるのか・・・?
「ああ、すみません、私の憶測に過ぎないので無視でいいですよ」と、ナスワイ医師。
―――ダ・ジィン、息子は何処へ・・・ッ!?
―――王よ、私も彼を追いました―――
―――あなたが彼を止めることすら出来ないと―――
―――しかし、闇の集団は。だから―――
変容と言うべきか分からないなァ。
でも・・・、まぁ・・・、そうだよなァ
憶測・・・・・だよな?
名称こそは一応、日誌に書いていたものなので、ナスワイ医師はあまり触れないで居る。
あの記憶のことはデイジーも一瞬だったと言っていたし、俺もここで暮らしているうちに徐々に薄らいでいった。ただ何かに縛られている感じがして眠れない事もある。
「さて、ここで問題です。感じられることと、感じられないことと、二通りありますが」
―――さて、ライズは、どちらを選んでいますか?
「光が感じられるのですが、闇は感じられません。だから俺は光を選んでいます」
(よく分からないけど・・・)
光を辿っていくうちに自身の以前の記憶、意識体に眠る“大いなる意志”へ向かうのだろうか。俺は度重なるこの状態をどこまで保っていられるだろうか。
「あとはその№39、デイジーさんの暮らすグロリアランドですか?」
いけない―――、油断した!ここは、俺がしっかりしないといけないな。
「デイジー・・・それが何か・・・?」
彼に俺から与える情報を無駄にしない様、警戒を心掛ける。
「いいえ、グロリアランドに向かうであろうライズが何かを感じられるなら一度、そこへ転勤する方があなたにはいいリハビリになるかも知れませんね。仮に何も感じられないのなら、その記憶が回復する際にまた様々な思いを引き寄せるのでしょう。幻覚症状じゃなければの話ですが・・・」
その当時、幻覚と言われていたそれは俺の見た閃光の中の途切れた記憶の声々だった。
後々グロリアランドで説明されることになる事もまだ俺には理解できていなかった。
「まあ、いいでしょう。私から施設長に許可を得ておきましょう。じゃあ紹介状書いておきますね。そのデイジーと関連のあるあの博士ならきっと受け入れてくれるでしょうし」
ナスワイ医師はペンを取り資料用の用紙になにかを書き出した。
俺はその様子をじーっと見ていたが、そろそろ帰らなければいけない。
(デイジーとも関連のある者・・・博士・・・?)
さて―――、どうしたものかな君の意識体は?
「・・・それとこれ等も必要ですね」
「それは、先生一体何なんですか・・・?」
「引っ越しのための必需品ですが、えーっと助手のエミリカ君、あれ出してくれ」
そういって助手からは帳面のようなものと革袋のようなものが差し出された。彼女は見たところ25歳くらいかと思われる。やや猫背で人形のような顔立ちだ。
「これ、貯金通帳で、支度金と暫くの生活費が入金されていまして、あとこれ、財布を」
「なんだか色々と準備が必要なんですかね・・・」
「必要です」
――それはそうとしてライズ、
一つ忠告ですが――
工事現場のときと違ってお金を始めて集めることになる。
それ等の物はとても軽くて持ちやすく運びやすい。
「グロリアランド。あれは1000の人口施設です。1000人ではなく1000の集合体と思っておいてください。見た目よりもその中身だという事です。“以前のあなたでも”その数多なる“魂”など掴み切れないでしょう」
――先生、1000の集合体というのは?一つの集まりに例えるなら?
例えば一つのコアに、2500名住んでいると思ってほしい――
つまり集合体ごとに役割がいくつもあり、それぞれが機能している。
ナスワイ医師曰くそれを繋いでいるのがグロリアランドの交通線だという。
「通路が面々仕切られており交通手段も乗り物をとおして移動します。それから移動の際は盗難に遭わない事を祈ります。環境が全く違うために足を間違って踏み入れる住人もいますので、気を付けておいてください。それではエミリカ君、№850ライズへ補足を入れておいてくれ」
「はいナスワイ先生。ライズさん、そこの博士はグロリアランドの一角で研究を行っています。彼はかつてナスワイ先生の同期でもあります」
「同期・・・ですか?」
エミリカの話によると、その研究所からグロリアランド全体は電磁波で覆われている。
地図も渡しておくので無くさない様にしてほしいといい、行先はこの地図に記してあるとのことだ。
「では、地図と一緒に渡しておきます。では、ナスワイ先生お願いします」
まだ、何か貰えるのかと期待していた俺が居る。1年分の食料とかなら嬉しい反面、部屋にも置けないだろう。本にある様な温泉なんてどうだろう?体をリフレッシュしたいから。デイジーとの永住権?あれから音沙汰ないし。それとも外へ出してくれる券とか?そんな筈はなさそうだが?―――さて、何を渡してくれる?1秒さえ遅く感じる。
「エミリア君、ありがとう。それでは№850ライズ、そこの街には働ける設備も様々設置されてあるのでリハビリがてらに動いてみてはどうでしょうか?」
(なんだ、何かを貰える訳じゃないのか・・・)
現時点でナスワイ医師の判断によると幻覚を疑うもののサンシャイン現象はそこまで酷くはないという。その代わり紹介先の研究ラボに居る博士のもとで検体を採取される予定だ。また、更なる俺の詳細データーと精密検査に実験まで行われる筈だという。それ等のデーターをある光体へ照合されサンシャイン現象の詳細を基に研究が進むかも知れないが、下手をすると脳が破壊されるためその身の安否は問われないという。
――とはいえだ、破壊と同時に有益な情報を引き出すのはどうだ。
「きっと有益な情報を基にあなたの記憶を再構成し回復されていくはずです。希望を持つことです。信じてみてください」
「そうだと希望が持てそう――、ですね」
「ふむ。では一定の行動はライズのご判断にお任せしますからね。時々こちらへ戻る事もあるでしょうから・・・。で、エミリカ君あれもよろしく」
「はいナスワイ先生」
エミリカは四角い鉄の小テーブルの上にあるケースから何か小さなものを持ち出した。
そのケースを持ち、俺の方までスタスタと歩を進めそして差し出してきた。
「ライズさんコレは携帯電話です。どうぞ受け取ってください」
エミリカの持つそれはベージュ色の長方形の個体で、中側には黒い枠に仕切られており、その中枠には縦8センチ横4センチのブルーモニターが設置されている機械だった。
その個体の裏の上部には小型のレンズが大小一つずつ内蔵されている。
「これは?」
「この携帯電話は遠くの人と話せる道具です。勿論相手にも電話があれば使えますが、あまり遠くだと通信が乱れることがあります。詳細は説明書を挟んでおくので是非、読んでおいて下さい。迷子になった時などとても重宝しますので。では、ナスワイ先生どうぞ」
「エミリカ君、ありがとう。ではライズ、これからは現場と違いとても忙しくなるかと思われます。記憶は徐々に取り戻すものなので焦らないよう注意しておいてください」
「ナスワイ先生、本当ありがとうございます。2年余りの生活ひとまずお世話になりました。どうかお元気で」
俺はこのモノゴトリー協会の医療施設エンゴリートを出てグロリアランドへ向かう。
色々用意されたが宿泊施設へ戻り準備することとなる。
――引っ越しは7日後だ。準備を怠らない様にしよう・・・!
―――帰宅後のこと
(えっと、引っ越し業者へ連絡してもらったし荷物も整えておこう。あとは先生から支給された貯金通帳、財布、それから携帯電話・・・これはデイジーにも伝えておこう)
とうとうグロリアランドへの転勤が認められた。あの時は100メートルが1キロメートルという感覚に居た。デイジー、喜ぶかなあ。工事現場の仲間はどう思うことだろうか。
「件名:ライズごめんなさい」
「本件:私は施設の話などした覚えはなく、何故か二人とも搬送されていて個別で治療を受けていた事なら覚えていたの。でもそれはどういう事?あと私の前世が、“イーター”或いは“フォダネス”だと言うの?それは何だか唐突過ぎるので理解が難しいわ。お互い頭を冷やしましょうね。では今度会える時迄待ちます。―――デイジーより」
――――“ライズ、約束よ。きっと皆で戻りましょう”
“ライズ、僕達は必ず戻ってみせると信じて這い上がっていこうね”―――
“ああ――また、落ち合おう”――――
――――まったく、あなたという人は
ほんとう迷惑よ―――ッ!
えへ!




