25、はじめて味わう心の声「閉」
“ふ――ッ”と、ため息をついた。
俺達は少し黙って上を眺めていた。色んなことがあるんだなと、思っても見たけどそこには何もなかった。
「えっと、何だったのかな、何かを妻に伝え損ねた感じなんだよね~」
彼は俺に濁すように微笑み言っていた。
“―――ミヘルに伝え損ねたんだよ?君が変な顔するからさあ?”
“俺はそれ程に変じゃないぞ?お前もさァ空を眺めてみろよ―――”
“あれ?何もない―――ぞ・・・。ん?あ、居ない―ッ逃げたな―ァ!?”
――サンシャイン現象は様々で、その現象は俺以外のナンバーネームにも起きている。
そう現場指導員から聞いていたのを憶えていたものの、ここで働く同僚はもしかしたら何らかの記憶が消えているのかも知れない。その原因も多岐に渡り、俺でさえもまったく知らなかったことである。ここへ来て皆も、モノゴトリー協会の医師からサンシャイン現象を告知されるという、余りにも宗教的な要素がなんとなく感じ取れた。そして彼も、ここが唯一のリハビリ施設として医師にこの現場を紹介されたと言う。その足が歩くたび引き釣りながらもここまで来たとか。それに何だか不便さを偽っているかのようだ―――。
もしかすると、記憶以外になにか病気でも起きたのかも知れない。
「一応ショックですよね。夫婦でのことなのに何もかも覚えていないって」
「うん、ある意味ショックだったね。僕も足の感覚の方がなかなか掴めなくて悩んでいるんだよ。現場では歩くのが遅いって。なのに物を持ち上げたり運んだり、これは本当にリハビリと言えるのかな?」
彼からこの現場の不便さについて“お前も何か不思議だと思わないか”と切り返されているような気がした。まるで以前から“アイツ”にそう言われている気がしてならなかった。
そう、お前自身にだよ!
―――えっと、それってどういう・・・?
“だっておかしくないか?折角俺達は妻子を持っているのに収入減退か?”
“俺だって研究成果とか受賞さえすれば知名度も収入も爆上がりだった”
“俺は人工生命体を開発したし博士号もある。そしてまた新開発を任される”
“それって振り出しだよな。未だ量産段階でもなく研究とは不便なもんだ”
“あぁ本当だよな。経営も低迷していて酷くハードな状況になったのさ”
―――あれさえ完成すれば
“世界線をも統べる生命体が誕生する”と証明したのに―――ッ!
「何だか腑に落ちないよね、これが医療班曰くリハビリの一環だって言い分は。モノゴトリー協会ってもっと平穏な雰囲気だって感じがしたんだけど初心者には結構ハードだね。この足で走れとでもいうのかい?キミはどう?」
俺は記憶と腕の筋以外は不便をしていない。どうにでもなりそうだと思っていた。普通に歩けるし走った方が楽なほう。なのにリハビリがクレーン車ってどういうことなのだろうか。彼の言う通りというわけじゃないけど、工事現場は怪我をすることだってある。だから“平穏”など求めていたら危険極まりないことも“記憶が無い”という意味で訴えている。
――しかも事前に医師からは、このように説明があった。
危険極まりない状態――それは、脳にある神経からでは体に働きかけるまで時間がかかるというもの。人体には潜在的な制限があり、動くためには神経を伝って血が巡り体温を調節するようになっていて、筋が動くのも血液を繋げている筋肉と骨を動かすために必要なバネと同じ原理なのだと医師はいう。だから逆に最も敏感な足や手先の方からアプローチすると神経を伝って脳が活性化する筈なので、ショックで失っていた記憶が徐々に回復するようになっていると聞いていたが、それについては余り参考にならなかったな。
医師の説明は聞いてはいたが、俺の回復が幾ら何でも遅いと感じるのはあの3ヶ月間だけで今は働くことにも慣れていたのだから様々な要素が絡んでいたのかも知れないな。
ついでにコレもやり遂げておくといい。
―――この『可憐な花と暦』には大草原に迷うとある・・・
“なぁ、キミはさ、もしこのまま冒険を続けるとしたら騎士の道は諦めるのかい?”
“そうだなぁ、姫はともかく、この王国の場合、実権持ってる連中で保てているし”
“何だか腑に落ちないね。僕もこの王国には随分走らされた。人形みたいに”
“俺達は七つの騎士か?なら、人形なわけがない。殿下も認めてくれたろ?”
――――――人形、この僕が?
――ところでさ――
「ここの食事なんだけど、おいしいよね?暑いから傷んでないか不安だったけど、食あたりみたいなの起きてないかい?」
「いえ、そんなことが起きていたら今頃あなたと話なんてしてないですって。でも頑張って仕事してこうして話もして、食事を美味しく感じられることはここへ来て初めてです」
「なるほど!私とキミは一歩ずつ頑張ってこられたわけだ!」
一歩ずつ、か・・・。そうだよな、俺はここで背中を押され、過ごせていたから孤独じゃなかった筈だ。俺がそれに気付いていなかったが本当はよく頑張っていたかもしれない。そして・・・、初心者の彼もここで頑張ろうとしている。
こうして人の事も認める。だから味はいつもより一層、おいしく感じられたみたいだ。
(そう――、例えばさ・・・それはまるで“あの時以来”だったよな?)
―――ちょっとォあなたはッ!また口からこぼして――、もう――ッ!
“まあまあ、イーターそう、怒らなくていいよ。ね、ね?ミヘル“
“そうね、彼のいつもの癖だから直せと言っても治らない。ささ、また調べモノ!”
“んっ?・・・モグモグ。んん~?ジグルぅ俺に変なもん食わせたなぁ~?ごくん!”
“ちょっとォ?ライズぅ―!?僕の大切な本にワインこぼしているよォ――っ!??”
(・・・あの時のように・・・)
「あの俺、少し何か思い出せたような」
「僕も思い出せたような気がするよ。“昔”に妻と“亡くなった友人”ともこう話していたよ。懐かしいな」
なあ、覚えているか――静かで爽やかな風が吹きとても気持ちがよかったのを―――
あのとき俺達に妻と子供も居てさ、お前と色々話をして食べていたよな―――
―――“ピンポンパン、ピンポンパンポン”―――
「あ、時間だ・・・そろそろ」
「ああ、すまないね。あと、キミっていうのもいけないね。先輩だし」
「いいですよ。同僚だし何かあったら声掛けられるじゃないですか」
「そうだね!じゃ、また」
夕日が地平線に沿って光っていて、美しい輝きを放っている。
とても眩しいことをこの日、感じていた俺は何か変わったような気がしてならない。
――人の温かさを、遠い過去に置き忘れていたみたいだな!
サンシャインか・・・。なんとも眩しい彼に“再び”出逢えた。そう、再び・・・。
ん?再び・・・?このような偶然、必然が“かつてあった”ことを駆り立ててしまう。
“――今日もありがとう道彦よ”
“――あぁ、孝弘、俺も感謝するよ”
“また話せたなお前と。懐かしいなぁ、ジグル――”
“ほんと、あの頃と変わらないねライズはさぁ――”
“―――さようなら友よ。そして、また会おう!”
―――――――――――――――――ジグルより―
「報告します。ヤツが接触したようです」
「今はいい。それより今の彼の場合、畏怖・・・或いは輝きの世界線・・・?」
「『名無し勲章ジパンの国々へ』これを彼が持っていたという事は?」
―――――もしや!
・・・畏怖?それとも最古から――いや・・・該当しない!
ダーク・オブ・ホールを潜り抜けて来たとでもいう・・・のか―――?
”抜けてきたそこに真実なる記憶があったとしても驚いちゃいけないなァ~”




