24、はじめて味わう心の声「開」
覚えているかな。
えっと名前ですよね?
「俺の名前は、“名無しの君”でいいのかな。
え~っと、№850って呼ばれていますが・・・」
ううん、違う名前を聞きたいんだ。
「“名無しの君”?僕もここの施設にきて
№721と呼ばれてこの現場に紹介された。
けど、“名無しの君”?なに・・・それ??」
俺の持つ本によると『彼は笑いつつも私と向き合って話してくれる。だが私は彼といつか対峙するような気がしてならない。それは“予感、予兆、預言”というべきか。今は何ともないが、彼の正体を知ることに闇で貫かれる何かを感じていた。地平線の向こうには光があるのに愛する彼を見捨てなければいけないのだろうか』と在った。
”永い話には終わりが来る。それが七つの光を伴う時は、やがて太陽の名のもとに覚えのある言葉を紡ぐんだ。時間が来る、迫るその時まで大事に取っておけ。それが新しい記憶や思い出になるなら、折角の機会に置いておくんだ。邪魔なら整理整頓しておけよ?”
だが、俺には以前の記憶が無い。つまり彼との記憶もなく特に関係のあるような間柄でもない気がする。初めて話し合うのにそこまで感じられるのも初めての感触だった。だからせめて規則や事故など起きないなら“名前を呼び合って”いけそうでもある。
“――ハハハ、何言っているの君はさぁ。
この王国に呼ばれてから出世したじゃないか”
“いや、お前の出世の方がいいよ。
俺はいつもお前の隣にいるから目立ちたくないんだよ”
“そういう時、名を名乗らない方がいいかもね。
名無しってことで―――――――”
――いつだったろうか
――何か以前にも・・・
「ハハハ・・・、きのう“名無しのそこの人”と呼ばれて、今日初めてあなたに“キミ”と呼ばれて。名前なんて全く覚えていなくてそれで合わせ“名無しの君”って勝手に付けてます。俺もおかしいと思いますよ」
「そうだよね、名前が無いって事はあまりにも空しくなるよね」
「確かに。でも俺の名前が何だったのか記憶がなくて、悲しくなることもあったよね。ここへ来てからずっと名前が何だったのかと聞かれ、医師からは“サンシャイン現象”と診断されてリハビリにここを紹介されてきました。でももう過去のことだから、無理して言わなくたって分かると思う。生活だって基礎に基礎を重ねて普通にできていて、もう問題ないと感じがしていた頃に倒れる事もありました」
”それが事実か嘘か、その判断は君に任せるよ。時間が経つ度に、どうも価値観が薄れてね、それが何を訴えたいのか分からなくなる時も来るんだよ。そう、何度読み返していてもカンニングしたように見えるんだ。点数だってそう、中身がない実験や研究データーに頼っているに過ぎないし別れろよ”
「え?そうなの?僕も重労働だとそうなのかなぁ。時々手が釣るので何かなと思って先生に診て貰ったら腱鞘炎って言われたっけね~」
―――例えばこの協会の人達、人工的に作られているみたいだから!
ん・・・?俺達ナンバーネームが・・・?
人工的に造られていると言ったのか・・・?
だが、どう見ても只の記憶喪失な患者・・・、
もしかすると俺の聞き間違えなのかも・・・!
「俺は最初からしばらく腕の感覚も分からなくて、レバー操作ミスがありました。以前は馴染みがあった筈なんだけど、その記憶の方に俺はここで漂っていたみたい」
「もしかして無理しているのかい?僕も、ここへ来て不自由は感じているんだから分からなくはないよ。キミのその言い分は、それに僕もかもね」と、彼は一瞬言葉を止める。
「すみません、少し記憶を遡ってしまっていて、今も。誰にも言ったことがなく、つい・・・カーっとなってしまった」
――すると、彼は静かに
『・・・サンシャイン現象らしいよ』
と呟いた。
俺は一瞬ドキッとした――
”事を留めたいのは分かる。幾ら聞いても聞かなかったフリをしたいのも分かる。だけど分からん。それがお前の本当の話なのか浮き上がらないのだ。実際問題どうなのだ?それが判断材料だとしても、誰かに褒められたいとしても順番位は打っておいた方が分かりやすいだろう?例えば―――、”
何か突かれたような感触が肩にあった。
俺は咄嗟に顔を上に反らし、彼のその言葉を聞き流すようにした。
「え?何か言いました?」
さっき、俺がサンシャイン現象だと告白したけども、彼はすぐ反応した。
当時彼が何者か知らなかったのだから唖然としていたものだ。
「―――うん、言った!」
彼は広い面持ちで彼は頭を上にあげた。
「“僕もサンシャイン現象らしいよ”とキミに告白した。だが僕の場合は原因がショックというよりも軽度の記憶障害だと先生から言われたよ。僕にはね、妻が居て、その彼女に何かを言っている最中だった場所で何かしていたらしいんだ」
その彼の声が低くなるのを感じたが、その当時に比べると大したことなんて無かったんだよね。それは彼から聞いた話だったもので俺には関係ないものだった。それなのに話の続きが気になった俺は彼に『それで、何か起きました?無理に言わなくてもいいので』と尋ねていたものだ。
彼は顔をこちらへ向けて言う。
「無理ではないけどね、そう、とても強い衝撃が脳にあったようだね。それで、そのときの僕はいつもとは違う雰囲気でね、暴れるほどの様子だったとも聞いた。でも僕はそのことを何もかも覚えていなくてね・・・少し休む?」
―――ああ、時間が経ち過ぎた。休む前段階なのに忘れ始めたんだ。時が産声を挙げるまでに、その現象を憶えておきたい気がする。そうだなァ、時間と共に忘れる現象なんてのはどうだ?そこだけ穴を開けていたら自然と空気が流れて来て新たな記憶を思い出すかもしれない。それが誰かのメッセージだとしても嘘偽りが、困った時に思い出せる様になるかも知れないんだ。
―――それで休めるなら、いっその事に返事をしなくても訪れる明日に地平線が現れる。それが眩い光で貫く何かであっても痛みは一瞬だけだ。覚えている記憶も同じで忘れる痛みも一瞬なんだ。無理だろうが君もその別れを大切にしろよ。




