はじめて味わう心の声「2」
俺は名も知らぬ同僚の持ってきた弁当を見て、何だか覚えのある言葉を聞いているような感覚で居る。その弁当にある魚介類を見ていると彼は一体誰だったのかと考えてしまう。その考える程の人物なのか理由は分からない。だけど俺も以前の記憶さえあれば自己紹介くらいは出来ていただろうとも考えこんでしまう。それよりまずは、彼に質問をしたい。
「あのォ~、魚介類なんて珍しいし、料理長も奮発したんでしょうかねぇ?」
「キミもそう思うだろう?そうなんだよ。僕も結構奮発していると思うんだ。ギョロメ魚の寿司なんて、何時頃ぶりだったかな?・・・忘れてしまったけどね」
モノゴトリー協会の中には生態製造区域という所がありそこで産まれた動物や魚介類などを自然区域へ放つ。保護されたり捕獲されたり標本や食材となるなど用途は様々だ。それに、俺達は時間の関係で早食いだったけど空腹は満たされた。喉も潤ったところで目前の彼が誰なのか気になっていた。彼を知るにはまず何から話せばいいのか。やはり、どこの区域から歩いてきたのか。それとも何故食事をくれたのかとか、記憶を取り戻したいが為に色々話題は尽きなさそうだった。
―――そうだなぁ、迷ったけどまず食事のことで聞いてみようか?
「あの、頂いておいて文句付けるようですけど、何で食事二つ分持ってきたので?」
「ん?まあ、そう・・・それなんだけど、そうだねえ・・・、僕がカウンターで頼んだものが間違って二つ分用意されていた。そこで昼のチャイムが鳴ったので急いでしまってね、その二つごと慌てて一緒に持ってきてしまったんだよね~。いやぁ、勿体ないからって不味いと思ってまた戻るの僕の場合大変だからさ、“誰か食べてくれないかな”と思って食べてくれる人を探していた。周りを見渡してみると誰も居なくて、クレーン車を動かしていたキミだけが居た。もう昼だし誰も居ないし、同僚だろうから呼び掛けたってことだよ。だから急いで声を掛けたんだよね~」
そう聞いていても、俺からは彼の行動は唐突なものだったとしか受け取れない。それにその説明にも無理があるし、それは本当に俺がいたから?
――――ギシッキイィ――ッ
“座るならあの店がいい。勿論、俺が奢るし一緒に食べに行かないか?”
“食べに?・・・お前も会社が設立してから安月給とか言っていたような?”
“それが実は・・・年間ボーナスのほうがねぇドンッと入っていたんだよォ!”
“え?ほんとかそれ?俺にはなかったぞ?嫁さんと子供には?もっと食わせてやれよ?”
“いやぁそれには事情があってさ、認められたんだよあの先輩からだよ?”
“先輩が?あの人が?・・・もしかすると俺もそろそろ・・・!”
“あぁ、やめとけ。俺は特別だったんだ。さぁ~て食うぞォォ~ッ!!”
“ズルい!『あの研究は』もう、終わったのかぁ――ッ”
――――――待てよォォ――ッ
「でも俺が食事を持っていたら?それと、あなたはどこの担当で?」
「そうだねえ~。僕からすればこれほどの重労働って体って栄養が欲しくなるものだと思う。この寿司だってもう食べたけどそれほど無理じゃない量に調整されているみたいだった。あ、そうそう、質問に答えるね。僕は向こうのA区域から来たんだ!」
確かにそれ程の量じゃないし、仕事が終わったら丁度空腹になるような量で調理されている。だけど何だか俺は彼に都合のいいように乗せられているような感じがした。
「まあ、いいじゃないか。この施設は食品ロスやっているし。もし残せば休日出勤だっけ?僕は無理できないので皆のように働けない。あとここの協会って一応、健康管理が重要とか言っていたけど病院では正常と言われるし、これだけ食べても大丈夫なんじゃないかな。そういう訳で縁もあったと思ってほしい!」
そういえばあの時は確かにモノゴトリー協会のほうで食品ロスにならないように決められていたっけな。規則でなく皆一斉の体調管理になるようにと、分量、味など一括に調整されていて驚いていた。この説明は現場に紹介された当初聞いていた。
ただし、彼とは偶然とはいえ1年6ヵ月間も現場では名前すら呼ばせてくれないこの俺にも光を与えてくれているような気がしたなんて思えば気持ち悪い解釈だったな。
このような場面で彼と話せることがリハビリに繋がるかもしれないとも思っていたら本当に以前の記憶が戻ってきたような希望が持てていたんだ。
――なにか、――こう、似ているんだよ。
――ここに来る前の空気に・・・
「あのー・・・、俺以外に縁はなかったんですかね・・・?」
上目遣いに見る俺の顔をみて、彼は“そうじゃない”というように顔を左右に振った。
そして下にうつむき語り口調でこう言った。
「縁ねえ・・・。僕もこの施設で仕事を紹介されたし働かせてもらっている。そして食わせてもらっている身でもある。誰かと食事を共にする機会もあるだろう。でもさ、縁が無くても誰かと話すのは大変有意義なことだと思うんだよ。何故だと思う?」
「さぁ・・・、俺は何か変な感じがするし普通じゃない気も・・・。言い方、偉そうですけど馴染みのある感じがしましたね」
「変な感じ、偉そう、馴染みのあるかぁ。ふ~ん、なるほどねえ~。答えになってないけど、まあ出逢いって色々だと思う。個人的に!でもそれって病院で忘れる事があるし、また前に向けば元通り。だから馴染みがあるからこそ、この出逢いは有意義だよね。それって普通じゃないのかい?」
「そうかなあ、何か無理して言い方変えていません?あなたはそれだけで近寄ってきた気がしないんですよね。まだ1年6ヵ月の俺から見ても、この現場そこまでオープンじゃなかったと思いましたよ?」
しかし、当時はそうだな。彼とはまだ初めての会話だというのに、その時のこの親近感は、病院の時と違っていてなぜか頭を探る様な感じがしていたのを憶えている。当時の俺はまだ彼のことを誰だったのか思い出せずに居た。彼が何者かも知らなかったよ。
一応、現場で同志を作っている方々も居る事だし。同じかなぁ。
「あ、そお?オープンじゃないからこそ、普通に接しているけどそうじゃないの?」
「普通に接している?」
「そう、普通。それにもしかして僕とキミは必然的だったのかも知れないよ?こうして座って逃げる事もしないし、キミだってもし僕のように一人ならいずれ誰かに声をかける筈。そう、キミはきっとそうするかもしれないと私は予感する」
「はあ、予感ですか・・・」
――えーっと、この人、誰だろう。
密着感も強いし俺を知っている人なのだろうか?
もしかして同僚と扮した上司なのか?
モノゴトリー協会の複合施設の中に俺の傍に居たのだろうか?
う~ん、こう記憶にないと落着かないな。
俺にとって誰なんだ?
―――相思相愛―――ッ!?