はじめて味わう心の声「1」
俺はこのモノゴトリー協会で1年6ヵ月の時を過ごした。
いつも自分が何者かと悩む俺の背景には仲間同士の話が飛び交う。
なぜ医療班での実験が執り行われるのか、いろんな施設を回っていたが不思議と居られるのになぜ何時まで経っても同じことを繰返しているのか、誰と居ても生命を感じられないとか窺い始めているのである。
――それに、
以前の記憶の無い俺にとって、
心から“感謝”するような出来事があればいいのだが―――。
“トンットンットンッ――カンッカンッカンッ”
「よう、あんた。まだ実験に通っているんだな?」
「違和感だらけだな、ここは謎の舞台だよ」
「おれも!ここで家族は作れたけど、まるで人形と話しているみたい」
「俺には身内も親戚も友人もいないっていつも実験後言われてさぁ」
「そりゃあんたは誰からも連絡が無いだけだ!だから焦るなよ?」
施設工事中に現場指導員と同僚たちは相変わらず談話をしていた。
俺には家族も身内も誰も便りがなかった。もしかすると忘れられたのかもしれない。
その一方で別の班は電気ドリルを回す作業をしている。
“ガガガガガッギュルルルルッ”
「なぁ!そういう確証はあるのかい!?」
「いやあ、ないなっ!住所も所在地も忘れたしよ!!」
ここの人たちとだって顔合わせしかしてない。俺もここへ来て1年2ヵ月経ったが合図をし、現場に注意しつつクレーン車を動かすのみだった。
(レバーはもう少し右、左、フットレバーも浅く、深く!)
いつも思う。“名前・・・、誰かくれないかなあ”とか、“誰か話を聞いてくれたら”とか“共感の持てる話題ってなんだ”と俺はいつも背景に紛れたような作業をしている。
(遊びと手加減・・・っと)
俺は時折思い更けていた。耳鳴りのような音、それに仲間同士の声、そこで起きていたことなど沢山覚えていないことは辛いと感じていたのだった。そんな隙間があるから。
「おっと・・・!いけない!!間違えた・・・っ!」
そう、相変わらずクレーン車の操作レバーが重い。まだ不慣れなクレーン車。自分の手じゃないようだ。前は腕をひねることも出来ていたような、そんな気がするがどうだったろうか。もう不慣れな時期は過ぎていた。新鮮な気持ちでいつも働かせてもらっている。
だが、医師はこれを症状だと言っている。サポーターも湿布もくれずに保存療法という。
“何か気になる症状があれば早く来てくださいね”
そう言って何とかなるだろうとも思っていた。きのうだって俺の名前も“名無しのそこの人”って呼ばれ少し残念な気もした。文句は言わないことにしよう、と我慢したものだ。
―――“ピンポンパン、ピンポンパンポンッ”―――
この日もそうだ。施設から流れるこの音は朝昼夕に流れるもので、とてもクッキリ聞こえるのため、時計の時間のほうも確認できるのだった。この年も暑い。クレーン車の日陰の隙間から熱戦が肌を刺す。
(暑いなぁ)
さて・・・、昼が来て俺も少しで休める。
そして現場の同僚の誰もが声を挙げて昼の準備に走っていた。
「きょうもお疲れ!」
「やあお疲れさま!やっと昼がきた」
「おお、お疲れさんよ!飯だめしー!!」
次々に同僚の挨拶が元気に聞こえてくる。こういった挨拶があると俺も食事に気がはやる。まだ資材が一つ残っている。これを移動させないと俺の昼はやってこない。
(はやくクレーン車を降りて食堂付近の日陰へ向かいたい)
“ウイイィ――ッン、ガツンッ”
クレーンが資材を掴んだ。
(あと少しだ。あともう少しで俺も昼休みにしよう)
しかし、そんな俺の気を他所に誰かが傍に歩み寄ってくる。
「やあ!キミ―!!がんばっているねえ――!!!少しいいかな―――!!!!」
その大声に驚き『あ、っとっと・・・っとお!?』と資材を離しかける。
――何だ何だ、誰だよ!
緊張が解けたじゃないか・・・っ!
レバーを掴んでいる方の手が緩む。『もう無理か・・・』と。あとちょっとのところと言う場面で、俺はクレーン車を止めることにした。
「はい!?俺に用ですか??」
「うん!そうそう、キミだよ!!これ、これ!!一緒に食べないかい!!?」
彼は俺のことを“キミ”と呼んでいた。あの時は何だかおかしな呼び掛けだったよな。
―――名無し・・・プラス、君・・・
イコール・・・
“名無しの君”って名前どう・・・?
何だかややこしい発想だし少し恥ずかしいな、と思っていた。
「はやく、涼しいところに行かない!?」
「ええ、確かに!俺も涼しいところへ行くつもりでしたよっ」
俺は彼と涼しいところに向かうことにしようと言った。
いつもの食堂の付近にある木々に囲まれた場所で食事をとりたいので俺はゆっくりクレーン車から降りた。そして彼に歩み寄りまず挨拶から始めた。
「えーっと、初めまして・・・」
「初めまして!あのさァ、これ、弁当なんだけど一緒に食べないかい?二人分だから丁度いい量だと思うんだけど、ダメかなァ~?」
爽やかな笑顔をする彼だったが、弁当の中身は寿司だった。
卵焼きとかミート類のおかずも付いていたら良かったけど、お茶も差し入れてくれたし食べるしかない。そして俺は“はいはい”という感じで彼と早速昼休みに向かった。
「それにしても、この寿司は具が大きいんですねぇ!」
「そうかい?気に入ってくれたなら嬉しいなァ~」
(弁当もそうだけど、お茶もうまいし丁度いい。なぜか今日は美味いよねぇ)
弁当と言えばハンバーグやカツ、コロッケの類が出るものかと思っていた。いつもそうだったからだ。そんな俺がなにか懐かしそうに彼の顔を見た。その眼は丸い。
―――そう、“彼”は魚介類を好んでいたよね。




