名前、それは記憶のピース「終」
俺は病院でこの日の半分を迎えていた。もし病院がなかったら俺は今頃記憶を早くに取り戻せていたに違いない。時間さえあれば、こんな実験を繰り返さなくてよかったのだと思うこともあった。あの頃は実験の影響で以前のことや名前さえ思い出せなかったのだ。
(この“闇のような実験が終わった”と言える日は何時頃やってくるのだろうか・・・)
――俺は夕日に黄昏る。
翌日も休みだのに度々行われるこの実験は随分疲れるものだった。
脳も体も休めないで居る。それでも地平線は光を灯すのだった。
「サンシャイン現象かぁ、頭の中を揺さぶられる感覚もする。誰も俺の名前を知るはずもないし、何も思い出せないし・・・なんだか怖いな・・・」
ゆっくり歩きながら空を見上げた。ブツブツ言いながらも色んな思いが募った。
名前が欲しいと言っては路上でトボトボ歩いては上を向く、そんな訳の分からない行動を繰返していた。
「あと、そうだな・・・なにか名称でいいから名前がほしいなあ・・・」
規則など無くなってほしいしナンバーネーム以外の名前で呼ばれたい。俺は道路の標識を見て淡々と宿舎に向っていく。気乗りしない実験に汗をもいとわない工事現場での作業。俺は何時になればモノゴトリー協会の外へ出られるのか、それとも別の実験方法が見つかりそれで記憶を取り戻せるのか、気が付けば口をブツブツと動かしていた。
だが、そんな頃だった。現場から男の大声がした。
「お――――っい」
その人はいつも同じ区内で働いている1年先輩の同僚だった。ナンバーネームでさえ呼んではならない規則のせいで誰を呼んでいるのかと思うが、現場で指示や合図を繰返す内に声にはとても敏感となっていた。それで俺を呼ぶ声だと感じる様になっていた。
「おおーい、あんた、名無しのそこの人だよォ!明日出られるかねえぇ―!!?」
とても大きな声だ。彼は階段前の壁に身を乗り出して右腕を上げタオルを回し俺を呼ぶ。
見る限り酒で酔っている訳でもなさそうだった。
(俺かな・・・?)
声の方へ体を向けると、その同僚はこういった。
「そうそう―っ!あんただよォ~!!」
塀が高い。何とかして俺の声を届かせられないだろうかと考える。そしてその声に応じられる様に準備体操を行い、目を大きく開き鼻の孔と口を大きく開けて片手を添えて声に出すことにした。これで俺の声が届くだろうと考えに至る。
「ス―――・・・あっ!はあァ~~~いッ!!」
(そうだ!名無し、名無しと呼ばれた・・・。一応、名前で呼ばれたような気がするから何とか、返事に応じられる様にもしておかないと、失礼かも知れない・・・)
俺は再び深呼吸を繰返す。声が届くようにとしっかり準備を済ませる。
「明日ですねぇ~!?俺ェ、出られますよォ―っ!!」
「そうかい!じゃぁっ明日は頼むよォオ~~ッ!!」
―――
――――なァ頼むよォ!
“おい、お前さあ、おれの代わりに字を書いておいてくれ”
“明日まででいいかい?君の字は相変わらず僕でも読みにくいよ”
“ほんと、あの国王はいい迷惑だよ。自分じゃ話を付けないし。だから頼むよ、な?”
“ちょっとォ、あなたまた開き直って彼だけに書かせるつもり?”
“ごめんなさい、そうじゃない・・・あ、おいィ逃げるなってぇ~!”
“そりゃ逃げるさ。君はこの計画をまとめるリーダーだ。反則だよ?”
“反則ね。さて、と・・・説教はイーターに任せて私また調べモノするね”
“そうね、ミヘルはあの王国を調べていてね。アンタ達ほら、そこで書くの!”
“イーター、分かった、書くからさ、説教はアイツだけしてくれ”
“あの・・・僕も、説教される側なの・・・??”
――――――キミはこういう時に限って誰かが居ないと困るのだろう―――
(あれ?何か走馬灯みたいな・・・)
医療班たちの実験は意識の奥深くまで進めていたらしい。
その中で自分はどこからやってきて、いつの世界からやってきたのだろうか等とつぶやいた。“彼等にも”俺は答えていたよね。
だけど、そんな日常が、今日がもうすぐ終わるし明日も始まる。
そしてその次の日も始まる。ここを出られるまでは。
――さあ、夕食だなぁ・・・
どうか、明日も地平線の光が差しますように。そして・・・
――名前も思い出せますように・・・
俺は部屋で料理をし、風呂に入りそして寝床についたのだった。
――夜11時30分頃
「報告します。例のナンバーネームについて幾つかのプランが出来ました・・・」
「入りたまえ。あのプランか・・・、それでそのナンバーネームのデーターは?」
「あの、大変申し上げにくいのですが・・・彼のデーターにある世界線が2dxm68q-Vrnm座標∞*XP*zerと測定されておりまして、現時点でこれは――“スッ”」
「“バサッ”なんと!原始世界線ッ!?いや・・・それだと零の世界線シースペイン・アインの意志・・・神の信託?・・・これはあのナンバーネームでなく――」
――彼の“記憶のピース”だよ!