だれか俺の名前を呼んでくれないか?
仕事が連休になった。この日、主人公は定期的な医療補助員によるカウンセリングを受けていた。記憶を取り戻すことに焦っていたが、同僚から次の日に現場へ来ないかと誘われた。
「こんにちは№850」
「はあ、こんにちは」
そう、二日の連休が始まった。彼は医療補助員のメンバーだ。俺はナンバーで呼ばれているのだが、それは正直慣れるものでもなかった。
「さて、質問しますよ」
「はい、どうぞ・・・」
質問は続けられた。
「あなたは、今のところサンシャイン症候群と診断されていますね」
「はい」
「何かにぶつかったのですか?それとも事件に巻き込まれたのですか?」
「いいえ、分からない。だけど動けますよ。不便だけど・・・。うん」
今日はどこかに出かけるもでなく、この協会で保護されている身だ。
覚えていることは毎日、毎日、ノートに書いている。特に日付と日誌を書くよう指示されていた。
「どうですか、日記など。」
「はい、指示通り書いています。記憶が無かったので本当、ありがたく思っています」
彼は“なるほど”といい、どのくらい施設で暮らし、時間が経過していたのかを丁寧に聞いてくれた。もちろん、これからどうするのかも聞いてくれた。
「もう、目覚めて3ヶ月経つのですか・・・」
「ええ、経ちますね」
「如何です?何か希望は見えそうですか?たとえば今後施設から出てみて家を持ちたいとか、恋人を作ってみたいとかは?」
「ええ、毎日が新鮮です。現場であいさつしたり夜は読書をしていると眠れます。朝なんか地平線から漏れる光が見えるしとても気持ちいいですね。衣食住も揃っているし」
「そうでしたか。№850にとって何か違和感とか発見などありましたか?」
「ご飯がちょっと・・・おいしく感じられません。記憶が無く友と呼べる人がいないので。ただ、今後はクレーン車に慣れるための工夫が必要かと思っていますね」
俺はこのモノゴトリー協会の病院で目覚め、それ以降のことなら覚えているのだが、以前の記憶は無く、彼の問いに色々話してはいるものの俺はいつも答えに詰まってしまうのだった。
「では、覚えておいででしょうか。あなたのお名前は?年齢とか。手掛かりになる事ならなんでも。ただし頭の打撲所見、あなたの身に何が起きていたと思われますが。覚えていますかね?」
「そうだなあ・・・(名前はというと?あ・い・う・え・か・き・く?頭文字は?どこからかな?何がおきて、頭の打撲か、う~む、えーっとお)うーんとそう、忘れた!ってことでそろそろ疲れたので今日はこの辺で休ませてほしいのですが・・・」
この場所に居させてもらっているのに、この怪我から回復することなどいつになることだろうか。3ヶ月間この調子で記憶を探しているのだが、ただ工事現場を任されていて、それを覚える方が俺にとってよい事だと思っている。だから思い出すのに必死だ。
「回復はまだまだ先のようにみえますね」
そう彼から告げられてこの日の半分を終えた。明日も休みだ。
「サンシャイン現象かあ・・・、頭の中を揺さぶられる感覚もする・・・。(誰も俺の名前を知るはずもないし、何も思い出せないしなあ・・・)なんだか怖いなあ・・・」
ゆっくり歩きながら空を見上げた。
「あと、そうだな・・・なにか名前がほしいなあ・・・」
そう淡々と宿泊施設に向っている頃だった。現場から大声がした。
「おおーい、あんた、名無しのそこの人!明日出られるかねえ!!?」
「あ!(俺かな・・・?)はあーい!!」
(名無し、名無しねえ・・・。一応、名前で呼ばれたような気はする・・・かな・・・)
自分はどこからやってきたのか。別世界からやってきたのだろうか等とつぶやきながらも今日が終わる。明日が始まる。そしてその次の日も。
どうか、明日も地平線の光が差しますように。
「そして・・・、(名前も思い出せますように)うん!」
そういって俺は部屋で一休みした。
職場でも趣味の場でも、あだ名で呼ばれる方がまだイイかもしれませんね。