彼がそこで働く理由
俺には以前の記憶がない。
今はナンバーネームを与えられ宿舎で暮らしている事なら分かる。
ここは超自然界ダス・ダ―ネスの砂漠の大地にあるモノゴトリー協会の複合施設の一つである。俺は今この複合施設の内、工事現場区域へ移されている。
日々、重労働かつ目のくらむようなリハビリテーションを重ねていて以前の記憶を呼び覚まそうと必死でもがいていると体で記憶をする方が早く、それも一夜を開ければ何事も無かったように頭から抜けてゆく。そのような状態にもかかわらず度々、意識の奥底の記憶が現れては消える。
サンシャイン現象と呼ばれ3ヶ月が経つ・・・
その空に留まる光はとても眩しくて目がかすむ。
今はこの仕事をしなければ外にすら出られないのか。
毎晩読むその本にある地平線へ向かえる日はいつになるのだろうか。
「暑い夏がやって来たよね・・・」
誰かがそう呟いていたが俺は汗をかき、工事現場にてクレーン車を操作していた。
「おおーい、そこじゃないよ、こっちだよ!」
「どこだ?」
「こっちいーーっ!!」
「じゃあ、右寄り・・・っと」
「オーライ!オーライ!!」
「よし!!次だ、次いーーっ!!!」
それらの掛け声が現場一帯に響いていた。
今、俺たちの働く現場では、施設環境整備のための工事を行っている。特に鉄板や角材などの資材は重いので、大型機械・・・つまり重機が必要だ。この工事は同僚の指示との連携がなければ大変難しいので、運搬の際は資材を慎重に動かさなければ事故が起き工事が進まないのだ。事故を起こさないためにも設計士の図面通りに資材を配置することで数ミリ単位の設置が決め手だ。俺も同じく設置は気を付けて同僚と資材運搬を行う事になる。
常に事故をしないよう意識をし、合図で現場の状況を確認していて資材を動かしていく。
ここの現場マニュアルにも“声を挙げるように”と一応記載はされていたが―――。
「おーい!2番角材の高さ点検してくれているのかねーっ!?」
「あと15㎝だね!?」
「そうだ!あと、10番鉄材!!」
「分かった!了解!!ぶつかるなよ!!!」
特に資材運搬などは体にぶつかる事があれば事故をするそうなので、現場監督から各自安全確認を怠ることのないよう、注意を促されている。
「おおーい、あんた!」
「ボクでしょうか?」
「いや!あんたじゃないっ!!そこのクレーン車を操作している人のことだよっ!!聞こえているかいっ!!?」
(おっと、呼ばれた・・・)
彼は現場指導員。細くて長身だがこのように大きな声で俺達ナンバーネームを呼ぶのだ。
俺の操縦しているこのクレーン車だが全高は13メートルであり幅は4メートル程ある。
“近代的な改修”との事だが、レバー4基、旋回用ハンドル1基、フットペダル2基とボタン数種類。リハビリテーション用とはいえ錆びていて古びているし複雑な操作を求められる重機だ。なぜそれほどまでに繊細な指導が必要なのか俺にはよく分からなかった。
「複雑?操作系統はあんたの指よりも少ないし慣れれば手足のように動くぞォ!」
語尾が脳へと響く。このようにクレーン車は窓一面しかガラスが無く合図が聞こえやすい様に設計されている。窓ガラスは前方だけに取り付けられているが、横の扉には防風や水除けなどのガラスが無い。そうした方が“体の感覚が付いてこられるのだ”と現場指導員は言っていた。また、俺には名前が無いからいつも“あんた、お前、おい”とか色々な呼び方をされている。その俺がクレーン車を操られるようになったのは、ここの現場指導員の指導があってのことだった。資格など要らず、勉強もしなくていい。彼に従っていれば体が勝手に覚えられるようだったのは記憶の無かった俺にとってせめてもの救いだった。
「よォ、あんた元気かね?」
「俺にはまだ記憶がない事が気になっていて元気なんてものは・・・」
「なに?記憶が無いだって?それなら大丈夫だよ。記憶なんてしない方が覚えられるんだがねぇ、いけそうかい?」
「あのぉ、覚えると言っても、レバーやハンドル、ペダルの名称は覚えられるのに、操作の感覚がまだ付いて行けていなくて、それを必死に覚えたいのに、それを記憶なんてしない方が覚えられるだなんて・・・」
「・・・ん?覚えるのに必死だって?・・・違う違う、そうじゃない、要は遊びだ。スプーンだってそうだろ?落着かずとも体が馴れて食事をとる感覚さ!手加減しろォ~?」
このように俺は現場指導員からの指導のやり取りでよく叱られてはいたが、脅されるような事はなくて内心こころ強くも感じられている。それに徐々にレバーの操作に慣れていくのを感じ取られる事もある。
「フットだ!右、左ィ!!」
“ガガガッ、ウィーン・・・”
「そう、いいぞ!!その調子で右、左とフットペダルを順に踏むんだ!!!」
彼の指導がとても心地よい。その仕事の教え方がとても分かりやすく情熱的で、職場環境としては良心的だ。彼のこの砕けた教え、危うく資材の配置を間違えそうになってしまうと時間と共に“こうじゃない”って体が自然に意識するようになっていた。
(よし!いける――ッ!)
「ああ、そうだ、その調子だ!自分を信じろ!!おいッ合図係ィイ――ッ!!」
「はァァ――い!資材前2メートル、右30センチ先ィィ、クレーン回せぇぇ!」
この調子だと数週間後には操作手順も資材配置も体が馴れているはずだ。
まだ反応は遅いがその日その日確認することで体が憶えていける。
また、俺の年齢だがモノゴトリー協会からは25歳だと伝えられていた。
だが、記憶の無い俺にその年齢だと言われても自覚する事もできずよく分からなかった。医療班によるデーター分析から記憶能力的に15~18歳という測定評価も、行動に対し体が順応しないため35歳という推論評価も、推定年齢が25歳という結論も謎だった。
(う~~ん、何故だろう・・・?)
――以前の体から変容したために、年齢すら分からなかった―――ッ!
――電子音声記録帳
「この日のモノゴトリー医療班チームへ患者各位の報告をする・・・。資材確認係№493は前頭部からの指令が遅れ声帯から空気が出せていないため、脊椎部位へ酸素運動を指導を行うこと3分程で声帯まで空気を送ることに成功する・・・。設計監督係№701は設計図を聴器質で確認するが側頭内部の蝶虫知覚が働かず認識しないため朗読させると、設計図のとおり患者各位へ指示を行えるようになる・・・。クレーン車操作係№850は視覚の反応が遅れ右フットペダルの加圧に対する神経行動まで意識到達しない。そのため極力、右大腿部へ意識を向けるよう促し走行操縦を自ら成功させた。記憶にやたらと拘る面はデーターに頼らないよう促した・・・。その他№D307、№F99の2名は頸部神経の術後7カ月経過していたため地上より高さ8メートルにてクレーン車による資材受取りを行くよう指示をした。その最中に№D307が足を踏み外し№F99がその資材を掴みかけ双方とも転落落下。神経回路の遅滞を確認。各現場スタッフと現場5区域計21名で双方2名を救助したが地面へ強打、資材圧迫による出血を確認。救急スタッフ№41で複雑骨折、内臓破裂、意識消失を疑い、現場監督№5の指示によりモノゴトリー病院施設へ搬送させた・・・」