名前、それは記憶のピース「5」
(・・やくそ・・く・・)
――あれから暫く経って、
医療補助員が繰り出す質問“右腕が痒い”に対し“右腕が固い”と答えると電流が流れる事がある。どうやら“抵抗値”が150%を観測すると流れる仕組みなのだろう。次にも彼の質問“資源”を“起原”と答えてしまえば抵抗値が更に高く観測され電流が鼻から脳へ伝うほどの苦痛を与えられる。つまり言葉の変換が睡眠導入剤を用いてでも観測されれば意志を伝えられない恰好となるのだった。
「№850、あなたの名前を教えてください。これは我がモノゴトリー協会における規則と別、“極秘事項”です。さあ、名前を教えてください」
「俺のぉ、名前はぁ~・・・№850ぅ~、モノゴトリーぃで・・・はっけ・・・ん」
脳という脳の神経回路が悲鳴を上げるように電流が流された。
その痛みに耐えられぬ声が空しくも実験室の内部だけに響く。
俺の声を通すハズのそのモニターには全く別の内容となっていた。
それも長めで詳しい内容として変換されていた。
――機械にある脳領域(俺の深層意識)の内容
『俺の名前はまだ言えない。現段階では“極秘”でね、俺がこの地に来たのはモノゴトリー協会から外の大陸へすべての研究成果、設備の構図、人員配備の状況を伝え、この星の遥か向こうの宇宙空間へ通信することだ。仲間は各々で行動しているが10テイク程の数だ』
「なるほど。では№850は、遥か宇宙から発信された別個体という訳ですね」
俺はそんなことを望んでないし、そんな紛い物の情報は誰も知らない。
――実際の内容
(そうだ、確かに俺はここの地上に現れた。しかし、俺は記憶喪失だった。そしてモノゴトリー協会からは生活の場や仕事を与えられたんだ・・・俺の世界線は、使命は・・・)
こうして、俺の意識がまた巻き戻される。何度も、何度も繰り返される。
「№850―――、彷徨っていますね?」
「フッ、フッ、フウゥゥ~~ッう“う”ぅ“~」
俺の体は電流と睡眠導入剤との相違が起きており、過呼吸が表れ体は跳ねる行動を起こしていた。全身が汗も含めて液体で覆うのも感じ取れない。俺は記憶が無いがために答え方に迷っており、医療補助員に問われると相槌と抵抗する事さえも許されず声が詰まってしまうのだった。それを彼等は『№850、沈黙』と言い放つと抵抗値を測るために電流を流す。まるで脳内が奥底で止まったかのよう。浮上することには必死で手足をバタつかせるのに止まる余地すら与えられずそれが何とも歯がゆい。そんな俺を見たところで医療班の誰かがそこへ掛け付けて処置することもなく彼は、淡々と質問していくのだった。
「では、覚えておいででしょうか。あなたのお名前は?年齢とか。手掛かりになる事ならなんでも。ただし頭の打撲所見、あなたの身に何が起きていたと思われますが。覚えていますかね?」
彼は俺の顔など見ていない。体がどうであろうが知った事ではない。
俺の声と言葉、叫びなど誰にも何処にも届いていない。
実験が終わる頃には元通りになるのだから。
――機械にある脳領域の内容
『№850か・・・フンッ、それもいいだろう。俺の名前は公開可能だが聞きたいか?それとも俺とその仲間の名前かね?10テイク程・・・いや君達の数え方では我々がこの星に滞在する総数が2,053,085万人・・・名前は1,830,588,920,009億… … …通り以上だが・・・、果たして数え切れるかね?仲間をこの星へ収容するために各星々を拡張している。なぜか?そこは返答してもいい。次に我等がこのズウィード星の全生物を2万5千人と確認している。既に君達の日数で数えると0,025999秒でこの星を包囲した。これは返答次第でどうとでもなる。それから俺の年齢は0/2.945・・・君達のその機械では歴史文学から換算されたとて表記不可能だろう。この単位は君達数式での回答だったろうから“一切覚えていない”とでも表現する。さて俺の脳かね?打撲損傷とでも解釈したまえ。君達の言葉ではコレの脳の浮腫はギノミクロ単位であり問題ないのだろう』
――本来の内容
(俺は以前の記憶など一つも覚えていない。ナンバーネームを公言する事すら許されない。そこには日数など設定されず年齢も推定的に測られているだけだ。医師からはサンシャイン現象と呼ばれ画像診断には頭部に1ミリ程のコブが出来ているとしか聞いていない)
――モニターに表示される言語だけが彼等の判断材料だった――
「星々の外側へ隠れている。そして覚えていないが判断は任せると、いう事でしょうか。そしてモノゴトリー協会のある大地はズウィード星。それはまだ名付けていませんが?」
彼等にとってそれが、俺の脳内が抵抗している反応だとしている。
そのとき思い出せていれば俺も、彼に違う指示を答えさせられるのだ。
そしてそこで声が詰まると更には“名前はというと?”と再び聞かれるのだった。
現場指導員から教えてもらったように頭文字で“あ・い・う・え・か・き・く、”と自分の名前を思い出す方法を取っていた。
そして出生は“どこからかな”?とか、モノゴトリーで目覚めてから“何がおきて頭の打撲があったのかな?”とまた聞かれ、次第に内容が分からなくなり、とうとう“う~む、えーっとお?”と反応するといった感じで頭が過る状態になっていた。
機械には俺の声でなく俺の脳内領域の波が俺の言葉へと変換表示されている。
――機械にある脳領域の内容
『通信許諾した・・・コードを認識・・・招待する。――我が星へようこそ。俺はこの星の宇宙基地の代表者、名前はまず一つ“デイミ―・クレストン・イズマ”という。それよりも――、君達かね?我が個体を通じて我等ウーズ帝国へ発信しようと試みているのは・・・。我がウーズ帝国はビーダス、ドジェス、ゴミュリ、アンジェ―、ガジュル各銀河の領域、つまり小さくも儚き星々を支配する。俺は宇宙彼方から君達のいるドジェス銀河領域まで総攻撃することを既に決定している。消滅する前に伝言あれば聞いておこう。但しね、俺の名前は幾通りもあるので聞き間違えのないよう、気を付けてくれ』
深い意識のなかが壊れてかけていても、それでも尚も実験は続けられた。
「ウがぁァアあ・・・ァアァ・・・も“う”、休ま“・・・せ”・・・て“・・・ェ」
――俺の顔はこの電流のショックで既に涙と鼻水やヨダレで溢れていた。
だが――、モニターには休ませてほしいという言語は全く表示されていなかった――