名前、それは記憶のピース「4」
「お目覚めですか」
「はい、目覚めました。ところで・・・俺は何を犯したのでしょうか?」
「№850あなたは重大なミスを犯したのです。ですが、今日のあなたは立派に私の質問に答えていました。そこは評価します」
この日は工事現場でクレーン車の操作ミスが起き、他のナンバーネーム共々ここへ運ばれた。だが、この当時の実験では、俺は指示通りに操作をしていたのに、ミスは合図の方向を誤って指示をしていた側と、ロック用のベルトへ資材を固定した側の彼等の方ではなくこの俺が原因だと言っている。それは・・・、
『№850の方が指示の受け取り方とアームの向きを滑らせたからミスをしたのだ』
・・・と、このような意識に擦りこませるもの。医療班にとっては格好の実験体になるのだろうが、抵抗するような意見などしてしまえば薬を投与されますます洗脳的な心理的操作が進められる。そのことが今も尚、鮮明に残っていて、“この身の震えが教える”ように当時のその様子を覚えていたことが“普通の体である”のだと証明している。
――俺の意識の中はモノゴトリーへ来る以前の自分と大切な人たちの記憶だったのだ。
「何か感想でもあればどうぞ」
「はい。少し痛みがありました」
「痛みとは?」
「俺は生活や仕事の方が不便という事もさいきん感じられなくなりました。それどころか僅かにも不幸につながること、ミスに影響する“ある出来事”にも繋がってしまった。けど・・・俺は痛みとともに今温かな所で生きています」
「それは№850にとって“都合のいい出来事”でもあった、と」
「はい、俺にとってとても“心地よい出来事”でした」
「出来事の変換、確認」
「了解、出来事の変換、問題なし。アラートなし」
「なるほど、分かりました。今は№850に考える時間が必要です。勿論、出逢いもほしいところですね――、その名前とか――」
(出逢い・・・名前・・・か)
――――さぁ君の功績を受取るがよい―――ッ!
“ねぇ、名前呼ばれたよ?この出逢い、絶対大切にしないとね~”
“そうよ、私達はあなたの仲間。だから自分の名前も覚えておいて!”
“まったく君は必ず名前に躓く。呼ばれたら気を付けておくれよ?”
――俺の潜在意識の奥底で思っていた事がある。
ここでの時間に余裕を持つこともできるのなら皆に会いたいし、俺に記憶がなくても他の道もあるんじゃないかと模索していたし、こんな実験を続けるために犠牲になった人達が幾つも居たなんて悔しい――。
―――魔女は死んだァアアァ―――ッ
“なんてことだ・・・俺がもっと早く気付いていれば・・・”
“ううん、それはあなたの責任じゃ・・・ないのよ・・・”
いいや――ッ、
早く気付いていれば必ず眩い閃光のなかの向こうまで、
彼女の手を引いていた筈だ―――ッ!
「では――、№850――、次にですが―――」
その声が空を切る。
それと同時に俺の頭の各部位へ医療班からコード様の装置が取り付けられた。
“意識内導入電磁波装置”
それは、更なる患者の意識体の中まで電流を流すことができ、深い記憶のほうまで意識を探るという画期的な機械というもの。そして、医療補助員である彼の質問通りに答えるか否か関係なく脳へ感応する計測装置から徐々に電磁波を送り、脳領域(深層意識)まで計測することができるというものである。
「・・・さて、№850・・・私の声が意識深くまで届いていますか」
「あっ?・・・ぅあァ・・ッ」
更に先程の薬剤のほかにも“受容体促進薬物”をも点滴投与されてゆく。
その相互化学反応による反動により俺の意識はますます奥底へ入っていった。
そこで俺の意識を計測する医療班は言語観測モニターの方へ着席する。
「まだ、届いていませんか?もう一度、意識深くまで入ります。№850、あなたはモノゴトリー協会へ何の目的で来たのでしょうか?」
“ビビ―――ッビリリリリリ――――ッ”
「ぁあああ――――ァ俺はァァアアァ―――ッ」
(・・・俺は・・・あの狭間で・・・)
更なる電磁波が加えられ、それが頭を通じて脳の内側を刺激する。
勿論、この実験機材のショックに耐えられなければ即集中治療室へ送られる。
実験中の時の俺の意識はこのように彼等によって巻き戻されていく。
このモノゴトリー協会の病院で目覚めても一瞬闇に見舞われて恐怖に苦しんだが、それ以降のことなら覚えられ、この実験を介しまた記憶を失う。つまり俺の以前の記憶は無いままで保たれる。だが、意識の奥底に眠る記憶までにはその機材ですら到達できない領域もあった。
だからいつも俺はここで、その記憶を取り戻すための彼等の問いや行動に意識してしまい、色々話してはいるものの戸惑い、医療班である彼から“何かされるんじゃないか”と怯えていた。
「さあ、意識を静かに深めるのです・・・。№850あなたはこの協会内で歩いています。しかもあなたは、この施設の情報を探ろうと誰かと通信していました」
「ィあぁァァ―――おッア―――ッアッアアァァ―――ッ」
(あはァ・・はァあ・・あグァ・・・俺は決して・・・)
“バリバリバリバリ――――ッ”
「はわ―ァワ――ッ通ゥ―ッ信ン――ッンングッううゥッン――ッ」
(彼女を・・・見捨てたりしない・・・)
“ビリビリビリビリビリ―――ッビ―――イィィィ――ッ”
強い電流が流れる。薬も注入される。その気の遠くなる発言が、時間が、辛くなる。
何かへ睨みつける俺が居る。グッと眉間をひそめた俺のこわばった顔だ。
その意識体のなかは暗く赤い闇の中でボウっと眩き光が足元を照らす。
「そして――、あなたはモノゴトリー協会まで辿り着きました。そこで出逢ったのは同じ仲間で記憶の無い人々でした。彼等は工事現場や食堂、そして事務所で働いています。記憶の無いあなたは無知です。そして再びこの協会の機密情報を探ろうと誰かと約束しました――、それは・・・」
“ビリリリリ――――ビビッビ――ッ”
「やぁァァア――やァ、やめてくれ――――ェエエエッ」
(ス・・・タ・・ヴぁ・・さ・・ま)
更に電流が流れる。とても強い音とともに俺の意識へ共鳴する。
俺の体の中がまるで焼けていくようだ。
俺の生活、仕事、仲間、未来、そして外が崩れる。
「さあ、話すのです・・・№850ゥ・・・」
“ヴァリヴァリィイイ――――イイィ―――ッ”
「ギャアアアアアッアッアッアアァァァ―――アァッ」
―尚も抵抗とショックが続きます。
――いえ、分からないのです。でも・・・
―――それは“約束という話”でしたか?