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ー7ー闇の世界線「モノゴトリー」  作者: 醒疹御六時
第一章 リハビリテーション
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名前、それは記憶のピース「2」

この日は仕事開けの休みであった。なのにそれでもカウンセリングという名の実験が繰り返し行われると、流石に体の方が“これは危険なことだ”とも認識してしまう。なぜ記憶を取り戻すための実験がこのような形で取る必要があったのだろうか。

「――10分程意識消失。さて、再び問いますよ。№850。あなたは毎日新鮮な空気を吸います。日々通う現場でも挨拶しクレーンを操作します。時には食事をとり眠ります。記憶が戻れば家を建て読書をするでしょう。それから外にも出たいと願っていましたがそれは本当のあなたの願いで間違いありませんね?」


彼は俺の日誌の一節を着実に読み始めていた。記憶よりも生体反応を見定めている。


「ええ、毎日が新鮮ですぅ~。現場で俺が同僚へあいさつしたりクレーン車の動きに合わせられるよう合図してぇ~昼を過ごすときはなるべく静かに食べて仮眠をとりますぅ~。もし記憶が戻ればぁ~落着いて家を建てるなど趣味をしたいと思いますぅ~。それから夜は読書をしていると沢山眠れましたねぇ~。もし叶うならモノゴトリー協会の外を見てみたいぃ~」


今度は“神経降下麻酔薬ネヴァディ・セント”を点滴投与されたことにより虚ろな声を発していた。こんな姿もう誰にも見られたくないな。まるで幽霊みたいな俺のこの声、モンスターとも呼ばれそうな頬を揺らした声、はやく記憶を取り戻したい一心だったが、よくこんな状態で居られたものだ。


「№850、あなたは今、記憶のなかで歩いています。それは取り戻せるものですね?」

「記憶をぉ~取り戻したいぃ~」


勿論、記憶が戻れば俺は外へ出られる筈だと思っていた。叶うならあの人と一緒に行きたいとも考えていて、その外の様子をずっと気にしては、深く深呼吸をするしかなかった。


「№850――、あなたは今どのような景色で何を見ましたか?空に浮かんだ大地では?」

「今はぁ~何もぉ~見えないぃ~青いィイ~~」


――俺の意識は問う。もし、叶うならそれこそ未知の遭遇だと当時は思っていた。

まだ見ない俺の以前の記憶とこの先の俺の記憶。それが両方手に入れられるのだ。

だが、光がそれを邪魔する限り手が届かなくて、それならもっと手を伸ばしてみたくなる。しかしこの行為の中では1コンマゼロ秒すら届かなかった。


「このモノゴトリー協会から出られた№850は、本でどのような世界を見られますか?その本には天候や自然から動植物が共存します。それはあなたの住む一つの世界ですね」

「ここから出られたら夜はぁ~様々な本を読み漁ってみたいと思いますぅ~。天候とかぁ~、いろんな山も川のこともぉ~、そして生物や植物の世界を見ますぅ~」

「なるほど、その世界から目覚めた朝には何を感じられるのでしょう?以前にも地平線から光が輝いていて暖かな朝を迎えられるとの事でしたね」

「その通りぃぃィ~~それからぁ~朝なんかぁ~地平線から漏れる光が見えるのでぇ~朝日を感じられますぅ~。それはとても気持ちいいものですぅ~」


――俺の意識は更なる深みへ入っていった。

もし叶うなら“大切な人と朝を迎えたいなあ”・・・とあの人のことを言っていたね。そう思う俺によく怒っていた事もあったけど彼女には優しい一面もあった。だが彼の質問が続いた時にそれ等の俺の彼女へ対する想いが瞬間ごとに途切れていった。俺は自動的に彼の質問に沿うように答えなければならなかった。記憶の一片一片は何処へ向かうのかと。


「朝日を見たあなたに必要なものがあった。その必要なものとは衣食住であり、ひっそり大切な人との時間を過ごされる。そう、№850はそこで行動するつもりでしたね」

「はいぃ~俺には衣食住も揃っていますぅ~。俺がその棲むところから離れぇ~大切な人と外食をしぃ~働いて資金を更に貯めるぅ~。そして俺は大切な人とデートをするぅ~」

「そうでしたか。それは幸いですね」

「了解、幸いよし」


彼はこの“自立行動”のような事ついて“幸い”と評価する。当時それは神経と血液の働きが交互にズレたりくっ付いて捩れる感覚をただただ、漂っていたものだった。

でも、俺が大切な人と共に行動を起こしたその先は、どうなるのか深く気になるなどと思っていたものだ。数奇なものでもなく全てが単純に引き延ばされたようだった。

「次、不幸入れ」

「了解、不幸よし」


更に“神経疼痛促進剤ネブペニ・エンデンサー”が注入されてゆく。

彼は俺の意識が深まってゆくのを前にジーっと観察していた。

疼痛促進剤なのに体への痛みは無くすべての神経が麻痺していくのを感じられる。

「しかし、運命とは数奇なものです。そして№850にとって不幸があったのでしょう。それはあなたにとって、とんでもないミスでした」

「ミスぅ~?俺がぁ~ミスぅ~??」


――彼は日誌を読むのをやめて、俺の様子の変化をジーっと見つめている。

心理的な俺の行為から行動までどのような姿をしその背景が生まれたのかを質問する。


「そう。あなたは深く傷付きました。光と闇が眩しくて記憶を失くすためのボタンを誤って押してしまい、空から落下した。信用置ける大切な仲間や家族を置いてきた。そして現在モノゴトリー協会の傘下、工事現場で記憶を失うことをたいへん後悔し自ら外へ出ようとしませんでした」

「俺のぉ~ミスぅでぇ~みんな不幸にぃ~」

「その通りです。№850――、あなたはスプーンとフォークをよく間違えるといいます。体に何か違和感とか発見などありましたか?例えばそれでも前を向くために食事をするときに舌に深い違和感があって飲み込み辛く全く話せなくなった場合、誰かに話したくても言葉が出ませんでした。たとえ誰かと話せたとしても№850は腕の筋が凄く気になります。――その手はスプーンを持つほうよりもフォークを持ち動かすほうが向いていて、マナーが悪いと話を聞いてくれなくなると思い足のレバーを踏んでしまいます。――心のアクセルやブレーキが十分操作できていないためにその誰かに怒られないかそれとも褒められるのか自己評価に夢中となります。そのレバーの操作のように夢中になっているときに日常では洗濯を畳むときは別の洗濯物のほうが気になってしまい、ついに慌てて前の洗濯を畳もうとします。――すべて上手くいくように心掛け毎日揃えることに快楽を得ていた。そして結局――、食べる筈の食材さえ揃えられなかった。あなたはフォークの方を落としてしまった」


――王よ、それはとても不安定で掴めなくなる事が彼を蝕んでいたのですよ―――



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