10、君は見ていてくれるだろうか?“時は過ぎてゆくモノだ”と。
(俺はこの日、作業をし、諦めずにまだここで働いているのだろうか・・・)
――6ヶ月経過。朝に食事を作り食べて歯を磨いて服装を整え現場に集合し働くこともリハビリの一環だ。もちろん、ナンバーネームを伏せての作業だ。言葉を慎み長く向き合えばあの地平線の向こうの太陽は“君も明日へ向かっているのだ”と囁いてくれるだろうか?
「あの、左にクレーン動かします!下あっ!!上の方、見えていますーっ!!?」
「はい!上の鉄板、左に旋回!!見えていますーっ!!!」
「了解!!左へ旋回ィイーっ!!!」
俺もこのような状況でも合図を送っている。最初は何も分からずながらも“ごめんなさい”とか“失礼しました”とか言っていると現場の工程が遅れるため、言葉づかいはあくまで合図と確認だけにし、皆の合図にも身を任せて働いているのだ。これら一連の雰囲気にも慣れることに必死になるが、いつか感覚が震えて頭も揺れて動きがおかしくなるんじゃないか、と不安に思う。
「あの!えーっと、何でしたっけ!?」
「感覚だよ!感覚!!」
現場監督からも適度な感覚でいいから、現状維持の範囲で力加減を促された。特に資材は重いため慎重に運ぶことを推奨されるのだが、そのような場面だからこそ、クレーン操作には充分注意を払うことと、その遊びと手加減を入れて制御するよう伝えられた。
「覚えるのは早いがまだ焦りが見える」
初めての時はレバーとペダルに対し、力が掛かり過ぎていた事を指摘されたが、何故か思いのほか、レバー操作の間が分かるようになり、それが遊びと手加減という事を認識するまで時間は掛からなかった。そこでようやく満足感を得られた筈だった。
・・・おっと、あれ?・・・違った・・・?
「おい、あんた!まだクレーンの加減ができてないっ!!」
「え―っ??」
「右側ぁ!ブレてるぞっ!!」
「え?右?はい!・・・上に!行きます!!」
また、方向感覚を見失った。
現場の暑さにも負けてしまったらしく、この僅かなタイミングを誤ってしまえば事故を起こしていた。その指示通りに操作をする程、制御用ゴムの必要性を願ってしまうようだ。
(実に不便だ。制御用のギアチェンジャーとかも在ればいいなぁ・・・)
それでも俺は、ここで衣食住を含めて色々何かと面倒をみて貰っている事を忘れない。
レバーの一つや二つくらい大丈夫。この仕事と病院のある生活のなか、全力集中する。
「もう少し慣れる事だ!落着け!!」
「はい!」
時間も守れ、調子のほうは“いい感じ”などと思い込んでいた。記憶を忘れ新たな記憶に書き換える。その反面、体の感覚に未だ違和感が残る。果たしてこれで良いのだろうか。
「今度、下へ!!・・・オーライ、オーライ!!!」
“ピッピッピッ”
「はい!オーケー!!」
記憶とは何か?この日は、体の感覚が戻ってくる頃にはこの工程がスムーズになると思っていた。そこから長い期間、医療施設へ通わなくてはいけなくなり、医師から「日用薬」である事を伝えられ、そのように生活にも気を配るのに、その過程が増えていく。これもサンシャイン現象と呼ばれると、肝心のリハビリに対する意欲も状況によって変わり、そこで現場指揮を変えられると今度は俺の“声”とは違う何かが拾われた。
――記憶の声とは何か?
「それは抵抗だ。まだ抵抗するのなら、別の記憶へと差し替えてもよい――」
「それこそ危険なのでは?――記憶に在る意識体を分離するなど――」
「構わん――、許可も得ている」
“誰かが教えてくれると誰かが忘れる。それはいつものことなの?”
“誰かが忘れると誰かが記憶にしていく。君は違うだろう?”
“うん。別れが来たら教えるよ、この名前を―――”
モノゴトリー協会の工事現場区域には虫も自然も無いが空調は季節ごとに設定されている。これはマニュアルの説明にも載せられていたけど音声として音が鳴り体にも頭脳にも優しいそよ風が吹いてくる。それに人工的な演出もこの現場区域だけでなく他の区域の方でも魅力的なのだろう。日光もあるなら月もあり雨も雪も降るのもまた面白いところだ。
そう、7カ月目――、涼しい季節がやってきた。あの地平線の輝きは見えるのだろうか。
―――どうか見えやすく明瞭であってくれ、、、
「そうそう、真っすぐ真っすぐ!!いいぞ!!!」
「オーライ、オーライ!!」
“ウィー・・・ン・・・、ガッ!・・・チャンッ!!!”
特に“頭の方はなるべく怪我をしない様にしてください”と、医師から教わっていた。
俺の頭には打撲痕があるため注意を促されている。だがこれといった問題が見当たらず、施設での行動はリハビリテーションとして用意され、そこで何か思い出すことで“フラッシュバック”という現象がおきる。それは目の前が揺れてしまい頭痛や行動に矛盾が生じる症状で、この施設全体への移動はなるべく楽な働きかけが必要だと言われている。
「もっとォっ!!力入れろよォーっ!!!」
「う“う”ぅ・・・っ!!あ“い”ィイッ~~!!!」
俺には以前の記憶は無く、ここの現場以外でも頭が揺れて倒れてしまうことがあった。起きると気まぐれに具合が悪くなることもある。それに吐いて意識がなくなることもあった。気づけば病院に運ばれてしまう。それは恐怖にも似た感じがする。気を付けてはいるがこの暑さでは体調管理は難しいし、それ等は医療班がサポートするのだった。
この重くて持ち上がらない苦しみだっていつか、撥ね退けられるはずだと信じていた。
「どうですか、ご気分は?」
「先生、またぁ?・・・俺はまた、運ばれたのですか?脳が揺れたような・・・」
「はい搬送しました。脳ですか?Ctis”Crms(=意識偵染色体コンチェス・クレモソー)画像にも血液にもまるきり細胞変異もなく神経血管ともブレもなく基軸とも問題はなさそうですね。他は――」
――私の推測によると、
彼は他にまだ―――持っている―――
「少し脳が膨らんでいるだけで大した異常は診られませんでした」
彼がこの施設内の病院の医師である。しかし彼の名前は非公開とされている。彼も俺とおなじ現象にかかっているのかと思っていた。説明は聞く限りとても的確に言ってくれている。“その当時の俺”は医師の対応には度々頭が下がる。そう、信じていたかった。
「それで、俺に何が起きていたのですか?」
「№850はこの日、“サンシャイン”現象が起きていました。今の医学ではその名称となりますが先々解明されるでしょう。ところで、倒れる以前に光は見えていましたか?」
―――意識の奥底に――
光があったのだ―――
「あ・・・、いえ、光というか・・・閃光・・・ですか・・・ね・・・?」
「閃光。ではもう一度画像を検証し調べておきます。№850が運ばれ未だ7カ月目の経過です。現状に起きていることは一種のショック状態と、現時点での私の意見となります」
「はあ、そうですか・・・ところで、先生・・・」
「№850、どうぞ遠慮せず言ってください」
「俺は毎日“記憶を取り戻すためのリハビリ”と言われ、ここで生活し、働いて暮らしているけど・・・、まだ名前すら分かりません・・・」
「なるほど、分からない、と?」
「はい・・・。とにかく何とかここで暮らせていますが、俺は・・・一体何者なんでしょう・・・?その、前にも頭が揺れて意識もなくなり、それで倒れたと・・・」
「№850は頭を打っています。その衝撃がまだ残っており突然に意識がなくなり倒れるのです。それは自然な状態だと覚えておいてください」
―――そう、それは自然に反応していたのだ
君の光は――ッ!誰が見るよりも、確かだった―――ッ!!




