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05: Words and Hands Behind the Scenes


 任務説明がひと区切りついたところで、ドロムは会議室にかけられた時計を見やる。


「すまないが、僕はここで退散するよ。書類がね、デスクを“侵食”しはじめててさ」


 飄々とした口ぶりでひらりと手を振り、支部長は会議室を後にする。


 レミは手にしていた端末を閉じて、小さく頷いた。


「――以上で任務内容の説明は完了です。これより装備品の受け渡しに移りますが、私は受付業務に戻らなければなりません。クライヴさん、以降の案内をお願いします」


「おう。任せとけ」


 クライヴが自信たっぷりに胸を張ると、レミは軽く一礼して退出した。


 ロスは少し緊張した様子で立ち尽くしていたが、クライヴが「ぱんっ」と手を叩くと、反射的にそちらへ目を向けた。


「よし、それじゃあ行くか。装備の準備は倉庫でやるぞ。ついて来い」


 会議室を後にし、クライヴの背中を追って廊下を進んで行くと、徐々に活気のあるざわめきが耳に届いてくる。


 装備倉庫――そこはロスが想像していたよりも広く、金属と薬品の匂いがほんのりと漂っていた。壁沿いにはさまざまな武具や支援アイテムが整然と並び、奥では複数の作業員たちが忙しなく動いている。


 スロット端末で物資を確認する者、武器の状態を点検する者、端末に向かって配備リストとにらめっこする者。誰一人として無駄な動きをしていない。


「あんまり人がいないと思ってたけど、こんなにいたんだな……」


 思わず漏れたロスの独り言に、クライヴは笑いながら答える。


「人手不足なのは確かだがな。こういう裏方作業をしっかりしてねぇと、最前線で誰も戦えねぇ。ここは命綱みたいなもんさ」


 そのやりとりの最中、近くでチェック作業をしていた一人の作業員がこちらに気づき、手を上げて近づいてきた。


「お疲れさまです、クライヴさん。その子が、例の新人?」


「おう! マイル! 相変わらずだな!」


 マイルと呼ばれた長身で柔らかな物腰の男。作業服の上に軽装備を身につけ、ゴーグルを額に上げたまま、ロスに微笑みかける。


「僕はマイル=グルーム。今回の任務に同行する記録者(グラファー)だよ。よろしくね」


 ロスは一瞬戸惑いながらも挨拶を返す。


「お、お願いします」

 (作業員じゃなかったのか……)


「そんなにかしこまらなくていいよ。僕もまだクライヴさんほどのベテランじゃないし……でも、困ったときは気軽に頼ってもらって構わないよ」


 マイルが差し出した手は、優しくて落ち着いていて、けれどしっかりと芯のあるものだった。


 ロスは、その手をぎこちなく握り返した。


 ――


 握手を交わしたあと、マイルは作業机の奥に置かれたタブレット端末を手に取る。


「じゃあまずは装備の確認からだね。ロスくん、スロット端末を見せてくれる?」


「あ、はい」


 ロスが手首付けたスロットを差し出すと、マイルは手に取ったタブレットを近づけて、情報を読み取る。軽い電子音とともに、装備候補のリストが浮かび上がった。


「へえ……スキル“一閃”か。訓練の時のデータは……すごいね! スキル波長の安定性がかなり高いよ。これは扱いやすい近接武器を中心に選んだほうが良さそうだね」


「スキル波長……?」


 ロスが首をかしげると、マイルは少しだけ驚いたような表情を見せた。


「……そっか、君は記憶喪失なんだったね。ごめんよ。簡単に説明すると、スキルや装備には“相性”があって、それを測る目安がスキル波長ってわけ。安定してるってことは、無理なく力を引き出せるってことさ」


「へえ……そんな仕組みになってるのか」


「まあ、詳しいことは追々で大丈夫。とりあえず今は、任務に最低限必要なものを揃えよう」


 マイルはロスを伴い、倉庫内の装備ラックへと歩き出す。その様子を、後ろからクライヴがにやにやと見ていた。


「おーい、マイル。ロスに知識詰め込みすぎんなよ? そいつ、まだ説明書も読んでないレベルだからな」


「大丈夫ですよ。むしろ説明書より丁寧に教えてるつもりです」


 そんなやりとりを聞きつつ、ラックに並ぶ色々な種類の武器を見つめるロス。


「じゃあ、まずは武器からいこうか。ロスくん、何か要望はある?」


「……んん。あんまり派手なのじゃなくて、訓練で使った物に近い感じ……ですかね?」


「了解。それなら、こっちだ」


 マイルはラックの下段から一本の剣を取り出す。細身すぎず両手でも片手でも扱いやすそうな、少し反りのある剣だった。


「実体化した虚無(ヴォイド)相手にも通じる、対虚無素材入りの剣。扱いも癖が少ないし、要望には合ってると思うよ」


「……悪くないです」

 (というか、握り心地良いな)

 

 手に取った瞬間、どこかな馴染みの様な安心感があった。


「これにします」


 そう呟いたロスの腰元からサイドが声を発した。


【選定:適正値、高】


「ふふ、おすすめみたいだね」


 マイルが微笑む。クライヴもどこか満足げに頷いていた。


「その調子だ。準備が整ったら、すぐに出るぞ。初任務とはいえ、相手は待ってくれんからな」


 その言葉に、ロスはしっかりと頷いた。


「……ああ」


 ――


 その後も、マイルの案内で支援装備や予備物資の受け渡しが順調に進んだ。


 携帯用の医療キット、非常用の通信機、簡易シールドジェネレーター――どれも慣れない手付きではあったが、ロスはひとつずつ確認しながら背に収めていった。


「サイドとの連携も、探索中は自動で記録モードに切り替わるから、指示が必要な場面では声をかけると良いよ」


「了解です」


「よし! 装備はこれで万全だな。あとは――」


 クライヴが確認を終えて振り返る。


「ロス。お前が一人で全部背負うわけじゃねぇからな。何かあったら俺もいるし、マイルもいる。そしてもう一つ言っとくと……」


 彼は少し口角を上げて言った。


「一応安全圏として記録が済んでる地域までは乗り物で行く。そこまでは気楽にいろ」


「……ああ。ありがとう」


 ロスの声は、少しだけ張りが戻っていた。


【心拍数:安定傾向 状態:準備完了】


「……ほんと、お前なぁ」


 ロスは呆れながらも小さく笑った。

 

 初めて手にする装備、初めての任務。

 記憶は戻ってはいない。けれど、それが確かに“前に進んだ”ことだけは、分かっていた。

 


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