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03: Echoes Before Departure


 クライヴ=ブレイカンは、訓練用の模擬剣を片手に持ったまま、口元に笑みを浮かべていた。

「……やっぱり、思い出せなくても“残ってる”んだな」

 

 その笑みは、先程までの豪快さとは少し違っていた。

 

 ロスは息を整えながら、視線を落とす。

 汗のにじんだ手の中には、まだ震えの残る剣。

 《一閃》の感覚――あれは確かに、自分の内側から来たものだった。


「覚えてたわけじゃない。勝手に、体が動いたんだ」

「それで十分さ。記憶なんざ、どうせ虚無に食われりゃ消えるもんだ」

 

 クライヴは剣を肩に担ぎながら笑う。

 その笑顔の裏には、偽りのない“重み”があった。


「だけどな、“消えねぇもん”もある。……戦い方、目の使い方、剣の振り抜き。お前のもんって感じだったぜ」

 

(確かにさっきの動きは殆ど反射に近かったな)

  

「身体が覚えてるってことは――お前、そういう場所にいたんだろうな。剣を握ってた、場所にさ」

 

「そういう場所ね、何も分からないなぁ」


「ま、忘れてようが何だろうが、動けるなら十分だ。ここからまた叩き込めばいい」


 クライヴはそう言って、軽くロスの肩を叩いた。

 鍛えられた掌のひらに込められた力強さは、励ましとも、後押しとも取れた。


「信じろ。自分の中に残ってるもんをよ」


 その言葉は、豪快な男の口から出たとは思えないほど、静かで、まっすぐだった。


 ロスは思わずその顔を見る。

 だがクライヴはもう、次の模擬戦の準備に取りかかっていた。

 訓練を受ける別の記録者たちが、待っている。

 

 ロスはその豪快な男の背を見送った。

 

――――


 訓練施設を後にしたロスは、一度仮宿舎へと戻ることになった。

 身体よりも、むしろ頭が疲れていた。


「……スキル、か」


 ベッドに腰を下ろし、ふと右手を見つめる。

 訓練中に放った一撃、あれは自分の中から出たものだった。だが、それが自分に“残ってる”ものだと言われても実感がわかない。


「何が残ってて、何が失われてるんだろうなぁ……」


 つぶやきに反応する様に机の上に置かれたスキャナーが、ふいに光を放った。

 ロスは驚きつつも、球体を手に取る。


「……相変わらずなんなんだ? 起動……してるんだよな?」


 スキャナーの“目”がゆっくりと点滅する。

 それがただの動作なのか、応答なのかは判断できない。どこか“見られている”ような感覚だけが残った。


 そのとき、手首につけたスロット端末から電子音が鳴った。

 

「うわ! なんだ? 腕から音が!」

 

 驚いてスキャナーを放ってしまった事に気づかずに

 慌ててスロット端末を適当に触るロス。

 

 【通知:身体検査の準備が整いましたので、ギルドへ来訪してください。 レミ=メノス】


「……こういう機能もあるのか」


 スロットの側面に組み込まれた表示領域が、淡く光を放つ。


「便利だな。けど、なんかちょっと……怖いわ」


 思わず漏れた独り言。いつの間にか手に収まっているスキャナーは微かに点滅して見せた。


 ――――


 ロスは再び《グラファーズ・ギルド》の建物を訪れた。

 受付には、変わらずレミが立っていた。


「お戻りですね、ゲインさん。お疲れ様です。訓練の疲れ、少しは抜けましたか?」


「まあ、休めたよ。いきなりスロットが鳴って驚いたけどね」


 ロスの返事に、レミはどこか満足げにうなずいた。


(この受付担当は真面目そうに見えて人の反応楽しんでるよな。少しわかってきたぞ)


「本題に入る前に、ひとつお願いがあります。

 そちら、腰に付けられたスキャナー……まだ名前を登録されていませんよね?」


「……名前?」


「はい。スキャナーは探索時に命令や連携を行うため、個体識別名を登録することが推奨されています。

 無機質な道具のようでいて、実は持ち主の精神波長に応じて“性格”が出てくることもあるんですよ」


 ロスは目を丸くした。

 それに対し、レミは少しおどけるように続ける。


「名前をつけることで、少しだけ反応も柔らかくなるかもしれません。……愛着、湧きますしね?」

「愛着ねぇ」

 

 ロスは改めて球体を見下ろす。

 

「球体、金属、無愛想、ボール、マップスキャナー……」


 (記憶がないから思い入れのある名前とかも分からないしな、名前、なまえ……)


 ――腰に付けられたスキャナー……まだ名前を登録されていませんよね?――


「腰」

「腰?」

 

 レミが不思議そうに反復する。


 (腰の横につけてるから……サイド、サイド。うん、呼びやすいかな)


「……じゃあ、“サイド”。それでいい」


 スキャナーの目が、ゆっくりと一度だけ点滅した。


 【識別名『サイド』、登録完了】


 ――――――


 ギルド本館の一角にある医務室は、静かで清潔だった。

 仄かに薬品の匂いが漂う中、ロスは指示に従ってベッドに腰掛ける。


「失礼します。すぐに検査を行いますねー」


 現れたのは、テキパキとしているが少し気だるそうな風体の若い女性の医務スタッフだった。白衣の下にギルドの紋章が刻まれたバッジが光る。

 彼女はロスをベッド腰を下ろす様に促すと慣れた手つきで検査を始める。


「バイタル値、精神波長……どちらも問題ありません。少々お疲れのようですが、深刻な異常は見られませんね」


「まあ、訓練でちょっとは動いたからな……」


 ロスが軽く笑うと、彼女もわずかに表情を緩める。

「後は……」

「後は?」

 彼女が少し間をあけたのでロスも不思議そうに返す。


 

「……スキル刻印の安定性、驚くほど高いですね。」


「はぁ」

 (いい事……なんだよな?)

 それが喜んでいい事なのかどうか、ロスには分からなかった。


「念のため、外傷の有無も確認しますね。――では服を脱いでください」


 ロスは頷いて上着を脱ぐ。

 彼女は動かない。

 

「もしかして……全部?」

「全部です」

 

――


 その肌に目立った傷や異常はなかった。


 スタッフはふと手を止め、視線をわずかに落とした。


「…………異常は、ありません。検査、これで終了です」


「え、ああ、はい」


 どこか含みを感じさせる言葉に首をかしげつつも、ロスはベッドから立ち上がる。


「結果がで次第、説明があると思います。レミ=メノスから今後の説明があると思いますので、指示に従ってください」


「了解」


 ロスは礼を言って医務室を後にした。


――――


 診察室の扉が閉まると、室内は静けさを取り戻す。

 医務スタッフは端末に何かを入力しながら、小さくつぶやいた。


「…… 虚無ヴォイド の侵食影響は確認されず――記憶障害あり」


 端末に表示された報告文に、もう一文が加えられる。


 【状況報告:南部支部長・ドロム=ガリアへ提出】


――――


 扉の向こう、廊下を歩くロスの掌には、スキャナー《サイド》が収まっていた。

 小さく光るその目に、自分自身が映っている気がして、ロスはふと目をそらす。


 記憶はない。だが、戦う力は残されていた。

 それだけが、今の自分を形どっていた。


(あと、恥じらいも残ってたな)


【バイタル:心拍数の軽微上昇を確認】


「……うるさいぞサイド」


 ロスの言葉にサイドは静かに一度だけ点滅して応えた。



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