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「これならば里へ戻ってもよいだろう」


「本当に?」


「うむ。問題なく行使できている。いつでも帰るがよい」


「僕と離れて寂しくならない?」


「ふっ、たわけたことを……其方と過ごした時間など息吹と同じよ。なぜ寂しさを感じるのだ?」


 実際エルフにとって、10年などその程度の感覚だ。だが、クルスとの共同生活はレムスへ多少なりとも変化を与えた。

 まず、出会った時より口数が増えた。今までならば、一言。多くて二言返せば良いほうだった。

 次に、無表情でいることが少なくなった。今も呆れ顔をしているが……他者から見てもわからないだろう。だが、クルスにはわかる。

 好き嫌いに関わらず、毎日顔を合わせているうちに微妙な変化に気づくようになった。それだけ彼らは密接に過ごしていたのだ。


「僕には短いような……長いような……時間だったよ」


「それが人の感覚なのかもしれぬ。我らと感じ方が違うのは、当然のことよ」


「そっか……ねぇ、レムス」


「む?」


「外の世界ってどんななのかな?」


「さて、な……。私は過ぎ来し方(すぎこしかた)の世界しか知らぬし、今時分は様変わりしていよう。其方同様、書物の知識しか持ち合わせておらぬ」


 レムスは薄々気づいていた。

 クルスが外の世界、自分と同じ種族である人間に興味を持ち始めているのを。

 この世界の事が書かれている本を読みながら、瞳を輝かせている場面を何度も目撃している。

 外の世界に興味を持つのは悪いことではない。

 実際何人かのエルフも里から外界へと旅立っている。

 好奇心は人を成長させる。過ぎた好奇心は猫と同じ運命を辿るが……。

 遠い目をしながらクルスは、


「いろんな種族、いろんな人がいっぱい居るんだよね? 食べ物も国によって違うって書いてあったし、行ってみたいな……」


「行けがよいではないか」


「えっ?」


 思いもよらぬ言葉に一瞬理解できなかった。


「まさか一生を『里で過ごさねばならぬ』とでも思っていたのか?」


「ち、違うの……? 皆そうやって生きていくものだと……」


「其方は肝心なところが抜けておるのう。時折外界へ旅立つ者もおる。彼らの中でも『変わり者』の部類、だそうだがな」


「そっか……行っていいんだ……僕にもその資格があるんだ……」


 クルスは拳をぐっと握り、喜びを噛み締めている。その様子を「やれやれ」といった具合に眺めているレムス。

 この状況を予想していなかったわけでなく、クルス自身の口から告げられるまで、あえて何も言わなかったのだ。

 この日のために外界の知識も、生きてゆくのに必要なことも最低限教えていた。

 そのことにクルスはまったく気づいていなかったが、レムスとは年季が違うので、致し方ない。彼は「森に住まう賢者様」なのだ。


「それより家族はよいのか?」


「あっ! そうだった。父さんも母さんも待ってるよね。準備してくる!」


「最後まで騒がしい奴じゃ。ここも少しは静かになろう」


 レムスは大樹を仰ぎみる。だが、クルスと再び関わる日がくるだろうと、レムスも、精霊も予感していた。

 間もなくして身支度を整えたクルスはレムスに今までの感謝を伝え、大樹を出ていく。一言二言、意地の悪いことを言いながら。レムスはいつも通り相手にしない。別れの時も二人は普段通りだった。


「じゃあ、本当に行くよ」


「達者でな」


「うん、レムスも本ばっかり読んで籠ってちゃダメだよ」


「余計な世話だ、童」


 クルスは歩み出す。10歳の時はレムスが前を歩いていたが、今度は一人で。何度か振り返り、レムスの様子を見る。

 レムスは無表情のまま、手で追い払う仕草をする。

 それを見たクルスは今度こそ振り返らず、里へ歩いてゆく。涙を浮かべ、やってきた時とは違い、笑顔を携えて。

 レムスは去っていくクルスの後ろ姿を見送り、違和感を覚えたが……その正体は最後までわからなかった。



『13年ぶりに里へ帰ると、長老と父さん母さんが待っていてくれたんだ。

三人とも僕を歓迎してくれた。母さんなんて行くときと同じように、抱きしめてくれたよ。ちょっぴり恥ずかしかった、かな? 

長老はレムスから連絡を受けていて、精霊術を体得していること、僕が戻っても里に何も問題が起きないことを知っていた。改めて三人とも僕の顔が見れて、喜んでいたよ。

何せ今までは碌に顔も覗けないほど、精霊がたくさんついていたらしいからね。

この日は家に戻って、両親に外の世界へ行きたいことを伝えた。

反対されるかと思ったら……「行ってこい」だってさ。拍子抜けしたよ。けっこう緊張してたからね。

実は父さんも一度外へ行ったことがあったみたい。

その時の縁で母さんと結婚したらしいから、僕も変わり者なら両親も変わり者だったってことだね。

それとも変わり者の両親に育てられたから、僕も変わってたのかな?』



「外、か……」


 クルエーティラはいまだに領地から出たことがない。制限されているわけではないし、望めば簡単に行くことが可能だ。

 二人の姉や母と違って、社交界に興味も無いし、兄たちのように王都で騎士を目指そうとも思わない。

 領地から出ていく必要性を感じないのだ。



『初めに向かった先は、ザールと呼ばれる街。

人間が多く住み、里から一番近い大きな街がそこだった。

初めて目にする外の世界は新鮮で、ゆっくり街道沿いを進みながら、自然を愛で、精霊と語らい、楽しんで歩を進めた。

とにかく自分以外の人族を見たことがなかったから、わくわくしてたんだ。街へ着いたのは数日後。

到着すると……ザールは見たことも無いほどたくさんの人、建物、お店、様々あったよ。

僕といえば田舎者丸出しで、きょろきょろしてたっけ……。

まあ世間知らずというか、田舎者なのは事実だけどね。

外と交流が薄いエルフの世界は狭い。ある意味完結してるともとれる。だからこそ精霊も彼らを好むのかもしれない』



 冒険都市ザール。

 かつてこの街を興したのがザールという名の人物で、そこから名をとった。

 街周辺には凶悪な魔物も魔獣もおらず、冒険者の駆け出しから、慣れ親しんでいる者まで多くが拠点にしている。

 腕に覚えのあるものには物足りない場所と言えよう。

 右も左もわからない初心者にはぴったりの街だ。


「冒険都市ザール……? ザール……どっかで聞いたような……ザールぅ……? ううーん。……そういえば」


 クルエーティラは記憶の奥底からすくって来たものを確かめるため、すぐさま屋敷へ飛び返る。

 玄関広間へ到着すると、


「誰かっ、誰かいないの!」


 大声で人を呼び出す。

 すぐさまメイドの一人が小走りでやってくる。


「どうされました? お嬢様」


「地図を出してちょうだい!」


「地図、ですか……? あれは貴重なものゆえ、悪戯に使うのはお止め下さい」


「ちーがーうー! 悪戯なんてしない! とにかく見たいの!!」


 メイドは困惑する。

 先ほどメイドが述べたように地図は貴重品ゆえ、汚したり、欠損があってはいけないのだ。

 さらに自分の一存で勝手に持ち出していい物ではなかった。


「本当に変なことしないから! お願いっ!」


 クルエーティラは両手で拝み、頭まで下げている。今までならば絶対にしない行為だ。

 メイドはクルエーティラの様子が普段とは違うことを感じ、


「では執事長へ聞いてまいります」


「うん、お願いね。ここで待ってるから」


 あまりの丁寧さに疑念を抱く。

「これも新手の悪戯なのではないか?」と。

 だがそれも執事長がすべて判断すればいいことだ。メイドはそんな思惑を胸に、執事長の元へ向かう。

 しばらくして執事長を伴い、玄関広間へと戻る。いつものクルエーティラならば、すでに居ないはずだ。

 しかし……彼女は居た。元の場所で大人しく待っていたのだ。

 メイドと執事長は顔を見合わせる。クルエーティラが二人に気づくと、元気に手を振っている。


「お嬢様、地図を拝見したいとのことですが……悪戯ではないのですか?」


「ちがうっ! あたしはただ見たいだけなの!」


 クルエーティラも目的があるならはっきり言えばいいのだが、日頃から使用人と接することが少ないからいざと言うとき、うまく伝えることができない。


「お願い!」


「ううむ……」


 執事長は悩んでいる。散々クルエーティラの悪戯に悩まされてきたのだから、判断ができないのも致し方ない。

 そこへメイドが提案をする。


「執事長の監視付き、という条件ならどうでしょう? それなら万が一にでも対処できますし」


「それならば、構わない、か……?」


「うんうん」


 クルエーティラはここぞとばかりに猛烈にうなずく。


「落書きをしたり、破ったり、汚したりしないと誓えますか?」


 大げさに騎士のように宣誓の姿勢を取る。


「はいっ! 誓えます!」


「……わかりました。そこまで仰るなら、参りましょう」


 ついに執事長は折れた。

 あらましを見届けたメイドは「我関せず」といわんばかりに一礼し、そそくさと去っていった。

 執事長はクルエーティラを先導し、執務室へやってくると、戸棚の奥から地図を取り出し、机の上に広げる。

 机いっぱいに広げられた古めかしい地図は羊皮紙に書かれ、ところどころインクの線が新しい。

 大陸全土の地図ではなく、王国内の主要都市や場所が記されている地図だ。中には×印で消された場所や、新たに書き記された街などがある。

 昔から大切に使われているのがよくわかる。


「お嬢様、くれぐれも約束をお忘れなきよう」


「ザール……ザール……」


 食い入るように地図を見るクルエーティラは執事長のいうことなど耳に入っておらず、すぐさま目的の場所を探す。元より悪戯するつもりなど毛頭ないのだから、何も心配いらないが。

 クルエーティラは地図をまともに見たことがないせいもあって、目的の場所がなかなか見つからない。


「ねぇ、冒険都市ザールって知らない?」


 見つけられなかったので、執事長へ聞いてみる。


「ザール、でございますか。たしか私どもが住まう領地から遠方の……」


 執事長がある一点を指で示す。


「南西にあるこちらでございます」


「うわっ、本当にあるんだ!?」


「はい、もちろん。冒険者が多く集まる場所と聞き及んでおります。私どもの領にも冒険者はおりますが、多くは通過するかせいぜい一晩過ごすだけで、拠点にする者は少のうございますゆえ、また違った趣の場所なのでしょう」


 クルエーティラは何とも言えない喜びを噛み締めている。実際執事長が居なかったら、小躍りしてるかもしれない。

 その様子を見た執事長は首をかしげる。それはそうだろう。たかが街を一つ地図上で確認しただけで、「何がうれしいのか?」と。

 それより地図が無事だった安堵の方が強い。


「ありがとねっ!」


 クルエーティラは礼を言うと元気に走り去っていった。

 執事長はすぐさま地図を元の場所に戻し、当主であるアンバーローズへどう報告しようか、その場で思案し始めた。

 そして今日の様子を使用人たちはさっそく話のタネにしているだろうと、ぼんやり思った。

 クルエーティラは自室へ戻ると、今日のために用意してあった昼食を取り出す。丘で食べようと思っていたが、その前に帰ってきてしまったのだ。

 今日はしっかりと焦げ目がついた塩が効いているハンバーグに、前日の夕食で残ったブラウンシチューを上からかけて挟んである。

 パンはシチューを吸わないようたっぷりバターが塗ってあり、さらにシチューは小麦粉を入れ、固めに仕上げてある。

 ハンバーグは昼食のために作ったわけではなく、夕食で出そうと思っていたものの一つを、クルエーティラのために転用したのだ。

 大きな口で一気にかぶりつく。ジャムとの時とは違い、汁気が少ないおかげでドレスへ飛び込むこともなかった。


「うーん、おいしいですわ」


 アンバーローズの真似はまだ続いていた。本物の淑女ならば、大きな口でかぶりついたりしないのだが、そこは気にしない。

 大きいハンバーグと、しっかりしたパンを一気に入れたものだから、二口めにして喉が詰まった。


「んーー!」


 急いで水を飲み、無理やり押し込む。


「はぁ……危なかった。なかなかやるわね……!」


 ハンバーグサンドに向かって、終生の好敵手かのように称賛する。


「でも覚悟なさいっ!」


 クルエーティラは言葉通り、勢いよく一気に平らげる。こんな姿を見たら

アンバーローズとケイは、小言をいう気も失せ、頭を抱えるだろう。

 本人は餌をもらった猫のように、口のまわりについたシチューを、舌なめずりしながら満足そうにしている。

 今まで裾で口を拭っていたが、それだとメイドから母親へ報告が行くので、これならばバレないと気づいたのだ。

 最後には結局裾で拭うので、前よりマシ……どころか淑女からはさらに遠のいた。


「そういえば精霊と会話ってどうやってするんだろ……? うーん……まっ、読めばわかるか!」


 2か月前のクルエーティラからは考えられない発言だ。

 人間、何がきっかけで変わるかわからない。



 ザールの街へたどり着き、門を通ろうとすると門番であろう兵士に睨まれる。呼び止められたりはしなかったが、若草色のフード付きローブを、すっぽり頭までかぶっていれば不審がられるのも無理はない。

 しかし当の本人は睨まれた事に気づかない。街の城壁が見えてから、早く街の中を見たいという逸る気持ちが抑えきれないからだ。

 このローブは両親が編んでくれたもので、旅の餞別にくれた物の一つだ。エルフが作る衣服は丈夫で、色合いも良く、周囲の村から好評で、主だった交易品となっている。


「うわあ、すごい」


 クルスは街の中へ入ると、右へ左へと大忙しに頭を振る、森から出たときも目に映るものすべてが新鮮だったが、それとはまた違う。

 エルフではなく、自分以外のたくさんの人間。街ならではの喧騒。商品の売り込みや、呼び込む声。人多さゆえの活気。それらのものを目の当たりにし、胸の底からなんとも言えぬ心躍る気持ちが、ふつふつと沸き起こる。


「おい邪魔だ! そんなところでぼーっと突っ立てんじゃねぇ!」


「す、すいません……」


 道のど真ん中で棒立ちしていたので、通行人から怒声を浴びる。

 四方を城壁で囲まれているザールには、比較的裕福なものが住む「上区」、それ以外の者たちが住まう「下区」、店が多く立ち並ぶ「商店地区」、物作りが盛んで職人が多い「職人地区」、以上四つの地区がある。

 クルスが今立っている場所は、門からすぐ入った街の中心へと続く大通りで、南門にあたる。ちょうどここは「下区」と「商店地区」に挟まれた場所だ。

 左手の下区には安宿があり、右手にある商店地区側の門脇には、街へ入ってきた旅人がすぐ疲れを癒せるよう、酒場や食事処が軒を連ねている。

 仕事場のすぐ近くなので、門番も昼を食べたり、仕事終わりに一杯やったりする。なかなか評判も良く、人気だ。

 クルスが到着したのは昼を大分過ぎた頃。まだまだ人通りが多い。


「街へ着いたら冒険者組合(ギルド)に向かうのだぞ」


 レムスや両親から言われたことを思い出し、店先を掃除している子供に場所を聞くと「このまま真っすぐいって、十字路のかどっこにあるよ」

 親切に教えてくれた。

 礼を言い、教わった通り大通りを真っすぐ進むと、十字路までやってきた。

 どこが冒険者組合(ギルド)なのかわからなかったが、よく見ると、一角に大きく〔ザール冒険者ギルド〕と看板が掲げられた2階建ての建物があった。

 中へ入ると街の中とは違い、冒険者同士や、ギルド職員とのやりとりが飛び交い、非常に賑やかだ。


 クルスが冒険者を選んだのは、いくつか理由がある。

 それはクルスが里へ帰るため、支度をしている合間の出来事。

 レムスは単純な疑問を投げかける。


「金子はどうするつもりなのだ?」


「お金……?」


「里とは違い、外は何かと入用になるはず。己で稼がねば、すぐに力尽きるか、這う這うの体で里へ戻ることになるぞ」


「ど、どうしよう……全然考えてなかった」


「そうじゃな……。其方が選べるのは二つぐらいであろう。……猟師か、冒険者じゃな」


「猟師か、冒険者……」


「獲物も先ず先ず獲れているようだし、猟師でもやっていけるだろう。しかし、安定した金子を得ることは出来ても、まとまった額は手に入らぬ。街に根を張るならば、それもよかろう。冒険者なら己の腕次第で、一攫千金も叶うじゃろう……が、場合によっては、命を対価として支払わねばならぬ」


 クルスはしばし考えこんだ後……、


「わかった。僕は――」


 もう一つの理由……里には外界へ出てゆくための条件がある。

 それが「己の身を守れる」ことだ。

 人間すべてが悪意もった邪悪な存在でないことはエルフたちも重々承知している。だからこそ近隣の村と交易し、友好関係を築いているわけだ。

 しかし、数多くの人間たちが彼らと敵対してきた。対話や融和を図ることができぬ者が、眼前と存在するのだ。

 里の一員となったクルスを、無防備なまま行かせるわけにはいかない。

 慣例通り『外周部隊』から手ほどきを受ける。外周部隊は森の見回りや、近隣と交流を図るもの達から構成されている。

 クルスを家族として迎え入れた父も一員で、見回りの際、クルスを発見した。里の中でも、才が際立った者か、数十年単位で修行と訓練を行い、認められた者しか所属することは叶わない。

 所謂エリート部隊だ。

 その部隊からみっちり一か月ほど訓練を受け、「これならば」と認められ、クルスは長老から許可された。



「おい、入らねぇのか」


 街へ来たときと同じように、入り口付近で立っていたクルスに、茶色の髪の大柄な男性が、後ろからけだるそうに声をかけてきた。

 クルスはすぐに振り向き、


「えっ? あ、ご、ごめんなさい。邪魔ですよね……」


「あぁ? 別にどうでもいいがよ。用があんなら、あっちの受付に行きな」


 受付を指差す。

 それだけ言うと、クルスの脇をすり抜け、声色と同じくけだるそうに建物の奥へ行ってしまった。

 大柄な体格とは裏腹に、横をすり抜ける動作は機敏だった。


(中に入って行ったけど、ギルドの人なのかな……?)


 クルスは気を取り直して、さっそく受付へ行ってみる。


「こんにちは。ザール冒険者ギルドへようこそ」


 受付の綺麗な女性がニコニコと笑顔で応対する。


「あ、あの……僕、登録したいんです」


「初めての方ですか?」


「はい」


「わかりました。冒険者について説明は要りますか?」


「お願いします」


 クルスは頭を下げる。頭を上げると同時に、ここに来て初めてフードを取り、素顔を晒す。


「……!」


 ギルド職員の女性が何かを言いたげだったが、何も言わず説明を始める。


「まず冒険者は、4つの等級に分かれています。下から順に『鉄』『銅』『銀』『金』です」


「ふむふむ」


「なので登録が済み次第、鉄級の冒険者となり、ギルドから自分の名前が刻まれた鉄のネームプレートの首飾りを、後日渡しますので失くさないようにしてくださいね」


「はい。あのう……」


「はい?」


「鉄のネームプレートってことは、ほかのもあるんですか?」


「良いところに目を付けましたね。等級が上がるごとに、銅のプレート、銀のプレート……となっていきます。これでその人が冒険者としてどの程度の腕前かわかる仕組みです」


「へぇー、すごい」


「ふふっ」


「僕、何か可笑しなこと言っちゃいました……?」


「説明をちゃんと聞いてくれる人って、少ないんですよ。だから嬉しくて」


「そうなんですか。よかった。変なこと言っちゃったかと思って」


「大丈夫ですよ。では続けますね。冒険者の仕事は、人々から請け負う様々な依頼です。外壁の修理や迷い猫の捜索、グリフォンや竜退治まで、簡単な物から難しい物まであります。あんまりこれを言うと怒る人がいるんですけど……」


 最後の方は()()()()と小さい声で呟く。


「冒険者って意外と何でも屋だったりするんですよ」


「何でも屋ですか……」


「はい、雑用も多いですしね。冒険者は対価として、お金を貰う。依頼者は困りごとが解決して助かる。それを一手に担うのが冒険者ギルドです」


「すごく良いと思います!」


「ありがとうございます。では登録のため、名前をお伺いします」


「はい。僕はクルスです」


「クルスさんですね……承りました。2、3日すればネームプレートも出来上がると思うので、ギルドへ顔を出してくださいね」


「わかりました。あ、どこか泊まれる場所って知ってますか……?」


「ああ、それなら……」


 ギルドから紹介してもらった「下区」にある安宿へ泊り、ザールでの初日はつつがなく終わった。

 路銀も旅へ出る前にローブと共に両親から受け取っている。贅沢をしなければ

1か月は暮らせる額だった。

 2日後、街の散策を済まし、ギルドへ出向くとネームプレートが出来ており、冒険者の心得や、注意、禁止事項の説明を聞いた後、受け取った。

 これで晴れて冒険者となったのだ。

 このネームプレートは魔術が組み込まれていて、ちょっとやそっとでは壊れないようになっている。おまけに軽い。

 昔は羽のように軽く、薄く小さかったため、つけているのかいないのか、わからなくなり、紛失するものが続出した。なので、適度に重さを感じる程度に変更されたのだ。

 ネームプレートを受け取ってから1週間後。いくつかの依頼を達成し、少しだけ冒険者に慣れてきたころ……。


「なあ、ちょっといいか」


 いつものように掲示板で依頼を探しているところへ横から声を掛けられた。

 そちらに顔を向けると15、6歳ぐらいの少年たちが4人、立ち並んでいる。その中の一人が、一歩前に出てクルスに話しかけてきた。


「あんた一人だろ? 俺たちもまだ冒険者になってからそんなに経ってないし、よかったら一緒に組まないか?」


「ぼ、僕と?」


「おう。見たところ魔導士っぽいし、魔法使えるんじゃないかと思ってさ。俺たちは魔法使えないんだ」


 これがクルスが初めて組んだパーティだった。



『……これが悲劇の始まりだった。

そして僕は10年……ザールに囚われの身となる。

牢獄に入るとか犯罪者になった……という話じゃない。

動けなくなったんだ。……街から。

どこへも行けず、行く気にもならず、生ける屍のようにただ、存在するだけ。

原因はわかっている。誰かが悪いわけじゃないのも。

それでも僕は……僕はいまだに忘れることができない。

トーマス、レグ、ザック、ベン。

僕よりちょっとだけ先輩の田舎から出てきた幼馴染の4人組。

みんな農家の息子で、食べていけないし、仕事があるわけじゃない。

だから家族のためにも、街に出てきて冒険者として稼ごうとしていた。

今は彼らの顔も思い出すこと……でき……だ……す…い……』



「なんだろう……? このあたり……頁がふにゃふにゃしてる。

文字も読めないし、なんか零したのかな?」


 ところどころ文字が滲んでいて、判別がつかない。これはクルスが書いている最中、落涙しそれが頁の上に落ちたためだ。

 その事実にクルエーティラが気づくのは数年後。今は「読みづらい」程度の感情しか持ち合わせていない。

 クルエーティラは読める箇所まで、読み飛ばす。



『この件は詳しく書く気になれない。どれほど月日が経とうとも……。

どこまで行ったかな……ああ、ザールの街から動けなくなった話だった』



 駆け出しにはよくある話だった。

 5人でパーティを組んで、一月が経った頃、お互いが慣れ親しみ、依頼をこなし、何もかも順調に進んでいた。

 誰かが提案した。「そろそろダンジョンに行ってみよう」と。ダンジョンは奥へ行くほど、魔物が強くなる。

 初めは問題なかった。別段難しい場所でもなかったし、弱い魔物が2、3匹出て、それを倒す。

 ただ、それだけでは物足りなくなったメンバーが、


「もっと奥行ってみようぜ」


「えっ……初めてきたし戻ったほうがよくないかな?」


「大丈夫だって! クルスの魔法と俺たちなら。最近うまくいってるし! 奥へいけばお宝だってあるかもしれないぜ」


 クルスは押し切られる形になる。

 洞窟も中頃に差し掛かろうとしており、クルスは違和感を感じ始めていた。

(最初より術の威力が弱くなってる気がする……)

 皆の期待を裏切りたくないクルスは首を振り、その考えをすぐに打ち消す。

 もしクルスがエルフと同じように、精霊の姿が見えたり、はっきり感じることができていたのならば、違和感の正体がわかっただろう。

 己の中の違和感を拭えぬ時、熟練者ならば一度しっかりと立ち止まり、考える。考えてもわからないならば、すぐに引き返す。

 それは生き残るために大事なことだった。

 しかし、クルスを含め、誰も彼もが経験不足だったし、好調だったゆえに浮かれていたのもあったのだろう。

 浮ついた彼らは警戒を怠り、奥へと進んだ矢先……魔物に取り囲まれる。逃げることは叶わず、戦うしかなかった。


 そして……全滅した。クルスたった一人だけを残して。クルスがメンバーを見捨てたわけでも、真っ先に逃げたわけでもない。彼らに逃がしてもらったのだ。メンバーの命と引き換えに。

 どう逃げたのか、どうやって街へたどり着いたのかクルスは記憶がない。

 無我夢中で、必死に逃げた。

 最後に覚えていることは、パーティリーダーだったトーマスの「クルス逃げろッ!」という声と、メンバーの断末魔だけだった。

 この日を境に、クルスという名の冒険者は……姿を消した。


最終話は現在書いてる真っ最中で、今月中(4月)には完成させて、投稿するつもりです。

しばらくお待ちください。

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