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「皆さん、よろしいですか?少し確認したい事があります。皆様はこれからこの水晶に触れて頂きます。この水晶は各々の能力値をこのステータスプレートというものに移す役割を担っています。順番にこの水晶に触れ、ステータスプレートを受け取ってください」
クラスの奴らは順番に女の持っている水晶に触っていく。おそらくだが、あの水晶には何も書かれていない。あの女の目線は陽キャのメンツに向かっているからな。このことから考えると。能力にもそれぞれ強さがあるのだろう。陽キャはステータスなんか高そうだな。俺はただの高校生なのだ。今は。もう慣れてしまった足音を立てない歩き方。しかし、今は何も悟られてはいけない。戦い慣れている事も人を殺した事がある事も。見た感じこの女も武術の心得はあるようだ。実力的に言ったら中の下くらいの能力だろうが、ここは異世界。魔法という概念があった場合。その魔法がどの様に彼らの能力を底上げするか分からない。用心しておくに越したことはないだろう。
俺も適当にクラスの奴らの後ろに付く。そして俺の番が来た時、女は一言こういった。
「隠さなくてもいいのですよ」
ばれた?何故だ。俺の誤魔化しは完璧だった筈だ。
「私に誤魔化しは効きませんよ」
なっ!心を、読まれている!?一体何が起きているんだ。何故考えている事が分かる。
「あはは、それはそのうち分かりますよ。あなたは出来る様になるでしょうし……」
一体なんだったんだ。あの女は隠さなくていいと言った。それは俺が戦い慣れていて、忍足をわざと崩したことか?それとも命を奪う事をなんとも思わないことか?
それと誤魔化しが効かないとはなんだ。何故誤魔化しだと気づける。
そして最後の一言。あなたは出来る様になる。何故俺だけに限定している。この世界で勇者として召喚されたのはみんな一緒だ。それなら彼らに出来てもおかしくない筈だ。それなのに……これはまずいかもしれない。俺自身自分の切り札を知られるのは避けたい。
基本戦闘の訓練となれば大抵同じ人が相手となる。その人の癖や立ち回り方のパターン。それらをよく知る上での戦闘はそれらを知らない上での戦闘よりよほど難しい。同じ相手としか出来ないから上達しないなどと思うかもしれない。しかし普段の相手は父だ。加減などしないで投げ飛ばされるので上達はする。特に受け身のな。だから、人にあまり技を見られたくない。空手や柔道、剣道など基本的な武道は基本的な技のみだが少しばかり齧っている。しかし、俺が一番長けているのはナイフの扱いと銃の扱い。これに関してだけは誰にも負けないと自信がある。だからこそ、その一つ一つのパーツである技は知られたくない。のだが……俺のステータスは完全に戦闘向き。クラスの奴らと模擬戦をする事は免れないだろう。
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名前:桜木嶺斗 年齢:17歳
LV:1
職業:暗殺者、学生
魔力:30
身体能力:S
戦闘技術:S
スキル:非表示
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名前、年齢、レベル、そこはまだ許容出来る。しかし、職業が暗殺者というのは許容し難いな。俺の本職は決して暗殺者ではないのだから。そう、学生だ。
『あるじぃ。そうだったのぉ?ごめんねぇ』
なんだ、この頭に響くような声は。それと今、俺は声に出したか?いいや出していない。周りの様子から察するにこの声は俺にしか聞こえてない。そしてあのクソ女にも聞こえてないと思われる。
『えっとぉ、僕の声はあるじにしか聞こえない筈だよぉ』
お前は何者だ。そして、俺の事を主人と呼ぶ理由は何だ。俺は尊敬に値する人間ではない。こんな汚れた人間の何処が良いのか分からんな。
『リォルって呼んでいいよぉ。あるじには特別に許しちゃおうかなぁ?で、尊敬に値するか?だっけぇ。僕からするとそんなの関係ないんだよねぇ。僕が欲しいのは濃厚な魔力だよぉ。その面で言えばあるじはこの中で一番美味しそうな色をしてるねぇ』
魔力の色?何が特別なんだ。俺は他の高校生と何ら変わりない。高校生の様な生活を送っていた筈だ。
『えぇ?学校が終わったらすぐに家に帰って訓練。夜が深まったら任務。そして、長期休暇には海外に放り出されてた癖にぃ?それはないでしょぉ?今時の高校生そんなにハードな生活送ってないと思うけどぉ?』
「知らん、俺にとっては当たり前だ」
「あいつ何1人で喋ってんだ?」
「相変わらず気持ちわりーな」
『なんか言われてるよぉ?殺さなくていいのぉ?』
そんなに俺を人殺しに仕立て上げたいか?別に俺は構わないが、何ちゃら帝国というのが許しはしないだろう?
『それはそうなんだけどさぁ、あ、あの女の話は聞いておいた方がいいよぉ。きっと君の生死を分けるからねぇ。彼女に従わなければきっと大きな天罰が降る。アレはそう言う類の魔法士だよぉ』
相変わらず語尾が伸びていて何とも締まりのない話し方だが、こいつの言っている事は理に適っている。聞いておくに越した事はないだろう。
「皆さん。そろそろ移動しましょうか。全員にステータスプレートが行き渡った様なので。ステータスの内容に関しては後ほど確認させて頂きます。では、このゲートを潜ってください。潜れば直ぐにルーベルト帝国の謁見の間に着きます」
うーん、いきなり!?そこ?まさかの。
『こいつバカなんじゃねーかぁ?何考えてんだ』
口調が……そんな事さておき、これを潜ると言うことはまた先程と同じ様な感覚なのか?それは潜るのが憂鬱だな…
『まぁまぁ、今度は僕が居るから大丈夫じゃないかなぁ?多分だけどぉ』
何とも確証のない。そこはもう少しはっきりとさせて貰わないと困るんだが!?
『いやぁ、僕からは何ともぉ?これはあるじの順応力次第というか何というかねぇ?多少強くなったけどねぇって感じだからねぇ。僕は知らないよぉ?』
まぁいい。さっさと潜ってやる。
また先程と同じ様な感覚がしたが、特に気持ち悪くなったりなど、体に支障は来さなかったからよしとしよう。これがリォルとか言う奴のお陰なら少しくらい感謝しなくてはな。
というか、この部屋すごいな。西洋の城の様な雰囲気だ。仕事で何度か潜り込んだ豪邸とは比にならんな。
『あぁ……気持ちわるぅ…僕この魔力苦手ぇ。なんか薄いし食えたもんじゃないよぉ。あるじぃ?魔力くれないかなぁ?』
『はぁ?知るか。俺は何もできねぇよ』
『自力で魔法使っといてよく言うよぉ。こんな高度な魔法を自分で覚えちゃうとかぁ、凄すぎない?僕のあるじぃ』
『しらねぇ、こっちの方が話しやすいな。これならいつの間にか口から言葉が出る事はなさそうだな』
まぁねぇ、異空間で精神世界を形成してるからねぇ。と呟いたリォルはそこで黙ってしまった。俺は特に何もする事がなくなったので、他の奴らと同じ様に周りをキョロキョロを見渡し、少しばかり情報収集をすることにした。俺たちの他にこの部屋にいるのは玉座に座る初老の男と、さっきのクソ女。そして俺達だけだ。人払いがしてあるのだろう。護衛の姿すら見えない。気配も感じない。この世界には魔法という概念がある。その魔法とやらで気配を完全にシャットアウトしている可能性もあるが、居るとしても物陰だろう。何か起きても対処出来るだけの距離はある。問題はない。
初老の男は静かに口を開いた。そして、耳に響いたのは少し低めの耳触りの良い声だ。今時こういった声の事をイケボと呼ぶのだろう?それくらいなら分かる。
「良くぞ集まってくれた。勇者の方々。我々は今魔王という脅威に脅かされながら生活している。そこで其方等に魔王の討伐をお願いしたいのだ。600年に一度現れると言われる魔王はとても強大な力を持っているのじゃ。この国の兵力のみでどうにかなる問題ではないのだ。無論私達も全力で兵を動かそう。他国に要請もするつもりだ。しかし、その力だけではどうにもならん。お主らには全面的な協力を仰ぎたい。勿論褒美は出す。生活の保証もしよう。頼めるかね?」
「俺達で力になれるのなら出来る限り力になろう。それで大丈夫か?それと一つ条件を追加したい」
「何だ?申してみよ」
「俺達にも元の生活がある。魔王の討伐が無事に済んだのなら元の世界に帰して欲しい」
「それは神の意向によるものだ。こちらで保証は出来ない」
なるほどな。現時点で元の世界に帰る手立てはないと。もしどうしても帰りたいのならば魔王を撃ち倒し、神の意に従えと。まぁ、変なカラクリよりよっぽど簡単な話だ。しかし、この様子だとこの国では神が絶対的な支配者な様だな。ルーベルト帝国を当てにするのはやめておいた方がいい、か。
『そうだろう?リォル』
『はぁ、あるじの言ってることは強ち間違ってはいないよぉ。僕が言えるのはここまでだからねぇ』
未だ実態を表さないリォルという謎生物。彼は一体何者なのだろうか?彼……奴は男なのか?一人称が僕だから男だと思い切っていたが、そういうわけでもないだろう……
『ちょっと聞き捨てならないなぁ……僕は一応竜なんだよぉ?それと性別は男だねぇ。女にしないで貰いたいかなぁ。あとで本当の姿は見せてあげるからねぇ?それで我慢してぇ?』
何か王と荒井風雅だけで話が進んでいるが、まぁいいだろう。俺にはあまり関係ない。
そう思うことにして、この時間はやり過ごした。