第17話:腕試
パイドパイパーの中心である大学施設。もちろん、他の建物同様に風化が進み、外壁には緑のツタが絡み付いて半分以上が苔に覆われている。
そんな大学の体育館内の倉庫には刀剣の他に長柄の槍に棒、戈や戟、薙刀、大斧、三節棍そして弓矢等、あらゆる武術で使用する武器が揃っていた。
「これが、この島に散らばっていた武器? 思ったより本格的な武器が揃ってるんだな……」
倉庫の中の武器用の棚に並べられて保管されていた数々の武器を目の当たりにした粼は、今まで携えて来ていたボロのスコップの柄を壁に立て掛けると、目をキラキラさせて興奮した様子で武器一つ一つを吟味した。
「そうです。この中から好きな武器を差し上げます。いいんですよね? 神父様」
月希は、隣で腕を組む神父のロゼ=ロザリオに確認した。
「ええ。構いませんよ。斑鳩くんも、武器を探しておくようにと言っていましたからね」
武器庫の管理は、リーダーの斑鳩とロザリオが行っている。2人は各々大学の教授室を寝床にしており、大学に行けば大抵どちらか1人はいる。この日、斑鳩は、午前中のパイドパイパー内の巡回に出掛けてしまった為、残っていたロザリオに月希が声を掛けたのだ。
「それにしても、武器を見てそんなに嬉しそうにするとは、粼くんは武器術がお好きなのですね?」
優しさに満ち溢れた表情と声色でロザリオが聞くと、粼は顎を触り、僅かに逡巡する。
「んー、そもそも、俺の専門は棒術じゃなくて槍術なんですけど──」
「あ、そうだったんですね! てっきり、つかささんの幼馴染って話だったので、粼さんも棒術がご専門なのかと」
月希が不思議そうに言うと、武器に夢中だった粼は一度彼女の方を見て微笑んだ。
「最初は俺も棒術をやってたから棒術も使えるけど、つかさに全然適わなくてさ。武器を変えたら勝てるのか興味があって槍術を極める事にしたんだよ。でも、結局つかさの棒術には一度も勝てなかったけどね」
「そうだったんですね。つかささん、強いですもんね」
「そうそう、向こうにいた頃は本物の槍なんて手にした事なくて、今こうして本物を見られて大興奮してるってわけだよ!」
「なるほど、そうでしたか。ここにある物は所有者がいませんので、どうぞ遠慮なさらずに手に取ってみてください」
ロザリオはにこやかに微笑んで言った。
「では、遠慮なく」
粼は最初から目を付けていた槍を手に取り、両手で握った。
「これは……かっこいい」
持っただけで粼はその槍を気に入った。自然に顔がニヤケてしまっている。黒い柄に、金色の石突、先端には銀色に輝く鋭い刃。そして刃を押さえる金色の口金の下に付いているフサフサとした赤い槍纓が良い感じの差し色になっている。そして、手から伝わる適度な重量感が、粼の武人の血を滾らせる。
狭い体育倉庫の中なので、すぐに振り回せないのが悔やまれる。
「これに決めました!」
嬉しそうに粼が言うと、ロザリオは笑顔で頷いた。
「粼さん、私は槍を使うのも相手にするのも初めてなので、手合わせは棒でやりませんか? ……その鋭い槍でやられるの想像したらちょっと怖くて……」
申し訳なさそうに月希は目を輝かせて槍を握る粼に言った。
「僕は構いませんよ!」
「なんか、すみません、粼さん」
粼の提案に、月希はぺこりと頭を下げた。
月希は棒で戦うと思っていたのだから、刃の付いた槍での手合わせに恐怖を覚えるのは当然だろう。それは同時に、粼に負ける可能性も捨てきれない事を自覚しているという事だ。
「なら、対戦用の棒はこれにしましょう。公平に僕が選んだ方がいいでしょうから」
「ありがとうございます! 神父様」
粼は、一度自身が選んだ槍を武器立てに戻し、ロザリオから渡された棒を受け取った。月希はまるで賞状でも賜るかのように、両手で丁寧に受け取り頭を下げた。
粼と月希は、早速体育倉庫から出ようと踵を返したが、先程から一緒に来たはずのミモザが大人しい事に不思議に思った。
だが、辺りを見回すと、黄色い髪の女の子はすぐに2人の視界に入った。倉庫の奥でしゃがんで、何やら物色しているようだ。
「ミモザちゃん、行くよ?」
月希が声を掛けると、ミモザは立ち上がった。
「あ、はーい! 粼さん用に弓を選んでました〜! これ、使いやすいと思うので! こっちは澄川さんの分! おそろにしました〜!」
得意気に短弓2本と矢が満載された矢筒を抱き締めて、ミモザは微笑んだ。選んでくれた弓は、ミモザ自身の腰についているホルスターに入っている弓と同タイプのようだ。
「ありがとう! ミモザちゃん! キミは気が利くいい子だね〜! よしよし」
粼は小柄なミモザの前で膝を曲げ、目線を合わせると、ミモザの黄色い髪を優しく撫でた。
ミモザは頬を赤く染め、一瞬ポケーっとしていたが、すぐにまた笑顔に戻った。
♢
体育倉庫から出た粼と月希は、手にした棒を試しに振り回す。
棒の長さは1.8mほど。初めて触るはずの月希だが、棒の動かし方はなかなか様になっていた。
「え? 榊樹さん、初めてにしては上手くない?」
「ホントですか?? 一度、つかささんの棒術を見た事がありまして、見様見真似ですよ」
「見様見真似で、その再現度か……」
粼はネフィスの能力の高さに改めて驚かされた。少しやり方を教えればネフィスはアーキタイプを短期間で上回る成長速度で武術を会得する。その能力が、武術が世界に急速に広まった理由である。
そんな事を考えている間にも、月希は棒を左右の手に交互に持ち替えながら高速で振り回す。傍から見たらもはや達人の域だ。
「こんな、感じ、だよね?」
「上手上手!」
粼は呑気に拍手して、月希の棒捌きを眺める。
しかし、
「ぎゃっ!?」
と、突然月希は奇声を上げ棒を床に落とした。その一部始終を、粼は見逃さなかった。月希の大きな胸に、棒が引っかかったのだ。
「大丈夫?? 榊樹さん??」
「う、うん、調子に乗ったら失敗しちゃった……痛ぁ……でももう大丈夫! 大体のコツは掴んだから!」
「うわぁ……痛そう……やっぱりおっぱい大きいと不便な事もあるんだねー」
顔を歪め、ミモザは2セットの弓矢を抱えながら、自分の平らな胸を見て言った。
「ミモザちゃん、余計な事いちいち言わなくていいから」
大きな胸を擦りながらそう言うと、月希は腰に佩いた白い日本刀“黄龍心機”をロザリオに渡した。
「よし、じゃあ始めようか」
言いながら、粼はまるでペン回しのように、棒を軽々と片手で1回転させる。この動きはもはや手癖であり、戦闘前に手に馴染んだ長さと重さの棒や槍を握ると自然と出てしまう動きだ。腐った短くて軽いスコップの柄などとは感覚が雲泥の差だ。
しかし、その何気ない動きを見た月希は目の色を変えた。それはロザリオもミモザも同様だ。
「勝敗はどうつける?」
「え、ああ、そうですね、相手の身体に自分の棒を当てられたら勝ち。掠っても当たった事にしてOK! どうでしょう?」
「よし! それでいこう! 悪いけど、本気でやらせてもらうからね、榊樹さん」
粼は棒を下段に構えた。
「では、私も頑張ります」
月希も棒を構え、片脚を引いた。いつもの優しい目付きが、瞬時に敵を打倒すような鋭いものに変わった。
「では、開始の合図は僕が」
ロザリオが2人が対峙している横に立った。
そして2人が「お願いします」と言うと、ロザリオは静かに右手を挙げた。
「初めっ!」
ロザリオの右手が振り下ろされると同時に、月希は一瞬にして粼の間合いに入った。
「うお! 手加減なしか!」
月希の横薙ぎを確実に棒で受け止め、続く回転薙ぎも、しっかりと防ぐ。
「さすが! やりますね! 粼さん!」
口元だけ笑う月希。目は常に真剣に粼の棒の動きを捉えている。得意武器は違えど、武術を極めた者の視線に他ならない。
「榊樹さんもね!」
互いに楽しそうに、棒を打ち合う2人。体育館には、棒を打ち合う音と、床を踏み込む時の音だけが響いている。
粼は月希の棒を避けると、両肩に棒を背負い、すぐさま屈んで月希の脚を払うように回転。しかし、月希は後方に跳んでそれを回避した。
月希が動く度に、大きな胸が揺れ、フワフワと黒いミニスカートが閃いて白い下着がお目見えしている。だが、戦闘モードの粼にはその妖艶な誘惑は見えていない。
ただ月希の棒捌きと、真剣な表情だけが目に入っている。
そんな2人の戦闘を傍観者しているロザリオとミモザは、ただその迫力に息を呑んでいた。
「凄い! 2人は互角だね! 神父様!」
興奮したミモザは隣のロザリオに言う。しかし、ロザリオは「いえ……」と首を微かに横に振るので、ミモザは不思議そうに首を傾げた。
「次で当てちゃいますよ? 粼さん」
「そう上手くは行かないよー」
そう言って今度は粼から仕掛けた。
踏み込んで、月希の間合いに入ると、棒を槍の要領で足もとへ何度も突き出す。月希は見事にステップを踏んで乱れ突きを躱すが、不意に棒の先が月希の顎へと向かう。
「甘いです!」
月希はニヤリと笑い、棒を水平に構え、粼の棒の下からの軌道を胸の下で容易く止めた。
だが、粼の棒はすぐに次の動きに移行し、右肩、そして左肩へと連続で振り下ろされる。月希の視線は確実に粼の棒の動きを追い、確実に攻撃を止める。
しかし、月希が棒を受け止めた瞬間、突然粼の攻撃は打撃から一変、月希の握る棒を滑るように移動し、その綺麗な右手を狙う。もちろん、月希はすぐに右手を棒から放し、接触を回避したが、月希の視線が追っていた棒の先端とは逆側の先端が、すでに月希の左頬を優しく触っていた。
「あ……!?」
「俺の勝ち」
得意気に粼は微笑んで言うと、棒をスっと引いた。
「はぁ……負けちゃった」
月希は潔く負けを認め、同じく棒を引き、左頬を触った。もしも、粼が本気で、武器が本物の槍だったならば、月希の可愛らしい顔は真っ二つだった。
「榊樹さんが負けるなんて……! 粼さん凄いです!」
ミモザは粼の勝利に大興奮。弓を持ったまま、近付いて来てその興奮を伝え、月希へは労いの言葉をかけた。
ロザリオも笑顔で2人に近付く。
「素晴らしい! まさか、能力と黄龍心機を使っていないとはいえ、序列5位の榊樹さんに勝ってしまうなんて。見直しましたよ」
「ありがとうございます、神父様。それじゃあ、榊樹さん。約束通り、俺を次回の探索班に組み込んでもらえるよう、口添え宜しく!」
「はい。約束ですからね」
複雑そうな表情を浮かべ頷く月希。負けた事への悔しさなのか、粼を探索班へ編成するのを阻止できなかった事への不安なのか。その心の内は粼には分からない。
「僕からも頼んでおきますよ。粼くん」
「ありがとうございます!」
「やっぱり粼さんは強かったんですね! 強い仲間が増えて、パイドパイパーのみんなも心強いですよ!」
キャッキャと嬉しそうなミモザは、粼のもとに駆け寄って満面の笑みではしゃぐ。そんな無邪気なミモザの頭を、「ありがとう」と言いながら、粼はまた優しく撫でた。
「アーキタイプとは思えないほどに、素晴らしい逸材ですね、彼は」
ロザリオはミモザに聞こえないように配慮しながら、月希に黄龍心機を差し出して言った。
月希はそれを受け取ると、代わりに棒を返却した。
「ええ。まさか、私が能力を使わなかったとはいえ、ここまで実力差が出るとは思いませんでした」
「相当な努力をしたのでしょうね。もっとも、榊樹さんが刀を使えば、手も足も出なくなるでしょうけど」
「私は素直に嬉しいです。あの腕なら、彼がパイドパイパーでアーキタイプだとバレずに過ごせそうで安心しました」
月希はロザリオの顔を見て微笑んだ。
そして2人は、粼に視線を戻す。
喜ぶミモザに棒術を披露する粼。その光景は、とても微笑ましく、平和なものだった。