第11話:挑発
「こんばんは〜、また会いましたね〜」
目の前に現れた2人の女。昼間絡んで来た周防水音と篁 光希だ。
不敵な笑みを浮かべ、ヒラヒラと手を振る水音に対し、小柄でオレンジ色のツインテールの光希は相変わらず鋭い眼光を粼とカンナに向けながら口を噤んでいる。
「何か用ですか? 周防さん、篁さん」
月希が粼とカンナを庇うように前に出た。
「月希ちゃんも甘いよね〜。そんな得体の知れない2人が心強いだなんて。月希ちゃんの方がよっぽど強いんだからお世辞なんてやめなよ」
「響音さんがいないのをいい事に、また因縁つけに来たんですか?」
「因縁を付けるだなんて、そんなガラの悪い事しないよ〜。ねー、光希」
「うん」
水音は茶髪を毛先だけ金髪に染めた髪を指先で弄りながら相棒の光希に尋ねる。水音は常に笑顔、目だけは終始笑っていない。
そして、光希の方は自発的に言葉を発する事はなく、水音の問い掛けにしか答えない。
「じゃあ何ですか? 粼さんと澄川さんの話は昼間終わった筈ですよ?」
「私たちはたまたまここにいただけ。そしたらたまたまあなた達が来たのよ。どこ行くの?」
「カフェテリア。夕食を食べに行くんです」
「あー、ご飯ねー! ほんとにそいつらに食料渡すの?」
「仲間ですもん。当たり前でしょ?」
「ふーん、私は仲間とは思ってないよ? パイドパイパーの全員が仲間って認めてないのに、貴重な食料渡していいのかなぁ? ねぇ、光希?」
「駄目ですよ」
肯定しかしない光希は、やはり水音の問いに短く答える。粼もカンナも敵意のある物言いの水音、光希と、こちらを庇ってくれる月希のやり取りを黙って聞いている。
「だよねー。赤の他人に貴重な食料は渡せないよねー」
「周防さん! もう悪ふざけはやめてくださいよ!」
しつこく絡んでくる水音に対して、いよいよ怒りを顕にする月希。自分たちの事を庇ってくれる月希が責められているようで見るに耐えなくなった粼は前に出た。
「あー、榊樹さん、ありがとう。俺が直接話すわ」
「大丈夫ですよ、粼さん、私が話を……」
月希の話を手で制した粼は優しい口調で問い掛ける。
「周防さんだっけ? 俺たちの事が気に入らないのは分かったよ。食料を分けてもらうには、キミ達に仲間と認めてもらえればいいんだろ? どうしたら認めてくれるの?」
「簡単ですよ! 私を倒してご覧なさいよ!
私を倒せないようなら探索班も見張り当番も務まらないから」
確かに水音の言う事は理にかなっている。これからサバイバル生活をする上で、力のないものは生き残れない。その為の試験的な事をしてくれるというのだ。しかし、見たところ武器を持っていない丸腰の女の子に、ボロとはいえ、武器の棒を持って戦うのはナンセンスだ。素手で挑むべきだろうが、目の前にいるのは、女の子ではあるが、戦闘能力の高いネフィスだ。しかも、彼女等の些細な所作から粼の目には相当の武術の使い手と見える。粼自身、素手でやったら勝算はないだろうと見積もった。
「あー……戦うのは嫌だなぁ。他の方法はない?」
穏便に済ませるに越したことはない、と、粼は戦闘以外の平和的解決を提案するが、殺意の高い水音にはそんな甘い妥協案は通じない。
「は? ないわよ! 他にどうやって強さを証明するの? 戦うのが嫌なら月希ちゃんかその女にエナミナ飲ませてもらったら?」
今まで笑顔だった水音は、粼の生ぬるい提案を聞いて一変、顔が引き攣るほどの嫌悪を現す。
すると、今まで静観していたカンナが前へ出た。
「倒せばいいんだよね? なら私がやる」
「やめなよカンナ。仲間同士で争う必要はないよ。安い挑発に乗るな」
「倒したらご飯食べていいんでしょ?」
粼の静止に耳を貸さず、カンナはやる気満々な様子で1人水音と対峙する。
「おお! 女の方が釣れた〜! ラッキー!! でもそのスカした感じ〜ムカつくぅ〜!! ねー、光希ー!」
「うん、でも水音、程々に」
カンナが名乗りを上げた事に、水音はさぞ嬉しかったのか、自分の身体を自ら抱き締めて恍惚とした表情を見せる。
「分かってるよ! 光希! 再起不能にしちゃったら斑鳩さんに怒られちゃうからね〜」
「1つ約束して、周防さん。私が勝ったらもう意地悪しないで。私は貴女たち2人とも仲良くしたいの」
真面目に意見を述べるカンナに、水音は口を押さえてキャハハと笑う。
「馬鹿みたい。まあ、いいけど、あたしが勝ったらアンタはここから出てってよね。そんで、男の方はあたしの奴隷になってもらおうかな。どう?」
「いいよ」
当事者の意見も聞かずに勝手にエグい交換条件を飲むカンナに粼は顔をしかめて絶句する。カンナには余程負けない自信があるのだろう。ヒグマを素手で倒したカンナなら有り得ない事ではない。
「あはははは! いいのかよ! じゃあ本気で行くわね!」
水音は狂ったように笑いながら腰を落とす。そして、左手を前に伸ばし、黒革の指抜きグローブが軋む音を上げる程に力強く握り締めた右手で体の前を守る体術の構えをとると、カンナがまだ構えていないのに問答無用で突っ込んで来た。
「ほぉぉぉら!! 顔面イッちゃうよぉぉーー!!」
絶叫しながら右の拳で殴り掛かる水音。カンナの元へ突っ込む速さはもちろんアーキタイプの比ではない。5mほどの距離をほぼ一瞬で詰めて来た。だが、カンナも瞬時に腰を落とし、右脚を後ろに引くと円を描くように回転し、水音の拳を華麗に躱す。それと同時に、姿勢を低くしたカンナの掌底が水音の脇腹をトンと押した。
「えっ!?? なっ!!?」
水音の身体はカンナに少し押されただけなのに、何かが弾けたような衝撃波に吹き飛ばされ、ボロボロの石畳の地面をゴロゴロと転がった。だが、転がりながらも水音は何とか受身をとって立ち上がる。
素人なら受身など取れずにそのまま地面に倒れてしばらくは立ち上がれない。にも関わらず、水音は平然と立ち上がった。
それを見たカンナだが、放心状態の水音の目にもう戦意がない事を見てとると構えを解いた。
「私の勝ちでいい?」
我に返り、悔しそうに睨み付けてくる水音を見ながらカンナが言うと、光希は眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「何言ってるの? 水音はピンピンしてる」
「いや、もう、私の負けでいい……」
水音の言葉に光希はもちろん、粼も月希も理由が分からずに目を見開いた。
「そんな、水音、ただ突き飛ばされただけじゃ」
「違う……突き飛ばされただけじゃない、何かに弾かれた……」
「え?」
何が起こったか理解出来ていない光希にも、何かに怯える水音の様子を見てその顔色が変わっていく。
「この女、エクセルヒュームかも……」
「まさか……」
エクセルヒュームの可能性に動揺する水音と光希。それもそのはず、パイドパイパーにおいて、エクセルヒュームといえば多綺響音の『神速』が真っ先に思い浮かぶだろう。あの人間離れした異次元の戦闘能力と同系統かもしれない能力を持った人間が相手だったとしたら、明らかに無謀であり、最悪怪我では済まない可能性さえある。
「アンタさぁ、どんな能力使ったか知らないけど、卑怯じゃない? それで勝って嬉しいの?」
恐怖と悔しさが混濁した水音は、負けを認めたにも関わらず逆ギレして狂犬のように吠える。そんな水音を見た光希は、どうしたものかと困惑しているようだ。
「周防さん、もうやめなよ。さっき自分で負けを認めたじゃないかよ」
「うるせーよ!! 玉無し野郎!! 戦いもしない雑魚は黙ってろよ!! 行くよ! 光希!」
粼の言葉に、益々機嫌の悪くなった水音は顔を真っ赤にしながら暴言を吐き散らすと、光希を連れてそそくさとその場から走り去った。
「やれやれ、きっと懲りてないな、あの2人」
粼が頭を掻きながら言うと、カンナも月希も頷いた。
「驚きました。まさか、あの周防さんを一撃で黙らせちゃうなんて……」
「結構強いよね、あの子」
カンナの言葉に、月希は目を見開いて頷く。
「はい、エクセルヒュームじゃないですが、周防さんは截拳道の達人です。徒手空拳ならパイドパイパーでも3本の指に入ると思います」
「そうだよね。動きが全然違った。私が氣の力を使えなければ、初撃でやられてた」
「すぐに勝てないと悟ったのか。相手の力量を理解して戦うのをやめたのか。ネフィスの戦闘能力はえげつないな。やっぱ俺は戦わなくて正解だった」
月希はカンナの強さと冷静さに驚きを隠しきれておらず戸惑いを見せる。
「榊樹さん、早くご飯行きましょう。今ので余計お腹空きました」
カンナはお腹を擦りながら、静かに月希に言った。
「そうですね、行きましょう!」
月希はまたいつも通りの笑顔に切り替えたが、何故かカンナの雰囲気が重い。そんなカンナを見た月希は、彼女の手を取り前へと進ませる。
「ほら、澄川さん、暗い暗い! ご飯食べて元気出しましょー! 粼さんも早く早く!」
沈んだ空気を変える為、再び笑顔を見せる月希。
3人は夕焼けの中足早に石畳を歩き、大学内のカフェテリアへと入った。