序章:新生
「もはや病に苦しみ、死の恐怖に怯える我々は旧人類である」
日本の天才遺伝学者である雲類鷲 京はその言葉と共に、第2の人類『ネフィス』を発表した。
彼の言葉が真実なら、ネフィスという人類は遺伝子改良により完全に病を克服した存在で、試験的に生み出された第1期ネフィスの5名は、経過観察期間である出生後10年間、一切の病に罹らず、訪れる死は安らかな老衰のみ。
さらに、容姿も知能も運動能力も自在に調整が可能で驚異的な自然治癒能力まで備えた特性を持ち、まさに人類が夢見た理想の進化の具現化である。
この世紀の大発明に、世界中の人々は歓喜の声を上げた。未来への希望に満ちた彼らは、雲類鷲 京の遺伝子改良技術を利用し、自らの子供をネフィスとしてこの世に生み出すことを選んだ。特に少子化の影響が深刻化している日本では、政府が補助金を出すなどの施策が打たれ、多くのネフィスが誕生した。全ては、病と苦しみのない新たな時代の幕開けを信じて。
ネフィスの技術が世界にも徐々に浸透してきた頃、雲類鷲 京は自らが発足した世界中の遺伝学者を集めた組織『フォーミュラ』を息子の雲類鷲 穣に託してその生涯に幕を下ろした。
順調だったネフィスの発展は、ここから暗雲が立ち込める。
雲類鷲 京が亡くなってから程なくして30歳を過ぎた第1期ネフィスの5名全員が死亡したのだ。
外傷もなければ当然病でもない。死因は“老衰”だった。
この事実をしばらくの間隠蔽していた穣だったが、いつまでも隠しておく事も出来ず、ついに世界に露見。彼はその責任を問われ、穣率いるフォーミュラは全世界の人々から糾弾された。
責任の重さに耐え切れなくなった穣は、とうとう自ら命を絶つ選択をした。
指導者を失ったフォーミュラは、信用も権威も失い、研究員達も次々に逃亡し崩壊寸前の危機に瀕した。
しかし、穣の娘で京の孫娘に当たる雲類鷲 依桜が窮地に立たされたフォーミュラの新たな指導者として就任。
「ネフィスの延命治療法を発見しました」
そのまさかの発表に、憎悪と絶望に包まれていた世界の人々は驚愕。失意のどん底に叩き落とされていた人々はフォーミュラの動きに一縷の望みを託し、再び注目する事となる。
続けて依桜は、人々に無償でネフィスの延命治療を受けさせると発表。
世界で最もネフィスを生み出していた日本から複数名のネフィスを選出し、フォーミュラの治療施設へと招待した。
しかし、施設に足を運んだネフィス達は今も家族や友人、恋人の元へ帰って来てはいない。
その静寂の背後には、かすかに渦巻く陰謀の影が潜んでいた。