表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人力システムVSエラー

1.

噂話というのは真実かもしれませんが、真実だったとしてその本質はどうでしょうか。

僕の作文はそんな一文で終わった、国語の宿題が終わって無かったからって放課後までやらされた。

自由なテーマを選んで書くというものだったので、噂話をテーマにした。


なんでそんなテーマにしたかというと、丁度僕がいるこの教室には噂話の申し子みたいな人がいるからだ。


ちらりとそちらに視線を向ける、僕から離れた席に座っている同級生の女子がいる……名前は覚えていない。

容姿に関しては一目見たら絶対に忘れない程眉目秀麗だったが、あだ名のインパクトがデカすぎる。。


「殺戮魔」「生き埋めの達人」「死刑執行人機体の星」

等々……酷いあだ名ばっかりだ。


彼女は、人を殺して回っているという噂がある。

決定的な証拠は無いが、色々なところで目撃情報ばかりがあるのだ。

事実なら少年院行きになってるだろうからデマなはずなのに、彼女は否定しない。


「作文……終わった?」

「あぁうん」


そんな彼女が話しかけて来たが、僕は普通に返答する。

噂はたくさんあるけど彼女は普通に会話が出来る相手だ。

むしろ親しみやすい人物にすら思える、だから噂話の出どころは誰かの悪戯なのだろう。


「ちょっと見せて、参考にするから」

「大した文章じゃないよ僕のものごとき」

「私はなんか突き返されるんだよね、ちょっと読んでよ」

「……まぁいいよ」


彼女は僕に作文を差し出してくる、なので僕もまた差し出し、交換しあって、読む。


彼女は「天才?」と僕に聞いてくる。

別に作文で賞を取ったことはないくらいの腕だというのに。


彼女の作文はこんな感じだった。


『私はこの作文で書きたいと思います、パンについて。パンとは日本や海外で食されがちなアレ、アレと表現したのはパンは有名でありどう考えても細かく説明する必要は無いです笑。知らない人は現代社会に適応できてないので見直してください。ちなみに私は食パンを重ねてナイフで一気に突き刺すのが好きです、あのやり方超便利。んでパンについてですがやはりパンとは茶色いのが多い気がします、行ったらそんな気が、白色パンの方が多いとかケチつけたるならパン屋に行って見てみてみください。だいたい茶色い方が多いです。私が間違ってたら謝罪します。』


こんな文章が最後まで続いてた。

しかもあちこちに挿絵らしきものが書き込まれている、食パンの絵が多い。


「……色々言いたいけど、何から言えばいいんだろう?」


何度も何度も彼女の文章を読み返す、コレどっから直すべきなんだろう。

彼女の作文を治すとなると根本的なところだろうか。

何度も何度も読み返すと、ふと、視界に何かが映った。


「骨?」


枠外に骨と書かれている。

その字は薄く引き伸ばされている、書かれた後に何度も消しパワーを失った消しゴムで消されたみたいで。


よく見ると、他にもいくつか文字が消された後がある。読み取れそうだった。


「…枯……骨……この文字ってどういう意図」


彼女に尋ねようとすると、彼女の首元に黒い何かしらが蠢いていた。

そこには蟻がたかっていた。

その蟻が蠢いている部分に、二本のラインが伸びている。蟻の行列だった。

彼女の一部ををもぎ取り巣へ帰っていく蟻と、彼女をこれから解体する蟻、そんな二グループに分かれたライン。


彼女は静かに笑っていた。

蟻のせいで首元に拳一個分くらいの空洞が出来ていたのに、何も無かったかのように笑っていた。

視線を首元へ向け、そこには慈愛が見て取れる。

自分の子どもへ向けるような。


「ッ?!」


突如タクシーが急ブレーキを踏みやがった時みたいな頭の痛みとともに景色がまともになった。

平和な景色だ。


蟻はいない、作文に変な文字は一つも無く普通。

だけど、僕の全身から噴き出た汗と頭痛は先程までの光景が生々しいものだったと教えてくれる。

間違いなく僕はあんな光景を目の当たりにしたのだ。


なんだ今の恐ろしい光景は、幻覚症状だろうか?

別に変な薬も酒もやってないから、病気なのか?

それとも寝不足の結果、今僕は夢を寝ていたのか?


「そんなに私の作文って直すの悩む?汗だくじゃん」

「……あぁいや、べつに……ってもうこんな時間?!」


彼女の首元は綺麗で空洞など無い。

とりあえず遅いので帰る事になった、作文の提出期限はもうとっくに過ぎてるから明日出しても変わらないだろうし。


…………僕はわかっていた。

ただの幻覚なわけがない。病気でもない。

じゃあそれが何か、なんてわからなかった。

少なくと自分自身が口にするのも良くない事だけはわかった。

きっとアレは見ないフリをするべきものだ。

何も無く、ただ変な景色だったとして記憶から消し去ってしまわねばならないものだ。


幻だった事にしてしまうのが一番なんだ。


2.


何というか嫌な光景を見てから数日が経った。

極力忘れるように努めている。


今日は休みなので釣りをしている。

と言っても自然豊かな場所でやっているとはいえない。

町中のど真ん中にある橋だ。

この街は土地を分断するように川が通ってる、だから橋を渡らないといけない場所があるのだ。


この川では外来種が連れた場合持って帰っていいことになってるのだ。

僕は魚を食うのが好きなので、釣りをしてる。

自分でとったモノは美味く感じるからだ。


そして今日もアッサリと釣れた、ブルーギルが。

今ここら辺では三年前くらい突如現れるようになった魚だ。

足元の、クーラーボックスを開ける。中には今日捕まえた四匹の魚が入ってる、全部ブルーギルだ。

そして五匹目を入れた瞬間「あ」と呼び止められた。


見上げると、彼女がすぐそこにいた。

そこにいる事に疑問は無い、彼女と僕は同じ学校に通う程度には家が近いはずだ。だから偶然会う事もある。

会ってしまったのはそれを考慮できなかった僕の聖人だ。


あの光景がまだ忘れられてないから、会いたくなかった。


「あれ?――くん!なにその生き物?」


僕の名前を彼女は呼ぶ。彼女に自己紹介したことはないがどこかの機会で覚えてくれていたようだ。


「ブルーギルだよ」

「そんなんだっけ、もっと目はつぶらじゃない?」

「え?」


ブルーギルの眼はぐにぐにしてた。それは黒い塊が幾つも寄り集まって出来る集合体であった。

それの一つ一つが、蠢いている。蛆の集まりがうねうねしてるみたいだ。


こいつらは釣られて、水の外じゃ呼吸が出来なくて、必死にもがいて。

黒い塊は、全てがバラバラに動く。

水を探している。

このままだと死ぬのだろう。


地味な気持ち悪さがあった。

知っているはずのものが突然得体のしれないもので、それが死にそうになっている事実が吐き気ばかりを僕に催させる。


スー、スー、という変な音もしてきた。

どこからだ、気味が悪い。

そしてその音が何なのかはすぐわかった。


「な、何してんだ……」


彼女がりんごの皮を剥くみたい時みたいにブルーギルらしきものの皮を日本刀で剥いでる。

刀を何故持ってるとか、なぜ捌いているのかとか、意味不明だ。

刀所持する許可とってんだろうか。いや許可取ってたとしてこんな街中で刀って使っていいのか

突っ込む程の気力は無かった。


「食べるつもりで釣ってるんなら、手助けしようと思って」


彼女は僕のクーラーボックスから勝手に魚を取って捌いてたみたいだ。

何やってんだこいつ、人のモン勝手に。


「……食べない、もう帰る」

「え?!食べないの?!」


逆になんで彼女は食べる発想になれるんだろうか。こんなキモイ眼だとわかっていて。


「よくわからないもの口にしたくない、毒とかあったらどうすんの」

「遺書を書いてから食べればいいじゃん

「嫌だよ!食に殉じて死ぬなんて嫌……」


遺書書いたからって何だって言うんだ、死にたくない。


「ふーん、じゃ私貰っていい?コレ」

彼女はブルーギルらしきものを掲げた。

「べつにいいけど」

「い、いいの?!本当?!これ一匹のために1億円くらい請求してきたら弁護士使うからね?」

「しないって」


そのまま僕は家に帰った。


そして時間が経ってベッドで眠ろうとした瞬間に気づく、よく考えたらクーラーボックスを置きっぱなしにしてしまった。

回収しとくべきかなという気持ちと、アレを持っていたくないという気持ちがせめぎ合った。

ところで、あんな不気味な魚を素直に渡してしまったが本当に良かったのだろうか。

彼女が何らかの被害にあったりしないか?


……いや、落ち着こう。彼女自身メチャクチャ嬉しそうにあれ貰ってたんだし。

遺書を書いてまで毒あるかもしれないモン食べる発想のやつなんだし、僕がどうこう言って止められるような気もしない。

そういう事を考えてたら、眠れた。



3.


うわさ話というのが、また広がっているらしい。

彼女のうわさ話には、「彼女は日本刀を持ってうろつく危険人物」というのが追加されていた。

刀を街中で持っていた事が原因なようだ。


まぁ、たってもしょうがない噂話ではある、事実だし。


だが、彼女は魚を裁くために日本刀を使っていた。

……もちろん刃物をむき出しで持ち歩く事は周りの人に不安を与える行為であり、やめるべきだ。

でも、噂と実態は違う。

噂話だけを聞けば、凶悪に思えて来る彼女の印象。

しかしそれで魚を裁いていたという実態も聞けば、単におかしい人という印象になる。


さて、僕は学校が休みじゃないのにゲームセンターにやってきていた。

最近忘れたくなる異常な出来事が多い。だからこうして遊んでいたかった。


授業という静かで落ち着いた空間にいると、どうしても頭の中は恐ろしい光景でいっぱいになる。

逆にここはうるさくてあわただしい、嫌な事を考える隙を脳に与えず済む。


遊ぶのはメダルゲーム、メダルを増やしていく遊びだ。

台に向かってメダルを射出し、台からメダルを溢れさせる事で取っていくみたいな感じのやつをやった。時々ボーナスタイムが起きて、プレイヤーに嬉しい仕掛けが発動したりもする。

そして僕は、全然この手のゲームがダメだった。

最初に持っていたメダルの枚数を越える事は一瞬たりとも無く終わった。


「……別に構わないさ、どうせもう帰るつもりだったんだ」


メダルを使う→メダルをゲット→メダルを使う、をぐるぐる繰り返していくそのループは僕にとって絶対に終わりを迎えるものだ。

少しずつ手持ちのメダルが減っていき、いずれそのループは繋がらなくなる。

もっと上手ならそうはならないのかもしれないけど、少なくとも僕は才能が無さそうだ。


もう帰ろうと思って、ゲーセンから出た。

それからサイドにある駐車場を突っ切って歩く、ドリンク自販機があるからだ。

最近喉が渇いてたまらない。


「……え」


車の陰で誰かがうずくまってるのが見えた、僕の気配を察したのかそいつは振り向く。

彼女がそこにいた。


「……なにしてる?」

「ちょっとした作業」


彼女の手元は背中越しに見えないが、不吉な予感がした。


「作業って?」

「これだよ」


そしては、僕に向かって何かを差し出す。

成人男性の頭部だった。

頭と鼻の奥にツンとする痛みが襲ってくる。

なんで、彼女はそんなものを持ってる?


混乱と困惑、そして恐怖が僕を縛り付けてくれた。

それは良かったのだろう、下手に逃げたり、叫んだりそう言った不用意な行為に走らずにすんだ。


「……お前、何だよそれ?」


どうにか声を絞り出す。喉が痛んだ、元々乾いてたからヒビが入りそうだ。


「拾ったんだよ」

「あぁ、なるほど、なんでだ?」

「いやだってほら、放っておけないじゃん?」


拾った、か。


噂話というのが本質と違うなんてよくある、彼女にまつわる噂話の大半は彼女を悪しざまに歪められたものだった。

だが彼女の行為に悪意は無い。

人間の頭を持っている今も、そういった悪意が見受けられない。


僕は唾を飲み込む。


思い返せば、彼女と一緒にいる時以外僕は変な事に巻き込まれてこなかった。

最近の異常は彼女のせいなんじゃないのか?

悪意が無いだけで、彼女のせいではあるんじゃないのか?

そんな風にふと思うと、彼女の存在がとても恐ろしくなった。

一つその可能性に思い当たると、その可能性がとても大きなものなように感じてくる。


「ほら見てよ、こうやると温かいんだよ」


彼女は、人間の頭を右腕で抱きかかえ指をその耳の中に突っ込む。

僕は本能的に後ずさりをしていた。

だけどそれは止まる、背中が何かにぶつかったからだ。

慌てて振り返ると車だった。サイドミラーを少し傷つけたみたいだ。

まずい、人の車に傷をつけたか?なんて少々焦ったが関係なかった。


その行いを責める被害者本人は、絶対にもう怒らないし、訴訟だってできないだろう。


「うわ!!!!」


僕は叫んでいた。

車の持ち主であろう人間が運転席に座っていた。

首から上が無い状態だった。

断面からは血が噴き出していて、心臓はもう消えた頭部に血液を送っているらしい。

だけど血は服を元の色がわからないほど染めていくだけだ。


彼女が持っている生首と、首無し死体の肌の色合いは同じだと頭の片隅が気づきやがる。

気づけば僕は逃げ出していた。


3.

いつの間にかどこかの交差点にいた。

ここは横断歩道に取り囲まれた、灰色だけのアスファルト。


信号は赤で、普通こんな場所にいちゃいけない。

なのに誰にも責められない、この場所は静かだった。

周りには何もない。


交差点のど真ん中なのに。昼なのに。

普段ならもっと活気があって車も人もガンガン通ってて、夜ですらサラリーマンだの立ちんぼで溢れかえる場所なのに。


空気を吸い込むたびに苦しくなってくるような、雰囲気がある。

何も見てないのに、今すぐここから逃げ出さないといけないような感覚がずっとある。


違和感まみれの中僕は立ち尽くしてしまった。


「……ッ」


助けを求め叫びたくなったがこらえる。

何かに見つかる、気がした。

そしてもしも助けが来ても無駄だ。

きっとその何かに対処しようがない。


「……あの子から逃げて来てここにいるんだよな?」

小声が漏れる。


”何か”に見つかる気がしたのだけど、その”何か”ってなんだろう。

何を僕は恐れているのかわからない。

なぜだろう、周り全てが無機質な広い空間の中にポツンと一人でいるのが、怖い。


ここは、なんなんだ。


見回せば見回す程、何かよくないところに迷い込んでしまったといいうのがひしひし伝わる。

まさか、夢の中か?朝になれば終わってくれるのか?


……終わりというのは結局のところ世界のルールの中にあるものだ、ここにはそんなルールなどなくて永遠に恐怖と痛みだけの続く場所なんじゃないか?

そんな風に疑う。そしておそらくその直感は真実なのだ。

そう確信させる程の異様さがこの空間にはあった。


涙がにじんだ。


「何で逃げるの?」

「ッーーー!」

まずい、すぐそこに彼女がいた。

何かとは別に彼女の事も怖かった。


「というかなんでこんなところにいるの?」


人の頭部を彼女は右手に掴みっぱなしだったが、それから出ている血は彼女の手との間に入り込み滑りをきかせた。


頭部は彼女の手から抜け落ちる。

どさという軽めの音が響く。

それが出した音は人という生命から発されるにしては無機質で、あまりにも物理法則に即した音だ。


人間が人間を特別に思うのは所詮錯覚で、肉体も物質にすぎず、所詮僕達が『モノ』と言って使ってるものと大して変わらないんだと突きつけられるような気がしてくる。


僕は走り出していた。

なぜ僕はここにいる、なぜ僕は走っている。

何を僕は怯えている。

なぜ。

なぜだ。

ただ全てが恐ろしかった。そしてすぐに転んだ。世界の全てに体が怯えてしまっていて、どこに向かおうとしても拒絶反応が起こる。


生きたくない、死にたくもない、ただ僕は終わりを渇望している。

生きるという続きじゃなく、死という転換じゃなく、終わりだ。


「大丈夫?」

「何なんだお前」


後ろから声がかかる、彼女の位置は相当近い。

逃げたかったが、出来なかった。背を向けたらきっとその隙をつかれて殺される。


「役目に従ってるだけだよ」

「役目?」


振り向いて彼女を見やると、困惑の表情をしていた。

何で逃げるかわからないと言ったような。

なぜだか僕は少し落ち着いた、彼女に殺意や敵意……それと悪意は無さそうだ。

もしも有るのならとっくに僕は殺されているだろう。


「世の中の理から外れて苦しむ存在を救ってあげてるんだ」

「……どういう事だよ」

「魂を成仏させてあげるみたいな感じになるかな、言語で説明した場合」

「……人の死体をなんで持ってた?!」

「死体じゃないよ」

「……?!」


彼女が持っていた頭部を観察すると確かに生きていた、瞬きもするし、口も動いてる、舌も動いてた、ただし苦しそうに。


「そしてこれが実例」

「うわっ?!」


で、彼女が日本刀をその頭部の後頭部から額に向けて突き刺す。

頭部は動かなくなり、死体になった。

どこか、安らかそうだった。


この終わり方は、成仏と聞いたとき普通の人が思い描くイメージに近いんじゃないだろうか。

ただ「成仏」の定義を僕も彼女も詳しく知ってるわけじゃないから、厳密に言うと違うのかもしれない。


転がってる頭部を触ってみると、生ぬるい温度だ。

死んだ直後の肉体から急速に熱が奪われていっている。

でも恐ろしいとは思えなかった。


死んでしまったものが世界の異常のせいで苦しみだけ与えられながら生き続ける光景を見た後では、むしろ死という結末を迎えられるだけよく思えた。


「……何をしたんだ?今」

「本来死んでたのに、生きる事も死ぬことも出来なかった人を正常にした」


彼女への恐怖が急速に薄れていく。

なんとなくだが彼女が殺人犯と呼ばれる理由が分かった気がした。


「絵面だけ見たら、君が殺人犯のように思えた」

「え?」

「でも実際は違う、あくまでも世界に必要だからやっている」

「あぁそうそう、大正解」

「……行いの外面は最悪だけど」



彼女を理解してもなお、不安や恐怖は消えなかった。

彼女への恐怖は消えたが、何か別へのがどんどん強くなる。

そう、今僕がいるこの空間全てへの恐怖だ。


頭が痛い、血流の音が響く。


「……早くしないとね」

彼女は呟いた。


「早くって、何を」

「この世界も正常にする」


彼女は日本刀を数度どこかへ向けて降り、それから地面に突き刺した。

何をやっているのかわからないが、何らかの狙いがありそうな表情だった。


僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない。

さんざん彼女から逃げたけど、彼女こそ信じるべきだったんじゃないのか?


「……あ」

「え?」


彼女が声を漏らすとともにあっけない破裂音があった。

すると、彼女がいなくなった。

代わりに赤い染みがあちこちにある。


「……え」


足元に彼女の肉体が転がっていた。

首元に拳一個分くらいの穴が空いていて、頭が今にも千切れそうだった。

服の隙間から見える彼女の肌はあちこちがぐずぐずで、解体されている途中で放置されたみたいだった。

鳥肌が一瞬で全て立った。


彼女は死んだ?

違う、生きてる。

眼が動いてるのだ、水を求めていたあのブルーギルみたいに。

普通の世界であれば死んでいるはずの状態でなお。


「あ――、あ――、ああああああああああ!!!」


僕は叫んでいた。

絶望でも悲しみでもない、ただ何も感じていない、なのに面白くなってくるし、涙は出て来るし、笑いは出て来るし、汗も。感情が止まらない。


叫んでいた、何も面白く無いのに笑ってた。悲しんでないのに泣いてた。

矛盾する感情が僕の中で当たり前のように共存している。


「僕のせいだ!あは!死ね!寒いんだよ!」


頭に浮かんですらいない言葉がランダムに口から出力されていく。それからうずくまって、泣いていた。

何なんだ。なぜ、僕はここにいる。何のためにここにいる。

何が原因だ?なぜこんな事ばっかりなんだ?

僕はなぜだ。僕のせいで彼女はああなったのか?


思考がまとまらない。


恐怖に晒され続けて、少しだけ希望が見えた瞬間にコレだ。

コレからきっと本番が来る、恐怖の源が僕の前に現れるのだ。


「……」


うつぶせになって僕は動かなくなった、気力も体力も無い。

もう何もかもが嫌でたまらない。

楽にしてくれと、願っている。



ふと気づく、温かい。地面と振れている肉体全てと口の中が。

なぜそうなったかというと、彼女の飛び散ったパーツをいつの間にか僕が自分の体の下敷きにしてた。

潰れて、温かい血が噴き出てたのだ。


「うげっ」


僕はついおぞましさのあまり立ち上がった。唾に混ぜて、口内に入り込んでいた彼女を吐き出す。

なんでだ、さっきまで彼女はこのあたりになかったはず。

なんで口の中に入ったんだ気持ち悪い。


「蠢いている?」


よく見れば彼女の肉片は些細だが振動していていた、僕の方に向かってジリジリと寄って来てる。

ナメクジに近い、アレよりも速度は遅いが。


「寒いって、言ったからか?」


彼女は生きているのだから、僕の言葉に反応してもおかしくはないのか?

平常心が少し戻って来た、体が熱を帯びたからだろうか。

あたりを見回す。僕と彼女の視線の先に、日本刀があった。


「……これか?」


なんとなく手に取って、彼女に刀を見せると反応した……気がする。

じっと刀を見ている……と思う。

わからない。


頭の中で流れてる血の音は、どんどん大きくなる。

何かが近づいてきているのはわかった。

時間が無い。


「……ごめん」


さっきまで喚きちらかしていたのが、嘘みたいに落ち着きがあった。

彼女が僕を温めようとしてくれたから。

僕があそこで寝転んでいれば、何も変わらないし、もうそれでいいんじゃないかってくらい疲れてた。


でも、道義は。仁義は、道徳は。温かさは。

そういったものが僕を突き動かす。


視線をあちこちへやって、何かを探す。

彼女は言っていた、「この世界を正常に戻す」とかなんとか。

そして彼女はここで刀を振り回したり地面につきたてたりして、あんなバラバラになった。


冷静になれば、あの出来事を僕はもっと真剣に考えてみれはよかった。

彼女は何らかを"失敗"したのだろう、つまり"成功"させれば事態を解決出来るかもしれない。

じゃあ、その行いを探すのが今やるべき事だ。


何か怖いものが天から迫っている、後ろから迫っている、よくわからないけど人の心を不安と絶望に陥れる存在が迫っている。触れてはならないモノが。

傍にいるだけで嘔吐しそうになるそれは、僕のすぐ首筋に手を伸ばそうとした……気がした。


「このっ!!」


刀を嫌な感じな方へ適当に振ると、頭に響く音が少し小さくなった。


「……あぁ、なるほど」


何となく、彼女がコレを地面に突き立てた理由がわかる。

きっとこれは、何かしらのいい感じの効果があるのだ、何かよくわかんないけど怖い感じのやつらに効果的なタイプの。

……魚を裁くなんて事につかっていいような代物じゃないな、と心の片隅で思う。


「……魚?」


一つ思い当たるものがあって、僕は目的をもって走り出した。

喉が痛い、とにかく痛い。

出血してる気がする。呼吸の度に痛い、でも走る。


彼女の言葉や行いには信じるに足る保証がなかった、僕の推測があってるとも限らない。

世の中の大半の事は噂話と同じだ、正しいか間違いかなんて結局わからない。

正しい方を選べる可能性は増やせるけど、間違いなんじゃないかと疑う方法は無限にある。

そのくせ、間違っていればとんでもない大惨事を引き起こしかねないのも一緒だ。


だからそういった選択肢と出会った時、信じたいのが何かが大事なんじゃないだろうか。

とにかく、僕はまだどうにか出来るんだと信じたかった。


―――――――――――――――――――

僕は走って、全力で、必死で。あの橋にたどり着いた。

ブルーギルを釣ろうとしてたあの橋。

人の気配は無い。


クーラーボックスがあった。

あのとき置き去りにしてしまっていたクーラーボックス。


この場所は人以外の大半が丸っきり、普通の世界と似てた。

だから放置されっぱなしになってたこれもあるんじゃないかと思ったら予想的中だ。


「早く!」

自分に言い聞かせながら、ボックスを開くと黒いものがみっちりと詰まっていた。

クーラーボックスに沈澱する塊は、生命だった。

その中にブルーギルっぽい奴らがいる。

「……」


……”ブルーギルっぽい”なんて長く言ってると、時間が勿体ない。

もうブルーギルと呼んでしまおう。


よく見たらこいつら以前と違う感じに目がうねうねと動いてた、目に見えているが蟻だ。

ブルーギルの口を無理矢理開くと、体内にびっちりと詰まっているようだ。


「どうやらここに巣をつくったみたいだな……蟻なのか?」


誰かに問いかける、魚の中に巣を作る蟻なんて聞いたことが無い。

クジラの死体を利用する水生生物はいるらしいけど……いやそんな事考えてる場合じゃない。


「……彼女は、こいつを欲しがっていた」


彼女にコレを渡す時、億単位の金がどうこう言われた。

何かふざけたり勘違いしてるんじゃないかと思ったが、彼女が何かとんでもない存在だと知った今じゃ意味が変わって思える。

彼女の見立てだとこのブルーギルどもは、"本当に億単位の"価値を持っているのだ。


ブルーギルを取り出していく。蟻達は己の住処を奪われまいと僕の腕や手に群がって噛みついてくるが気にしない。止まらない。

ブルーギルはバラバラになっても蠢いていた彼女と同じく、生きているようだった。


一つだけだが、賭けてみる事がある。

僕は思い出す。彼女の作文、違和感まみれの中でもひときわ異彩を醸し出していた文字を。


「もう終われ!!」


取り出したブルーギルをありったけ重ね合わせ、その上から刀を突きさす。

蟻と魚を通してぐんぐんと刀は突き進み、刃先が地面に突き刺さった。


”私は食パンを重ねてナイフで一気に突き刺すヤツが好きです、超便利”なんて彼女の作文には書いてあった。

さて、ここに違和感。便利だという言葉は食べ物に対して使うものだろうか?……もちろん違う。

つまり彼女は、パンを食べ物では無く……何か別の道具として見ている。


ドクン、頭の中で大きな音がする。

血管が破裂しそうな音だ、耳鳴りと、吐き気と、めまい、喉の渇きもする。

全身の感覚が苦しむ事ばかりに向かっていく。


わかる。ブルーギルの血肉が刃にこべりつき、命がしみこんでいく。

血でもすすろうとしているのか蟻達は刀に群がり、柄や鍔へ上り、僕の手まで到達した。

そして僕の首元めがけてあがって来る、構わなかった。


力が抜けていく。

刀を支えに立つが、もう無理だ。

だけど、刀のあたりからじんわりと温かい熱が広がっていくのを感じた。

エアコンみたいだなと思ってすぐに違うなとも思う。

やっぱりコレはあれだ、血。


血が流れた時にあったかくなるヤツ。


眠い。

よだれが僕の口元から垂れた。

恐ろしい存在が僕の周囲を覆っている。



ーーーーーー

薄いオレンジ色の、膜があるんだ。


僕は、溶けていた。


じゃあ、切り分けないと。


何のために?


蛹はちゃんとした環境じゃないと羽化出来ないんだ。


そういうトラブルは自然の摂理じゃないか?


でも、もうアレは自然なんて言えないよ。


全てのものと僕は朽ち果てていく流れにある。

それは世の理に包まれているということだ。


――――――

4.

あちこちで光が時々瞬いて、消える、その光景は蛍の輝きに近い。

僕の指先で光が生まれて赤黒く輝いてするりと消えた。

まるで血が蒸発するように。

夜になった今だと綺麗だ。



気づいたら交差点の真ん中にいた。相変わらず人の気配は無かった。


「……まだ僕は、戻れてないのか?どうすればいい?」


普通の世界に戻る方法がわからないのに、僕はあまり焦れなかった。

だって頭痛はもうしない、不安も消えてる。

何かよくないものは無くなったのだという事実を体の器官全てが教えてくれる。

となれば、ゆっくりじっくり考えればいい。


もしかしたら時間が経てば勝手に戻ったりするかもしれないし。


……いや、流石に世界に一人きりなのは嫌だな。

せめて犬が欲しい、それが贅沢ってんならメダカでいいから。


「そろそろ帰れるよ、時間が経てば」


そう言って僕の目の前に彼女が現れた、さっき見た時と違い五体満足だし笑顔だ。

嬉しいばかりで困惑や驚きはなかった、何となくそうなるんじゃないかとうすうす感付いていたから。


「お前生きてるのか?」

「解決したんだもん、全部。おかげさまでね」

「えーっと?」

「世の理が機能していたら、私は本来あんなグチャグチャになる事は無かった」

「もしかして”世の理が正常になった結果”、”世の理がおかしかったせいで起きた事は元通りになった”?」

「ある程度ね」


よく見れば、僕の体中に染みついた汚れや血も無くなっている。

僕はその場に座り込む、アスファルトはひんやりしていたがむしろ心地よかった。


「……なんだったんだ結局、全部」

「君の身の回りのことは解決しました、何憶もの生命を救ったんだよ」


何億もの生命を救った、なんて言われてもわからない。

さっきまでの戦いが何だったのかすら僕には説明が出来ない。

けどあんまり細かく聞くつもりにはなれなかった。彼女と僕が助かっただけで十分満足だから。


「結局僕に降りかかった変な現象はなんだったんだ?」

「存在してる言葉で一番近いのは、病気?」

「病気?さっきまでのがそんな現実的なものなのか?」

「飛行機みたいなものだよ」

「……どういう事?」

僕の言葉に彼女は詰まる、どうやら説明文を作るのに苦労しているようだ。

そして数十秒たってから、「油とエンジンは、凄かった。飛ぶもん」だと。


「もしかして、”非現実的な存在の方が世の中には多くて、現実的な存在というのは人類が慣れただけだ。だから今回みたいなの慣れたら現実的な捉え方が出来るようになる”みたいなことを言いたいのか?」

彼女は笑いで肯定した。



「じゃあさブルーギルって、なんだったんだろう」

「ブルーギルがどうしたの?」

「なんか僕の出会った異常の中で、あいつらは出会った瞬間から現実感があった。気味悪いんだけど現実には溶け込んでいるというか……」


出会った当初からあいつらはやけにリアリティがあった、非現実的だとは全然思わなかった。


「シンプルに新種じゃないの?」

「新種?」

「発見者が名前決められるんだよね?何にする?」


新種か。アレは普通にそういうタイプの種なのか。じゃあ絶対また捕まえてやる。

他のヤツに取られる前に、僕達で名前を決めてやる。


気づくと交差点に立ち尽くしていた。

といっても人ばかりで、このままだとぶつかりまくって怪我する。。

流れに従って先へ進んで横断歩道を渡り切った。


気づけば、彼女は道の向こう側にいた。

手を振っていた。


「また明日ね―――!!」


彼女は子供のように叫ぶせいで、彼女への注目が若干集まる。

なんかこっちが恥ずかしい。

また変な噂が増えそうだ。


手だけ振りかえしておいた。


そういえば彼女の作文を、どう直すかまだ決めて無かった。

まぁ随分前に締め切りは過ぎたし、もう先生も提出しろとか言って来ないだろうからいいかな……?

いや、やっぱり決めておくか。明日までに。

あとクーラーボックスも置きっぱなしなのはどうにかした方がいいだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ