友達は魔女になったのです。魅了は本能をさらけだし、女子たちの目に焼き付きました。
重い要素のない楽しいお話。お気軽に読んでもらえると嬉しいです。
「私さあ、魅了の魔法が使えるようになっちゃった」
「へえ」
「もっと驚いて!」
大きな瞳をさらに大きく見開いて、私のほうへぐいっと身を乗り出した紗耶香。
「あ、そのマスカラって黒じゃないのね。ほんのり紫入ってる。どこの?」
「AWRの。って違う!」
「わかってるって。魅了の魔法でしょう?でもここ異世界じゃないわよ?」
「リアルよね。知ってる」
「どんな魔法なの?」
「すごいわよ。ここら辺の男性に私が魅力的に見えるようになるみたい」
「そんなの元々じゃない。紗耶香は綺麗だし華やかで目を引くから」
大きな公園の中のオープンカフェでお茶をしていて、近くを通り過ぎる男性だけじゃなく女性もチラチラと紗耶香を見ていく。
「あ、ありがとう。でもそんなぼんやりしたものじゃないのよ」
「ふむ。じゃあここでやってみせて」
「オッケー」
そう言って、ものすごくできていないウインクをした。
「いやちょっとそのウインク怖すぎるわ!」
口は開いてるし、片目どころか両目瞑っている。
「しょうがないのよ。色々と試したけどこれじゃないと発動しなくて。ウインク苦手なのに」
なんて言ってたら、ワラワラと私達の席に男性が集まってきた。
「え」
「ね」
「いや、怖い怖い怖い怖い」
「ざっと10人ぐらいか」
「なんかみんなちょっとゾンビみたいになってない!?」
「そうなのよ」
「この状態ってモテてる?ねえ?モテてないんじゃない?!」
「見ててね」
そう言ってから集まった男性達にニッコリと極上の微笑みを浮かべた。
ドン!
一斉に男性達が跪いた。
「名前教えて」
「僕と結婚してくれないか」
「食事に行かないか?」
「デートしてほしい」
「なにこれ、コント?フラッシュモブ?なんか仕込んだ?」
「仕込んでない」
「カフェの中の人達がすごい見てるよ」
「騒ぎになる前に解くわ」
まさかまたあの下手くそなウインクをするのだろうか。
パチン!
今度は大きな音で手を叩いた。
跪いていた男性全てが我に返り、キョロキョロと周りを見渡し首を傾げながら去っていく。
「マジか」
「マジなのよ」
「なんでそんな恐ろしい魔法が使えるようになってるの?」
「この前寝てたら幽体離脱しちゃって。そしたらモジャモジャの仙人みたいな人が出てきて。『魅了の魔法を授けよう!発動はウインクぢゃ』って」
「軽っ!」
「だよね」
「いやもう、会得したなら有効的に使うしかないよね」
「さすがカレン、合理的だね」
「合理的か?元々モテていて恋人もいて、その魔法使い所なくない?合理性どこにもないわ」
「そうなのよ。モテているとは思ってないけど」
「それでモテてないなら世の中全ての人のモテを否定してるのと一緒だっつーの」
「恋人いるし。颯真のこと大好きだし」
「付き合ってそろそろ1年?」
「うん」
「じゃあ使い所ないね、やっぱ」
「だからね、カレンに使えないかと思ってさ」
「あ、あんなゾンビいらない」
「・・・猪瀬さんなら?」
「・・・」
「猪瀬さんと仲良くなれるかもよ?」
「いや、やっぱりいい。ゾンビになった猪瀬さんを見たくない」
「ちっ」
「舌打ちって舌を打ち合わせてやるんだよ。『ちっ』って言うことじゃないよ」
「どうにかして、人のために役立てたいのよ!この無駄な能力」
「そのモジャモジャ仙人は有効的な使い方を説明してくれなかったの?」
「なんの説明もなかった。ドヤ顔で宣言だけして去っていった」
「また幽体離脱したら会えるんじゃない?尋ねてみれば?」
「そんな簡単に幽体離脱できないって」
「1度したらクセになってるかもじゃん」
「したときは尋ねてみるけどさ。いつになるかわかんないし、一緒に有効的に使う方法を考えてよ」
「うーん・・・なんかアレみたいじゃない?ほら、童話の」
「あー、なんか笛吹いたらついてくるやつ」
「そうそう。ゾンビがわらわらと付いてきたら・・こわ」
「あーもう!なんて無駄な魔法使いなの」
「使わなきゃ死ぬわけじゃないんでしょ?」
「たぶん」
「じゃあ封印でいいんじゃない?」
「・・・ボソッ」
「ん?もっと大きい声で言って」
「・・そんなのつまんないじゃん」
「こわっ!紗耶香が1番怖いわ」
「だって魅了だよ!?すごいじゃん!役立てたいじゃん!面白いじゃん!」
「1番最後のが本音だ」
「あ、使わないと死ぬかも」
「さっき死なないと思うっていう話をしてたよ?!」
「死ぬのはいや!」
「女優か。ねえ、それ私にかけてみてよ」
「え。私、男性にしか興味ないけど」
「知ってるっつの。どんな状態になるのかなって。後遺症も心配だしさ」
「さっきのでかかってないんだから無理だと思うけど」
「私にだけ集中してやってみて」
「うーん・・わかった」
私に向かって口を半開きにして、片眼を指で閉じた。
「ちょ、指で」
「ほらあ、かからないじゃない」
「まだわかんないって。ニッコリ笑って発動してみて」
ニッコリと皇族のように笑った。
「え、待って。なんかキュンとするかも」
「ほんと?!」
「紗耶香がとてつもなく可愛く見える」
「ほんとにかかってる?」
「とてつもなく可愛く見えるのは普段からだったわ」
「かかってない悔しさと、普段からそんなふうに思っててくれてるんだっていう嬉しさとで複雑なんだけど」
「あ、私の方向の人にだけかかったみたいよ」
「ほんとだ」
紗耶香の後ろからは男性が寄ってこず、私の後ろ方向から3人やってきた。
「解くね」
また手を叩くと、何も無かったように去っていく。
「記憶にすら残らないのかな?」
「私に惹きつけられたというのは記憶に残らないみたい」
「それなら後遺症の心配はないのかな。いやでも記憶喪失の時点で後遺症?」
「あと、男性全員に効果があるわけじゃなさそう」
「そういえばさっきもっと男性がいたけど来たのは十人ぐらいだったね」
「かかる人とかからない人の違いはわからないんだけどね」
「ちょっと場所を変えて、何回かやってみてもらっていい」
「協力してくれるのね!」
「ちょっとひっかかることがあって」
「うんうん。それ飲み終わったら向こうの噴水のとこにでも移動しよう」
さっきのカフェより人通りはまばらで、年齢も様々な人がベンチに座ったり、噴水で子供を遊ばせていたりしていた。
2人で噴水広場全体を見渡せる場所に座り、
「さあ、やってみて」
またあの口を開けたウインクをした。どうしても口を開けなきゃウインクできないのか。
「おおっ!ゾンビ発生」
わらわらとこちらへ向かってくる。
ある程度集まったところで、紗耶香がニッコリ笑う。
「お名前は」
「天女じゃ」
「結婚して下さい」
「一夜を共にしてください」
「ちょ、本音丸だしが混ざってた!」
「もう解除していい?」
「うん」
バチン!
首を傾げつつみんなが去っていく。
噴水広場の人が入れ替わるのを待って、また同じことを繰り返す。
「月が綺麗ですね」
「しもべになりたい」
「どうか私を踏んで下さい」
「なんでも奢ってあげる」
「ドМと夏目漱石がいたわ」
「なんかやるたび本音がひどくなっていってない?」
「確かに。でもわかったことがある」
「なになに?」
「子供には効かない!」
「あ、そうだね」
「恋人や奥さんといても来る人は来るのよね」
「かけておいてアレだけど、たいてい女性が怒りだして帰っちゃうから申し訳ない」
「いやでも魅了の力とはいえ、フラフラと他の女に行くような男性ってわかって良かったんじゃない?」
「この魔法がなきゃそんなことにならないけどね」
「・・・ねえ」
「うん?」
「もしかして。もしかしてだけど、これって浮気をする可能性がある男性かどうか見分けられる魔法だったりして」
「そうだったら、全女性のお役に立てるけどねー」
「大学のゼミ仲間を集めてみたら?」
「あ、それいいかも」
「花見大会とか企画してみる?」
「うんうん、任せた」
「なんで」
「猪瀬さんと気兼ねなく連絡とれるじゃん」
「・・・確かに」
「紗耶香はキューピットなのでしゅ♡」
「くっ。あざと可愛い。許せてしまう」
「ほんと良い友達持ったわ」
「じゃあ今スケジュール決めちゃおう」
「はーい」
2週間後の桜が咲いてるかもしれない日曜に『花が咲いていたらラッキーかもねランチ』を企画して一斉送信した。
「猪瀬さん、来るといいね」
「うん。あ、その魔法はみんなにバレてもいいの?」
「うん、催眠術って言う。催眠術でも魔法でも、みんなネタだと思って信じないんじゃない?」
「そうかもね」
□ □
猪瀬さんからその日のうちに『行く』と返信があった。
会えるのは3ヶ月ぶりかな。1つ年上で優しい人。大学のときは彼女がいたし、たまに話せるだけで良かった。
今彼女がいるかは知らない。半年前にはいた。
そろそろこの恋から卒業するためにも紗耶香の魔法は良いきっかけかも。いつまでも好きでいたところで何も変わらない。
明日は早起きして場所取りをしなくては。少し緊張する気持ちを抑えながら眠りについた。
□ □
朝早く、公園にシートを広げてスタンバイしていると、紗耶香がやってきた。
「おはよう」
「早くからありがとう、カレン」
「ほら、あったかいカフェオレー飲む?」
「ちょうだい」
熱々のカフェオレを飲みながら木を見上げる。
「まあギリギリ花見かな」
「五分咲きぐらいか」
「満開で人が多いとゾンビ増えちゃうし、これぐらいでいいね」
「あれから何かわかった?」
「なーんも」
「そもそも彼氏にはかけてみたの?」
「もちろん!さらに甘くなっただけだった」
「くっ。羨ましい」
好意がある者同士、さらに意味のない魔法なのかもしれないが、美男美女が仲良しなのは目に優しくて心に優しくない。
「じゃあ、今日のメンツの確認してみようか」
「おっけ」
「猪瀬さんは彼女が今いるかは知らない。でも彼女がいるときに浮気したとか、コンパ行ったとかいう話は聞いたことがない」
「私もないわ」
「市川さんは今彼女いるって聞いてる。そもそもいてもコンパ行きまくってたし、チャラかった」
「あの人、何度も私を誘ってきたよ」
「あー、そうだったそうだった」
「中村さんは・・恋愛方面の報告を聞いたことがない」
「あの人、確か付き合ってる人いたよ。今は知らないけど」
「要注視だね」
「あと、宮崎さんは来年結婚するって聞いた」
「へえ!めでたいね」
「今日報告があるんじゃない?」
「渡辺さんは・・紗耶香の元カレだよね」
「うん。チャラくはなかったけど、付き合ってたし魔法にかかりやすいかも?」
「それ、頭においとこう」
「佐藤くんはいつもコンパとか行ってたイメージ」
「特定の誰かと付き合ってた話は聞かないけど、活動的だったよねー」
「山野くんはカレンのこと好きだったと思うよ」
「何回か誘われたけど、興味が持てなかったから誤解がないように断った」
「後のメンツは・・噂好きな美玖にでも聞かなきゃさっぱりわからないわ」
「ゾンビ化して気になったら尋ねてみよっか」
「そうしよう。あの子に噂話語らせたらほんと終わらなくて辛いから」
後は交替でお弁当を買いに行くだけだ。そのためにはあと一人来ないと動きにくい。誰か早く来ないかなあと思っていたら、なんと猪瀬さんがやってきた。
「早いですね」
「おう」
「んじゃちょっとお留守番お願いしてもいいですか?私、お弁当とか買ってくるんで」
「あ、俺の分も頼める?」
「オッケーです。どんなのがいいですか?」
「なんでもいい。任せる」
「じゃあ私達のと同じので」
「よろしく」
気を利かせたのだろう、紗耶香が1人で買い物へ出かけた。
「久しぶりだな」
「本当に。急なお誘いだったのに来てくれて嬉しいです」
「お前が幹事やるの珍しいと思って」
「そうなんですよ。ちょっと実験というかアンケートみたいな感じでみんなに集まってほしいことができて」
「なんだ?」
「説明が難しいので、みんな集まったら」
「ふうん」
「あ、そうだ。猪瀬さんって今、彼女います?」
「いない」
「了解です」
「そんなこと訊くの珍しいな」
「はい。ちょっとこの後の実験にも関わってくるので」
「余計わからんな」
「ですよね」
「カレンはいないのか?付き合ってるやつ」
「いませんね」
「なんでそんな自慢気に言うんだ」
「いやもう、いないことに胸はって生きていこうかと」
「・・・まあ、付き合ってるやつがいるから偉いとかないけど」
今、私はチャンスなんだろうか。告白する。よかったら猪瀬さんが付き合ってくれません?って言ってみようかな・・・。
「・・・浮気するような男女も多いですからね」
「なんかあったのか?!」
「いえ」
うう。告白する勇気はなかった。私のバカ!
だけど、今日早々に失恋したら1日のモチベーションが下がるからこれでいいのか。
「女子の浮気の話をよく聞くもので」
「確かにな。男より女のほうがバレにくいだろうしな」
「浮気されたことありますか?」
「それは俺がしたことあるのかと尋ねているのか、浮気をされた側になったことがあるのかを尋ねているのか、どっちだ?」
「答えてもらえるならどちらも興味あります」
「したことはない。そんな不誠実なことはしない。されたこともないと信じている」
これは・・・盛大な前フリなんだろうか。フラグ立ててるのか?
猪瀬さんが誠実であってほしい思いと、ゾンビと化してた猪瀬さんに「いや浮気するんかーい」と突っ込みたいのかわからなくて口がムズムズした。
「なんか笑いをこらえてないか?」
「い、いえいえいえいえ」
「カレンはどうなんだ?」
「同じ質問に答えるなら、浮気をされたことはないと信じていますし、もし心変わりしそうだなと思ったら別れるので浮気になることはまずありませんね」
「付き合ってる奴がいないと胸を張るぐらいのお前なら、そうなんだろうな」
「はい!」
「相変わらずだな」
そういってふわりと笑う猪瀬さんはやっぱり好きだなあと想いが溢れてくる。
□ □
「おまたせ!」
「おつかいご苦労さま」
「すっごく美味しそうなお弁当見つけちゃった」
お弁当三つとみんなに配れるお菓子を買ってきてくれた。
精算を済ませると、1人2人とメンバーが到着し始める。
会話に花を咲かせ、お腹も満たされた頃、
「今日はちょっと余興というか実験がありまーす」
説明は端折ってさっそく紗耶香がウインクした。
わらわらとゾンビ化して紗耶香に寄ってくる男性メンバー。
前もって打ち合わせておいたように、何度も向きを変えてウインクウインクウインクを繰り返す。
1度目で反応しなかったメンバーも2回目には反応した。
集まったところで紗耶香がニッコリと笑う。
「ずっと好きだったんだ」
「もう一度やり直さないか」
「俺を蔑むように見下ろしてくれ!」
「君は俺の運命の人だ」
「君しか見えない」
「1度でいいから抱かせてくれ!」
女性メンバーが驚いて固まっているけど、今は誰が何を言っているかをメモするのに必死で放置する。
確認しきれなかったので
「紗耶香、もう一回お願い」
ニッコリと紗耶香が微笑む。
「ずっと好きだった!」
「お願いだからもう一度付き合ってくれ!」
「縛って殴ってくれ」
「過去は流してあげる。これからは誰のことも見ちゃダメだ」
「君を閉じ込めて僕だけのものにしたい」
「一回でいいから抱かせてくれ」
おっほぅ・・・より欲望に近づいている。変わらず純粋な性欲のみのバカ1名。
そのバカが猪瀬さんだった。
「いやあ、ショック通り越して笑える」
「やばい結果だわ」
「メモは取れた。どうする?」
「もう解こう」
バチン!と手を合わせた。
「ねえ・・・これなあに」
「何が起きてるわけ?」
「一種の催眠術なの」
打ち合わせ通り催眠術で通す。
「だけど、かからない人もいる。かかったら本能むき出しってわけ」
もうすぐ結婚する宮崎さんが「見下ろしてくれ」「縛ってくれ」と叫んでいたことは忘れよう。願望を叫んでいただけで、浮気願望ではなかったと思うことにした。
結婚祝いにふわふわのファーがついた手錠でも渡そうか。
「ちなみに本人たちは覚えてないから、女性陣だけの秘密でお願い」
「「わかったわ」」
みんな神妙に頷く。
「見た目だけでわからないものね」
「ほんと、チャラいからって決めつけちゃダメだし、真面目そうに見えるからって信用しちゃダメってわかったわ」
「幻滅よね」
「あと、独占欲強いヤンデレいたわよね」
「いた。あれはあれでやばい」
「これだけでめっちゃ盛り上がれる、やばい」
「日を改めて飲み直そうか女子だけで」
「そうしよう」
わかってる系女子たちはその日は知らないフリをしてにこやかに過ごした。
たぶんみんなその人と喋るたびに「コイツ!」って思ってた気がするけれど。
そして。
「なあ、さっきの何だったの?」
「山野くんはかからなかったね」
「あれ、催眠術じゃないよな?」
「うん」
「女子飲みとは別に、説明飲みをしてくれない?」
「いいよ」
全く反応しなかった山野くんにはきちんと説明しなければ。
「紗耶香にも言っておくね」
「いや、工藤さんだけでいい」
「そう?」
「うん」
「じゃ、今決めちゃおうか」
「何食べたい?」
「何でもいいけど、どこかオススメのお店あるの?」
「すっごい美味いお好み焼き見つけたんだけど」
「いいね!お好み焼き大好き」
「知ってる」
そう言って少し笑う山野くんに初めてドキッとした。
浮気をしないかもしれない山野くんとの恋が始まる・・?
そんなことがもしあるのなら、なんだか心が温まる気がして少し照れた。やだ、恋の予感に高まる。
猪瀬さんへの好意はさっきドブへ捨てた。
少しぼんやりしている元ゾンビたちは「なんの話だ?」「なにがあったんだ?」と尋ねてきたので、
「催眠術で本音を探る実験してた」
と答えると
「なんの本音?!」と焦るので
「浮気者かどうか」
と答えておいた。
さっき「殴ってくれ」と言った宮崎さんが「なら大丈夫だな」と自信満々に笑う。
「閉じ込めたい」と言った中村さんは「俺は一途だ」と胸を張った。
「1回でいいから抱かせてくれ」と言った人は「そんなことを勝手に調べるなよ」と少し怒った。
なるほど。
「猪瀬さんは浮気なんてしないですよね」とフォローしたら、
「猪瀬先輩、コンパしたらよく女の子と消えてた」とチャラいはずなのに「ずっと好きだったんだ!」と二回同じ気持ちを叫んだ佐藤くんがバラした。
なるほど。
ドブに捨てた想いはドブに失礼だったかもしれない。
□ □
後日、みんなうずうずしていたのだろう、サクッと飲む日も決まり、誰一人欠けることなく集まる。
「魅了の魔法!?」
「そうなのよ」
「まああれを見ちゃうと信じるしかないわ」
「カレンともしや浮気するかどうかを調べられるんじゃないかって思いついて集まってもらったの」
「かからなかったの、山野くんと市川さんだけだったね。市川さんってチャラいイメージしかなかった」
「市川さん、彼女いるんだよなあ。残念。でも彼女は幸せだろうな」
「山野くんはカレンか好きだからな」
「そこ、共通認識なの?!」
「そうだよ。山野はカレンしか見てないよ、ずーっと」
「ねえ、やっぱ触れる?」
「М寄りの方は触れないでおこう」
「そうだね、そんなの自由だし」
「やっぱアレだよね」
「アレは1番なかった」
「「一回でいいから!!」」
「なんなら猪瀬が1番見た目も振る舞いもスマートだしイケてるよね」
「人って見た目で判断しちゃダメなんだと心に深く刻まれた」
「ねえ紗耶香、私が主催する飲み会でやってみてくれない?」
噂好きな美玖が言った。
「あ、それ私も頼もうと思ってた」
「私も!」
どうするのかな?と紗耶香を見ると、
「いいよー」
軽いな。
「その代わり条件がある」
「何?お金なら払うよ」
「いくら?」
「違う違う!お金はいらない。くれても受け取らないから。そうじゃなくて、1人につき1度だけの主催。結婚する予定の人は、ちゃんと後戻りできる心づもりをできる状態のときだけ。結婚をやめる覚悟がないならやめておいたほうがいい。ゾンビで猪瀬さん以上のことを言い出されてそれでも愛する覚悟があるか、迷ってるからサクッと結婚やめるぐらいの覚悟がある人のみ申し込み受け付ける」
「重いわね」
「そりゃそうだよ」
「佐藤、意外だったよね」
「ほんとほんと」
「普段コンパばっかりやってるイメージだった」
「そういえば、誰かと付き合った話聞いたことなくない?」
「私は聞いたこと無い」
「美玖が知らないならみんな知らないわ」
「猪瀬と対極だよね」
「かたやチャラそうに見せて一途」
「かたや爽やかに見せてクズ」
「「ほんとにね」」
しみじみと語って夜は更けた。
□ □
お好み焼き屋の前で待ち合わせようと提案したけれど、最寄りの駅で待ち合わせしたいと言われた。先に駅についた山野くんが「改札出てすぐの右手の売店の前にいる」と連絡をくれたおかげですぐに見つけて笑顔で手を振ってくれた。
駅での待ち合わせは合理的じゃないけど、山野くんの優しさってこういうことかと妙に染み入る。
猪瀬効果がすごい。
紗耶香に隠すつもりがないので、歩きながら正直に説明した。
「嘘みたいな話だけど、ちゃんと見てたから納得しかない」
「山野くんはかかってない貴重な人ってわけ」
「急にレアな生き物になれたみたいだし喜んでおく」
「絶滅危惧種かもよ」
「まあ、あれだけで全てがわかるわけじゃないだろうけどな」
「確かに。紗耶香の能力に全信頼を置きすぎてたかも。気をつける」
「あ、いや・・松本さんの信頼を下げたいわけじゃないし、せっかくの俺の長所かもしれないところを取り消したいわけでもなく」
「ふふ。わかってる」
ちゃんと丁寧に訂正しようとしてくれるところに好感しかない。
猪瀬さんのおかげで大切なことに気づけたな。
「いやあ、猪瀬さんに感謝だわ」
「え、なんで」
「山野くんのいいところにたくさん気がつけたから」
そう高らかに宣言したら、山野くんはちょっと照れたように笑った。
やっぱり恋の予感。とびきりの。