お義姉様が大好きだから、全て奪ってあげました
「どうして私から何もかも奪おうとするの」
怒りと悲しみを込めた声でお義姉様がわたしに問いかけてくる。
輝く金の瞳でまっすぐに見つめられ、全身がゾクゾクしてしまう。思わず笑顔になって、わたしは答えた。
「ずるくて美しくて哀れで素敵な、お義姉様が大好きだからですわ」
きっとお義姉様はわたしの言葉の意味がわからなかっただろう。
理解を超える怪物に対する時のような怯えに顔を歪ませた。
――そんな顔すら美しいのだから、やはりお義姉様はずるい。
「こう見えてもわたしはあなたの全てを愛しておりますのよ、お義姉様」
「わけがわからない……っ。化け物よ、あなたは、化け物だわ」
お義姉様はそう言って、悔しげに涙をこぼしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お義姉様とわたしが出会ったのは十年前、お義姉様が八歳、わたしが七歳だった頃の話。
初めてお義姉様の姿を目にした時、わたしは驚いたものだ。
「――綺麗」
目が覚めるような真っ青な髪に、黄金の瞳。
肌はとても柔らかそうな桜色で、顔立ちはわたしなんかとは比べ物にならない美しさだった。
出会いの場所が屋敷にある池のほとりだったこともあって、水の精かと思ってしまったわたしは、恐る恐る話しかけた。
「あの、妖精さん……?」
その声でようやくわたしの存在に気づいたのだろう、ぼんやり池の淵に座り込んでいた少女が、顔を上げてわたしを見つめた。
「ごきげんよう。見かけない顔ね。初めまして、かしら」
その話し方は歳に見合わぬほど大人びていた。
「え、はい。わたし、今日からこのお屋敷で暮らすことになった、サマンサです。……じゃなかった、サマンサ・エンバスですわ」
慣れない貴族言葉を辿々しく使うわたしを見て、彼女はわたしが誰かわかったらしい。
微笑みながら教えてくれた。
「あなた、お父様が再婚なさった方のお嬢さんなのね。
私はフィオナ・エンバス。妖精さんじゃなくて、あなたのお義姉様に当たるのよ」
わたしのお母さんは、平民の娼婦だったのを、美しさを買われてエンバス伯の後妻になった。
そしてこの日ちょうど結婚の手続きを終えて、わたしはエンバス伯爵令嬢になっていたわけだけれど、その時までわたしより先にエンバス伯爵令嬢がいることは知らされていなかった。
「へーえ、すごい! わたしにお義姉様ができるなんて。よろしくね、お義姉様」
それが、美しく聡明なエンバス伯爵令嬢フィオナ・エンバスにわたしが恋した瞬間。
当時はまだ、気づいていなかったけれど。
お義姉様は全てが素晴らしかった。
勉強の成績はその年齢では信じられないほど良かったし、美貌も言わずもがな。けれどそのことを鼻にかけず、後妻の娘であるわたしのことをよく気遣ってくれたし、使用人や領民には見下さずに優しく接する。
だから、メイドも使用人もお義姉様の味方だったし、領民もお義姉様を慕っていた。
ただ、エンバス伯……お義父様にはどうにも嫌われているらしく、まるでいないもののように扱われていたけれど。
「お義姉様はずるいですわ……」
これはわたしにとって、お義姉様への最高の褒め言葉だった。
平民から一転、エンバス伯爵令嬢になって、わたしもずいぶん変わったとは思う。
ダークブロンドの巻き毛は常に手入れされていたし、着ているドレスだって上等だ。飾ればそれなりに可愛らしく見えるようになった。
それなのにどうしてもお義姉様の美しさには敵わない。
羨ましいなんてレベルではない。お義姉様はずるいのだ。わたしの胸の中にあったのは憧れではなく、お義姉様への恋心だった。
その気持ちを自覚したのは、お義姉様の婚約者のおかげだった。
彼とは、わたしが十二歳の時に初めて顔を合わせた。
それまでわたしは、お義姉様と婚約者の人が会う時は必ずお母さんに連れ出されていた――わたしのお母さんは特に着飾っていつもより美しくなるお義姉様をものすごく嫌っていた――から、六年近く顔を合わす機会がなかったのだ。
しかしその日は偶然お母さんとお父さんが二人揃って屋敷を空けることになって、お義姉様の婚約者と遭遇したのである。
……と言っても、好奇心に負けたわたしが勝手にお義姉様たちのお茶会に割り込んでいただけだったけれど。
「まあ、素敵な殿方ですこと。初めまして、わたしはエンバス伯爵家が次女、サマンサ・エンバスと申しますわ」
お義姉様の横にいるのは、お義姉様に見劣りはするけれど、充分に美しい少年だ。
彼はわたしをまじまじと見つめながら言った。
「可愛い娘だな。俺はグレグ。フィオナの婚約者だ」
気障ったらしくお義姉様の手の甲に口付け、グレグと名乗ったその少年は笑う。
この時、わたしは彼に嫌悪感を覚えた。
――お義姉様はわたしのものなのに、と。
わたしはお義姉様が好きだった。
賢くて、綺麗で、輝いていて。そんなお義姉様がたまらなく好きだったから、横に並び立つその少年が憎かったのだ。
この時になって、ようやく理解した。この気持ちは嫉妬なのだと。そして、その嫉妬を抱く理由も。
けれどわたしはそんな感情を胸の中に押し込めて、お茶会が終わった後、お義姉様に問うた。
「お義姉様、グレグ様は一体何処のご令息ですの?」
「パウマント伯爵家よ。将来、あの方に嫁ぐの。嫁いで幸せになるって、お母様と約束したわ」
淡々と、しかし大切なことを語るように、お義姉様は言う。
亡くなった母親を大層慕っていたのだろう。そして幸せを願われたから、パウマント家の花嫁になりたいに違いない。
「完璧なお義姉様にもそんなところがあっただなんて」と驚くと共に、そんなお義姉様のことがますます好きになった。
お義姉様の全てを、手に入れてしまいたくなるくらいに。
「お義姉様、ずるいですわ。わたしにもそれをくださいな」
「サマンサ、これは――」
「早く」
一度激しい恋心を自覚してしまったら、抑えることなんてできなくて。
お義姉様が気に入っていたドレス、お義姉様のアクセサリー、果てはお義姉様と仲良くしていた使用人まで、わたしは奪うようになった。
優しいお義姉様は最初こそ困った顔をしながらも素直に渡してくれていたが、さすがに耐え切れなくなったようで、断固として渡そうとしない時があった。
「ひどいですわね、お義姉様は。わたしのお願いを聞いてくださらないなんて……」
そんな時はわたしは嘘泣きする。
そうすれば、お母さんがわたしを庇って無理やりにでもお義姉様のものを取り上げてくれるという確信があったから。
わたしはお母さんに愛されていた。
厳しい娼婦生活の中でも捨てないでいてくれた一人娘だ。お母さんだけは、わたしの味方。
……ただ、お母さんはお義姉様の立場が下がったのをいいことにお義姉様を罵りまくるようになったので、あまり好きではなくなったけれど。
その点お義父様はやりやすかった。
お義父様は亡くなった前伯爵夫人を嫌っており、前伯爵夫人と容姿が似ているらしいお義姉様を嫌厭している。元々お義姉様と親しくしている使用人をよく思っていなかったらしく、頼めばすぐに使用人を全て解雇し、入れ替えてくれた。
十四歳になる頃にはもう、お義姉様は完全に孤立してしまっていた。
この国には十五歳になるとデビュタントする慣わしがあるが、お義姉様のデビュタントは最悪だった。
ドレスは全てわたしが奪ってしまったので、彼女は使用人服の着るエプロンドレス姿だった。それでも美しいのは、さすがお義姉様と言えただろう。
でも周囲の令嬢はお義姉様を馬鹿にして、一人として寄ってこようとしなかった。社交界の場でもお義姉様は独りきりになったというわけだ。
一人で涙を流すお義姉様は、惨めで美しかった。
そうなると彼女が頼れるのはグレグだけということになるけれど、もちろんそちらも手は打ってある。
わたしはグレグとお茶会の都度積極的に話し、距離を詰めていった。
グレグとの出会い以来、「グレグ様のことが気になりますわ」とお母さんに頼み込み、お義姉様との同席を認めてもらった。
お義父様が黙認したのは、もし万が一わたしとグレグが恋仲になって婚約を結び直しても伯爵家に入る利益が変わらないためだったのだろうと思う。
完璧美人なお義姉様と違い、わたしはほどほどに可愛く、そして程よく男のご機嫌取りができた。
そんなわたしが媚びればグレグは一発でコロリだ。後で話を聞いたところ、彼は長年お義姉様に対し劣等感を抱いていたのだとか。
どうしようもなく愚かな男だ。
これから一生、彼を愛している良妻を演じなくてはならない。だが、お義姉様を手に入れるためなら苦には思わなかった。
お義姉様に気づかれないようにするのは苦労した。
グレグがお義姉様に対して塩対応になり過ぎないよう、パーティーなどでグレグに表向きは親しい婚約者のふりをさせた。
「その方がお義姉様に驚いていただけますわ」
ある程度関係が深まった後、わたしと彼の密会は、ふしだらな者たちの集まる場所で行った。
もっとも、結局気づかれてしまったわけだが。
「どうして私から何もかも奪おうとするの」
その質問への答えは、一つだった。
お義姉様のことが狂おしいほどに好きだから。ただ、それだけのこと。
――そして。
「フィオナ、お前との婚約は破棄だ。そして新たにサマンサと婚約を結ぶことを宣言する」
「お義姉様と彼は釣り合いませんわ。ごめんなさいね、お義姉様?」
ある日のお茶会で、グレグはお義姉様に婚約破棄を告げた。
それはちょうどお義姉様とわたしが出会った日から十年の節目の時だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ああ、お義姉様はずるいですわ」
安らかなお義姉様の寝顔を眺めながら、わたしは呟いた。
お義姉様は一糸纏わぬ姿でベッドに横たわっている。
女性的な凹凸は控えめだけれど、何度見ても目を奪われるほど美しい肢体に惚れ惚れしてしまう。
ここは地下室。婚約破棄され傷物になり、自死を選んでこの世から姿を消したとされている、お義姉様の唯一の居場所。
――と言っても、お義姉様が心を閉ざしてしまってから久しいけれど。
最初こそわたしへ敵意を向けて反抗したお義姉様は、一年間この地下室で過ごした結果、完全に壊れた。
聡明だったお義姉様は、もうどこにもいない。一日の大半は寝ているし、起きたとしても虚ろな目で呻くだけだ。
おかげで素直にわたしの愛を受け入れるようになってくれてとても嬉しい。
「ああ、なんて哀れで、愛おしいのでしょう」
お義姉様の青色の髪に手を差し込み、撫でくりまわす。
眠るお義姉様は何も言わなかった。
お義姉様は、わたしのもの。これからずっと、永遠に。
「たとえその美しさが衰えたとしても、わたしはお義姉様を愛し続けますわ」
自ら作った手料理をお義姉様に口移しで食べさせながら、わたしは微笑んだ。
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