08.グリフォンの出産を手伝う
わたし、キリエ・イノリは奈落の森の王、聖魔王となる決意をした。
かつてこの世界に居た聖魔王エレソン様の力が失われつつあるため、森の恵みは減ってきている……らしい。
森の恵みがないと、食料を求めて人里へ降りて、結果人を襲ったり、返り討ちに遭って死んだりする……とのこと。
わたしは森に住む、か弱き魔物達のために、神さまのお力を振るおうと決意したのだが……。
『なんだいなんだい! 誰も集まらないじゃないのさ!』
わたしたちがいるのは、樹木王さんのいる場所。
そこにはわたし、くま吉くんとくま子さん、そしてフェンリルのチャトゥラさん……のみ。
『二代目聖魔王の就任式やるっつたのに、誰も集まりやしない!』
ぷりぷりと怒る、くま子さん。
白髪の犬耳美青年、チャトゥラさんがため息をつく。
「おそらく、人間が森の主となることに、みな戸惑ってるのでしょう」
『そうじゃなあ……。わしやチャトゥラのように、かつての聖魔王エレソン様を知ってる魔物は少ない。人=敵という認識があるのじゃろう』
チャトゥラさんと樹木王さんが同意する。
しかたない。人と魔物は長くいがみ合っていたのですもの。
急に、人間を仲間に思えと言われて、受け入れられるとは思わないわ。
『ふーん。姉ちゃん優しい人なのにねー』『ねー』
くま吉君と、スラちゃん(命名わたし)は褒めてくれた。
でも樹木王さんは言う。
『たしかにキリエ様が魔物にも優しいかたじゃが、しかしそれを知ってもらう機会がそもそもなかろう』
「そうですね。誰か、キリエ様のことを喧伝してくれる係がいれば良いのですが……」
と、そのときだ。
「ゲギャァアアアアアアア! ゲゲゲーーーーーー!!!!」
上空から、おかしな鳴き声が聞こえてきた。
『わわわ! なんだ敵か? やんのかこらー!』『こらー!』
くま吉くんとスラちゃんが、わたしの前に立って、ガードしてくれようとする。
『いいや……この声は……』
「上ですね」
上?
すると上空に鳥がいることに気づいた。
鳥は……勢いよく落下してくる。
危ないわ!
『いかん! このままだと激突する!』
神に仕える身であるわたしにとって、命とはみな平等にあるべきと思ってる。
人だろうと魔物だろうと、鳥だろうと関係ないわ。
わたしは、神様に祈る。
どうか、あの大きな鳥をお救いする力をお貸しください……。
聖女の力の一つ……結界が発動する。
結界は鳥さんを包み込む。
落下すると……。
ぽよよぉーん……と、ボールのようにバウンドして、地面に転がった。
「キリエ様、今のいったい?」
結界です、チャトゥラさん。
身を守る結界ですが、堅さを調整し、あんなふうにボールのようにすることで、落下の衝撃から鳥さんを守ったのです。
「なんと、見事な! さすがです、キリエ様!」
わたしは鳥さんのもとへ近づいた……。
だが、どうにもただの鳥ではないように思えた。
上半身は鳥なのだが、下半身がライオンのようになってる。
『グリフォンじゃ。しかも……こやつは……』
グリフォンだろうがなんだろうが、関係ないわ。
この子は、苦しそうにあえいでる。助けてあげないと!
「ゲゲゲーーーーー!」
グリフォンがわたしめがけて爪を振るってきた。
わたしは……しかし、避けない。
ザシュッ、と爪がわたしの腕を切る。
鋭い痛みが走る。
「キリエ様! 貴様……!」
問題ないです、チャトゥラさん。
怪我は、直ぐに治りますから。
神さまに祈る前に、傷は既に塞がっていた。
「な、なんと……! あんな深い傷がもう治るなんて!? しかも傷跡一つない! なんという高度な治癒術!!!」
神さまは、地上で聖女が慈善事業を滞りなく行えるように、聖女にご加護を与えてくださります。
怪我が自動で治るのも加護のひとつです。
「神の加護……すごいです……」
わたしはグリフォンさんの元へ行く。
この子はさっきまで暴れていたけど、わたしに害意がないのをさとったのか、おとなしくなった。
わたしはグリフォンさんの体に触れる。
大丈夫?
『! わたくしの声が聞こえておりますの……?』
ええ、グリフォンさん。聞こえるわ。
わたしはキリエ・イノリ。
二代目、聖魔王を継いだものよ。
『聖魔王……なるほど……。では、すみませんが、お力を貸してくださりませんこと?』
もちろんです。
何にお困りですか?
『実は……わたくし身ごもってますの……ぐっ! ああっ!!!!』
お腹に子供がいるのね。
なら早く出産しないと……。
『それが……はあはあ……陣痛が始まって、もう2日も赤ちゃんが出てこなくて』
! それは……分娩困難でしょう。
「子供が詰まってしまう、あれですか?」
そのとおりです。
人間でもまれに起きる現象です。
しかし……二日。
魔物は人間より体が頑丈とは言え、これ以上長引くと、母胎に負担がかかるわ。
それに体内で卵がかえるなんてしたら大変。
グリフォンさんは鳥……たぶん卵生だろうし。
『お願い……たすけてくださいまし……』
もちろん、任せて。
わたしはグリフォンさんの前で、祈る。
神さま……どうか、わたしにお力を。
祈ったあとに、わたしはグリフォンさんのお腹に触れる。
ずぶ……ずぶぶぶ……。
『え、えええ!? キリエの手が、グリフォンのお腹に入っていくよぉ!?』
『な、なんと……まさか、直接手を母胎に突っ込み、取り上げようとしてるのか!?』
そのとおり。
聖女の持つ治癒術の応用だ。
体内に治癒の力を流しながら、手を突っ込む。
これなら細胞を傷つけることなく、赤ちゃんを取り上げることができる……。
『まるで呪術医のようじゃ……麻酔を使わず、手だけで体内の悪い臓器を摘出したという……』
「いずれにしろ、神業であることには変わりませんね。さすがです」
やがて、わたしはゆっくりと、グリフォンさんの赤ちゃんを取り上げる。
……といっても、卵だけどね。
卵には無数の亀裂が入っていた。
『危ないところだったね。もう生まれるとこだったよ』
くま子さんの言うとおりだ。
ひび割れが殻の全体に回って……。
「ぴー!」
と、グリフォンの赤ちゃんが生まれた!
よ、良かったぁ……。
間一髪だったわ。
お腹の中で詰まった状態で、卵が割れてたら大変だったもの。
『ありがとう……聖魔王様。あなたのおかげですわ』
グリフォンさんが立ち上がって、深々と頭を下げる。
『助けてくださったお礼に、この鳥神将【シンドゥーラ】、あなた様のお力になりましょう』
シンドゥーラさんっていうのね。
わたしはキリエ。
『キリエ様。二代目様。どうか、わたくしをおそばに』
えっと……あなたがいいのであれば、喜んで。
一方で……樹木王さんが目を剥きながら言う。
『シンドゥーラ……その名前は、初代様が授けた名前ではないかの?』
初代聖魔王エレソン様のことみたい。
そういえば、チャトゥラさんも、エレソン様から名前をもらったっておっしゃってたわ。
『はい。先祖代々、名前とともに、この森の空を守ってきました』
まあ……。
じゃあ、空の王ってことかしら?
『ええ、そうですわ。空を飛ぶ魔物は、みなわたくしの眷属。きっと、あなた様の力になってくださりましょう』
こうして、新しい魔物……グリフォンのシンドゥーラさんが仲間になったのだった。