06.料理を作り、森の長となる決意を固める
奈落の森で過ごす、初めての夜。
わたしがいるのは森の奥地、旧楽園と呼ばれる何もない荒野だ。
そこにポツンと寂しく建っていた、教会。
教会の中には人が住める施設があった。
どうやら孤児院を兼ねていたようで、トイレや炊事場、そして寝る場所もあった。
わたしはひとり、ベッドに横になりながら、物思いにふける。
……考えるのは、これからのこと。
チャトゥラさんやくま子さんたちからは、聖魔王になるべきだと言われた。
わたしは彼から教えてもらった、この森のことを思い出す。
ーー現在、この奈落の森は死に瀕しております。聖魔王さまの力が失われつつあり、森の恵みは減り、うえた魔物が人を襲う始末。このままでは滅亡必至、ゆえに、新たな聖魔王が必要なのです。
聖魔王エレソン様。
かつてこの地に住んでいた人間で、森の魔物と人々に、慈悲と聖なる力を与えていた、立派なお方らしい。
聖魔王とはつまり、森の主ということ。
……そんな大役が、わたしに務まるだろうか。
ころん、とベッドの上で一回転する。
……そもそも。
わたしは自分の手を見つめて思う。
この聖なる力を、魔物のために、使ってもいいものなの?
わたしは神様から力をお借りしてる立場だ。
この力は、傷ついたり、弱っている【人】を助けるためのものだと、王都の大神殿にいるころのわたしは、思っていた。
けれど……。
わたしは、魔物に……聖なる力を行使した。
魔物は人類の敵とされてる。
魔物、魔族、そして魔王は、長く人間と争っていた。
そんな人類の敵である存在に、神様の力を使うことは、神様の意思に背く行為ではないだろうか。
……わからない。
神様は、たかが人間のつまらない問いかけごとき、応えてはくれない。
人間がどれだけいると思ってるのだろう?
そんなちっぽけな人間の問いに、神様はいちいち答えてはくれない。
一人答えれば、全員に答えないといけなくなるし。
……けれど、わたしは神に問いたかった。
わたしの持つ力を、魔物の皆さんに、使ってもいいのだろうか……と。
ぐぅ~……。
そのとき、わたしのおなかが、大きく鳴ったのだ。
は、恥ずかしい……。
そういえば朝から何も食べていないわ。
料理、作ろうかな。
立ち上がって、部屋の端っこにある袋のもとへ行く。
中には王都を追われるときに、知り合いからもらった保存食やら薬やらがはいってる。
王都の人たちは、本当にやさしい人たちばかりだ。
わたしが国を追われるとしったら、みんな怒って、こうして施しまでしてくださった。
ありがたい。
このような良い縁を恵んでくださった神様に感謝しないと。
わたしは食材をもって、炊事場へと向かう。
結構立派な台所だ。
わ、魔法コンロまである。調理道具まであるなんて。
『お姉ちゃん?』
にゅ、と炊事場の窓から、くま吉くんが顔をのぞかせたのだ。
こんばんは。
『こんばんは! 姉ちゃんなにしてるの?』
ちょっとおなかがすいてしまったので、お料理を作ろうかなって。
『あれ、森の長はー? お料理作ってくれないの?』
長はくま子さんと出かけてしまったわ。
それに、彼は別にわたしの召使いでもなんでもない。
自分がおなかすいたのだから、自分で料理を作らないと。
『ふーん。お料理手伝うよ、おいら!』
あら、いいの?
『うん! てゆーか、おいらもおなかすいたし!』
なるほど、それではお手伝いをお願いしますね。
『おいさー!』
わたしは教会の外に出て、くま吉くんとともに、森へと向かう。
必要なのは、とりあえずお水ね。
お肉とお野菜はもらったものがあるから。
『姉ちゃん何作るの?』
シチューよ。
『しちゅー? なぁにそれ』
森の民は食べたことないか。
ええと、おいしいもの。
『それは早く作って食べなきゃだね!』
ふふふ、そうね。
ということで、くま吉くんの背中にのったわたしは、旧楽園の荒野を歩く。
しかし荒野には草の1本も生えていないし、当然川なんてない。
『奈落の森のほうにお水あるよー』
ということで、荒野を抜けて、森のもとへ。
……森へは、樹木王さんの口を通らないといけないんじゃなかったのかしら?
旧楽園と、奈落の森の地理がそもそもわからないのも問題ね。
森の中を進んでいくと、やがて小川に到着する。
『お姉ちゃん、魔物だ』
! ほんとうね。
小さな水の玉が、水辺の近くでプルプルしてる。
『スライムだよ』
まあ。
スライム。
どうしたのだろう、その場から一歩も動かないわ。
…………。
くま吉くんも、チャトゥラさんも、心があった。
スライムにも、心があるはず。
倒れて、動けないスライムに……。
わたしは、決めた。
『あ! お姉ちゃん!』
わたしはくま吉くんの背中から降りて、スライムに触れる。
どうしたの? 君。
『あのね、おなか、すいた~……』
力が発動し、魔物の言葉がわかるようになった。
そっか、スライムもまたおなかがすくのね。
……やっぱり、魔物と人を、分けることが、わたしにはできないわ。
お腹をすかせてる子を、ほっとけない。
……神様。
お許しください、やっぱり、弱ってる魔物をほっとけません。
ご飯食べる?
『! たべるー!』
そう。じゃあ、おいで。
今からお料理作るの。
『いくー!』
こうしてスライムを助けてあげることにした。
スライムちゃんは湖の水を、ちゅうううっと吸い込んで体の中にためる。
くま吉くんの背中に乗って、また教会へと戻る。
炊事場にて、スライムちゃんに水をだしてもらう。
ナベに水を張って、切り刻んだ野菜に干し肉、そして牛乳を少々。
あっという間に、料理が完成する。
いつも炊き出しで料理を作っていたので、煮込み料理は得意中の得意なのよね。
『姉ちゃんやばいよ! ちょーおいしそーなにおいするよ!』
『やばー』
わたしはお鍋をもって、教会の外へ行く。
くま吉くんが、ぺたんとお尻をつけて座っていて、なんともかわいらしい。
わたしは地面に鍋を置いて……。
どうやって食べてもらおう。
お皿に注いでみたものの、くまちゃんがスプーンなんて使えないわよね。
『はやくー!』
『はーやーくー』
とりあえず、地面に置いてみた。
くま吉くんは犬のように、ぺろぺろと食べだす。
どうかしら?
『う、』
う?
『うんまぁあああああああああああああああああああああい!』
がおぉおお! とくま吉くんが吠える。
うわ、っと。鍋が落ちなくてよかった。
『やばい! こんなおいしいもの、生まれて初めてたべたよぉ! うわぁあん! おいしー!』
涙を流しながら、くま吉くんがシチューをぺろぺろ食べてる。
よかった、美味しいって思ってもらえた。
『おいちー! これー。おいちー!』
スライムちゃんもお皿に口? をつけて、ごくごく飲んだ後に言う。
おいしい……。
はっと、させられた。
……そうだ、そうよ。
シチューを美味しいって、思う心に……魔物も人間も、ないわ。
そう、そうよ。
人も魔物も、関係ない。
どっちも心がある、愛しき隣人じゃないか。
神様は、わたしたち隣人に、慈悲をお与えくださる。
心のある魔物たちだって、きっと、隣人だと迎えてくれる……と思う。
……ううん。違うわ。
神様に許しを得るんじゃない。
わたしが、そう決める。
魔物は……世間一般の人たちが言うところの、悪じゃない。
心のない怖い存在じゃないわ。
人も魔物も、同じシチューを食べて、同じおいしいって思う心のある……同じ存在だ。
「素晴らしいです、キリエ様」
……え?
振り返ると、くま子さんとチャトゥラさんが立っていた。
チャトゥラさん、なんか涙ぐんでる。
くま子さんも目が潤んでいた。
『あたいらのこと……そんな風に思ってくださるなんて……』
「やはり、あなた様は聖魔王にふさわしいお方です!」
え、え、えっとぉ。
も、もしかして……筒抜け?
「はい。聞かせて戴きました。あなた様の、崇高なるお考えを」
き、聞かれてたっ。
わ、わー……やだ……はずかしいわ……。
心の声が聞かれてしまうのって、本当に恥ずかしい……。
『そんなことないさ。ご立派だよ、あんたは』
くま子さんが微笑んでいる。
チャトゥラさんは、深々とうなずいてる。
……そうね、もう聞かれちゃった。
覚悟は、決まったもの。
チャトゥラさん。わたし、やるわ。聖魔王。
神様のお力を、人にも、そしてこの森にすむ魔物たちにも、使いたい。
「あなた様の、御心のままに。私はあなた様のお力になれるよう、粉骨砕身、努力してまいります」
『あたいもキリエの手伝いするよ!』『おいらも!』『もー!』
みなさん……。
ありがとう、わたしのような小娘の、力になってくれて。
うん、みんなが助けてくれるんだったら、わたし頑張れる気がするわ。
『ところでなんだい、そのとっても美味しそうなやつは!』
『かーちゃんしらねーのー? シチューってんだぜ?』『しちゅー』
ぐぅ、とくま子さんとチャトゥラさんもおなかを鳴らす。
そうよね、みんなもおなかすいてるわよね。
今は、食べましょう、ご飯。
わたしはお皿にシチューを注いで、くま子さんたちに渡す……。
『なんだいこりゃあ! こんなとんでもなく美味しいもの、はじめてだよー!』
「……! これは、素晴らしい。神気に満ちております」
しんき?
「いえ、今はこの天上の料理をおいしくいただかせてもらいます」
て、天上だなんて大げさだわ……。
『いや、てんじょーだね!』『てんじょー』『ああ、最高だわね』
も、もー、照れるわ。
あはは、とみんなが笑っている。
おいしいもの食べて、笑いあえている。
この光景を見たら、わたしだけじゃない、他の人たちも、きっと魔物が怖いものじゃないって、わかってくれるはずだわ。
神殿を追放されて、わたしは何をすればいいのか、わからなかった。
でもここで、新しい出会いと、目標を得た。
人も魔物も笑いあう、そんな場所にしたい。
そのためにわたしは、聖魔王になる。
……きっと、この出会いも、神の思し召しなのだろう。
今はただ、この温かな奇跡をお与えくださった、神様に感謝だ。