05.パワーアップした聖なる力で壊れた建物を修復
わたし、キリエ・イノリ。
王太子の罠にはまって奈落の森に捨てられるけど、そこで魔物達と出会い、交流をする。
彼らの長である、フェンリルのチャトゥラさんと会ったわたし。
老衰で死にかけていたところ、神様のお力を借りて、癒すことに成功。
……と思ったら、病気を治すだけじゃなくて、若々しい姿にまでしてしまったのだった。
「聖魔王様はやはり素晴らしいです」
わたしの前には、白髪の美男子が立ってる。
このお方は、森の長チャトゥラさん。
犬耳としっぽが生えており、彼がフェンリルの変化であることがうかがえる。
……いえあの、聖魔王って言われましても。
「我らを導いていただけないでしょうか、キリエ様」
……そんなこと、突然言われて、はいそうですかと答えられない。
わたしはついさっき、森に打ち捨てられたばかりなのだ。
そこから、魔物の声が聞こえるようになって、森の長に会って、治療して、聖魔王の生まれ変わりだとか言われて、と。
いろんなことが矢継ぎ早に起きて、正直困惑してる状態。
そこに、聖魔王やって、魔物を統治してくださいって言われても。
「そ、そうでしたね。すみませんでした。考える時間は必要ですね」
わたしは幼いころ、事件のショックでしゃべれなくなってる。
長く、人とのコミュニケーション方法で、苦労していた。
でも今は、魔物となら、心を通わせることができる。
思ったことが、相手に伝わるのだ。そのまま。
「! そんな……お辛いことがあったのですね」
急にチャトゥラさんが涙を流しだす。
ど、どうしたの?
「子供のころに両親を殺され、声を失ってしまわれたなんて……お可哀そうに!」
ああ、なるほど、わたしの思い出した過去が、伝わったのか。
ちょっと気恥かしいな、思考が筒抜けになってしまうのは。
「つらい過去を乗り越えて、今は一人で立派に、聖女のお勤めをなされてるのですね。素晴らしいことです」
ありがとう、でも大丈夫。
もう過去のことだし、乗り越えたわ。
「なんとお強いです……ぜひとも我が森の長になってほしい……ですが、あなた様の言う通りですね。受け止める時間は必要でしょう」
わかってくれたようだ。
ありがとう。
あ、そうだ。
一つ、チャトゥラさんに聞きたいことがあったのだ。
「なんでしょうか、キリエ様?」
あなたはさっき、結構おじいちゃんだったわ。
でも今は、若々しい見た目をしてるし、体から生命力があふれ出ている。
これは、どうして?
「キリエ様のお力です」
でも、わたしにはここまでの力はなかったわ。
傷を癒したり、邪悪を払ったり、結界を払ったりはできる。
でも、さすがに年老いた人を、若々しくすることまではできない。
「ふむ……。もしや、聖遺物と何か関係が……」
せいいぶつ?
チャトゥラさんは振り返って、歩いていく。
ここは教会の地下に広がる謎の空間。
さっきまでチャトゥラさんが座っていた場所の床に、彼が手を置く。
すると魔法陣が光り輝き、空中に青い光の玉が出現する。
チャトゥラさんは立ち上がって手を差し出すと、そこには、美しい指輪が出現した。
「これは、聖魔王様エレソン様が所有なさっていたアイテム……聖遺物。【水の指輪】です」
水の指輪……。
チャトゥラさんがわたしに近づいてきて、手のひらに乗った指輪を、わたしに向けてくる。
「どうか、これをお納めください」
! そんな、いけません。
それは故人の所有物です。
わたしがもらうわけにはいきません!
「本当に、お心の清いお方ですね、素晴らしいです、キリエ様」
そんな、特別心清らかというわけでなく、常識としてそう思うんだけども。
「人間は、欲深い生き物です。おのれの欲するものを手に入れるためには、平気で他人の物を壊し、奪う」
チャトゥラさんが顔をしかめる。
なにか、トラウマでもあるのかしら。
もしくは、過去人間にひどいことをされたのかもしれない。
「しかし、あなた様は違う。ほかの人間とは違い理性的で、とても心が美しい」
と、とてもむずかゆい。
「こちらの水の指輪は、聖魔王様の所有物です。彼女はおっしゃっておりました。適合者が現れたのなら、その方に託すと」
適合者?
「この指輪は、選ばれし者にしか手に取れないよう、まじないがかかっているのです」
まるで勇者の剣のようだ。
誰でも使えるわけではないのね。
「私の予想では、キリエ様は適合者だと思います。水の指輪の力があれば、さきほどのような、奇跡を起こせるようになるかと」
死にかけのひとを、治すほどの強い治癒の力が発揮できるようになる、ということね。
……もとより、癒しの力は神様がお与えくださった力。
未熟なわたしでは、十全に引き出せていなかった。
でもこの指輪があれば、多くの困ってる人や……そして、魔物も、救えるかもしれない。
使えるように、なりたい。
わたしは、指輪を手に取る。
……普通に、手に取れたと思ったそのとき。
かっ! と青い光が周囲に広がったのだ。
青く、まばゆい、清らかな光がこの空間を満たしていく。
やがてその光は収まる……。
「おお! これはすごい! ご覧くださいキリエ様! 聖魔王様の庭園が! 元通りに!」
わたしたちのいる庭園には、枯れた花々が広がっていた。
しかし今は、美しい花と緑が広がってる。
清らかな空気が漂っていた。
「キリエ様、外へ行きましょう。きっと、外もすごいことになっております」
外?
チャトゥラさんとともに、わたしは空間を出る。
礼拝堂へと戻ってきたのだが……。
なんと、壊れていた建物が、元通りになってるではないか。
壊れた天井は元通り、蜘蛛の巣のはっていた室内は、ぴかぴかになってる。
ホコリ1つおちてない、きれいな礼拝堂になっていた。
「素晴らしい……! 治癒が強化され、修復のお力に!」
修復……なるほど、わたしの力では、けが人しか直せていなかった。
けれどその力が強まり、こうして無機物も治せるようになったのね。
『キリエ! 大丈夫なのかい!?』
『姉ちゃん!』
外から、くま吉くんとくま子さんの声がする。
礼拝堂を出ると、ふたりがわたしにのしかかろうとしてきた。
あぶない!
と思った瞬間、チャトゥラさんがわたしの前に立ちふさがり、二人を両手で受け止める。
「控えなさい、死熊たちよ。その巨体で飛びついたら、キリエ様がお怪我してしまいます」
『『た、確かに! ごめんなさい!』』
い、いえ。
気にしないで。
というか、チャトゥラさん、力持ちね。
くま吉くんたち、すごく大きいのに。
「おほめいただき光栄の至りでございます。身体強化をふくめ、魔法を少々使えるもので」
なるほど、魔法の力で腕力を強化してるのね。
彼がくま吉くんたちを地面におろす。
『キリエ、誰だいこの獣人?』
あ、そこのお方が森の長、フェンリルのチャトゥラさんよ。
『なんだって!? 森の長は年老いてると樹木王に聞いていたのだけど?』
「キリエ様のお力で、こうして若返り、力を取り戻したのですよ」
『はー! そりゃすごい! やっぱりキリエはただものじゃなかったんだね!』『姉ちゃんすっごーい!』
いいえ、これはわたしの力ではないわ。
天の神様が、わたしに力を貸してくださってるの。
感謝すべきは、天に召します我らが主、ノアール様なのです。
『そうなのかい? どう見ても、キリエがすごいと思うんだけどねぇ』
「同感ですが、キリエ様がそうおっしゃるのでしたら、その通りなのでしょう。まあ、引き出してるのはキリエ様なので、すごいのは彼女もだと思いますが」
そうだ、とくま子さんが思い出したようにいう。
『キリエ。この廃教会が、一瞬できれいな建物になっちまったんだけど、何かあったのかい?』
ああ、外にいたくま子さんたちには変化が見えていたわけか。
水の指輪でブーストされた癒しの力で、建物が治ったところを。
『はー! 本当にすごいねえ。建物までなおしちまうなんて!』
しかし、神様ならこれくらいできてもおかしくはありません。
本当に、神様は素晴らしいお方です。
このような身に余る力を、おかしくださり、とても感謝しております。
『かーちゃん、人間って変だね。やったのどうみても、姉ちゃんなのに、自覚してないなんて』