46.キリエ神、魔王を驚愕させていた(無自覚)
《腐姫Side》
この世界には四大秘境というものが存在する。
七獄、妖精郷、人外魔境、そして奈落の森。
そう、キリエが住んでいる森もまた、世界からは、人の住めない魔境として認知されているのだ。
もちろん、キリエはそんなこと知らない。
たんに魔物のうろつく森くらいにしか思っていないのだ。
彼女は元田舎者で、両親を失ってからは、天導教会に拾われたのち、王都からほとんど出たことがない。
つまり、世間知らずなのだ。
それゆえ、四大秘境のこと、そしておのれが人の立ち入れぬ未開の土地にいることも知らないのである。
さて。
四大秘境の一つ、七獄。
この星の地下に広がる、巨大迷宮の総称だ。
大地の奥深くに、七つに分割されて、しかし特殊な門によってつながっている、ダンジョン。
七獄がひとつ、【等活】。
アンデッド系モンスターの徘徊する、まさに地獄といえるダンジョンの奥地……。
魔王がひとり、腐姫は、屍の山に座り、部下からの報告を聞いて、目をむいていた。
「嘘でしょ……? ありえないわ」
腐姫。見た目は普通の人間に見える。
灰色の髪に、青白い肌。
黒い瞳と、極東の和服に身を包んだ、美しい女だ。
しかし近くで見れば、彼女の外見が整いすぎてること。
そして、その額には縫い目のようなものがついてるのがわかる。
「冗談よね? 私の送り込んだ、亡者の群れが……一瞬で消し飛んだですって?」
こくん、と腐姫の部下がうなずく。
彼女が手づから作った亡者の大軍。
それを、奈落の森へ向けて、解き放ったのである。
「1000を超える亡者よ!? しかも、現世に強い恨みを持つやつらばかり! 見ただけで発狂し、触れただけで体が溶けて死ぬ! そんな亡者の群れを、いったい誰が!? どうやって消したって言うの!?」
腐姫の前に座っているスケルトンが、かたたた、と歯を動かして、報告する。
ずるり、と腐姫は屍の山から、ずり落ちそうになった。
「聖魔王キリエが……光の魔法で、一瞬で消し去った……?」
聖魔王。
最近この世界に生まれた、最も新しい魔王。
「ばかな……ありえないわ! この屍魔王、腐姫の加護を受けた亡者どもなのよ! 1000を超える大軍を……一瞬でですって?」
かたたた、と部下が応える。
「謎の光を浴びた亡者どもは、全員、安らかに消滅した……ですって」
正直、キリエのことなんて雑魚だと見下していた。
新しい魔王が、自分こそが魔王だと声高に、世界に宣言して見せた。
しかも、既存の魔王であるこの腐姫にことわりもなくだ。
むかついた。
だから、ちょっと懲らしめてやろうと思った。
まあ、ちょっとのつもりで殺してしまうかもしれないが……とも。
けれど結果はこれだ。
「聖魔王……キリエ! よくも私の顔に泥を塗ってくれたわね!」
他の魔王種どもは、おそらくこの件を認知しただろう。
腐姫が返り討ちになった、と思われてしまうのが、しゃくだった。
「次は、きちんとつぶしてあげるわ。キリエ・イノリ!」
とまあ、知らないうちに他の魔王を撃退したこと、そして恨みを買ってしまったことを、もちろん、キリエは知らないのだった。