04.森の長を治療する
ここから新展開です!
わたし、キリエ・イノリは王都を追放された後、奈落の森と呼ばれる、恐ろしい森に廃棄された。
しかしそこで出会った魔物を偶然、餌付けする。
すると彼らの言葉が理解できるようになり、わたしが聖魔王? とやらの生まれ変わりだと判明。
彼らの長に会ってほしいと頼まれて、わたしは森の奥へと進むのだった。
……っと、ここは……森の外?
大樹のモンスター、樹木王さんの口のなかを通った後、そこはさっきまでいた密林とは、別の場所にいた。
荒野、でしょうか。
木々は生えておらず、草の1本も見当たりません。
ひび割れた大地がどこまでも続いている。
『キリエおねえちゃーん』
くま吉くんと、お母さんのくま子さんが、のそのそと現れる。
ふたりとも、ここはどこでしょうか?
『ここは、かつて【楽園】と呼ばれた神聖な場所らしいさね』
らくえん……?
『あたいが生まれるずぅと昔のことさ。今あたいら魔物は、ここを【デッドエンド】って呼んでるけどね』
デッドエンド……ねえ。
どん詰まりって意味だったかしら。
『ここは大陸の端っこなのさ』
大陸の端……随分と遠くへやってきたものだ。
しかし、楽園と呼ばれてたにしては、随分と荒廃している気がする。
何があったのかしら……?
『さぁね。その辺は、長が一番詳しいと思うよ。あのお方があたいらの中で、一番長生きだからね』
長に聞けば、聖魔王のこととか、ここ楽園がデッドエンドって呼ばれるようになった理由もわかる、か。
くま子さん、長のもとに連れてってくれる?
『もちろんさ』
『じゃあおいらの背中に乗りなよ! お姉ちゃん!』
ありがとう、くま吉くん。
ということで、わたしはくま吉くんの背に乗って、デッドエンドの荒廃した大地を、えっちらおっちらと進んでいく。
旧楽園には、何もなかった。
乾いた大地がどこまでもどこまでも広がっている。
川があったらしい痕跡はあれど、水の一滴も流れていない。
こんなとこで人や魔物が暮らせるのかしら?
ややあって……。
わたしたちは、奇妙な建物の前に立っていた。
こ、ここは……教会、ですか?
『そうさ、ここの中に、森の長が住んでいらっしゃる』
何もない荒野にぽつんと、小さな教会が立ってる。
屋根は壊れ、壁にはひび割れや、蔦がまきついていて、廃墟にしか見えない。
でも、かろうじて教会の形を保っていた。
おかしいわ、周りに建物は全くないのに。多分風化してるんだろうけど。
この建物だけ無事なんて……。
『さぁ、キリエ。中へ』
わたしはうなずいて、くま吉くんから降りて、中に入る。
扉に手を置くと……。
ばたん! と扉が倒れた。
『『げほげほげほ!』』
す、すごいホコリ……体に悪いわ、こんなとこに住んでいたら。
『かーちゃーん、おいらたち中に入れないよぅ』
体がでっかいので、くま吉くんはつっかえてしまってる。
ぱたぱたと手足を動かすのは、なんだか可愛い。
『しかたないさ、ここは魔物の入る場所じゃないんだ』
そうなの?
『ああ。長はここに長く引きこもっているのさ。あたいも顔を見たことはないよ』
じゃあいつもは、どうやって長と会話するの?
『樹木王が、長の言葉を聞いて、あたいら森の民に伝えてくれるのさ』
ああ、なるほど……。
そうなると、わたしが中にひとりで、入ったほうがいいかしらね。
『すまないね、外で待ってるよ』
『何かあったら大声出しておくれよ! 壁を破壊してでも入ってくるからね!』
わたしのために体を張ってくれようとしてくれる。
とてもうれしいわ。
でも人様の家を壊すのは、よくないので、そこで待っててね。
『ふぁーい』
わたしは教会の中に一人はいる。
そこは礼拝堂だった。
いすも、照明も、壊れてる。
ステンドグラスも割れてるわ。
でも……。
神さまの像が、置いてある。
「ああ、ノアール様……」
この世界を創造した、神様のお名前だ。
創造の神、ノアール様。
私があがめ、祈りを捧げてきた、相手。
「旧楽園にも、ノアール様の像があるのですね」
そうだわ。
大神殿を追い出された後、神様へのお祈りを忘れていた。
私はひざまづいて、そして祈りを捧げる……。
そのときだった。
足元に魔法陣が出現し、光りだしたのである。
! これは……転移の魔法?
気づけば私は、知らない場所へやってきていた。
先ほどまでの、教会とはまた違う場所。
廃公園、とでもいえばいいのだろうか。
しかし庭には枯れた花が無造作に生えてる。
噴水も枯れていて、なんだか物寂しさを覚えるわ。
廃公園の中央には、巨大な毛玉が置いてあった。
なにかしら……この、大きなまんまるの、毛玉。
好奇心から、ぴたりと触ってみる。
濡れた雑巾のような、ちょっと不快な手触り……。
『だれ……ですか……?』
! 脳に直接声が届く。
これは、くま吉くんたちと同じ。
まさかあなた、魔物なの?
『げほげほ! ごほごほ!』
毛玉がゆっくりと、大きくなる。
それは……なんとも大きな、犬だった。
犬というか、狼かしら。
顔の形と、耳の形が犬っぽくない。
でも、なんだかとっても疲れてそう。
毛には張りがなく、耳もしっぽもたれている。
体は起き上がれないのか、ぐったりと地に伏せている。
毛におおわれた目が……しかし、大きく見開かれる。
『エレソン様!? エレソン様ではありませんか!?』
急に毛玉のわんちゃんが体を起こして叫ぶ。
ど、どうしたのかしら? エレソン……? だれ……?
『いや、聖魔王様は……もう死んで……げほっ! ごほ! ごほぉ!』
わんちゃんがせき込むと、口から大量の血が噴き出た。
!た、大変だわ!
すぐに治療を!
『げほげほ! だ、だいじょうぶ……です。私は……もう……年老いた……』
はあはあ、と辛そうに息をする、わんちゃん。
たしかに見るからにおじいちゃんだけど……。
『はは……エレソン様……うれしいです。最後に、貴女にあえた……』
そんな! しっかりして!
あなたはまだ死んではいけないわ!
死んでしまったら、大勢の森の民が悲しんでしまう!
わたしは跪いて、神様に、お祈りをする。
お願いします、どうか力を、お貸しください。
どうかこのわんちゃんを、癒して差し上げてくださいませ。
するとわたしの体から、聖なる光があふれ出る。
聖女の持つ癒しの力だ。
しかしなんだろうか、いつもよりも光が強い気が……。
ピカァアアアアアアアアアアアアア!!!!
きゃあ! な、なんてまばゆい光なの……?
目が明けてられないわ……!
しかしそんな光は、すぐに収まる。
するとそこには、美しい、白い髪を持つ、男の人がいた。
「信じられない……失われていた力が、戻っています」
ど、どちら様でしょうか……?
さっきの可愛いわんちゃんは、いったいどこへ?
すると白髪の美青年は、わたしに尋ねてくる。
「あなた様が、私を治療してくださったのですね」
え、え?
だ、誰でしょう……?
「大変失礼いたしました」
ぽん、と白髪の美青年は、大きな白いワンちゃんに変化したのだ。
さ、さっきのわんちゃん、ですか?
『そうです。ですが、犬ではございません。私はフェンリル』
フェンリル!
たしか、大昔にいたという、伝説の獣だわ。
『聖魔王様から、【犬神将チャトゥラ】の名前ととともに、奈落の森の守護を任せられてるものです』
チャトゥラ……可愛い名前だわ。
彼は人の姿に戻ると、跪いて、深々とお辞儀する。
「死に瀕している私を、助けてくださり、ありがとうございます、聖魔王様」
チャトゥラさんは、私に向かってそういう。
聖魔王……いえ、わたしは天導教会所属の聖女、キリエ・イノリと申します。
「なるほど……やはり、あなた様は聖魔王エレソン・イノリ様の生まれ変わり」
! さっきから出ていた、エレソンというのは、噂の聖魔王様のことだったのね。
血縁……ということは、子孫ってことかしら。
「その強大な聖なる力、そして、この場所に来れたことが、あなた様が聖魔王様の生まれ変わりである何よりの証拠」
つつぅ……とチャトゥラさんは涙を流し、わたしを見上げる。
「このチャトゥラ、再会できたこと、心から、うれしく思います」
よくわからないけれども、失われそうになっていたわんちゃんの命を、助けることができたわ。
ありがとうございます、ノアール様。あなた様のお力のおかげです。
わたしは一人静かに、祈りを捧げるのだった。