27.愚かな王子は、父から激怒される
《モーモックSide》
キリエがしゃべれるようになった、一方そのころ。
獣人国ネログーマ、王都エヴァシマにて。
キリエを理不尽に追放した王太子モーモックは、獣人国の救世主キリエを不当に追放した罪で、逮捕されていた。
モーモックは拘束された状態で、面会室へと通される。
「ち、父上!」
彼の父、クローパッパ=フォン=ゲータ=ニィガがそこにいた。
クローパッパは天導教会のイオン司祭(キリエの上司)とともに、獣人国へと訪問していたのである。
獣人国から、ゲータ・ニィガへと、王太子が逮捕されたという知らせを受けてだ。
「ち、父上! 聞いてください! 誤解なんです!」
「誤解……?」
クローパッパ国王は静かに問い返す。
いちおう、息子の言い分は聞いてやろうということらしい。
「僕はただ! キリエを追放しただけなのです!」
「…………」
クローパッパは眉間にしわをよせ、イオン司祭はあきれたようにため息をつく。
「聖女キリエは、わが国の宝である聖女ハスレアをいじめた。それは許されざることだ! だから追放した。そのあとのことは一切関与してない! 本当だ!」
本当は、キリエを追放した後、奈落の森に置き去りにしたのだが。
それは自分がやってないと、うその主張をしたのである。
「もう、良い。それ以上口を開くな馬鹿息子が」
「…………は?」
突然の暴言に、モーモックは戸惑う。
そんな息子のそばに行き……。
「この、大馬鹿ものがぁあああああああ!」
父親は強くこぶしを握って、モーモックを殴りつけたのだ。
ばきぃ!
「ぐええええええええええ!」
あまりに強く殴ったことで、クローパッパのこぶしからは血がにじんでいた。
一方モーモックは今ので前歯が折れてしまった。
整った顔のモーモック王太子だったが、前歯が砕け散ったことで、間抜けな印象を与える。
「馬鹿者が! 聖女キリエを追放しただと? 貴様は国を亡ぼす気か!!!!!!!」
クローパッパは本気で怒っていた。
しかし当の息子は、なぜここまでキレてるのかわからない始末。
「馬鹿! 貴様は王太子のくせに、何を見ていたのだ!」
「え? え? ち、父上……?」
何を怒ってるのだろうか。
「た、たかが欠陥聖女ひとりくらい、追放したところで……」
「それ以上の侮辱は、われらが教会を敵に回しますよ」
「イオン司祭……」
イオン司祭は、柳眉を逆立てながら、静かに怒りをあらわにする。
「聖女キリエは、わが天導がほこる、最高の聖女です」
「そ、それはハスレアだろう!?」
「いいえ、あの聖女は並みの実力しか持っておりません。抜きんでた才能を持つ、最高の聖女はキリエただひとり」
「そ、そんな……並み? ハスレアが……?」
神に仕える天導の司祭が、嘘をつくわけがない。
だから、イオンがのべたことは真実なのだ。つまり……。
「本当にじゃあキリエのほうが……上?」
だとしたら……。
「は、ハスレアが嘘を……?」
ハスレアは言っていた。
自分の実力をねたんだキリエが、ハスレアに意地悪したのだと。
しかし実際の力はキリエのほうが上。
キリエが嫉妬するわけがない。
「ハスレアは人気の高い聖女キリエが目障りだったのでしょう。ゆえに、彼女を王都から追い出すべく、王太子に近づいたのです」
「そ、そんな……ハスレアが……?」
にわかには信じられなかった。
イオン司祭がため息をついて、水晶玉を取り出す。
「これは音声を記録する魔道具です」
そういって、水晶玉に魔力を通す。すると……。
『そうよぉ、あたしが王太子をだましてやったのよぉ!』
ハスレアの声が聞こえてきた。
だますと、はっきり彼女は言っていた。
『あの馬鹿王子を使えば、目障りな女を追放できるって思ってさぁ! あたしが色目使ったらコロッと騙されてやんの! ばーか!』
……なんだ、この聞くに堪えないセリフは。
でも声はハスレアだ。どうして……?
「天導の秘術、【開心術】を使いました」
「開心術……?」
「はい。天導に仕える聖職者のみ使用できる秘術です。規律違反をおかした聖職者にかけることで、彼らの嘘を暴くことができます」
つまりハスレアは、秘術で嘘が付けない状態になったということだ。
『だしてくださいよぉイオンさまぁん。あたしが好きなのはあなた様だけなのぉう。王子なんてただ利用してやっただけなのぉ!』
……そんな。
そんな……。
「ぼ、僕のこと、好きって……あれも、嘘だったのか……」
ようするに、悪女にいいように騙されてしまったのである。
「まあ、だからといってあなたの罪は消えません。聖女キリエを奈落の森にとりのこし、殺そうとした罪は」
「本当に……本当に愚かものめえ! この、この!」
クローパッパは何度も息子を殴りつける。
司祭が暴いた嘘が、すべて真実ならば……。
モーモックは、天導の重要人物であるキリエを追放しただけでなく、殺人未遂を犯したことになる。
「聖女キリエは王都防衛のかなめ! 彼女がいなくなった今、ゲータ・ニィガにモンスターが襲ってきてみろ? 一瞬で壊滅するぞ! 貴様は国を亡ぼす原因を作った罪人として、処刑してやるからな!」
「そ、そんなぁあああ!!!!」
モーモックは泣きわめきながら、父親に縋り付こうとする。
「いやですぅ! 父上ぇ! 僕は死にたくありませぇん! どうか、助けて! 御慈悲をぉお!」
はぁ……と父親が深々とため息をつくと、モーモックに向かって言う。
「それでは、聖女キリエを今すぐ連れ戻してこい! 土下座してでも、あのお方を連れて帰るのだ! そうすれば死刑だけはゆるしてやる!」
死刑……だけ?
なんだそのいいかたは。
「殺人未遂、および聖女を追放した罪は、たとえキリエ様がもどってきてくださったとて、許されるものではない。貴様は王位継承権をはく奪したうえ、国外追放とする!」
「そ、そんなぁああああああ!」
キリエを連れ戻せなかったら、死罪。
キリエを連れ戻せたとしても、王子ではなくなり、国外追放。
「どっちみちひどい目にあうんじゃないかぁああ!」
「当然だ馬鹿者!!!!! 貴様は、もっと犯した罪の大きさを自覚しろ! この馬鹿息子! ああもう産ませるんじゃあなかった、こんな愚図を!」
父親からの、最大級の罵倒の言葉に、モーモックは情けなく涙を流す。
そんなこと言われたら、子供が泣くのは当然だった。
「さっさと奈落の森へ赴き、聖女キリエ様に戻ってきてもらえ。貴様に見張りをつけるから、逃げても無駄だぞ」
「監視役として、私も同行いたします」
イオン司祭もついてくるようだ。
モーモックはぐすぐすとなきながら……。
「わかり、ましたぁ……なんとしても、キリエを連れてきます。だから、どうか……死罪だけは、ご勘弁くださいぃい……」
クローパッパ国王は、疲れたようにため息をついた後……。
「いいからさっさと行ってこい。いいか、絶対に連れて帰ってくるのだぞ? 失敗は許さぬからな!」
「はいぃ……わかりましたぁ……誠心誠意、謝ってまいります……。キリエを必ずや、連れてきます」
「様をつけんかこの馬鹿者!!!!」
こうして王子は自らの過ちに気づき、死罪を回避するため、イオン司祭とともに奈落の森へ向かうのだった。
だが、残念ながら、彼女が戻ることは決してない。
なぜならもう、新しい場所で、新たな決意を胸に、魔物達の王となってるのだから。