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24.暴虐竜を圧倒する聖女



 わたしは北の山脈にいるという、暴虐竜アニラさんに会いに来た。

 彼? 彼女……? いや、暴虐なんてついてるから、彼かしら。


 おれさまとかっていっていたし。絶対男の子よね。

 さて。


 アニラさんがどんな見た目をしてるかというと……。

 血のように鮮やかな赤色のうろこをした、超巨大な竜だ。


 見上げないとアニラさんの顔が見えないほどである。

 背中からは船の帆のように大きな翼が一対生えている。


 でも今は窮屈そうに、翼が折りたたまれていた。

 鮮血のうろこに、そして翡翠の瞳。


 二足で立つその姿からは、見る物を震え上がらせるほどの、強者のオーラが感じられるわ。


『貴様だな! そこのちび女!』


 ……わたしでしょうか?


『そうだ! エレソンの領域に突如として現れた、魔王は!』


 ま、魔王……?

 大昔、たしか魔族を率いて人間と戦った存在、魔王がいたと聞いたわ。


 でも、違うわ。

 わたしは天導教会てんどうきょうかいの聖女、キリエ・イノリ。


『聖女……? ふざけるな! そんな身体から、莫大な量の魔力を垂れ流しておいて!』


 魔力……?

 そんなものがわたしの身体に?


『とぼけるのもいい加減にしろ!』


 ごおぉ! とアニラさんの身体から、すごいプレッシャーを感じる。

 大気がビリビリするほどの、何か大きな力を感じるわ。


『ぴゅぅう……こわいよぉお……』『こわいー』


 ……スラちゃんたちが、おびえてるわ。

 どうか、怒りを収めてくれないかしら?


『黙れ! 貴様は我が【友】の領地に、土足で踏み入った侵入者だ!』


【友】……?

 アニラさん、友って誰のこと?


『今から死ぬ貴様には関係の無いこと!』


 アニラさんが口を開き、そこに何か力が集まっていく。

 灼熱の炎が彼の口のなかにあふれて……。


 そのまま、炎の塊を、打ち出してきた。

 ドッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 ……すごい爆発だわ。

 振り返ると……。


『んもー。洞窟の壁に、あなあけないでよー』


 土の精霊ノームさんの言う通り……。

 ここは、洞窟の奥深く。


 けれど、壁に大きな穴が開いていた。

 そこから、外がのぞけるほどである。


 すごい大きく、そして深い穴を開けるなんて……。

 さっきアニラさんが吐き出した炎には、それくらいの威力があったってことだわ。


『森から失せろ、魔王。次は当てるぞ……!』


 ……いいえ、アニラさん。

 わたしはこの森から立ち去るわけにはいかないわ。


『ほぅ……? 死にたいからか?』


 いいえ。

 わたしは決めたの、聖魔王になると。


『!』


 くわ……とアニラさんの目が大きくむかれる。


『聖魔王……だと……』


 ええ。

 エレソン様の代わりに……。


 アニラさんは、黙りこくる。

 ……そして、先ほどとは比べものにならないくらいの、殺気を込めて言う。


『もうわかった。おまえは殺す。確実に殺す。我が友を、守るため……!』


 友……。

 さっきからアニラさんは、友と繰り返してる。


 話し合いましょう。

 あなたは何か大きな誤解を……。


『黙れ。死ね!』


 アニラさんは口を大きく開く。

 先ほどと同じ炎の塊を……、今度は圧縮していく。


『ぴゅぅうう……やばいい……』『あれくらったらしぬー』


 ぐーちゃん、スラちゃんがおびえてる。

 多分アニラさんはわたしを本気で殺そうと、攻撃を放とうとしてるんだわ。


 ……しかたない。

 神様、お力をおかしください。


 どうかこの子らを守るために。


『くたばれぇえええええええええええええええええ!』


 ビゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!

 口から放たれた熱線。


 それも超圧縮された炎の一撃。

 灼熱の波動は地面と天井を溶かしながら、一直線にわたしに向かってやってくる。


 ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


『ふん……不埒物が。聖魔王になるだと。ふざけるな。あいつはまだ』


 あいつって誰ですか?


『な、なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?』


 ドロドロに溶けた地面の上に、わたしたちは無傷で立っている。

 わたしの周りには聖なる結界が張られており、スラちゃんもぐーちゃんも、ノームさんも無事である。


『ば、馬鹿な!? 暴虐竜のブレスだぞ!? 神威鉄オリハルコンすら紙のようにつきやぶり……古竜も一撃で殺すブレスを受けて、なぜ無事なのだ!?』


 単純なこと。

 神様が、わたしを守ってくれたからです。


『何を訳のわからないことを!? 死ねぇえ!』


 またしても、アニラさんがブレスを放ってくる。

 だが神様の結界に防がれて消える。


 暴力は何も解決しません。

 話し合いましょう。


 教えてください、あなたはどうして怒ってるのです?

 あなたは、なんのために暴力を振うのですか?


『黙れ! 突然友が統べる森に現れ! 聖魔王の座を奪おうとする侵略者と! 話し合う余地などありはしない!』


 ……友が統べる、森?

 聖魔王の座を奪おうとする?


 ……まさか。

 わたしはぐーちゃんとスラちゃん、そしてノームさんを地面に下ろす。


『ぴゅい? どうしたの』


 今から、アニラさんの近くにいきます。


『ぴゅー! し、死んじゃうよ!』

『そうだぞぉ。今、やつは封印されてて外に出れない。みてぇ』


 ノームさんが鼻で指す。

 たしかに、アニラさんを覆うように、半透明の大きなドームが存在する。


『あの封印のおかげで、アニラは外に出れないの。攻撃も、威力が半減してるの。でもー。結界のなかにはいったら、アニラは本気でころしにくるよー?』


 ……そうなのね。

 でも行くわ、わたし。


『ぴゅいぴゅ! だめー!』『だめー』


 大丈夫だから、ふたりはこの結界のなかにいてね。


 わたしは一人結界を出る。

 むわり、と熱気が伝わってくるわ。


 一方でアニラさんはわたしをにらんでいる。


『なんだ貴様! 何をするつもりだ!?』


 わたしは、アニラさんを閉じ込めている封印の前に立つ。

 ……封印っていっても、単純な結界だ。


 結界に触れようとする。


『馬鹿が! それは我が友が作りし結界! 誰も通り抜けることなど不可能!』


 ああやっぱり……。

 すべて、理解したわ。


 わたしは結界にふれ、そのまま……中に入った。


『な、なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?』


 わたしはアニラさんの目の前までやってきた。


『あ、ありえない……この結界は……だって……』


 この結界は、あなたのお友達……聖魔王エレソン様が張ったものなのね?


『!? な、なぜ……友が、エレソンだと……?』


 セリフの端々から伝わってきたわ。

 そっか……あなたがどうして、よそ者であるわたしを、排除しようとしたのかもわかった。


 あなた、この森を守ろうとしたのね?


『ほえー? どういうことー?』


 ノームさん、おそらくアニラさんは、急に力を付けて森に帰ってきた、わたしを外敵だと思ってるの。


『そ、そうだ! 異常なまでの魔力! どう見ても魔王! わが友である、聖魔王エレソンから、森の支配者としての座を奪いに……』


 そんなことしないわ。

 だって……。


 だって、エレソン様は、もう、遙か昔にお亡くなりになられてるのだから。


『な!? ば、ば、馬鹿な!? エレソンが……死んだ? そんな……ありえない……なんで……?』

『んー? どうして驚いてるのー?』


 ノームさんが不思議がってる。

 多分だけど……アニラさんは、知らないのよ。


 外では、もうすごい時間が経ってるってことに。

 ここに入ってわかったわ。


 この洞窟の中と外じゃ、時間の流れが異なるんだわ。

 どういう理屈かはわからないけども。


『じゃあ……アニラは外で、すっごい時間が経って、もうエレソンがいないってことに……』


 ええ、気づいてなかったの。

 それで、わたしが外敵としてやってきた。


 暴れていたのは、エレソン様に教えるつもりだったのね。

 敵がきたぞって。


『そ、そうだ……おれさまは魔力の探知能力がある。強大な魔物がエレソンの平和を脅かそうとしていた……だから……敵がきてると教えようとしたし、敵がのこのこ乗り込んできたから……』


 ……アニラさん。

 違うの。


 もう、エレソン様は死んでるの。

 わたしは彼女の意志を継いで、この森の長……聖魔王になる決意をした、二代目聖魔王キリエ・イノリ。


 わたしは聖遺物である、水の指輪と、聖魔王の祈祷書をアニラさんに見せる。

 アニラさんはそれらを見て、声を震わせながら問うてきた。


『本当に……エレソンは、死んだのか?』


 ええ。

 遠い昔に。


『……………………そうか』


 ずずずぅん……とアニラさんがその場に、へたり込んでしまう。

 その目から大粒の涙がこぼれおちた。


『うう……エレソン……なんで……何で死ぬ……? うううう、うおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおん!』


 アニラさんが悲しくて涙を流す。

 友達の死を悲しむなんて、とても、心の優しい人なのね。


 わたしは死を悼むアニラさんの姿から、どうしても、この竜が悪い竜には見えなかった。

 アニラさんに近づいて、そのうろこに触れる。


 じゅううう……と肌が焼ける。

 うろこは灼熱のように、熱い。


 でも大丈夫。

 わたしは、アニラさんのうろこをなでて、慰めてあげる。


『……エレソン?』


 ふと、アニラさんがわたしを見て、そうつぶやいた。

 亡き友の面影を、わたしに重ねているのだろう。


 わたしはエレソン様ではありません。

 あなたの友は死んでしまい、もう生き返ることはない。けれど……。


 あなたの、友を守ろうとした気持ちは、きっと、神様の元にいるエレソン様に、きっと届いてるわ……。


『エレソン……そうか……おまえ……死んで、しまったんだ……』


 ぐすぐすと涙を流すアニラさんの頭を、ずっと、わたしは撫でてあげた。

 ややあって、アニラさんは泣き止む。


『すまなかった。二代目。おれさまの早とちりだったようだ』


 ぺこり、とアニラさんは頭を下げてくる。

 いいのよ、気にしないで。


『でも……わたしは敵でもないおまえを傷つけた。その手も……おれさまの灼熱のうろこに触れて、やけどを……』


 大丈夫、ほらみて。

 神様のお力で、もうすっかり治ってる。


『……どうして、おまえはおれさまに笑顔を向ける? 殺そうとしたんだぞ?』


 誤解だったじゃない。

 それに、あなたは理由なくわたしを殺そうとしたのではなく、友を守ろうとしただけ。


『なんて……心が広いんだ。おまえは……まるで、エレソンのようだ』


 そう、立派な人だったのね、エレソン様は。


『ああ……いいやつだった。ほんとに……いいやつで……だから、なんで……死んで……うう……おれさまは……もう、生きる理由が……ないよ』


 また涙を流そうとするアニラさんに、わたしは説法する。

 生きる理由がないなんて言わないで。


 天に召したエレソンさんが、今のあなたを見たら、きっととても悲しむわ。

 死者が生き返ることは決して無い。

 

 死んだ人への最大の供養は……。

 毎日、笑顔で、元気に過ごすことだと思う。


 そうすればきっと、天にいるエレソン様も、喜んでくれるわ。


『そうか……そうだな……おまえの、言う通りだ』


 そのときだった。


「キリエ様ああああああああああああああああああああ!」


 チャトゥラさんが、全速力で、洞窟内へと入ってきたのだ。


「! 結界の中にキリエ様が!? いったい何が……?」


 チャトゥラさんを見て、ぐーちゃんが言う。


『キリエが、あの馬鹿でかいドラゴンとたたかって、かったの!』

「! アニラを!? そ、そんな……」


 チャトゥラさんが近づいてきて、わたしと、そして頭を下げたままのアニラさんを見て、感心したようにつぶやく。


「さすがキリエ様。最強の守護者たるアニラを、たやすく屈服させてみるとは!」


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[気になる点] 天に召したエレソンさんが・・・ 天(に→が)召したエレソンさんが・・・ 天に召(し→され)たエレソンさんが・・・
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