22.愚かな王子は、獣人国で逮捕される
《モーモックSide》
聖女キリエが、自分の国へ帰ってから数日後の出来事だ。
キリエを追放した、ゲータ・ニィガ王国の王太子、モーモック。
彼は現在、憤慨しながら、獣人国ネログーマへとやってきた。
「おい女王、貴様! おれの大事な女を返せ!!!!!!」
獣人国王都、エヴァシマ。
王城にある、謁見の間に、モーモックが入ってくる。
女王メインクーンは、モーモックを見るなり目を剥く。
彼女の前には新しい財務大臣がいて、打ち合わせの最中だったのだ。
「あなたは……たしか、ゲータ・ニィガの王太子……」
「そうだ! おれはモーモック! ここに聖女ハスレアが捕らわれてるだろう? ふざけたことしやがって……!!!!」
ハスレアが逮捕された件については、ゲータ・ニィガにある、天導教会の大神殿宛に通達してある。
それを聞いたモーモックは、憤り、こうして獣人国へやってきた次第だ。
「おれの女を理由も無く逮捕するとは無礼千万!」
ゲータ・ニィガ王国と、獣人国ネログーマは、隣国同士だ。
それなりに仲良くやっている、いわば友好国といえる間柄だ。
しかしモーモック王太子は今回の件で大変怒っていた。
一方で女王は実に冷静だ。
「確かに、理由も無く逮捕するのでしたら、無礼どころの騒ぎではありませんね」
「そうだろう!?」
「しかし彼女……聖女ハスレアは、我らに対して非道を働きました」
「非道だと? はっ! バカ言うな。ハスレアは最高の女だ。人格に優れ、優しく、それでいて誰よりも強い聖なる力を行使する! 彼女以上に聖女にふさわしい人物が、この世にいるわけがない!」
モーモックはハスレアを愛するがゆえに、少々……視野狭窄を起こしているのだ。
だからハスレアが最高の女だと、思い込んでいるのである。
女王はため息をつくと、静かに語る。
「聖女ハスレアは、二つの愚行を犯しました。一つは結晶病の治療と称し、我らから多額の治療費を、長きにわたり要求してたのです」
「ふん! 最高の聖女が治療してるのだ。金がかかって当然だろう? それの何がオカシイ?」
どうやらモーモックは、ハスレアが最高の治癒術師だと信じて疑っていないようだ。
「いえ、彼女は最初から私の結晶病を治せないと分かっていた上で、延命治療をして、国の金を吸い続けてきたのです」
「は……?」
モーモックは唖然とする。
「どういうことだ……?」
すると新しく財務大臣になった男が言う。
「女王陛下は長く、結晶病という、四肢の末端から結晶になっていく奇病に侵されていたのです。聖女ハスレアは、その治療のために何度もここへ来ては、治療費をせびってきたのです」
「な、なんだと……? 本当か?」
「はい。聖女ハスレアでは女王陛下の病を治すことはできず、現在に至ったのです」
「ばかな……ハスレアが、治せないなんて……嘘だ……あいつは、最高の聖女なんだぞ……」
どう見ても、女王は病気しているようにはみえない。
手指は人のそれだ。
「我らも諦めておりました。聖女でも治せないのだと……しかしそこへ、救世主が現れたのです」
大臣、そして女王の瞳に、希望の光が灯る。
よほどその人物を信頼してるように思えた。
「救世主だと……? 誰だ?」
「キリエ神様で、ございます」
「は………………………………?」
今……
大臣が、妙なことを言った。
キリエ……神?
キリエ……。
「キリエだとぉ……!!!!!!!」
自分が国外に追放した、欠陥聖女である。
彼女が生きてるはずがないのだ。
「はい。聖女にして女神、キリエ神さまが先日ここへ訪れ、女王陛下を治してくださったのです」
先日!?!?!?!?!?!?
「ば、馬鹿な! なぜあいつが……生きている……!?」
……と。
思わず口を滑らせてしまった。
それがどれだけ、失言だったのか……。 後になってモーモックは気づく。
女王は今の王太子のセリフに、美しい眉をひそめる。
「なぜ……生きてる? ですって……。どういう意味ですか?」
「だってやつは…………………………ハッ!」
しまった。
キリエを追放し、その後、罠に嵌めて奈落の森に置き去りにしたことは……誰にも秘密にしていたことだった。
なぜなら、奈落の森は通称死の森。
一度入れば生きては帰れぬ場所。
そこにか弱き女を捨ててきたとなれば、殺人と同義である。
「あ、いや……」
「……まさかとは思いますが、モーモック王太子殿下。あなたは……」
「ち、違うぞ! おれは何も知らない!」
そのときだった。
「それは嘘です!」
ばんっ! と扉が開いて、メインクーン女王の娘、ミヌエットが入ってくる。
王女はモーモックに近づいて、指を突きつけてきた。
「キリエ様から聞きました。あなたに、奈落の森に置き去りにされたと!」
「なっ……!?」
どうしてこの王女がそれを知ってるのだろうか。
「私はこないだ聞いたのです。彼女がうちに泊まったときに。……よくも、私の大事な友達で、我が国の救世主を……殺そうとしたな!!!!」
ミヌエットは完全に憤っていた。
それは大臣、そして女王も同じだった。
尻尾と髪の毛を逆立てて、モーモックを威嚇する。
獣人の放つ怒気に、思わず気圧されてしまうモーモック。
「ち、ちが……違う……! お、おれは……おれはそんなこと……」
「ではなぜ、ゲータ・ニィガの聖女であるキリエ様が、奈落の森にいたのですか? お答えください」
「そ、それは……それはぁ……あいつがぁ……勝手にぃ……」
「死の森に、好んで行くものが、どこにいるのですかっ!!!!」
ミヌエットの言うとおりだ……。
正常な人間ならば、魔物うろつく森へと行かないだろう。
ようするに、誰かが故意に、森へ置き去りにしたのだ……。
誰が?
先ほどの王太子の失言から、獣人達は確信を得ていた。
この愚かな王子が、キリエを殺そうとしたのだと。
「い、いや! 待て……! あいつが嘘を言ってるかもしれないだろう!」
「ありえません」
女王がきっぱりと否定する。
「なぜそう言い切れるっ?」
「彼女の素晴らしい行いを、この国の全員が、目撃してるからです」
獣人達は理解してるのだ。
キリエが、嘘をつく人ではないと。
無償で病を治し、国と国民に祝福をさずけた……。
「あの方こそ、世界最高の聖女。キリエ神として、この国ではあの素晴らしい人物を、崇めることにしたのです」
「キリエ神……」
「ええ、あの方はまさしく、地上に降り立った女神なのです」
全員が、確信を持ってうなずいていた。
……つまりだ。
「モーモック王太子。あなたは、我が国の救世主にして、神を、故意に傷つけようとした。到底、看過できることではありません。捕らえなさい」
「な、な、なんだそれは! ふざけるな!」
獣人兵士達が近づいてくるも、モーモックは彼らをにらみつける。
しかし獣人達は素早く動くと、モーモックを捕縛した。
「ぐぅう!」
「今回の件は、ゲータ・ニィガ国王……あなたのお父様に報告させていただきます」
さぁ……とモーモックの血の気が引く。
「ま、待て! 父上には言う必要はないだろう!?」
王太子が殺人未遂をしたなどと知られたら、父親に怒られてしまうだろう。
だが女王は発言を撤回するつもりはないようだ。
「この愚かな王子を、偽の聖女と同じ牢屋にぶち込んでおきなさい。裁きは……国王が来てから」
「や、やめろぉお! 離せ! 離せぇえええええええええ…………!!!」
しかし、モーモックは獣人の腕力には勝てず……。
牢屋に捕まってしまう。
そしてゲータ・ニィガ国王に、この知らせが伝わるのだった……。
彼らの転落は、始まったばかりである。