19.偽の聖女は、獣人女王を治した聖女に嫉妬する
《ハスレアSide》
聖女キリエが、獣人国女王のメインクーンの病を、治療した……翌日のこと。
一台の馬車が、獣人国ネログーマに向かっていた。
馬車の中には、キリエ追放を王太子に頼んだ元凶聖女、ハスレアが乗っている。
「あー、だっるぅい。遠すぎるのよ獣人国……」
ハスレアが文句をつくと、付き人の新米シスターが尋ねてきた。
「ハスレア様。獣人国になぜ向かわれるのですか?」
「あん? ああ、あんた新人だったわね。女王の延命治療に行くのよ」
「延命治療……ですか? 根本からの治療ではなく?」
「そう。しょうがないのよ、女王は結晶病っていう、不治の病にかかってるんだから」
結晶病。
体が徐々に結晶化していく奇病だ。
これにかかると四肢の末端から結晶となっていく。
体にはそれに伴い激痛が走るのだ。
「そこであたしの出番ってわけ。治癒の光で痛みを和らげ、進行を遅らせるの」
「治せないのですか?」
聖女なのに、と驚く新米の態度が、むかついた。
ハスレアを侮ってる、そう感じたからだ。
ハスレアは新人シスターを蹴飛ばす。
「きゃっ!」
「ぺーぺーのぶんざいで、あたしを馬鹿にすんじゃないわよ!」
げしげし、とシスターを足蹴にする。
「し、してません……ただ、ハスレア様のお力なら、治せるものかと」
「は! 無理ね無理。歴代最高の聖女である、このハスレアが無理なんだから、世界のだれにでも、結晶病は治せないのよ」
まあ、治せるのだが。
ハスレアはキリエの治療する姿を見たことがないのである。
ややあって。
ハスレアとシスターは、獣人国王都エヴァシマまでやってきた。
王城へと馬車を止めて降りる……。
近くにいた兵士に、ハスレアは笑みを向ける。
「どうも、王国から派遣されてきました聖女ハスレアです。女王陛下の往診に来ました」
すると兵士が、なんとも気まずそうな顔になった。
どういうことだ、と首をかしげてると、すぐに上司がやってきて、城の中に通される。
……そして、ハスレアは女王謁見の間へと通された。
「い、今……なんて?」
女王が、実に申し訳なさそうに言う。
「連絡が遅れてごめんなさい、ハスレア様。もう病気は、治りました」
「は、はぁああああああ!? な、治ったぁああ!?」
目の前にいる女王は、健康そのものだ。
以前は四肢の結晶化にともなって、血の巡りが悪くなっており、顔色がとても悪かった。
でも今はどうだろう、頬には赤みがさし、そして何より自分で起き上がれている。
本当に治ったようである……。
「治ったのはつい昨日だったのです。王国へはふくろう便で知らせたのですが、行き違いになってしまったのでしょう。大変申し訳ないことをしました」
ハスレアがいた国ゲータ・ニィガからここネログーマまでは、馬車で数日かかる。
ゆえに、フクロウ便が出たときには、もう彼女も王国を出発していたのである。
「は、き、昨日!? ど、どうして急に治ったの!?」
治る見込みのない、病気だった。
ハスレアは直接診たし、治療を試みたことがあるから、わかる。
絶対に治るはずがなく、延命治療しかできなかったはずだ。
それが治るなんて、ありえない!
「治してもらったのです」
「…………………………はい?」
今、ありえないセリフが女王から聞こえてきた。
「な、何かの聞き間違いかしら? 治してもらった?」
「はい。とても優秀な聖女様に」
「聖女ですって!? 誰よ! アタシより実力が上の聖女なんて、いるわけない!」
しかし、女王は言う。
「聖女キリエ様に、治してもらいました」
……は?
はあ?
「はぁああああああああああああああん!? キリエぇえええええええええええ!?」
お、おかしい……馬鹿な!
キリエは、王太子が闇に葬ってくれたはず!
もうこの世に存在しない女が、なぜ!?
「う、嘘つくんじゃあないわよ!!!!!」
ずんずんとハスレアは女王に近づく。
おつきの兵士たちが止めようとするのをかいくぐって、女王の腕をつかむ。
「な、なにをするのです!?」
「嘘よ! 結晶病が治るわけないんだから! ほら、見せなさいよ! どうせあたしと一緒で、延命治療しかできないはずなんだから!」
ハスレアが女王の手袋を取り、服の裾をめくってみたところ……。
「治ってるですってぇえええええええええええええええええ!?」
メインクーン女王の腕は、きれいに治っていた。
結晶病は四肢の末端から進んでいくはず。
腕が治ったのならば、もうほかの結晶化も解消されてることだろう。
「ば、ばかな……! そんな……どうして!」
「無礼者!」
兵士たちがハスレアを組み伏せる。
「ちょ! なにすんのよ! 無礼者はあんたらでしょ!? こっちは聖女なのよ聖女! しかも教会最高の実力を持つ聖女ハスレアなのよ!」
しかし女王は冷たく、ハスレアを見下ろす。
「ハスレア様……先ほど、おっしゃりましたよね?『延命治療しかできないはず』と」
「そうよ!」
「おかしいですね……あなたは我々から、治療費として、多額の金を要求していましたよね?」
あ、とハスレアは自分の失言に気づいたようだ。
「あなた、おっしゃりましたよね? 『治せるよう、全力を尽くす。ただ高度な治療になるため、多額の金が必要になる』、と」
「あ、ああ……」
「頑張れば必ず治るともおっしゃってました。それが……延命治療? あなたは、最初からこの結晶病が治らないと、わかってて治療に臨んだのですか? 治そうとしたのではなく、最初から寿命を延ばす目的の治療を? 長く延命させて、治療費をだまし取るために?」
……そのとおりだった。
最初の往診で、もうこれが治らない病気(治せないの)だとわかっていた。
延命治療ってことにすると、『聖女ハスレアは病気を治せなかった』と、世界最高の聖女の名前に傷がつく。
そこで、根治ではなくずるずると延命させて、状態が悪化して死んだときは、責任を誰かに適当になすりつけて、ブランドを守ろうと思っていたのだ。
『もう少しで治るところだったのだが、誰かのせいで死んでしまった』と。
「……最低」
ぼそ、と同行していた新米シスターが、ハスレアに蔑んだ目を向ける。
女王も冷たいまなざしで見降ろしていた。
「ち、違う! 違うの! 決してだましてたわけじゃないわ! もうちょっとで、あたしは治せるところだったのよぉ! ほんとよぉ! だましてなんかないのよぉ!」
わあわあと喚き散らすハスレア。
確かに、治療の途中である可能性もなくはない。
しかし。
「あなたはさっき、明確に延命治療とおっしゃりましたよね?」
「そ、それはぁ……」
「治す自信がなかったのでしょう? 最初から」
……そのとおりだった。
「……もういいです。たしかにあなたのおかげで、延命できた。キリエ様に出会うまでの時間稼ぎにはなったので」
時間、かせぎ?
キリエに会うまでの……?
なんだ、それは?
「ふ、ふざけんじゃないわよ! それじゃ、あたしはキリエの踏み台みたいじゃないのよ! あんなブスの! あんな出来損ないの欠陥聖女なんかより、あたしのほうがすごいんだから!!!!」
メインクーンをはじめとした、獣人たちがみな、不愉快そうに顔をゆがめる。
彼らはみな、不治の病を一瞬でなおし、またこの国にはびこる悪をさばいてくれた、聖なる少女に、信頼をおいていた。
だから、キリエを侮辱されて、彼らは大変腹を立てていたのだ。
「その女を牢屋に連れていきなさい」
「はぁ!? 牢屋あああ!?」
兵士たちは無理やりハスレアを立たせる。
彼女からすれば、意味不明だった。
「なんでよ!?」
「女王に嘘をついたこと……そして何より、この国の救世主に対する暴言、とても看過できません」
「きゅ、救世主ですってぇ!?」
話の流れから、女王を治したキリエが、この国の救世主ってことだろう。
ありえない、自分が治せなかった病気を、見下していたキリエが治せるわけがない!
「あんなのよりあたしが下っていいたいのあんた!?」
「ええ、その通りです」
はっきりと、下だといわれた。
女王から。キリエよりも、能力に劣ると。
「キリエ様は一瞬で、病気を治してくれました。一生懸命、私が治るようにと祈ってくださりました。それにくらべてあなたは、あんなに長い時間かけて治せなかった。そもそも最初から治すつもりもなかった。……聖女として、人間として、どちらが上かなんて明白ではありませんか?」
その場にいる全員が、付き人の新米シスターすら、女王と同じ意見だった。
キリエは、ハスレアよりも上で、すごいと。
「……連れていきなさい」
「い、いや! いやよ! 放せ! はーなーせええ!」
しかし抵抗むなしく、ハスレアは獣人国の牢屋へと連行されるのだった。
「ちくしょう! ふざけんな! あたしは、あたしは聖女! 世界最高の聖女なんだぞお! キリエなんかより上なんだあああ!」
しかしその叫びはただむなしく響くだけ。
この国のだれも、彼女が世界最高だなんて、思っていないのだった。