182.神との邂逅
……わたしは、目覚める。
「あれ……? ここは……?」
わたしがいるのは真っ白な、何もない空間だった。
起き上がる。どこまでも続く白い空間。それを見て、わたしは理解した。
「ああ……死んじゃったんだな……わたし……」
その場にぺたん、とへたり込む、わたし。
そうだ。わたしは……逢魔に首を切られたんだもの。死んで、当然だわ。
「いや、死んでねーよ、おまえ」
「!? だ、だれ……?」
わたしの目の前には、1人の男の人が居た。
赤いマントを身につけ、黒い髪の、男性。
その肩には小さな白い猫が乗っていた。
「俺はノアール」
「の、あー……え? ノアール……って、え? まさか……」
「そう。天導の連中が、神とあがめている男、ノアール様であーる!」
…………。
………………もぉ。なんなの?
逢魔がノアールだと思ったら、今度は神を自称する不審者が現れて……。
ああもう、なにがなにやらだわ!
「ノアールを自称する不審者って……ひでえ言い草だな」
『まあでも神を自称してるやつが現れたら、疑って当然っすよ』
「うっせえな」
!?
今……この人。心を読んだ……?
「おうよ。ま、神だからな。そんくらいのことはできるっつーわけよ? OK? あんだーすたん?」
「…………じゃあ、逢魔は?」
「ん? ああ、あいつな。あれは俺の遺体を使ってるだけの偽物だ」
「にせ……もの……」
「ああ。つーわけで、俺がマジモンのノアール様よ。どう? 信じた……って、どうしたよおまえ……?」
その場にぺたんと、座り込むわたし。
そして、三角座りした状態になる。
「もう……わけわかんない……」
「え、どこが? 逢魔が偽物のノアールで、目の前の俺が本物のノア様? ほら簡単っしょ? どこがむずいんだよ?」
だって……。
だぁって……。
「ノアール様が……こんな……神々しさのかけらもない、バカっぽい感じの人だったなんて……」
「ひでえなおい!!」『否定できねーでしょ!』
白猫さんがツッコミを入れる。
「ま、そか」
と認めてるぅ……。うう……いやぁ……。
こんなの、わたしの憧れたノアール様じゃないよぉう……
「ノアール様……」
「んだよ?」
「あなたじゃない!」
「いやノアール様は俺なんですが……」
「違うもん! ノアール様は、もっと神々しくて、優しくて、思慮深く、大人な人です!」
目の前の人は全部当てはまってない!
こんな人はノアール様じゃない!
『めちゃくちゃ言われてるっすねノア様……』
「う、うぅううううううう」
ぽたぽた……と涙がこぼれる。
「お、おいおい何泣いてるんだよ?」
「だって……わたしの信じてた、ノアール様が……居なかったから……」
すると、彼は近づいてきた。
そして……。
むにっ。
「え?」
彼はわたしのほっぺをつねる。
びろーん! と伸ばしてきた!
「ふぁ、ふぁに……?」
「おまえ、ちょっと失礼だぞ」
ぱっ、と彼が手を離す。
「誰がなんと言おうと、ノアールは俺だ」
「でも……教典にのっている行動は、すべて嘘なんでしょ?」
「まあな。信者どもが、勝手に俺のやったことを誇張して書いてるだけだ」
「ほら……嘘なんだ……」
うっ、うっ、とわたしは泣く。
「わたし……ほんとバカ。居もしない、完璧な偽物の神さまのことを信じて……ありもしない虚像に祈りを捧げて、その神のために行動して……ほんと。わたしのやってきたこと……全部、無意味だった」
すると彼が言う。
「んなこと、ねーだろ」
……思わず、わたしは顔を上げる。
「おまえのやってきたことが全部無意味なわけないだろ」
「え……?」
「俺は見てたぜ。おまえが、奈落の森で何をなしてきたのかをよ」
彼は微笑んで、肩をたたく。
「傷ついた魔物を癒やし、腹減ってる魔物達に飯をわけてやった。死にかけていた獣人国ネログーマの女王を助けて、王都を危機から救ってきた」
「…………見てて、くださってたんですか?」
「おうよ」
「うそ……だって、神様は忙しいから、一人の人間のことなんて、見てないって……教えられてきた……」
ぎくっ、と顔をする彼。
「ま、まあ? 俺は忙しよ? めっちゃ忙しかったよ?」
『うそばっかり……ふぎゃ!』
彼が白猫さんを握りつぶす。
「話を戻すが……。おまえはたくさんの人たちを救ってきた。それは事実だ。命を救う行為に、意味が無かった、なんてありえない」
……神が。
わたしが信じてきた神が、わたしのことを見てくれていた。
そして……肯定してくれた。
それは……うれしい。うれしいよ。でも……。
「なにそんな悲しい顔してんだよ」
「だって……! わたしが……人を救ってきたのは! ノアール様の教えを守ってきたから! 優しくて、慈悲深く、思慮深い……神の代行者としてやってきただけ!」
そう……。
結局、そこなんだ。
「わたしは……神の代行者。皆を救ってきたのは、神の教え。わたしじゃない! わたしは……空っぽだ。わたしは神の操り人形。わたしは……居もしない偽物の神を勝手に思い描き、その思想を実行してただけの……頭のおかしい、女なんだ!」
自分のやってきたことは、なんて……なんて……馬鹿馬鹿しいことだったんだ。
外からわたしの行動を見ている人が居たら、きっとわたしは、とんでもなくバカな女に見えていただろう。
居もしない神を信じ、自分の力なのに神の力とか言って、ヤバいことをする……ヤバい女だって!
「そうだな」
「……………………え?」
「え? おまえ最初からヤバい女だろ?」
「………………………………………………え?」
「え、何を驚いてるんだよ」
すると彼が指を鳴らす。
わたしの目の前には1冊の本が現れた。
「これって……わたし?」
その本の表紙には、茶髪の女が映っている。
青い目をして、天導の青い服に身を包んだ……女。
森をバッグに……わたしのバストアップが映っている。
まわりには、くま子さんと、くま吉君、そしてチャトゥラさんも……。
「そう。神はおまえら人間たちの行動を、こうして1冊の漫画……げふん、本にして暇つぶし……ごほん、目を通してるんだよ」
神ってそんなふうに、人間を観察してるんだ……。
『暇つぶしに漫画読んでただけのくせに……ふぎゃ!』
彼は白猫さんの尻尾をにぎりつぶす。
もう片方で、本のページをめくる。
「おまえは、最初から変だったよ。だいたい、祈るだけで人を回復させてる時点でおかしい。魔物の言葉が聞こえるようになるのもおかししいし。祈って転移するとか? ありえないだろ」
「…………」
「おまえのやってたことは、全部変だよ。変。おまえは最初から今に至るまで、徹頭徹尾、変な女だったよ」
「………………」
ああ、なんだろう、この気持ち。
胸に、湧き上がる……この感情は、なに?
「祈って、木の実から飯を作ったのは笑ったわ。ぱかって蓋開けてカレーが出てくるとかさ! ドラえ●んかよおまえって!」
「…………れ」
「入った温泉のお湯で人を癒やしたり進化させたりしたのはさすがやり過ぎ」
「…………まれ」
「あげくそれら全部のやったことを、神のおかげとか言ってよぉ、アホかよ。いくら祈ってるとき目ぇ閉じてるからって、さすがにここまで気づかないって」
「黙れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
……知らず、わたしは腹の底から、声を上げていた。
ああ、そうか。
わたし……怒ってるんだ。
「あん? 黙れってなんだよぉ? 頭のおかしいキリエちゃん……ぶべええ!」
わたしは、ノアール様の……ううん、ノアールの頬をひっぱたいた!
「いってー! なにすんだ!」
「うるさい! 偽物ノアールめ!」
「え、いや俺本物のノアール……」
「うるさい! おまえなんて、ノアール様じゃない!」
ノアール様は……。
優しくて。
慈悲深くて。
魔物だろうと、人間だろうと、か弱きものたちに、無償の愛をそそいでいた……偉大なる御方!
こんな……人のことを、馬鹿にするような人じゃない!
「あなたも、逢魔も! ノアール様なんかじゃない!」
「……じゃあ、おまえの信じた、ノアール様とやらは、どこにいるんだよ?」
彼はにやっと意地悪そうに笑った。
わたしは、自分の胸に手を当てる。
「ノアール様は、ここにいる! わたしの中にいる!」
「へえ……それって信者の作り上げた、偽物じゃないのかい?」
「違う!」
教典に書かれているノアール様は、確かに偽物かもしれない。
本当のノアール様は、慈悲深いおかたじゃないのかもしれない。
でも!
「わたしが信じたノアール様は、わたしの中にいる。誰にでも優しい、慈悲深き神は……今ここにいる!」
そうだ。
「わたしの信じたノアール様がいないなら、わたしがノアール様になればいい!!!!!」
立ち上がる、その足には、力が戻っている。
さっきまで、あいていた胸の穴が……もう塞がっている。
「もうわたしは、偽物の神なんて追い求めない! 信じない! わたしこそが、皆を照らす光……神となる!」
びし、とわたしは男に指を向ける。
「おまえも逢魔も、偽物だ! わたしこそが……本物の……神!」
にっ、とノアールが笑う。
「そか。じゃ、先輩神として、後輩神に新たなる名前を授けてやろう」
「先輩面しないでください、偽物」
「ひでえ……。まあいい。おまえは……そうだな。【主が照らす光】」
彼の手の平の上に、【聖女神キリエライト】という文字が浮かび上がる。
彼が握りしめて、ふっ、と息を吹きかける。
それは粒子となって、わたしの体の中に入っていく。
瞬間、わたしの体に、すさまじいまでの力がわいてくる。
「元々持ってる神因子に、創造神の力を加えた。二重の神属性を手に入れたおまえは、もはや無敵だ」
ぐっ、とノアールがわたしに拳を向けてくる。
「偽物を、ぶん殴ってこい。そんで、言ってやれ。自分こそが本物の神……聖女神キリエライトだってよ」
言われるまでもない。
わたしは……彼の拳に、自分の拳をくっつける。
「はい。いってきます」
「おう、しっかりな」
わたしの体が強く光り輝く。
多分、わたしは元の世界に戻るだろう。
振り返ると、ノアールは……笑っていた。
……わかってる。多分、この人は、わたしを奮起させるために、あえて悪役をやってくれてたんだ。
「へん。深読みしすぎだっつーの。さっさと行け、バカ女」
「………………」
微笑む彼が、照れ隠しで、そう言ってるのがわかる。
だから、わたしは微笑んで言う。
「わたし神が、だいっきらいです」
わたしの信じる神様なら、ここで優しい言葉で、送り出してくれるんだもの。
この人のことは、感謝してる。でも……わたしは、この人のことが嫌いだ。
わたしの信じる虚像を、理想を、ぐちゃぐちゃに踏み潰してくれやがったんだもの!
「だから……神を、ぶん殴ってきます」
「おう。しっかりな」
わたしは、飛ぶ。
神を信じる、愛しき子らの元へ。
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