17.聖女がいなくなって心配する魔物たち
《チャトゥラSide》
聖魔王キリエが、獣人国ネログーマにて、女王の病気を治療した一方そのころ。
奈落の森の近くにある、廃村にて。
『た、大変だぁ! キリエ姉ちゃんが消えちまったよぅう!』
死熊のくま吉が叫ぶ。
集まっていた森の魔物達に激震が走った。
『キリエ様がいなくなった!』『ど、どうしよう!?』『だいじょうぶかなぁ!』『なにがあったんだろう! しんぱいだぁ!』
キリエに治療してもらった魔物達は、みなキリエが大好きだ。
彼女が光を放ち、そして一瞬で、消えたことに驚き、そして心配してる。
『落ち着きなあんたら。おいチャトゥラさま、あんた元長だろう、魔物達をなだめておくれよ』
くま吉の母、くま子が、元森の長であるフェンリルのチャトゥラを見やる。
しかし……。
「我が主ぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
『うぉ! び、びっくりした……なんだい突然叫びだして』
獣人姿のチャトゥラは、ずしゃああと膝をついて混乱する。
「どこへ参られたのか!? キリエ様ぁあああ!」
『こ、こいつこんな性格だったろうか……ええい、役に立たん。シンドゥーラさま、何とかしておくれ』
グリフォンにして空の長、シンドゥーラに尋ねるも……。
『キリエ様ぁああああああああ! いなくなられて心配ですわ! いずこへ!?』
『あんたもかい! ああもう、誰かまとめておくれよ!』
魔物達がパニックになりかけていた、そのときだ。
「皆の者、落ち着くがよいのじゃ」
上空から、少女の声がした。
見上げるとそこには、緑のドレスを着た、美しい女が立ってるではないか。
長くふわっとした質感の緑髪に、草の冠、そして長めの耳を持つ。
『だ、誰だいあんたは!?』
「わしじゃ、樹木王じゃ」
『と、樹木王だってええ!?』
くま子が素っ頓狂な声を上げる。
ほかの魔物達も驚いていた。
無理もない、樹木王といえば、奈落の森にある巨大樹のことだとばかり思っていた。
まさか、こんな美しい女の姿をしてるとは……。
一方、チャトゥラ、シンドゥーラの二匹は驚いてる様子はない。
『チャトゥラさまはおどろかねーの? だって樹木王っておじいちゃんじゃ?』
「あれは依り代なのです。本体はこの木の精霊」
『はえー、わっかんねえ』
樹木王がすぅ、と魔物達の前に降り立つ。
「落ち着くのじゃ皆の者。聖魔王さまは、現在ネログーマにおられるのじゃ」
「獣人国の? どうして?」
「……主ら忘れてるだろう。さっき、いただろう、獣人の小娘が」
あ、と魔物達は、ようやく気付く。
なんか、馬車がいる。
キリエは馬車に乗っていた女となにかをはなしていた。
そして、急に消えたのである……。
「なるほど、転移魔法をつかい、獣人女とともに、やつの祖国へ向かったのですね」
「うむ。そして、そこの彼らは取り残されたようじゃの」
びし、と樹木王が指さす先には、獣人王女のミヌエットが乗ってきた馬車、その護衛、そしてその執事の男がいた。
彼らはみな怯えてる様子だ。
『かーちゃん、あの人らなーんで怯えてるの?』
『あたいら魔物が怖いんだろうさ。こんなにたくさん、ばけもんがそろってるからね』
『へー、キリエ姉ちゃんは怖がらないのにね』
『あのお方は特別さね』
人語をしゃべれる樹木王、およびチャトゥラの二名が、執事の男へと近づく。
「…………」
執事は感情を表に出さない。
ほぅ、と樹木王はその様子に感心したようにつぶやく。
「おぬしはわしらが怖くないのか?」
「滅相もございません。命を救ってくださった恩人たる聖女様の、お仲間を、誰が怖がりましょうか」
……とはいえ、残りの護衛たちは普通に怖がっていた。
執事の男も内心は、どう思ってるかわからない。
「貴様からは嘘の音が聞こえるぞ」
チャトゥラが耳をぴくぴくと動かしながら言う。
「嘘の音?」
「とぼけるな、私、フェンリルには特別な耳がある。人の嘘を、心音から見抜くことができるのだ!」
「まあまあ落ち着くのじゃ」
どうどう、と樹木王がなだめる。
「怖がってしまうのは仕方あるまい。人間と魔物は相容れぬ存在じゃからな」
「……申し訳ございません」
「よいのじゃ。さて、これからのことを話したいのじゃ」
樹木王、チャトゥラ、そして執事の男セバスチャンは、顔を突き合わせて今後のことを話し合う。
「わしらが望むは、キリエ様のご無事の帰還ただそれだけじゃ」
おそらくは獣人国にいるだろう、キリエが、無事であればそれでいい。
しかし問題がある。
「キリエ様はよそ者じゃ。そんな彼女が突如として他国に入ってきたら、おそらく警戒されるじゃろう。最悪つかまってるやもしれん」
「『『なにぃいい!?』』」
ぎゃおお! とチャトゥラ、そして魔物達が怒りの雄たけびを上げる。
ひぃい、と護衛たちが怯えた。
「キリエ様に指一本でも触れてみろ! かみ殺してやる!」『姉ちゃんのためにたたかうぞー!』『ぞー!』『ぴゅーい! にんげんめー! おねえちゃんかえせー!』
ぎゃあぎゃあと叫ぶ面々を、樹木王がなだめる。
「落ち着くのじゃ。セバスチャン殿、キリエ様の力はおぬしも見たところだろう。あのものには特別な治癒の力がある。おぬしらがキリエ様を求めてきたということは、誰かを治してほしいのじゃろう?」
「はい、ミヌエット様のお母上、女王陛下の治療を」
「なんと。女王の」
樹木王が目を丸くする一方で、セバスチャンが言う。
「大丈夫です。ミヌエット様がそばにおります。キリエ様を不当に扱うことは決してございません」
「信じておるのじゃな」
「はい。あのお方は義理堅いおかたです。我らの命を救ってくださった、恩人に、不義理を働くまねはしないです」
きっぱりと言い放つセバスチャン。
ちら、と樹木王はチャトゥラを見やる。
嘘を見抜けるチャトゥラが、不愉快そうにうなずいた。
どうやら嘘はないらしい。
「わかった。では、おぬしらの長を信じるとしよう」
ほっ、とセバスチャンが安どの息をつく。
「ついては、おぬしらの国へ、キリエ様をお迎えにあがりたいのじゃが、可能だろうか」
「それはもちろん。しかし魔物が大勢押し寄せたら……」
「わかっておる。人の姿になれる魔物数名で向かう」
「それでしたら可能かと」
よし、と樹木王はうなずいて、チャトゥラとともに魔物達のもとへ帰る。
そして、話し合ったことを説明。
「キリエ様はご無事じゃ。これから、あのお方を迎えにいく。メンバーは……」
『『『はいはいはーい!』』』
集まった魔物たち全員が手を上げる。
『おいら迎えに行く! 姉ちゃんに早く会いたい!』
『すらもー!』
『ぴゅいいい! ぐーちゃんがいくー!』
魔物は自分がキリエを迎えに行くと、主張しまくる。
樹木王はあきれたようにため息をついた。
「こんな数の魔物が押し寄せたら、戦になるじゃろうが……」
「そうですよ、皆さん。キリエ様を迎えに行くという栄誉は、この私が、私一人が享受……」
「いや、チャトゥラ一人で行かせるのは不安じゃ」
「なぜですか樹木王!?」
わかる、とシンドゥーラが同意するようにうなずく。
『ちょっと熱くなりすぎるところがあるから』
「なんですと!? 」
『仕方ありませんわ、わたくしがともに……』
いや、と樹木王が首を振る。
「おぬしもだめじゃ」
『どうしてですの!?』
「人の姿になれんじゃろうが」
『ふぐぅうう!』
人の姿になる特別な力、人化スキル。
それを持っているのは、チャトゥラ、そして……。
「くま子、おぬしが行ってくるのじゃ」
『あ、あたいが!? なんで?』
「おぬしは気づいてないようじゃが、人化スキルを持っておるのじゃよ」
『なんだって!? あたい、そんな力もってなかったよ……?』
樹木王の眼が、翡翠色に輝く。
彼女には特別な鑑定能力があった。
「どうやらおぬしは、存在進化したさいに、新しいスキルを得ていたみたいじゃ」
『本当かい……!? たしか、進化って……』
「キリエ様に名前を授かったじゃろう。あのときだ」
『つまり、キリエのおかげで人になれる、すごい力を得たってことかい……すごい』
いいなぁ、と魔物達がくま子に羨望のまなざしを向ける。
『不公平ですわ! わたくしにも名前が! 人化のスキルが欲しい!』
「おぬしとそこの犬には、初代聖魔王エレソン様から名前をもらってるじゃろうが」
『ふぐううう! くま子! しっかりキリエ様をお守りするのですよ!』
こくん、とくま子がうなずく。
『わかった。嬢ちゃんには世話になってるし、あたいがいくよ』
「頼むぞくま子。わしはこの森から遠く離れられぬ。そこの犬が人をかまないように、しっかりセーブしてやっておくれ」
了解、とくま子がうなずくと、スキルを発動と念じる。
するとみるみるうちにくま子が、美しい人の姿に変わった。
赤い髪の、ナイスバディな美女だ。
頭からくまの丸っこい耳、お尻にはくまのふわっとしたしっぽが生えてる。
「ほんとに人間になれたよ! すごいね、キリエの力は」
「うむ。この服を着るがよい」
樹木王が指を鳴らすと、くま子の裸体に、人間の洋服が着せられる。
くま子、そしてチャトゥラの二名が、セバスチャンのもとへ向かう。
「ということで、こちらからはこの者たちを向かわせる」
「異存はございません。では、馬車にお乗りください」
くま子たちが馬車に乗り込むと、魔物達が近寄ってきて言う。
『キリエお姉ちゃんをたのむよ!』『無事連れて帰ってきてね!』『みんな心配してるーってつたえてー!』
こうして、魔物達は獣人国へと向かうのだった。