15.盗賊に説法する(※ワンパンする)
《ミヌエットSide》
ある日の夜。
キリエのいる奈落の森めがけて、一台の馬車が駆けていた。
その中には、フードを頭からかぶった女の子が座っている。
明るい髪色に、高貴な顔立ち。
お尻からは猫の尻尾が生えており、彼女が獣人であることを証明してる。
「【ミヌエット】様……本当に、奈落の森へ向かわれるのですか?」
ミヌエットと呼ばれた、獣人の少女が、神妙な顔つきでうなずく。
「ええ、セバスチャン。お母様を救うためですもの」
正面に座る老執事が、不安そうな表情を浮かべる。
「たしかに……お母上様のご病気は、わが国の誰も治せないと、宮廷医がおっしゃっておりました。ですが……よりにもよって、その得体の知れない存在に頼るなど……」
ミヌエットの母は、現在病床に伏してる。
娘である彼女は、母を何とかして助けたかった。
「ガープはおっしゃってたわ。奈落の森に、どんな病気も治す、聖女さまがおられると。そのお方に頼るほかありません」
ガープとは、以前奈落の森にきた獣人冒険者のこと。
ミヌエットはガープとは顔見知りなのだ。
「冒険者風情の言葉を、ミヌエット様は信じるのですか?」
「セバスチャン。ガープは我が国の最高位冒険者……Sランクなのですよ? 信頼に足りる人物です」
キリエは知らないことだが、実はガープは、Sランク冒険者なのだ。
最高峰の強さと、そしてそれに見合う良き人格を備えている。
「わたくしはガープの言葉を信じます。もう……奈落の森の聖女さまに、頼るしか……母を助ける術はありません」
「しかし……ミヌエット様。ならばもっと護衛を連れてくれば……」
「周りから止められたのです。仕方ありません」
ミヌエットが奈落の森へ行くと主張すると、全力で止められたのだ。
「当たり前です。奈落の森……通称死の森。中には恐ろしい化け物がうろつき、瘴気に満ち満ちており、とても常人では中に入ることはできません。世界四大秘境の一つに入ってることは、ミヌエット様もご存じでしょう?」
この世界には、4つの、人間の立ち入れぬ場所がある。
人外魔境。七獄。妖精郷。そしてここ、奈落の森。
「入ることすなわち死を意味する危険な森。しかも、最近では奈落の森の周辺を、盗賊団が根城にしてるという噂も……」
そのときだった。
がたんっ! と馬車が停止したのである。
「馬車が止まる? な、何事だ!」
「おおっとぉ……動くなよぉ、じーさん」
「なんだ貴様……! ぐぅっ……!」
セバスチャンは、いきなり中に入ってきた男に、肩を刺された。
「セバス!!!」
「おっと嬢ちゃんも動くなよぉ、死にたくなければなぁ」
中に入ってきたのは、ナイフをもった柄の悪い男。
その手のひらには、狼の入れ墨が入っていた。
「ぐ……き、貴様まさか! 盗賊団【灰色の狼】の!」
「そうさ! 副リーダー、【ザコワンパン】さまだ!」
盗賊団の副リーダー……ザコワンパンがニィと邪悪な笑みを浮かべる。
身の危険を感じて、体をコワばらせるも……。
しかし直ぐに、ミヌエットは言う。
「要求は……なんですか?」
「ひゅー。冷静だねえ。さすが姫様ってか?」
……姫。
盗賊は、こちらの立場を知っていた。
おかしい。
情報が……まさかもれてる?
「聞いたとおりだぜ。まさか本当に、ネログーマから、ここにこんな大物が来るとはなぁ」
やはりそうだ。
誰かが、ミヌエットがここへ来る情報をリークしたのである。
裏切り者がいるのか……?
「お、おにげ……お逃げください! ミヌエットさまぁ!」
「セバス!」
老執事はザコワンパンの足にしがみついて、必死の形相で叫ぶ。
「おっとお嬢さん逃げるなよ? そしたらこいつが死ぬぜぇ……?」
「セバスを犠牲になどできません! 連れて行くなら連れて行くがいい!」
ここで自分が捕まってしまっては、森の聖女に頼ることができない。
……それでも。
「目の前の民の命を、放ってはおけない!」
「ひゅー、ご立派。だがよぉ、ざぁあんねん」
泡を吹いて、セバスが気絶する。
「セバス!!!」
「うひひ! このナイフにはなぁ、毒が塗ってあるのさ。ささればどんな人間も、魔物だって一撃で死ぬほどの、強毒さ」
「そ、そんな……」
ミヌエットの美しい顔が絶望にゆがむ。 その姿を見て、ぞくぞくとザコワンパンが快感を覚える。
「いいねえその顔……もっと恐怖でゆがませたくなったぜえ……。連れて行くまえに、ひひっ、ちょっとばかり味見をしてみようかなぁ……」
……ミヌエットは目を閉じて、祈る。
神さま、どうか……お助けください……。
『そこまでです!!!!』
そのときだった。
カッ……! とザコワンパンの前に、まばゆい光が発生した。
「な、なんだぁあああああああああああああああああああ!?」
あまりに強い光に、ザコワンパンも、そしてミヌエットも目を開けていられない。
しかし……ミヌエットは見た。
「……女神?」
聖なる光を纏う、美しき女性が、何もない空間から現れたのである。
「なっ!? て、てめえ女! どっから出てきやがった!? まさか転移魔法か!?」
ふるふる、と女は首を振る。
『魔法ではありません。これは……神の奇跡です』
(! やはり……このお方は、女神様!?)
少女の声が頭の中に響く。
だが……。
「な、な、てめ女! 何とか言えやごらぁ!」
『わたしはキリエ。この地を守るもの』
「しゃべれやごらぁ!?」
どうやら、女神キリエの言葉は、盗賊には聞こえていない様子。
「き、キリエ……様?」
一方でミヌエットには、キリエの言葉が聞こえていた。
彼女はこちらを見て微笑む。
『大丈夫です。そこのご老人も、護衛の皆様も、わたしが治療いたしました』
「! 本当ですか!?」
こくん、とキリエがうなずく。
その証拠に、セバスが起き上がる。
「なにぃい!? 強毒をうけて、生き返っただとぉ!?」
『あの程度の毒くらい、神は容易く浄化してみせます』
! やはり……キリエは女神なのか!?
と勘違いするミヌエット。
「て、てめえ! くらええ!」
ザコワンパンがナイフを振るってくる。
「お逃げくださいキリエ様! あのナイフには毒が……」
しかし。
カッ……! とキリエの体から光が発生される。
ナイフが光に触れた瞬間……。
「ほげぇえええええええええええ!」
ザコワンパンは馬車の屋根をぶち破って、外へ吹っ飛ばされた。
「今のは……?」
『ただの結界です』
「結界……すごい……」
キリエはミヌエットに微笑みかける。
『もう大丈夫です』
「ありがとうございます……でも、どうしてわたしのもとに」
『聞こえたのです、あなたが。神に祈る、その声が』
……! やっぱり、キリエは神なのだ。
と確信を強める一方で、キリエは続ける。
『あなたの祈りが、ノアール神に届いたのです。ノアール神から、わたしへ命令が出たのです。助けてきなさいと。気づいたらここへ飛ばされておりました』
「あ、あれ……? では……あなたは神では……ないの?」
『はい。わたしはただ、神に仕える女であります』
「聖女……」
こくん、とキリエがうなずく。
森の……聖女。まさか……。
「てめえ! よくもやってくれたなぁ!」
そとからザコワンパンの怒鳴り声がする。
キリエ達が外に出ると……。
「なっ!? こんなに大量の盗賊達がいるなんて!?」
そこは奈落の森の近く、うち捨てられた廃村。
ザコワンパンと同じく狼の入れ墨をした盗賊達が、たくさんいた。
「へへ! どうだぁ! 盗賊が20! 小娘ひとりで、太刀打ちできるかなぁ!?」
しかしキリエは毅然とした態度で、盗賊達を見やる。
『暴力はおやめなさい。神は、あなたたちを常に見てるのですよ? 悪い行いをすると、天罰が下ります』
「黙ってんじゃねえよ! やっちまえ!」
そのときだった。
キリエの体から、さっきと同じ光が発生する。
「うげえええ!」「ぎゃああ!」「目が! 目がぁあああああああ!」
あまりに強い光に、盗賊達は全員ノックダウンする。
しかしふしぎと、ミヌエットとセバス、そして護衛達は無事だった。
「あれ? 怪我が治ってる!?」「どうして……?」
怪我していた護衛達が、不思議そうに首をかしげる。
『ごらんなさい。神の怒りです』
……いや、神の怒りというか、あなたの力では……? と思うミヌエット。
やっぱりこの人が女神なのでは……?
『もうおやめなさい。争いは何も産みません』
「ちくしょう……なんだあの女……おいおまえら! 女ひとりにびびってんじゃねえ! 所詮は目くらましだ!」
ふらつきながらも、盗賊達が立ち上がる。
そこへ……。
「ひ! ふ、副リーダー! アレを!」
「ああん……って、なんだありゃあああああああああああ!?」
大量の魔物達が、どどどど! とこちらに押し寄せてくるでは無いか。
先頭にはフェンリル、そして死熊をはじめとした、恐ろしい魔物達が……。
全員、怒りの表情で、こちらに駆けてくる!
ミヌエットすら恐怖を覚えるなか……キリエは静かに微笑んでいた。
「ま、魔物使い! あの女! 魔物使いなんだぁ! ひいいい! たしゅけてぇえええええええ!」
ザコワンパンたちは魔物に怯えて、情けなく去って行く。
一方で魔物達は立ち止まり、キリエを取り囲む。
『皆さん、きてくださったのですね?』
『『『もっちろーん!』』』
大量の魔物達に囲まれ、キリエが笑ってるのも異常だが……それ以上に……。
「ま、魔物が、人の言葉を……しゃべってる……?」
もう、次から次へ、信じられないことの連続が起きて、脳がパンク寸前だった。
だが……しかし、一つ確かなことがある。
『もう平気ですよ……って、あれ?』
ミヌエットは、キリエの前に跪いて、頭を下げる。
「助けてくださり、ありがとうございます、キリエ神さま……!」
あのような奇跡を使い、そして魔物すら統べる……強大な力の持ち主。
そんなの、神でしかない。
しかしキリエは困惑しながらも、答える。
『えっと……違います。わたしはキリエ。ただの聖女です』