118.必要なもの
アニラがスリーを討伐したあと……。
「おまえたち、終わったか?」
人間姿のチャトゥラが、アニラ、メドゥーサたちのもとへやってきた。
アニラはこくんとうなずいて言う。
「おまえがビリだぜ、チャトゥラよぉ。こんなザコ相手にとろいんじゃあねえの?」
「なんだと!」
チャトゥラががるるる! とうなり声を上げる。
だがアニラは真剣な顔つきで言う。
「おれが倒したやつは、守護者のルークを名乗っていたが、実力を隠してやがったぜ。形成不利とさとって退却する頭ももってやがった」
「! ……そうですか。逢魔なる魔王は、我らが思ってる以上に力を持ってるのかもしれませんね」
「だな。オレ様たちももっと力を付けなきゃいけねーわな」
チャトゥラ、そしてメドゥーサも同意するようにうなずく。
「じゃあ、わかるだろ? あの牛女の協力が、今後も不可欠だってことはよぉ」
牛女、つまり聖十二支がひとり、白澤のヴァジュラのことだ。
ヴァジュラは未来を見通す目を持っている。
今回の襲撃を未然に防げたのも、ヴァジュラが未来を予知したからに他ならない。
「キリエはすげえ力を持ってるが、魔王種に覚醒したばかりで、しかもあのように平和主義者だ。ほかの魔王種どもからすれば、格好の餌だろう」
「……弱いから、みんなキリエを狙うっていいたいの?」
メドゥーサが不愉快そうに顔をゆがめる。
愛するキリエをザコ扱されたのが、不服だったようだ。
アニラは「勘違いすんな」と断りを入れる。
「キリエは強い。だが、魔王種の力は強大だ。強すぎるゆえに、コントロールが難しい。初心者の魔王は、この力のコントロールを身につけるまでは、自分で扱える程度の出力しか出せねえんだよ」
初心者であるキリエは、無意識に力を絞って使ってる、らしい。
チャトゥラがうなずく。
「あのお方からは、誰よりも強い力を持つにおいがする。いずれこの森だけじゃない、多くの民を救う真の魔王になるでしょう」
「その前に殺されちゃ意味がねえってことだ。わかるな、チャトゥラ?」
キリエの周りにいる魔物の中で、古株はチャトゥラとアニラ、そしてマーテルだ。
その中で一番、ヴァジュラに恨みを抱いているのは、ほかでもない、チャトゥラである。
彼は先代聖魔王エレソンを殺したヴァジュラを、どうしても……許せなかった。
エレソンを愛し、忠義を尽くしてたからこそ……。
「……貴様はどうして割り切れる? 腹は立たないのか?」
「むかついてるよ。だが……ヴァジュラを殺すのは得策じゃねえ。キリエの前で、敵を殺せるのかおまえ?」
「それは……」
キリエは何より血と暴力を嫌う。
だが……時には戦わねばならぬこともあるのだ、今日みたいに。
そうなったときキリエの前だと何かと都合が悪い。
「魔物の世界の掟は、弱肉強食。だが……キリエはそれを知らん。オレ様たちにとって当たり前の、敵は殺して食べても問題ないって行為を……あの子は受け入れてくれるとは、オレ様は思えない」
メドゥーサは倒したナナを食らった。
彼女からすれば、なんてこない、当たり前の行為。
しかしあの場にキリエがいたらおそらくは、泣いてしまっていただろう。
……キリエの前では戦うことも、殺めることもできない。
となれば、先手を打ち続けるしかないのだ。
そのために、未来を見る力がどうしても必要なのである。
「エレソンの件は、残念だった。オレ様も割り切れねえよ。でも……オレ様は同じ失敗を、キリエで繰り返したくない」
「…………」
チャトゥラも同じ思いなのだろう。
ぎゅっ、と唇をかみしめていた。
「……まさか、貴様のような粗忽者に、諫められるとはな」
「うるせえ、ほっとけ馬鹿犬」
アニラはごんっ、とチャトゥラの頭を拳で叩く。
「んじゃ、帰るか」




