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102/196

102.赦す



 奈落の森から離れた山の中。

 わたしはサーティーンって人に襲われていた、ヴァジュラさんを助けた。


「……君のもとへ、行って、いいのかい?」


 ヴァジュラさんが弱々しく尋ねてくる。

 最初に会ったときみたいに、何を考えてるのか、わからない感じではない。


「キリエ様」


 人間姿になったチャトゥラさんが、険しい表情をしてる。

 うん、彼の気持ちもわかる。


 エレソン様を殺したと、彼は言った。

 そしてヴァジュラさんもそれを認めた。


 おそらく、わたしの知らない事件は、本当に起きたのだろう。

 その犯人(推定)である、ヴァジュラさんを仲間に入れたくはない。


 気持ちは理解できる。でも。


「チャトゥラさん。わたしは、彼女とも、仲良くしたいです」

「…………」

「あなたがわたしの、そして仲間の身を案じてくれるのは、すごく伝わってくるわ。ありがとう……でも……わたしは信じたいの」

「信じる? 何を?」


 わたしはヴァジュラさんを見て言う。


「エレソン様を、よ。だってヴァジュラさんに名前を付けたのは、エレソン様なんでしょう?」


 わたしは知らなかったけど、魔物の世界において、名前を付けることって、とても重要な意味合いを持つらしい。


「もしもヴァジュラさんが、悪い人だったら……エレソン様が名前を付けるわけないわ。そうでしょう?」

「「!」」


 チャトゥラさんも、そしてヴァジュラも、目をむいていた。

 エレソン様はすごい人だと聞いてる。


 そして、とても優しくて、とても優秀な人だってことも。

 そんな彼女が、ヴァジュラさんが悪人だったとして、見抜けないわけがない。


 エレソン様が仲間に入れて、名前まで授けたってことは、悪い魔物じゃないってことと同義だと思う。

 

「チャトゥラさん。前にも言ったけど、わたしは過去、この森に何があったのかは知らないわ。でも……わたしは過去ではなく、今を生きている」


 わたしはしゃがみ込んで、ヴァジュラさんのことを抱きしめる。


「今のヴァジュラさんは、少なくとも悪いことは何もしてないわ。ねえ、仲間に入れたいの。だめかな?」


 ヴァジュラさんの身体が震えていた。

 ぎゅっ……とわたしの身体に、しがみついてくる。


 ……ああ、やっぱり無理してたんだわ。

 あの憎たらしい態度は、演技だったのね。かわいそうに。


「もう大丈夫よ、ヴァジュラさん。みんなが怒っても、みんなから嫌われても、わたしがそばに居るわ」

「…………」


 ヴァジュラさんは、泣いていた。

 声を殺して、まるで泣いてる姿を見られたくないようだった。


 そんな風に泣いてる彼女が、かわいそうで、わたしは抱きしめてあげた。

 彼女の心にある、悲しみや苦しみを、完全には理解できない。


 事ここに至っても、ヴァジュラさんは本音を語ってくれない。

 ……それでも、今ここで表に出してる感情は、本物だ。


 何か辛いことがあって、泣いてるひとを、わたしはほっとけない。


「ねえ、チャトゥラさん。彼女を……」

「……わかりました。私は、何も言いません。あなたが決めたことを、私は否定しません」

「チャトゥラさん……ありがとう」


 わたしが笑いかけると、彼は顔を赤くし……でも、困ったように、頬をかいた。


「キリエ様は、ずるいです」

「え、なにかずるしたかしら?」

「あなたにそんな最高に素敵な、最強の笑顔を向けられたら、断れないじゃないですか」


 素敵かしらね……それはわからないわ。

 でも……かれも赦してくれて、本当に良かった。


「さ、帰りましょうか」

「……キリエちゃん」

「なぁに?」


 目を赤く泣きはらした彼女が、わたしに頭を下げた。


「……あり、がとう」


 ……ふふ。やっと、本音が聞けたわ。

 わたしはヴァジュラさんの頭を、よしよし、と撫でてあげたのだった。


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