100.ヴァジュラの戦い
ヴァジュラは自分を狙う13使徒がひとり、サーティーンと相対していた。
目を布面で隠してる、ヴァジュラ。
けれど彼女には【見えている】のだ。
ヴァジュラは胸の谷間から、小さな玉を取り出すと、地面に投げつける。
「げほっ! ごほっ! 煙幕か……!」
白い煙に包まれる。
サーティーンは視界をうばわれて焦る。
その隙を突くように、どすっ、と鋭利な痛みが背中に走る。
「このっ!」
サーティーンは真後ろに向かって殴りかかる。
だが拳が空を切った。
「なんだこれ……矢、か?」
背中に突き刺さったそれは、一本の矢であった。
ザシュッ……!
サーティーンの腕を矢がかすめる。
……あり得ない。
「くそ! なんだこいつ……こんな視界の悪いなか、どうしてまともに動けやがるんだよ!?」
「君とちがって、ボクには【見えている】からね」
布面で顔をかくし、煙幕で視界を見えなくしてもなお、ヴァジュラは【見えているのだ】。
それは、彼女が特別な力……未来予知の力を持っているがゆえにである。
「ちくしょう、なめくさりやがって……!」
じゃら……とサーティーンは己の武器を取り出す。
それは二本の、ぶっとい鎖だ。
先端には分銅がついてる。
サーティーンは鎖をまるで投げ縄を扱うごとく振り回す。
「おらぁ……! しねやぁ……!!!」
はしをもって鎖を振り回す。
ばきん! という破砕音がするも、あきらかに肉を潰した音ではない。
「ちっ……! ちょこまかとぉ!」
ぶんぶんとやたらめったらと鎖を振り回すサーティーン。
一方でヴァジュラは煙の中で、正確に、敵に矢を当てていく。
そのうち……がくんっ、とサーティーンがその場に膝をつく。
「くそ……なんだ……毒か?」
「さぁ……どうだろうねえ」
煙の立ちこめる森の中に、ヴァジュラの声が響き渡る。
心理的な圧迫をかけるためか、ヴァジュラは種を明かさない。
彼女は別に毒を鏃にぬったわけじゃない。
ただ、太めの血管を矢で正確に射貫いて、多量出血させただけだ。
ひとは血を失いすぎると死に至る。
小さな傷でも、積み重なれば致命傷だ。
「ぜえ……はあ……! ちくっしょぉお! どこにいやがる! 正々堂々と戦いやがれってんだぁ……!!!!」
ヴァジュラは煙の中を、姿勢を低くして走る。
「相手の土俵に乗る馬鹿がどこにいるっていうんだい」
ヴァジュラはアニラのように、圧倒的な破壊力を持たない。
彼女の武器はその、未来を予知する目。
彼女は近い未来ならば、かなり正確に、未来を予測できる。
彼女の目と飛び道具のコンボは強力だ。
なにせ敵がどこにくるのか予測できるのだから、そこへめがけて矢を放てば良いだけのこと。
……もっとも、彼女の未来予知には【縛り】がある。
たとえば……。
がつんっ……!
「が……!」
後頭部に強い衝撃を受けて、ヴァジュラはその場に崩れ落ちる。
彼女は未来を、みる。
間もなくサーティーンがこちらへやってくる。
逃げなければ……と這って逃走を図るヴァジュラ。
しかしじゃらじゃら……と鎖がひとりでに動いて、ヴァジュラの体を捕縛する。
「くっ……!」
「まるで蛇みてえだろぉ……その鎖。これがおれの神器、【黒蛇】だ」
「神器……」
ヴァジュラは知っている。
神器とは、凄まじい力を発揮する、特別な魔道具のこと。
「捕まえたぜえ……白澤よぉ。ったく、めんどうかけやがって……!」
スタイルのいい彼女の体を、黒い鎖がぐるぐる巻きにしてる。
動けないで居るヴァジュラの頭に、サーティーンが足を載せる。
「てめえの目は確かに優秀だが……しかし。未来を【見る】力にすぎない。おまえの目でみた、少し先の映像を脳内に再現してるんだろ? それってつまりよぉ、見えていない部分……知覚外からの攻撃に弱いってことだろう?」
5秒後の未来が見えたとしても、五秒後の未来に、背後から打たれたら、攻撃を回避しようがない。
未来が見えたところで、それを回避できるとは限らないのっだ。
「舐めたことしてくれたなあ、ええ? 白澤さんよぉお!」
今までの鬱憤を晴らすかのように、サーティーンが何度もヴァジュラの頭をふみつける。
「13使徒でもねえてめえが! 逢魔様の寵愛を受けてるとかふざけんなよ!」
……サーティーンが叫びながら、ヴァジュラの頭を踏みつけまくる。
ふふ……とヴァジュラが不敵に笑った。
「んだよぉ!? てめえ」
「いや……まったく、【君】はお人好しだね」
あきらかに、サーティーンではない誰かへむけた言葉だった。
彼女は見えているのだ。
……この先の、展開を。
「うぜえな……ったく! ああもういいや! 逢魔様がご所望なのはてめえの目だけ! 体はバラバラにしてもいいよなぁ!?」
ヴァジュラに巻き付いてる黒蛇が、ぎゅううう……と強い力で彼女をしめつける。
頸動脈が締まり、意識が飛びそうになるなかでも……。
ヴァジュラは、笑っていた。
「死ぬのが恐くないのか? てめえ……?」
「恐いさ」
「じゃあなんで笑ってやがる! 何が見えてるのだてめえは!」
「光……かな」
そのときだ。
強い光が、周囲を包み込んだ。
「うぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ただの、光だ。
しかしそれをあびたサーティーンは勢いよくぶっ飛び、大木に背中をぶつける。
「ああ、まったく……君は、優しすぎるぜ……キリエちゃん」
光の中心にいたのは、フェンリルとなったチャトゥラの背中に乗った、キリエ・イノリその人だった。
100話達成です!
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