8.海燕丸
書いてる間にキャラ設定が膨れ上がったキャラ、スコットの話を書いてみる。
愛するジーンへ。
パパは悲しいお知らせをしなければならなくなった。
急な仕事が入って遠くに行かなくてはならなくなった。
パパがいなくて寂しいだろうが、ママの言う事を聞いていい子にして待っててくれ。
年明けまでには未来のピアニストのためにグランドピアノを持って帰るからな。
あと、困った事があればキョウシロウおじちゃんのところに行きなさい。
あいつはパパの家来だから言えば何でも助けてくれるからな。
パパより。
送信・・・・。
送信できませんでした。
携帯電話の画面左上には圏外の表示。
さっきまでギリギリアンテナが立っていたのに、メールを打ってる間にずいぶん沖に出たらしい。
このメールが届くのは次の上陸になるか。
にわかに船内が慌ただしくなった。
ついで死者でも目覚めるようなサイレンが鳴り船内放送が響き渡る。
「異人どもぉ!仕事の時間じゃああ!さっさと上甲板にけえや!」
どうやら目的の海域に着いたようだ。思ったより早いな。
「一つ目ェ!はよせえ!」
水兵服の船員が船室のドアを叩く。
「慌てるなって。集合時間ってのは5分遅れるくらいが優雅ってもんだぜ!」
「知らなあ!」
分からない。文化が違う。
10年住んでみたが、このヒノモトにはまだ受け入れがたい文化の違いが残っていたとは。
まあいいだろう。異文化を受け入れ、現地の風習を尊重するのが文明人というものだ。
携帯電話の電源を切り防水袋にぶち込むとスコット・スコフィールドは客観的にはのしのしと上甲板に向かった。
海燕丸の魚群探知機が大量の魚群を補足、甲板は見る間に慌ただしくなる。
借金の返済のために乗せられた異人連中が船員に蹴飛ばされながら配置につく。
「おろし方始め!」
船長の号令一下海中に投げ込まれた網の中に魚群が突っ込んで瞬く間に網が満たされる。
「揚げろー!」
下ろした網はすぐに引き上げられ、回収される。
「妙や」
その様子を怪訝に思い船長に声をかけたのは『ハカセ』と呼ばれる若い船員だ。
船長が船員集めのために停泊地の港をうろついていた人間を片っ端から拉致して乗せたうちの一人だ。
海洋生物学の研究をしていた学生ということだったが、学費稼ぎになるといっていつの間にか居着いてしまっていた。
「この海域は回遊コースとは違うはずやで」
その疑問は船長も持っている。
ハカセは魚には詳しいようだが、無学な船長は勉学に励む間も惜しんで海に出ている。
だから学生の若造ふぜいよりもどの海域にどの魚が出るかを把握しているし、その学生の若造もそれが分かるくらいには付き合いは長い。
「続けえ」
ハカセが言いたいのはさらに一歩踏み込んだ領域だ。
つまり、なぜ回遊コースを外れた海域に魚群が発生したのか。
「水温、海流、天候、どれも例年と変わらんとなりゃ、あとは『外来種』が湧いたかもしれん」
捕食型の外来種の出現によって生態系のバランスが崩れた。
マナーの悪いよそ者に追われて逃げてきた可能性が高い。
ハカセの推測は当たっている。
魚群探知機が次の群れを補足、海燕丸に向かってくる。
「ありゃ、『アサイラム』じゃ」
双眼鏡で遠方を見るハカセがそう断定する。
サメに近い種だが、群れで動き、陸を走り、空を飛ぶ個体もいると言われる外来種。
餌は魚。
「離脱する?」
餌が魚であれば、捕獲中の魚をばら撒いて全速で離脱すれば『アサイラム』の進路からは外れることができる。
船長にそう勧めつつ、ハカセは次の指示を予測している。
「アホか!魚ふぜいにわしらの獲物を渡すか!」
予想通りの返答。
「異人どもオオオ!戦闘準備せええええ!持ち場につけえ!」
海燕丸は船長の父が布団のシミだった頃には既に竣工していた旧型の船だが、前身は駆逐艦、戦闘のための艦だ。
漁船に改装されヤクザの手に渡った後も一部の兵装はいまだ搭載しており、現在でも有効な武器として使用可能だ。
それに、こういう事態を想定して異世界の傭兵、異人を積み込んでいる。
「うわ、いっぱい来た!やべえって!逃げよう」「逃げるってどこへ!」「手ぶらで帰ったらヤクザに臓物飛ばされるぞ!」「お、いいねえ!楽しくなってきたぜ!」
ほとんどは背びれの林を前に怖気づいているが、魚の代わりに食われる程度の事はできるだろう。全滅したところで陸にもどれば一束単位で調達できる。
異世界から来た異人共は海燕丸にとっては最も安価な兵装だ。
「うちーかたーはじーめー!」
最も長射程の艦首連装砲が射撃を開始。
10秒ほど後に赤い水柱、命中。しかし数が多い。背びれの林は怯むことなく前進を続ける。
連装砲は続けて射撃、続いて舷側に取り付けた機関銃が射撃を開始する。
同業者の攻撃、とりわけ魚雷艇の迎撃を想定して取り付けた機関銃は大型で威力は高い。
それ故、1-2発で『アサイラム』を停止させる威力があり、その効果は覿面に発揮されている。
しかし大群による飽和攻撃も対空戦闘のような高速移動する標的への攻撃も想定していない機関銃は大型故に発射速度が遅く、装弾数が少ない。
「抜かれた!魚を守れ!」
給弾の隙ををついた一匹が魚雷さながらに突っ込んでくる。
そして、跳んだ。
水の表面張力をねじ伏せる力で空中に浮き上がり海燕丸の甲板に激突、船体が揺れる。
「駆逐艦が簡単に沈むか!」
船長の言葉通り、安全率の計算を間違えて強度過剰に設計された船体は外来ザメの質量をたやすく受け止めた。
「異人ども!不法侵入者を追い払え!」
恐る恐る異人の一人が特殊能力、奇跡を発動する。
「火炎弾!」
祝福:炎耐性
異人が放った火球は『アサイラム』の表皮に当たって無意味に消滅した。
「アホか!火が水で消えるわ!義務教育で習わんのかクソ異人が!」
船長の怒号。
『アサイラム』が生意気にも敵意を見せた異人に尾ビレをぶつける。
「ごばっ!?」
ピンポン玉のように吹き飛ばされた異人は後艦橋に激突して動かなくなった。
即死だった。
「ひっ、ひいいいいい!?」
即死した異人より弱い異人はこの時点で戦意を完全に失った。より弱いものはその場にへたり込んでそのまま『アサイラム』のノコギリのような歯に全身を引きちぎられ食い殺された。
そして多少根性があった異人は船内に逃げようとして、上部構造物に設置された機関銃に撃ち殺された。
銃座のハカセは異人たちに告げる。
「この機関銃はお前らを支援するもんやない!逃げるやつの背中が標的やで!持ち場にもどれ!」
機関銃とサメに挟まれて絶望する異人をもはや驚異ではないと判断した『アサイラム』甲板上の魚に悠々と進んでいく。
-光波斬
その頭部を光の線が貫いた。
「おっと、俺様を忘れちゃ困るぜ?」
光を放ったのは異人のうちの一人、緋ノ本には珍しい白い肌に青い1つ目の大男、スコット・スコフィールドだ。
スコットは一撃できれいに即死させた『アサイラム』のヒレを先程と同じ光線で切断すると厨房から拝借したらしい包丁で腹をかっさばいて中から卵を取り出していく。
「お前ら!座ってないで手伝え!フカヒレとキャビアだぞ!」
スコットの号令とともに船内にいた船員が飛び出してフカヒレとキャビアを取り出す。
その間も外来ザメは飛来してくるが、スコットはそのすべてを自身の隻眼から放った光線で撃墜する。
船員も慣れた手付きで甲板に落ちた死骸を分解していく。
そして船体が揺れる。大きな質量がぶつかる振動が連続する。
「今度は船を沈める気やな」
ハカセはそう判断した。おそらく先程までに倒した個体は強い個体だったのだろうか。
そいつがやられたことで水から出て戦うのは不利と判断して、有利な戦場に人間様を引きずり込もうというのか。舐められたものだ。
「爆雷投下!」
船長の号令一下、船尾の爆雷投射機から円筒形の爆雷が投下される。
深度調整したそれは水中で炸裂し、船底を殴っていた『アサイラム』が腹を晒して浮かび上がった。
「異人ども!船首に向かえ!」
爆雷を警戒した『アサイラム』の残存勢力が船首に移動したのに合わせ、スコットはのしのしと、その他生き残った異人は機関銃に脅されながら揺れる甲板を這いつくばって船首に進む。
戦闘は始まったばかりだった。
「おーい、船長さんよう!」
伝声管から1つ目の異人、スコット・スコフィールドの声が飛び込んできた。
「何なら」
応じる船長にスコットは提案する。
「銛とボートを下ろしてくれ!ちょっくらキャビア取ってくるぜ!」
『アサイラム』の群れはいまだ海燕丸への攻撃を継続している。
連中、目的の餌にありつくことに困難が伴うことは理解しているようだが、さりとて諦める気はないということだろう。
現状、当初の想定以上に漁獲量があるので、本来であれば撤収しても問題はないが・・・。
「頼むぜ、娘にグランドピアノを買ってやりてえんだ」
今回連れてきた異人どもは大半がガラクタで使い物にならない奴らだが、こいつはモヤシみたいな白いナリに反して多少使えることは先の戦闘で把握している。
返答は既に決まっている。
この男がフカヒレとキャビアを回収できればそれで良し、海の藻屑になったら爆雷を撒いて撤収すればいい。
食い詰めた異人など陸に戻れば一束単位で代わりがいるのだ。
つまりこの1つ目のデカブツを失うことは海燕丸にとっては損失のうちにも入らない。
断る理由がない。
「おろし方始め!」
早速スコットを乗せたボートが海面に着水。
「うおりゃ!」
身体能力強化の祝福を受けたスコットの剛腕から放たれた銛が海面に出ていた『アサイラム』の頭を打ち抜く。
外敵に気づいた『アサイラム』は攻撃目標を変更し、ボートに向かう。
一緒に乗り組んでいたハカセがボートを反転させ、距離をとる。
「うりゃうりゃうりゃうりゃ!」
付かず離れず、間合いを維持しつつ追ってくる『アサイラム』に銛を投げる。
「おい若造!銛にロープ付けなくていいのかよ!」
スコットがハカセに聞く。
スコットの投げた銛は多くが命中しているが、急所を一撃という訳にはいかない。
当たりどころが悪く、致命傷にならなかった奴らは離脱するか追撃を継続している。
「問題ないで。そのまま投げ!」
その返答のあと、銛が刺さった『アサイラム』が腹を晒す。
今積んでいる銛は対外来種用の神経毒が塗り込められている。
致命傷にならずとも、ある程度血を通って毒が回ればすぐに無力化できる。
むしろ鮮度が落ちないので即死させるよりありがたい。
「そうかい!じゃ、次々行くぜ!」
スコットが銛を投げるたび、船を襲っていた外来ザメは次々に腹を晒していく。
「もう、全部あいつ一人でいいんじゃないかな」
船上で経過を見ていた異人の一人がそうつぶやいたあたりで、割に合わないと理解したのか、外来ザメの群れは海燕丸から離れていった。
「うめえ!」
解体したてのサメの切り身に醤油をぶっかけて盛大にかぶりついたスコットは率直にして簡潔な評価を出した。
海燕丸を襲った外来ザメは戦闘終了後即座に解体され、高値がつくヒレとキャビアは船員によって処置された。
想定外の大漁によって船倉に収まりきらなかった分は胃の中に収めようというスコットの鶴の一声は直ちに船長に承認され、甲板上では釣り上げたサメを捌いて酒盛りが繰り広げられていた。
「サメ肉は時間経つとアンモニア出て食えんようになるで。はよ食ったらんかい」
ハカセが機関銃で参加者を小突く。
参加者は乗組員の半数とスコット以下転生者の生存組、出港時は20人いたが既に12人がサメの餌担っていた。
船員は粛々とサメ肉を捌き、汚い方言で雑談しながらサメ肉を食っている。
船員たちには別に珍し光景ではないのだろう。
「うめえ!女房の飯よりうめえ!」
一方、珍しい光景の人間たちの反応は二分されている。
図体にふさわしい食いっぷりでサメ肉を食いまくるスコットに反比例して残りの転生者の顔色は悪い。
現在船員によって解体中の外来ザメのほうがまだ顔色がよく見えるくらいに。
「お前ら食えよ、こんなうめえのめったに食えね―ぞ!」
外来ザメの猛威により、仲間の半数以上が惨殺された直後に涼しい顔で飯が食える1つ目男の神経が生存組には理解できない。
それでも食わないと腹は減る。
生き残りの一人は重い体を引きずってサメ肉を口に運ぶ。
妙な歯ごたえを感じて吐き出してみると、人間の指の切れ端だった。
「う・・・おえええええ・・・・!」
「もったいねえなあ」
舷側に身を乗り出してゲロをぶちまける生存者Aに構わずスコットはサメ肉を食う。
いつまででも食えると思っていたサメ肉だがここらで少々飽きが来始めた。
「おい、肉は飽きたぞ!他のをくれ他のを!」
スコットが叫ぶと、キャビアが皿に盛られて出てきた。
「お、これだ!食うぞ!」
「そこのでかいのぉおおお!」
銀のスプーンをキャビアに突き刺そうとしたスコットを静止したのはちびちびと酒を飲みながらサメ肉をつまんでいたハカセだった。
裏返った怒声は波の音をねじ伏せて甲板に響き渡る。
「お、なんだ?やんのか?」
軽くシャドーボクシングの動きで挑発するスコットにハカセは怯むことなく接近すると手に持っていた得物をスコット突きつけた。
「金属使ったらあかん!キャビアがまずなるで、これ使い!」
ラーメン屋でたまに見かけるレンゲを木で作ったものがそこにあった。
「おお若造!気が利くな!」
受け取ったレンゲで採掘したキャビアを口に放り込むと強烈な塩味が旨味成分とともに構内を暴れまわる。
これはもう酒で洗い流すしかねえ!
「酒だ酒!」
スコットの叫びに答えた船員が酒瓶を投げて寄越す。
瓶から落とした酒を口でダイレクトキャッチ、吟醸酒の濃密な辛味が塩分を洗い流す。
そうなれば体はさらなる塩分を求める。
キャビアを食う。酒を飲む。キャビアを食う。酒を飲む。キャビアを食う。酒を飲む。
キャビアを食う。酒を飲む。キャビアを食う。酒を飲む。キャビアを食う。酒を飲む。
これはまさに、味覚の永久機関。
「でかいのぉ!ええぞ!もっと飲め!」「刺し身もまだあるで!」「キャビアもあるで!」
「なんか芸やれ!」「パンツ脱げ!」
気づいたら船員とも打ち解けていた。
気を良くしたスコットが携帯電話を取り出す。
「よーし!お前らに免じて俺様が世界一の美人を見せてやろう!」
待ち受け画面にはよちよち歩きの子供の写真。
「素晴らしい!全く似とらん!」「生物学の神秘!」「優生学の敗北!」
「どーだすげーだろ!だがもっとすげーのはここからだ!この世界一の美人は音楽の才能があるんだ!見ろ!」
更に気を良くしたスコットは携帯電話のストレージから動画を再生する。
よちよち歩きの子供が床に座って鍵盤ハーモニカを力任せにバンバン叩いている。
鍵盤の音はなく、ひたすら床にプラスチックがぶつかる音が適当なリズムで打ち鳴らしている。
その姿は外来ザメに銛を投げてた時の父親に通じるものがあった。
「優生学は偉大じゃのう」「遺伝子は絶対じゃ」「DNA鑑定はいらんのう」
「どーだすげーだろ!将来は偉大なピアニスト間違いなしだ!美しく才気にあふれる美人にはそれにふさわしい楽器が必要だ!そう確信した俺様はグランドピアノをプレゼントするために今ここにいるってわけだ!」
スコットのほら話に船員が爆笑し場が盛り上がり、側方に発生した水柱が舞い上がり頭上から海水の塊が降り注いだ。
新たな敵の出現だった。
To_be_Continued.