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異世界防衛戦線-刃と翼編-  作者: ミネアポリス剣(ブレイド)
序章
4/23

4.セシリア

「セシリア・・・」

低く静かな、それでいてよく耳に届く声。

わたくしがよく知る声。

すごく綺麗な殿方がわたくしの前にいる。

「オイゲンさま・・・」

オイゲンさまはイシュトバーン王国の第三王子、わたくしの夫。

無口な人、だけどとても聡明で優しい人。

これは夢だ。

わたくしは知っている。

わたくし同じ場所にオイゲンさまはいないことを。

これは思い出。

オイゲンさまと過ごした日の思い出を見ているんだ。

だからオイゲンさまがわたくしを自室に招いた理由も分かった。

机の上に置かれた二本の剣。

長いものと、短いもの。

オイゲンさまは短い方の剣を取ると膝を付いてわたくしと目の高さを揃える。


蒼天の剣。


大昔、伝説の英雄、イシュトバーン王国の創設者が使ったとされる二本一組の聖剣。

イシュトバーン家の家宝。

オイゲンさまはその半身をわたくしに差し出す。

「・・・あの、これは・・・」

受け取るべきかどうかわたくしにはわからない。

わからなかった。

これは大切なイシュトバーン家の家宝、わたくしが触れていいものではない。

お姉さまたちはそう言っていた。

オイゲンさまは戸惑うわたくしの手に剣を持たせる。

オイゲンさまの手は大きく、とても力強い。

渡された剣はわたくしの手には大きく、重い。

落とさないように、剣を抱きかかえるとオイゲンさまは静かに口を開く。

「聖剣は二本で一つ。片方を預ける」

このときはオイゲンさまが何を思っていたのかわからなかった。

大切な家宝をなぜわたくしに預けるなどと。

わたくしの小さな手では鞘から抜くこともできないし、わたくしの細い腕では剣を振ることもできないのに。

「姉上に何を言われたかは知らんが、セシリア、お前はもうイシュトバーン家の人間だ」

オイゲンさまは優しく肩を掴んでわたくしに話しかける。

それでわかった、オイゲンさまはわたくしがお姉さまたちに叱られたことを気遣ってくれているんだ。

「イシュトバーン家の家宝をイシュトバーン家の者が持つことは何もおかしいことではない」

優しい人、わたくしが嫁いだ日もお世継ぎが作れないわたくしに何も言わず指輪を通してくれたときの顔でオイゲンさまはわたくしを見据えている。

「剣はイシュトバーン家の守護者、お前のことも守ってくれる。必ずな」

オイゲンさまはわたくしを認めてくれる。

このことがとてもうれしくて、涙が溢れてきて、オイゲンさまは何も言わずわたくしを抱きしめてくれる。

楽しい思い出は涙で溶けて、光に変わっていく。

幸せな夢が終わる。

夢から覚めたらそこにオイゲンさまはいない。

けれど、オイゲンさまは今もわたくしを見てくれる。

そんな気がした。





鶏はいないが日の出を告げる役は女神が努めた。

「起きたー!セシリアちゃん起きたー!」

相当疲れが溜まっていたらしい。

昨日旅団から買い取った子供は昨日の夕方から日の出まで眠り続けていたが、どうやら楽しくない現実に戻る覚悟ができたようだ。

「そうか!じゃあ風呂に入れてやれ!」

子供を風呂に入れたら今後のことを考えないといけない。

家のローンの返済もそうだが、あのチビの身の振り方も考えねばならないし、女神の持ってきた話もある(これはどうでもいいか)。

とりあえず外人部隊の詰め所に行くとこからだな。




目が覚めると淡黄色の髪をした見慣れない格好の女の人がわたくしを小屋の外に連れ出してくれた。

「おはようセシリアちゃん」

エクレールと名乗った女の人の前には大きな鉄の筒がある。

すごい。

こんなに大きな鉄の筒、どうやって作ったんだろう。

中にはよく熱されたお湯が満たされているらしく白い湯気が立ち上ってる。

「ずっと歩きっぱなしで汗かいてるでしょ?お風呂入ろっか」

エクレールは殿方が着るような衣装を脱ぐとわたくしにも入ろうと促してくる。

でも、こんなにたくさんの水をわたくしをが使っていいんでしょうか?

イシュトバーン王国では水はすごく貴重で、沐浴なんてなかなかできるものではないのに。

「ほら遠慮しない」

エクレールは無遠慮にわたくしのドレスを脱がせていく。

「うわっ、肌白っ!」

そう言われると少しだけ嬉しい。

イシュトバーン王国に嫁いだ時、オイゲンさまが褒めてくれたから。

「めっちゃキレイ・・・」

「ありがとう・・・ございます」

エクレールはわたくしを抱え上げてお湯を張った筒の中に入る。

温かい。

長い間眠っていたはずなのに取れなかった疲れがお湯の中に溶けていくような気持ち。

すごく、気持ちいい。

体が温まってまた眠くなってくる。

ここはどこなんだろう?

エクレールと同じ色の髪の老婦人がなにか怒った様子で何かを叫んで、それから気づいたら見たことない場所に来ていた。

鉄の馬に乗った黄色い肌の原住民に捕まって、よくわからない言葉で怒鳴られて、すごく怖かった。

黄色い肌の原住民はオイゲンさまから預かった蒼天の剣を奪い取ろうとして、必死に抵抗したけど原住民が出した火を吹く棒で脅されて、何かが弾ける音が聞こえて手足から力が抜けて。

ただ怖かった。

あの火を吹く棒が恐ろしくて、なにもできないままオイゲンさまの形見の剣を奪われて。

「う・・・」

涙がこみ上げてきた。

オイゲンさまが預けてくれた剣を奪われた自分が惨めで、取り返さないといけないのに怖くて震えてることしかできない自分が情けなかった。

「大丈夫?」

エクレールが心配そうにわたくしを見ている。

「無理もないか・・・大の男でもほとんど死んじゃうようなところにいたら泣きたくもなるよね」

でももう大丈夫、そう言ってエクレールはわたくしの手を取ると、左手を見て怪訝な顔をした。

「その指輪、どうしたの?」

「これは、オイゲンさまから賜ったものです」

なんでこんなことを聞くんだろう。

わたくしの疑問をそのままにエクレールは次々に質問を浴びせてくる。

「それって、男?」

「はい」

「お父さん?」

「いいえ」

「お兄さん?」

「いいえ」

「弟?」

「いいえ」

「友達?」

「いいえ」

「じゃあ、何?」

「えっと、夫、です」

夫、だった、そう言うべきだったけど言うことができない。

信頼して預けてくれた家宝の剣をみすみす奪われるようなわたくしをオイゲンさまはもう妻とは呼ばないと思う。

でも自分の口からそれを言うのは嫌だった。

「ちなみにだけど、あたしと同じ髪のババア、いや、婦人がその指輪を見て同じことを聞いたりした?」

「・・・はい」

わたくしにはどうしてエクレールがこんなことを聞くのかわからない。

でもエクレールには今の質問で何かが分かったらしい。

何か二言三言何か汚い言葉をつぶやくとわたくしに頭を下げた。

「うちのバカが、ごめん!」

「え、あの・・・」

「セシリアちゃん辛かったでしょ?こんな世紀末みたいなとこに飛ばされて」

この人はなんで謝ってるんだろう。

「でももう大丈夫、よく頑張ったね。あとはあたしたちに任せといて」

達?他に人がいるんでしょうか?



「というわけなのよ」

風呂から出たあとすっ飛んできた女神が俺に向かって早口で言ったセリフの内容はこうだ。

「つまりお前の前任者の行き遅れのババアが、8歳児の分際で結婚しやがったあのチビを僻んでこの緋ノ本(ゴミ捨て場)に送り込んだってことか?」

そうなのよ、と女神は相槌を打つ。

「可哀想なセシリアちゃん・・・ババアの逆恨みであんなひどい目に・・・」

「人災じゃねーか」

ヒューマンミスのほうがまだマシだ。

こいつら気分で仕事してんのか?いい加減な奴らだ。

「失礼なこと考えてるでしょ?あたしは真面目に仕事に取り組んでるわよ?少なくともあたしは」

信用できんな。

俺がわかることは、この女神がババアになる頃には今俺の前で言い切ったセリフは完全に記憶から削除されているだろうということだ。

「もっと失礼なこと考えてるでしょ?」

「考えてない。事実の確認をしてただけだ」

女神とだべっていたら紫髪のチビが近づいてきた。

元は高級品だったであろうボロ布のスカートをつまんで俺に向かって頭を下げる。

「Danke, dass du mir aus der

「なんて言ってるか分かんねえよ。日本語喋れ」

「昨日は助けてくれてありがとうって言ってるのよ」

なんだこの女神、言ってることがわかるのか?

外人部隊の『帳簿係』が使う翻訳の奇跡スキルでもあるのか?

どちらにしてもここに女神がいるのは予想外に助かるかもしれない。

俺はこのチビが言ってることがわからねーし、このチビは日本語が分からないらしい。

待て、この緋ノ本は訛りや独自の用語はあるがはあるが基本は日本語に近い。

だから俺が転生したときは旅団と交渉ができて、外人部隊にたどり着くことができたわけだが。

スコットの野郎は明らかに日本語圏出身じゃなかったがはじめに会った時には日本語ペラペラだった。

他にも明らかに日本人離れした転生者の方が多いのにあいつらふつーに日本語話してる。

それよりむしろ気になるのは

「なんでこのチビは日本語が喋れないんだ?」

ああ、それね。

女神は食ってたキャベツの中に芋虫の断面を見つけたような顔だ。

まあ、だいたいわかったが說明させよう。

「ふつーはね、転生者を別の世界に送るときは、その世界に適応できるように最低限の奇跡スキル祝福バフは覚えさせるのよ。言葉が通じるようにしたり、ある程度の戦闘技術とかね。あんたは日本人だし、そういう仕事してたから必要なかったけどね?」

「ああ、書類を右から左に流してたわけじゃなかったのか」

「ちゃんと転生者の情報は見てるし、情報に応じて色々やってるわよ?少なくともあたしは」

「あたしじゃないやつはやってないのか?」

「そうよ。あのババア、セシリアちゃんが可愛くて男にモテるからって僻み根性で嫌がらせしたのよ」

つくづくいい加減な組織だ。

俺はチビに向き直る。

「まあ、災難だったな。昼には出かけるからそれまで休んでろ」

女神が俺が言った言葉をわかるように伝えると、チビは物わかりよく部屋の中に戻っていった。

「で、出かけるってどこへ?」

「外人部隊の支部だ。チビを訓練する」

「あんな小さい女の子を戦わせるの!?」

「当然だ。あいつを買うのに2億使ったんだぞ。元を取らねえと割に合わん」

「あんた、意外とケチなのね」

「よく言われるよ」

外人部隊は金にだらしないやつが多い。

いつ死ぬかわからない仕事してるから宵越しの銭を持つという発想が消え去るらしい。

ということをスコットがよく言ってる。あいつに限ったことじゃない。

家計簿付けてたら基地外呼ばわりされるような世界だ。

「外人部隊には俺より金払いのいいやつはゴロゴロいるぞ」

それに、

「お前の探してる神器アーティファクト、探してやろうっていうもの好きも1人くらいいるだろう」





「セシリア・イシュトバーンと申します。先日は危ないところを助けていただきありがとうございます」

「Naniiterukawakaraneeyo.Nihongoshabere」

原住民に捕まったあと、ゴブリンの群れに連れさられて、大きな鉄の魔物に食べられそうになったところを助けてくれた人がいたのでお礼を言おうとしたけど、この人は言葉がわからないみたいだった。

「紳士として当然のことをしたまでです。だって」

エクレールが男の人が言ってることを教えてくれた。

原住民と同じ黄色い肌、刃物のような鋭い顔をした男の人はエクレールとなにかを話してる。エクレールはこの男の人の言ってることがわかるようで、何か楽しそうに話をしてる。

「Kyoshiro」

男の人は親指を自分の顔に向けながら同じ言葉を言うそれを何度も。

多分、名前を教えてくれているのかも。

「辛い思いをしたことは美しき転生の女神より伺いました。後のことは任せて休んでいてください。だってさ」

そう言われて、部屋の中に戻ってしばらくしたら、聞き覚えのある甲高い嘶きが聞こえた。

あれは、ゴブリンたちが操っていた鉄の馬。

近づいてくる!?

「あ、あぁ・・・」

早くここから逃げないと、そう思ってここにいる人のことを思い出した。

エクレールとキョウシロウさまに知らせないといけない。

部屋から出ようとしたけど立ち上がることができない。

腰が抜けた!?どうしよう、早二人に知らせないと。

でも足には全く力が入らない。

生まれたばかりの赤ちゃんのように体を引きずって部屋の外に出る。

二人は部屋の外で庭の方を見てる。

程なく鉄の馬の群れが小屋の前に現れてしまった。



「あ、セシリアちゃん出てきた」

「そうか、じゃ、そっち頼む。俺は業者の応対してくるわ」

不動産業者が生活用品その他を届けに来たようだ。

随伴の化学戦車の火炎放射器が侵入者を阻むべく枝と種を飛ばす外来植物を焼き払う。

攻撃手段を失った外来植物が大人しくなったところで車輌が庭に侵入してくる。

外来植物は次の迎撃手段として根を伸ばして進路を妨害しようと試みる。

それを先行するローラーが踏み潰してそのまま地面に押し込める。

ついで物資を搭載したトラックが進入。慣れた動きだ。

「お待たせしましたなー。サービスの物資の運び込みを行いますなー」

「よろしく頼む」

業者の合図で輸送車両から作業員が出てきて物資を家の中に運び込んでいく。

「家具類は母屋、燃料は倉庫に入れてくれ!」

業者が俺にタバコの箱を渡してきた。

「こちらもサービスですなー」

「お、助かる」

ターボライターもついていたので早速火を点ける。

あ、いいな、久しぶりのニコチンが駆け巡る感覚。

人間の肺はこのためにあるのだと教えてくれる尊い数秒間。

実に24時間ぶりだ。

禁煙したあとのタバコはうまい。

「ところで、あの外来植物はいつ元通りになるんだ?」

化学戦車で葉を燃やして根を潰したがこれで終わりではないだろう。

むしろこれで終わらないから転生者に押し付けるわけだからな。

「このくらいなら一週間は大人しくしてると思いますなー」

「そうか、農薬は効くのか?」

「既存のものでは仕留められませんなー。どこかの企業が新製品を研究してるかもしれませんが詳しいことはわかりませんなー」

業者が言うには、この外来植物は家の敷地を乗っ取ったあと、版図の拡大を止めているのだという。

一度は旅団による大規模空爆も計画されたが、今の規模では投資効果が得られないため凍結しているというわけだ。

「駆除はできなくはないんでしょうが・・・割に合わないんですなー」

不動産業者からしても頭が痛い話らしく目を押さえている。

「あの植物を駆除したら、地価はどうなる?」

「それは、かなり上がりますなー。3億くらいにはなりますかなー」

「そうか」

俺もこの家にいつまでも住むつもりはないが、基本的に金がないから移動するときは土地を転がして軍資金にする必要がある。

あの植物のせいで買い手がつかない物件だが、駆除できれば金には困らなくなるだろう。

どこかのタイミングで駆除しよう。

「あ、これもサービスですなー」

業者が指差したのはオレンジ色に塗装されたピックアップトラックだ。

「60年式四起、豊島四起製、翔和62年製作、平征17年除籍、の車両ですなー。ディーゼル2.4L、ラジオはまだ使えますなー。エアコンは一応付いてますが効きが悪いので三角窓使ったほうがいいですなー。シート脇の手榴弾ホルダーはドリンクホルダーに使えるので活用してほしいですなー」

エンジンがかかるのを確認、ふつーにかかるな。

「豊島四起製は頑丈ですな。故障させるほうが難しいですな」

だから旅団で死線をくぐった車輌が大量に払い下げられるのだ。

この車輌もベヒーモスの突進を食らって50メートル吹っ飛んで岸壁にぶち当てられ乗員全員がミンチになったにも関わらず自走状態で回収できた実績持ち、ということだ。

「機関銃は除籍時に取り外してますなー。取付台は残してるので必要だったら別途購入してほしいですなー」

まあこれで足ができた。これで移動もできる。

「こっちも終わったようですなー」

物資の運び込みも終わったようだ。

引き上げてきた作業員がトラックに乗り込んで庭の外に退避していく。

実に慣れた手際だ。

これで今日から布団で寝れる。

「では我々はこれにてー」

業者が引き上げる。

「よし、お前ら行くぞ。車に乗れ」

「ちょっと、何なのよ、セシリアちゃん怖がってるじゃない」

「何かあるのはこれからだ。さあ乗れ」

ピックアップトラックの運転席に俺、女神が助手席、その膝にチビを乗せる。

「狭いんだけど」

「じゃあ荷台で荷物の見張りをするか?」

「こっちでいい」

エンジンは好調。転生者がギブアップする戦場を生き抜いたトラックはディーゼルの音と振動とともに走り出した。







To_be_Continued.

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