21.三災獣(トライディザスター)-3
21.三災獣-3
林の中に続く血痕を追って行くとしばらくして川にさしかかった。
「痕跡を消したか」
対岸が濡れていることから川を渡ったことは間違いない。
ここから先は車を置いていく他ないか。
「ねえ、これからどうやって探すの?」
ピックアップトラックの助手席から女神:エクレールが問う。
既に日が落ちて視界もほとんど効かない。
林の中を無策で捜索するのは自殺行為に思える。
恭士郎は運転席から飛び降りると緋本刀を地面に突き刺した。
「アイシン、風下を見張れ」
ー風詠み(ウィンドトーカー)
緋本刀を中心に緩やかに螺旋上の風が巻き起こる。
索敵用に恭士郎が編み出した奇跡だ。螺旋状に吹く風は障害物に当たることで乱流を生み、乱流はそこにあるものをあぶり出す。乱流が大きいほどにその精度は上がる。
つまり相手が速く、大きく動くほど見つけやすくなる。
植民地海兵隊の友、動体探知機から着想を得た。
風詠み(ウィンドトーカー)で捜索できる範囲は開けた場所なら2km、今回のように入り組んだ場所なら1km、その範囲内であれば発見は可能だ。
だがもし三災獣がその範囲の外に逃げおおせていたら今夜中に発見は不可能だろう。
そうなれば盾としての価値を失ったセシリアは殺される。
「やつはまだ遠くには行っていない。時間を与えてはやらんぞ」
成り行きで助けてしまった以上、むざむざチビを死なせるわけにはいかん。
恭士郎は木の間を吹く風の動きに神経を集中する。
三災獣に捕まったセシリアは暗い場所で目を覚ました。
セシリアの意識を呼び覚ましたのは滞留した空気がもたらす不快な臭気だった。
セシリアの目の前に大型の外来種が寝転んでいた。
昼間に見た三災獣と似ているが一回り小さい。
三災獣と異なり、翼がなく頭も一つだけだ。
低く重い呻き、見ればその外来種には深い傷が刻まれている。
人間の武器によるものではなく。
転生者の奇跡にしては粗い傷は何か別の生き物に襲われたのだろうか?
「グオオオオオオッ!」
その隣ではキョウシロウと戦った三災獣が荒い息をついていた。
三災獣はキョウシロウにつけられた傷でひどく弱っていた。
二つあった頭は片方が失われ、残った猛禽の頭も表面を覆う羽毛が火で燃え散ってしまっていた。
切り飛ばされた前足からは未だに血が溢れていて止まる気配がない。
セシリアから見ても、この獣はもう長くないことが分かった。
三災獣は自身の負傷にはかまわず、一回り小さい個体へ歩み寄るとその傷口を優しげに嘗める。
一回り小さい獣は反応するだけの気力もないのか弱々しく息を吐くのみだった。
そして分かった。
この二匹の獣は番いなのだと。
三災獣は傷を負った雌を巣穴に匿い、食料を狩りに行っていたのだろう。
しかし雌の傷はあまりにも深すぎた。
もはや食料を口にできないほどに弱っていて、雄が持ち帰った外来種の肉や臓腑は地面に転がって腐るのみだ。
「ウ・・ウ・・・」
その事実に気づかないのか、認めたくないのか、雄は食料を与える。
おそらくはセシリアも食料にするつもりだったのだろう。
もし雌の傷がもう少し浅ければ、今頃は食べられていたかもしれない。
そのようなことを考えていると、腐肉の中に食料ではないものが紛れていることに気づいた。
旅団が輸送していた医薬品だ。
キョウシロウは三災獣は知能が高いといっていた。
おそらく、これが傷を治すものだと言うことは分かっているのだろう。
しかし、どのように使えばいいかが分からず食料と一緒に与えようとしたということか。
セシリアは医薬品の中から消毒薬と包帯を引っ張り出す。
その動きを警戒した三災獣が威嚇する。
セシリアは薬瓶の蓋を開けてみせる。
「わたくし、使い方、分かります」
言葉は通じない。しかし意思は通じたようで三災獣はそれ以上セシリアには何もしてこなかった。
セシリアは個別包装された布に消毒液をかけると、雌の傷口に塗っていく。傷口を広げないように慎重に。
雌は苦しげに悲鳴を上げる。
雌が受けた傷は内臓まで達していた。
傷口を綺麗にしたくらいでは助からないことははっきりと分かった。
それでも、腐りかけた傷口を消毒し、腐肉に湧いた虫の幼虫を取り除いていくといくらか息づかいが穏やかになっていくのが感じられた。
雄がそれを見て安堵したように喉を鳴らす。
そこで、穴の外から風の音が聞こえてきた。
「キョウシロウ?」
精霊達によって統制された風の流れは岩肌を撫でるように動くと外から甲高い風切り音をかき鳴らす。
それはまるで楽器のように、細い管を風が通るように。
近くにある洞窟を探っている。
ここを突き止めるのは時間の問題だと言うことがセシリアには分かった。
一方、三災獣もそれは理解しているようで、本来は捕食者であるはずの猛禽の頭には明らかな怯えがあった。
三災獣の理解はセシリアとは違っている。
ーいるのは分かっている。
ー観念して出てこい。
ー出てきて俺に食われろ。
恐るべき縦長の捕食者はそう言っているのだ。そして、出ても出なくても三災獣にもたらされる結果は何も変わらない。
動けない瀕死の番を見る。
ここでの最善はどうすればいいか、それを考えるための頭は既に縦長に食われた。
残る猛禽の頭は生物の本能でのっそりと起き上がる。
縦長に斬られた傷口から血が噴き出す。
血の轍を引きずりながら三災獣は巣穴の外に出る。
自分はもう助からない。
だが、万に一つ、自分が縦長と差し違えることができれば番は助かるかもしれない。
捕まえてきた縦長の子供の手当によって、番の傷は少し良くなったかのように見える。
縦長の子供は番を食う意思はないようで、一心に番の傷を治している。
縦長を倒すことができればもしかしたら。
三災獣は巣穴からゆっくりと出る。
周辺の洞窟から風切り音が響く。
運がいい。縦長はまだ巣穴を見つけていない。三災獣は翼を広げ、最後の戦いに飛び立った。
風詠み(ウィンドトーカー)が獲物の位置を捉えた。低空を飛行してながら恭士郎とエクレールの周囲を旋回しながら距離を詰めてくる。だがその動きは五体がそろっていた時に比べて鈍重だった。
「恭士郎!突っ込んでくる!」
手負いの獣が放つ殺意に気圧されたエクレールが半ばヒステリックに叫び手にした20ミリ自動砲を放つと反動でひっくり返ってそのまま斜面を転げ落ちていった。
「痛い!肩にぶつけた!痛い!」
「何やってんだあいつ」
斜面の下でのたうち回る女神に構わず恭士郎は地面に刺した緋本刀を抜き放つ。
まあいいだろう。
戦闘要員としては女神は大してアテにできない。
女神やそのお仲間が人間の世界で活動しようとすると能力に制限があって、十全に奇跡を使うことができないと言うことらしい。
人間が潜水服を着ても水中でサメに勝てないようなものだそうだ。
だからここで仕事をするために自分が転生させた恭士郎を頼ってきたわけだ。
もっとも、奇跡が使えたとしても野戦も狩猟も未経験の事務屋が戦力になるとは思えないから害獣の攻撃範囲外に行ってくれたのは悪いことではない。
害獣は観念したのか、それともまだ勝つ気でいるのか果敢に突進してくる。
一本だけ残った前足から火花が散る。電撃を集めているのか。
そして、飽和した電流が空中に放たれる。
放電による奇襲、だが恭士郎に電撃は届かない。
圧縮した空気の壁が抵抗となり電撃を逸らした。
そして、電撃を逸らした空気の壁はすぐに形を変える。
三災獣の前方に乱流の渦が形成され、乱流が翼を縛り付けた。
そして、一瞬止まったところで風は次の形を作り出していた。
ー風刃
形成した二つの空気の刃は三災獣を捉え、二枚の翼を根元から切り落とし地面に撃墜した。
ー強すぎる。
地面に落ちた三災獣は迫る縦長に再び電撃を纏った爪を振りかぶる。
同時に振りかぶった前足が切り飛ばされ鮮血が吹き上がった。
それでも三災獣は諦めない。唯一動かせる猛禽の頭から冷気を吹き出す。
それも乱流に阻まれ縦長に届かない。
そして、攻撃のために放った冷気は乱流によって跳ね返されて三災獣の体は氷漬けになった。
もしかしたら、そんなものはなかった。
縦長は捕食者などという生やさしいものではい。
絶対的強者。
己が挑んだ相手はそういう存在だった。
怯えはもはやなかった。
理解を超えた強者を前に持てる感情も本能も持ち合わせていなかった。
「死ねよ」
恭士郎が緋本刀を突き込む。動けない三災獣の脳幹を的確に破壊し、哀れな獣は一瞬で絶命した。「あー死ぬかと思った・・・」
女神がえっちら斜面を登ってきたところで、風が吹き上がる音が聞こえた。
「あ、これセシリアちゃんじゃない?」
セシリアが奇跡で自分の居場所を伝えているのだ。
雄の三災獣が巣穴を出てどれだけ時間が経ったのか、周囲で鳴り響く風が止み、精霊が沈黙した。
雄がキョウシロウに挑み、敗れたのだと分かった。
雌の容態は多少良くなったように見える。
傷口に湧いた虫を取り除いたから痛みが和らいだのだろう。
それでも、このままでは助からないことは明らかだった。
セシリア一人で出来ることはこれ以上なかった。
だからセシリアは自分の理力で精霊に命じる
風鎚より柔らかく広く、巣穴の外に風を送り出す。
楽器のような高い音が鳴る。
これで近くにいるキョウシロウが気づいてくれるはずだ。
程なくキョウシロウとエクレールが巣穴にやってきた。
「うわ、でか!もう一匹いた!この野郎!セシリアちゃんから離れろ!」
20ミリ自動砲を構えるエクレールをキョウシロウが制する。
「やめろ、無駄に傷をつけるな」
キョウシロウはエクレールに銃口を下ろさせると雌に近づき、そのまま首筋を切った。
太い血管を切ったのか一瞬大量の血が噴き出し、そのまま雌も絶命した。
「皮は取引先に売れるからな。あまり傷をつけるなよ」
キョウシロウの淡々とした物言いをセシリアは呆然と聞くことしかできなかった。
恭士郎は動かなくなった雌の外来種を流し見ると携帯電話を取り出す。
目標は達成された。
この後は報酬の取引だ。
死体の引き渡しは報酬に含まれてはいないが討伐の確認をさせて握りをしなければあとあと揉めることになる。
さらに、この雌の死体には恭士郎でも旅団がつけたものでもない傷があった。
セシリアが手当をしていたが致命傷だったのは間違いない。
この外来種とは別の、さらに強力な個体が存在する可能性があることは報告せねばなるまい。
そんなことを考えていると死体の腹が動いた。死後硬直にしては早い。
それも腹だけ動くことがあるのか?
慎重に腹に近づこうとしたところでセシリアが恭士郎の手をつかんだ。
「何だチビ、下がってろ」
恭士郎はセシリアを追い払うように手で払う。外来種の中には死亡時に自爆を仕掛けてくる場合がある。
雄にはその能力はなかったが雌も同じとは限らない。
単純に体を破裂させるものもあれば、有毒ガスをばらまくものもある。
どちらにしても恭士郎の奇跡であれば対策は可能だが、セシリアが巻き添えになる可能性は排除した方がいい。
そして、セシリアが言った言葉は恭士郎の予想とは大分かけ離れていた。
「アカチャンカ、イマス」
「マジかよ」
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