20.三災獣(トライディザスター)-2
20.三災獣-2
三災獣の捜索を開始してから最初の手がかりを見つけるまではそれほど時間はかからなかった。
線路を見下ろせる小高い丘の上で戦闘があった痕跡。
大型の猪のような外来種の死骸が転がっていた。
ベヒーモスだ。
この近辺ではよく見かける外来種で農作物や家畜を襲う駆除対象だが同時に肉や毛皮には価値がある。
だからこそなのか、価値のある部分は既に持ち去られていた。
ベヒーモスは強い力で腹を裂かれ、内臓をすべて失っている。
「う、うげええええ・・・」
「きたねえなあ・・・汚れちゃうからセシリアちゃんは僕と安全なところに行こうか」
普段こういう荒事とは縁がない女神:エクレールはピックアップトラックの脇で吐瀉物をぶちまけている。
胃液で喉が荒れてランドセルクソ野郎の暴言に言い返すこともできない。
「チビ、こっち来い。微笑みデブは20ミリ自動砲(20ミリ)持って風下を見張れ。アイシンは、車に戻ってろ」
恭士郎の指示に微笑みデブと呼ばれたランドセルクソ野郎は荷台から20ミリを担ぐとベヒーモスの風下に陣取る。
セシリアが恭士郎の隣に駆け寄ると恭士郎はセシリアに死体の内側を見せる。
死人に口なし、だが死体は多くを語る。
それを教えてやろう。
この世界で生きていくためにいつかは必要になる知識だ。
「触ってみろ」
セシリアは恭士郎に促されるまま死体の内部に触れる。
生暖かく気味の悪い感触に思わず顔をしかめてしまう。
「まだ体温が残ってるだろ?」
恭士郎は死体を触るセシリアに説明する。
生き物が死んで時間が経てば体温がなくなり血液も固まる。
この死体はまだそうはなっていない。
だからこの死体は死んでから時間がほとんど経っていないということをセシリアに説明する。
セシリアは顔をしかめながら死体から体温がなくなっていくのを感じ取っていた。
触っているだけで暖かさがなくなっていくのがはっきり分かる。
恭士郎はタバコに火をつけると懐から狩猟用の剣鉈を抜きセシリアに手渡す。
「獲物はまだ近くにいるぞ」
恭士郎の言葉に応えるように重い銃声が響いた。
ランドセル男が20ミリを撃った音だ。
「いたぞ!見つけた!」
風下を見張っていたランドセル男の叫び。
風下からは見慣れない外来種、三災獣が接近中だ。
鳥類とは虫類と哺乳類の中間、というよりは混成といった方が近いか。
ドンッ!
ランドセル男の20ミリが火を噴く。
それに併せて三災獣は横に飛んで射線から外れた。
「クソ!」
手動で重い撃ち殻を排莢し次の狙いを定める。三災獣はその銃口の動きに合わせて横に回避行動をとる。
ーだめだ、この外来種は銃を理解している。
狂剣の予想は完璧に当たっていた。
ジグザグに飛びながら無駄撃ちを誘い三災獣は着実に間合いを詰めている。
次外したら死ぬ。
「デブ!下がれ!」
狂剣の命令に思考が切り替えられる。
攻撃で硬直した頭は退避へ、だが退避した先にはセシリアがいる。
自分が逃げたら次はセシリアが狙われる危険がある。
ーああ、くそっ!
ランドセル男は下がらない。
どのみち、この世界で自分が長生きできるとは思ってなかった。
だがいくらなんでも子供を巻き添えにして死ぬのはいくらなんでも無様に過ぎる。
ランドセル男はセシリアから離れる方向に走りだした。
20ミリは恭士郎のいる場所に投げる。
ここまで近づかれたら銃は役に立たない。
三災獣は狙いをランドセル男に定めた。
銃を捨てたことで攻撃手段を失ったと判断したらしい。
そしてランドセル男の眼前に回り込むと、炎のたてがみを持つ獅子の頭と氷の羽を纏う猛禽の頭が交互に威嚇する。
「火炎弾!」
最後の抵抗に放った奇跡が三災獣に向かう。
そして猛禽の頭が放った冷気によって本体に届くことなく消滅した。
ーあ、これ無理だ。死んだわ。
直後、火球を吹き消して余りある冷気によってランドセル男は全身氷漬けになった。
ランドセル男を無力化した三災獣は氷塊と化した獲物にとどめを刺すべくその鉤爪を振りかぶる。
そこで不意に衝撃が走り鉤爪が折れた。
「ガアアアアアアッ!」
怒りをあらわにした三災獣の4つの目は二匹の外敵を捉えていた。
「チビ!下がれ!」
三災獣に風鎚を撃ったセシリアを後ろに下げ恭士郎は腰の緋本刀を抜く。
恭士郎が味方撃ちを恐れて撃てなかったこの距離から風鎚を狙って当てるとはたいした精度だ。
だが褒めるのは後だ。微笑みデブが反らした注意がこっちに向いてしまった。
セシリアは風鎚の反動で痺れた腕を押さえながら下がる。
チビのやつ焦って撃ったのか、それにしては狙いが正確だ。
奇跡の精度で言えば恭士郎を既に超えているかもしれない。
軍人や剣闘士のような戦闘のプロばかりが転生られるこの緋ノ本に9歳のガキの分際で流れ着いたのにはそれなりの理由があるということか。
女神:アイシンは前任者のクソみたいなやらかしのせいだと言い切っていたが。
もっとも、日本の平凡な公務員出身の恭士郎を緋ノ本に転生ったアイシンも大概やらかしているが。
とにかく、チビの奇跡は精度はともかく圧倒的に威力が足りていない。
爪を一本折っても三災獣の戦闘力はほとんど衰えていない。
背中に生えた翼を広げて突進してくる。
空を飛ぶのではない。迎え角を低く取ってエアロパーツのように活用して速度を出し、姿勢を安定させているのか。
「ミニ四駆かてめーは」
恭士郎に答えるように稜線から三災獣が飛び上がり炎のたてがみを持つ頭から炎を吹き付ける。
「チビ!伏せろ!」
ー風鎚
吹き付ける炎に圧搾空気をぶつける。
チビのものとは違う。100%窒素充填だ。
酸素を持たない空気の塊は炎を吹き消し獅子の鼻面に命中した。
三災獣の攻撃は止まらない。次いで猛禽の頭が冷気を吹き付ける。恭士郎も既に迎撃に入っている。
咥えていたタバコを冷気の進路に吐き出すとタバコに空気の塊をぶつける。
今度は酸素を圧縮した塊だ。
固めた酸素はタバコの火に触れると業火となって燃え広がり三災獣の全身に覆い被さった。
炎に炙られた猛禽の頭は悶絶し甲高い絶叫をあげる。
獅子の頭は炎に耐性があるのか憤怒の形相で反撃を行う。
振りかぶった鉤爪が帯電し火花を散らす。
恭士郎は構えた緋本刀を下から切り上げる。
金属の刀身が帯電した三災獣に触れればそのまま感電してしまう。
だが、今持っている刀はベルンハルト財団試作モデルの特別製だ。恭士郎の理力に答えて柄から空気を吸い込むと刀身に開いた微細な穴から吹き出し空気の刀身を作り出す。
ー風刃
刀身を覆うように形成した空気の層は刃となって三災獣に向かって飛ぶ。
そして、帯電した前足が獲物に届く前に切断された。
セシリアは身を低くかがめながら、三災獣と、それを狩るキョウシロウの戦いを見上げていた。
戦う、ではなく、狩る。
キョウシロウと三災獣の戦いは戦慣れしていないセシリアから見てもどちらが強者か一目瞭然だった。
セシリアが使ってほとんど手傷を与えられなかった奇跡と全く同じ奇跡で二つある頭の片方を弾いた。
威力が圧倒的に違う。セシリアの目には風の精霊がキョウシロウに集まっているのがはっきりと映っていた。
セシリアの穏やかで静かな精霊ではなく力強く雄々しい精霊が三災獣の炎の精霊を吹き散らす。
セシリアの世界では、炎の精霊を押さえるのに風の精霊は不向きとされている。
風は炎を荒ぶらせるからだと。
だから水の精霊を使役する必要があると習ったのに、キョウシロウは風の精霊しか使役していない。
ついで三災獣が吹き付けた冷気はまたも風の精霊が『焼き払った』。
ここでも炎の精霊はいない。
いったいどうやって?
セシリアの疑問にキョウシロウも精霊も答えない。
キョウシロウが持つ片刃の剣に精霊が集まると、風の刃になって三災獣の前足を切り飛ばした。
誤算だった。
三災獣はこの段階で己が獲物を取り違えたことを理解した。
この近辺にいる縦に長い生き物が使う『飛ぶ牙』、これは厄介だったが全ての個体が使える訳ではないことを三災獣は知っていた。
また、群れで襲ってこなければ『飛ぶ牙』は回避可能なことも。
そして、『飛ぶ牙』を使う個体は何の問題もなく倒した。
だから残りは脅威ではないと言う判断は完全に慢心だった。
慢心の罰は足の一本という形で返ってきて、今は己が獲物だ。
縦に長い生き物の不自然に大きな爪から甲高い風切り音が鳴る。
まるで獲物を前に舌なめずりしているようだ。食われてたまるか。
ここで考えるべきは生き残る方策だ。
この縦長の生き物に己の武器は効かない。
これ以上の攻撃は無意味だ。では逃げるか?
いや、先ほど己の足を奪った『飛ぶ爪』の速さは己の速さを超えている。
逃げた背中ごと『飛ぶ爪』の餌食になるだけだ。
己の武器で状況を打開する手段はない。
縦長の生き物は圧倒的な捕食者だった。
だが、その圧倒的な捕食者の動きはここにきて鈍い。
それはなぜか?
縦長の生き物の後ろに寝転んでいる小さい個体がいた。
三災獣は理解した。
この縦長の生き物は子供を守っているのだ。
三災獣が動いた。
予想される動きは攻撃か、逃走か。
獅子の頭が炎を噴く。それは恭士郎を狙ったものではない。
「クソが!」
恭士郎の後ろのセシリアに向けて吐いた炎を
かき消す、その一瞬の間に恭士郎の頭を飛び越えた三災獣は猛禽の頭でセシリアに襲いかかる。
ー風刃
それを追撃する風の刃、それを獅子の頭が受け止め、胴体から切り離された。
獅子の頭が稼いだ一瞬で三災獣はセシリアを捕獲した。
追撃しようと風を集める恭士郎に対し、三災獣はセシリアを盾にして威嚇する。
「ウ、ハナシテ・・・」
拘束から逃れようと暴れるセシリアに電流を流すとセシリアは何度か痙攣して動かなくなった。
だがまだセシリアは死んではいない。
殺すつもりならわざわざ人質にはしない。
三災獣はぐったりとして動かないセシリアを盾にしながらじりじりと後退し、林の中に逃げ込んでいった。
「あのクソ害獣があああ!」
トラックで迎えに来たエクレールが見たのは怒り狂う恭士郎の姿だった。
伊達恭士郎という男は普段から口が悪く機嫌も良くはない。
だが今回は違う。
完全にブチ切れてる。
「アイシン!追うぞ!」
それでも、恭士郎は理性と判断力を失ってはいない。
自分が冷静でなければ捕まったセシリアを助けられないことを知っているからだ。
「追うって、どうやって!」
「血が出てるだろ!血が出る奴は殺せる!」
未来出身の殺人マシンの名言だ。
そいつは血も涙も流せなかったが。
「こいつはどうする?」
エクレールが指さしたのは氷漬けになったランドセル男だ。
凍った状態で追撃を受けていたら粉々になっていたところだが、セシリアが注意をそらしたことで九死に一生を得たようだ。
この男が自分が囮になってセシリアを守ろうとしていたことは恭士郎から見ても分かった
予想外にガッツがある男だ。
恭士郎はタバコをランドセル男の足下に投げると酸素を吹き付けて足下の草を燃やす。
空気が乾いているからすぐに火が広がった。
だが、溶けるのを待っている余裕はない。
このまますぐにセシリアを追う。
西に沈む夕日を追うようにトラックが発進する。
夜が近い。
ここからは敵のフィールドだ。
だがそれでも追う。
「害獣が、人間様を嘗めたことを後悔させてやるぞ」
「あんた、だいぶこの世界に染まってるわね」
to_be_continued




