狂剣_2
20万縁/月。
緋ノ本における一兵卒の初任給がだいたいこのくらいだ。
細かいところで違いはあるが、貨幣の価値、相場は日本円に近いと見ていいだろう。
2億5000万縁。
これは転生者:伊達恭士郎が先の外来種駆除の任務で得た報酬だった。
一兵卒であれば一生遊んで暮らせる程の額ではあるが、転生者である恭士郎にとっては違う。
ここから緋ノ本に納める国税、滞在中の旅団に納める地方税、さらに外人部隊への上納金が差し引かれる。
日本と同じ累進課税制度に則って。
そしてその税率は緋ノ本の現地人よりはるかに高い。
だから転生者は大金を得てもその大半が消滅する。
だから儲けた分は早いうちに処分してしまうに限る。
緋ノ本にも経費の概念が存在する。課税がなされるのは経費を差し引いた残りの金額からの計上になるため、手元に金は残さないほうがいい。
これは緋ノ本で数年生き残ることができた転生者の常識であり共通認識だった。
手元に金を残さないための手っ取り早い手段は大きい買い物をすることだ。
「つーわけで、物件を紹介してくれ」
そして大きい買い物の代表例は、土地、そして家だ。
「いやー異人さんは羽振りがええすなー。あっしもあやかりたいもんですなー」
緋ノ本の人間は転生者のことを転生者と呼ぶ習慣はない。
『異人』、あるいは『渡来人』と呼称する。
「そう見えるだけだ。羽振りの良くないやつはそもそもここに来ないからな」
「それもそっすなー」
外人部隊は役所でもなければ企業でもない。
構成員の大半はいわゆる『自営業』『個人事業主』であり安定収入というものは存在しない。
だから任務をこなさなければ収入を得ることはできず、たとえ収入を得ることができなくても税の徴収は行われる。
税が徴収できない転生者は生きたまま解剖され全身の臓器を『金払いのいい企業』に売却される。
そうならないためには常に任務を受け、金を稼ぐ必要があるが、最初の報酬を手にする前に殆どが命を落とす。
1ヶ月。
それは緋ノ本に転生した転生者の平均寿命だ。
その1ヶ月を生き残ることができたらその後は安定して収入を得られるようになるが、だからといって羽振りが良くなるわけではない。
実際、外人部隊の多くは借金まみれで首が回らないやつが多い。
「少々高くても構わねえ。値切り(ネゴ)もするつもりはねーから廓内で頼む」
ケチったところで税金になるだけの話だ。値切り(ネゴ)をやる意味もない。
そして業者もそれをわかっているので多少値が張るところを見繕う。
ここで言う『廓』というのは、旅団が直接統治している領域の内側、という意味だ。
この範囲は電気、水道、ガスのインフラがあり比較的治安が良い。
どのくらい治安が良いかといえば、1時間家を空けても家が小鬼の巣にならない程度には治安が良い。
恭士郎が前に住んでた家は郊外だったが、任務が終わって帰宅したら山賊が住み着いていた。
不法侵入者どもは追い払ったが、腹いせに家に火を放ったため住めなくなってしまった。
だから住む所の確保は割りと切実な問題だった。
「お客さんついてますねー、実はこないだの火蜥蜴の大量発生でここに住んでた異人が死亡して空き家になったとこが何件かありますなー」
「それは知ってる。見てた。他には?」
「こんなのもありますよー。貴族院議員の別荘だったとこなんですがね?こないだ徴税した税金を懐に入れてたのが発覚して『いなくなった』んでいま空き家になってるとこですなー」
渡された書類を見る。
貴族で議員な人種の持ち物だけあって敷地が無意味に広い以外はなかなか良さげだ。
「鉄道駅が徒歩20分、飛行場が自動車で30分か」
「鉄道も飛行機も議員の先生には縁のないものでしたなー。いつも運転手付きのリムジンで移動してましたからなー。でも買うときはここをしつこく言ってきたんですなー。先生ってのは頭悪いんすなー」
「そんなもんだ」
恭士郎の前の職場でも頭が残念なやつは『大先生』と呼ばれていたし恭士郎もそう呼んでいた。
こういうのは万国共通なんだろう。
「この物件を見たい」
他の物件より値は張るが、まあいいだろう。
「了解ですなー。外に車を準備しますなー」
道中でどうも車の流れが悪くなった。
「おかしいですなー。いつもはこんなに混んでないんですなー」
「交通事故じゃないのか?」
「それにしては交通整理の憲兵がいないですなー」
見れば前方では旅団の装甲車の車列がのろのろと道を塞いでいる。
あの車両はそれほど速度は出ないはずだがそれでも町乗りでカマ掘られない程度には速度は出せる。
このノロノロ感は共産主義国の軍事パレードを思わせる。
歩兵の歩くペースに合わせているのだ。
「今日は何かの記念日なのか?」
恭士郎には緋ノ本の祝日はよくわからない。
それに旅団によって祝日が違うから覚える気にもならない。
「違いますなー。そしたら別の道を通りますなー」
広めの交差点に差し掛かったところで車列が止まった。
指揮車のキューポラから指揮官と思しき男が出てきた。
あのマル暴みたいな面付きの悪さは士官と見て間違いあるまい。
緋ノ本の軍事組織、国防隊にも階級があり、大きくは士官と兵に分かれているが、この2つの見分け方は非常に簡単で、面付きが悪いのが士官で、頭が悪いのが兵だ。
そして面付きが悪い士官がメガホン越しに叫ぶ。
「傾注!本日は皇帝陛下の臣民諸君にとって喜ばしい日となった!」
「うるせーぞコラ!通行の邪魔すんなクソ兵隊がよお!」
道を塞ぐ車列に愚かにも文句を垂れた臣民は、一秒後に機関銃の掃射で黙らされ無反動砲で乗ってたジープもどきごと火葬された。
「昨今より皇帝陛下より賜った物資を強奪し、国土を蹂躙する凶悪な蛮族を一網打尽にし、撃滅せしめたのだ!」
そういえばそういう任務もあったな。
恭士郎やスコットを含め外人部隊の殆どが払いのいい外来種駆除に流れてしまった上に、その9割以上が蜥蜴の餌になったために塩漬けになってたやつだ。
金欠になったスコットあたりが受けるかと思っていたが旅団が自力で片付けたということらしい。
「これがそのテロリストだ!」
車列に挟まれるように徒歩で歩かされたらしい蛮族と呼ばれた面々。
どいつも似たような顔の田舎のおっさん、これだけ見れば田舎の消防団か何かのように見えるがここでは違う。
緋ノ本というところは日本と似ているが別の世界。
廓の中は近現代的でインフラも整っている反面、廓の外は蛮族と外来種が跋扈する危険地帯だ。
ここで引き回されている連中も沢山いる蛮族の一部なんだろう。
おおかた、食料や武器弾薬を調達するために旅団の輸送隊の襲撃を繰り返しているうちにとうとう返り討ちに遭ったということだ。
別に珍しい話ではない。
外人部隊も小遣い稼ぎで討伐に参加することもあれば、金回りのいい蛮族は外人部隊を雇う事がある。
「この野郎!こんな真似してただで済むと思うな!」
なおも反抗的な蛮族の足を歩兵が撃って地面に転がす。
「ぎゃああ!」
「いてええ!」
「畜生覚えてろ」
蛮族の呪詛をBGMに士官は宣言する。
「度重なる襲撃により臣民を飢餓に追い込み経済を破壊し、竜玉戦記の最終巻を強奪し転売した罪、軽からず!」
竜玉戦記は緋ノ本で流行っているコミックだ。
人気が極めて高いが地方では流通が遅れているため、いかに自分の旅団が他所より速く最新刊を入手できるかは旅団の命題となっている。
日本でも少年ジャンプが土曜に入荷するコンビニに客が集まるから優先課題になるのは当然と言えば当然と言えるが、それが入荷しなかったときの落胆と、やらかしたアホへの憎悪も察して余りある。
「「「「「「「殺せ!殺せ!殺せ!」」」」」」」」
実際、道を塞がれた不満は完全に消し飛びやらかしたアホへの敵意によって隙間なく上書きされた。
士官は気持ちはわかると言わんばかりに言葉を続ける。
「よってこれより蛮族の公開処刑を行う!」
呼応するように車列が分かれ、中から現れたのはそれなりに見慣れた車両。
「マインプラウか」
「知ってるんですかなー?」
車体前方に取り付けた鉄鎖の束、日本ではこの鎖をぶん回して地面に衝撃を与え地雷を耕す(プラウ)用途で用いられるがここでは違う。
無数に連なった鉄鎖の束が舗装をえぐり始めた。
アスファルトの粉塵が撒き散らされる。
それは捕らえた蛮族に向かってゆっくりと前進する。
これで生身の人間を殴り殺そうと言うわけだ。
「「「「「「「ひっ、ひいいいいいいいい!!!!」」」」」」
蛮族共は身の危険を感じて逃げ惑う。
「待てコラァ!」「逃げんなオラァ!」
「手間取らせやがって、転売に人権ねえって知らねえのかコラァ!」
「「「「「「「殺せ!殺せ!殺せ!」」」」」」」」
逃げようとする蛮族を歩兵がマインプラウの進路に蹴り戻し、周りのモブはこれから行われる処刑にテンションが上がる。
緋ノ本では特に珍しくない光景だ。
「おい異人!黙ってないで助けろ!」
進退窮まった蛮族が縋るのは、群れの中でも一際小さい個体だ。
蛮族とは装いが違う。
ほとんど擦り切れていて原型が分かりづらいが、ヨーロッパあたりの民族衣装のような装いだ。
「誰が拾ってやったと思ってんだ!」
蛮族が頭に被せていた麻袋を取り払うと出てきたのは子供の頭だ。
これも蛮族とは違う。
黒髪がほとんどの緋ノ本の人間とは違う紫色の髪。
黒目がほとんどの緋ノ本の人間とは違う緑色の瞳。
尖った耳。
「ありゃ、異人ですかなー」
どうもそうらしい。
転生者の約半数は『外人部隊』に保護されて緋ノ本での身の振り方を教わるが、そうではないものも存在する。
廓の外で転生して『旅団』と円滑に意思疎通できず敵対したものや、右も左もわからないまま蛮族に抱き込まれて『野良』になるものもいる。
あの子供は後者だろうが、抱き込まれたと言うには語弊がある。
「何とかしろこのクソガキが!」
「さっさと役に立てこのガキィ!」
子供の肌は病的なまでに真っ白だったが、どれだけ殴られたのか、その半分以上が青痣になっていた。
子供はまた殴られると思ったのか完全に怯えてしまっている。
ここに転生した以上何らかの奇跡は疲れだろうが、怯えてしまって今の窮地を脱するどころではないだろう。
「「「「「「「殺せ!殺せ!殺せ!」」」」」」」」
「あー、子供の異人は珍しいですなー。まあもう死ぬから関係ないですがなー」
業者は手持ち無沙汰に車のハンドルを指で叩く。
ここに異世界から転生者が来ることは別に珍しいことではないのだ。
そして、下手こいたアホが何もわからないまま無意味に死ぬことも。
「5分待っててくれ」
「どのみち処刑が終わるまで動けませんなー」
アクティブスキル:縮地
車から出ると恭士郎は一瞬で蛮族の群れに突っ込んだ。
群がっていた蛮族を子供から引っ剥がすとそのまま担いでマインプラウの前に躍り出た。
「何だてめえ・・・蛮族の仲間か?」
装甲車上の士官が敵意も顕に自動拳銃を向ける。
呼応するように周りの歩兵も自動小銃を構えた。
「おい撃つな撃たないでくれ!」
このまま包囲を突破するのは不可能ではないが、この後が問題になる。
もし旅団と敵対した場合、旅団は敵対した転生者の討伐に乗り出す。
そうなれば指名手配がかかり他の旅団に逃げても追われ続けることになる。
さらにそうなれば、外人部隊にも敵対的転生者の討伐依頼がかかることになる。
そうなれば常時金欠の外人部隊は大喜びで討伐に乗り出すだろう。
そうなればここでの生活は逃げ続けるか戦い続けるかのどちらかだ。
だからここは穏便に済ませる必要がある。
「こいつは妹だ!途中ではぐれて探してたんだ!」
旅団はヤクザと同じでメンツがある。
処刑を邪魔された挙げ句、邪魔した間抜けを生かして返すなどということは絶対に有り得ない。
だからここは旅団の顔を立てる。
「もう見つからないと諦めてた!保護してくれてありがとう!」
上半身を45°に折りたたみ礼をする。
その上で、士官の動きを見る。
動き次第では別の方策も考えねばならない。
士官は恭士郎と肩に担いだ子供を見比べると次の動きに出た。
「なわけねーだろボケええええええ!」
威嚇射撃を二発。
歩兵が方位を狭める。装甲車の機関銃も恭士郎を狙っている。
「全然似てねーだろ!」「舐めてんのかコラァ!」「ちんこ見せろオラァ!」
「本当なんだ信じてくれ!」
「だったら証拠見せろオラァ!」
アクティブスキル:縮地
そして恭士郎の体がかき消えた。
「あの野郎!」「どこ行った!」
歩兵は恭士郎を見失ったが士官は違った。
「何の真似だテメエ」
装甲車に飛び乗った恭士郎の顎には自動拳銃の銃口が当てられていた。
さすが士官となれば一筋縄ではいかない。
「証拠を持ってきた」
恭士郎は子供を担いでない右手でポケットから証拠を出す。
士官はそれを拳銃を持っていない方の手でひったくり、確認するとマル暴みたいな面を精一杯柔らかくほぐした。
「いやー、よく見れば兄上の面影がありますね。妹君が見つかってよかった。我々の活動が異郷の同胞の助けになるとは、これほどの幸運はありません!」
「わかってくれてありがとう」
士官は満面の笑みで証拠品を見る。
「ところで、こちらの証拠品は我が旅団で預かろうと思います」
「ええ、それは差し上げます」
証拠品、というのは恭士郎が家を買うために金額まで書いていた小切手だ。
緋ノ本の国防隊は、日本でやってた公務員の仕事と似ているが、国防隊が明確に優れている点を上げるとすればそれは、金があれば解決する問題は金を使えば解決するというところだ。
さて、これ以上長居は無用だ。
そう思ったところで肩の子供が暴れだした。
「Eugen!? bitte zurückbringen 」
子供が手を伸ばした先、輸送トラックの荷台にあるのは場所も時代も間違えてる西洋剣。
「あれは、神器か?」
一瞬、士官の殺気が膨れ上がった。
どうやら当たりだ。
神器
神がもたらしたとされる異能の武器、それを手にすれば手にしたものは神の奇跡を得る。
強力なものであれば海を割り、山を裂くほどの強力な力を持つそれは、この世界では核と同等以上に戦略的価値が高い。
「Das ist wichtig!」
肩の子供が喋ってる言葉和分からないが、何を言いたいかはだいたいわかる。
恭士郎がすべきことは一つだった。
「では、我々はこれにて失礼します」
「ええ、我が旅団は『渡来人』は歓迎しております。ごゆるりと滞在なさってください」
恭士郎は士官に、これ以上神器について言及する糸はないことを伝え、士官もそうであればこれ以上は言わないと言う意志を示す。
緋ノ本での転生者の呼び名は『異人』と『渡来人』の二通りだが、転生者をどちらで呼ぶかで相手の好感度はある程度わかる。
『渡来人』と呼ぶときは敵意がないということだ。
「Bitte !bitte nimm es zurück!」
肩の子供は泣きながら恭士郎に訴える。
「何言ってるかわからねえよ。日本語喋れこのバカ!」
恭士郎にこれ以上この子供に何かをしてやる意思は毛頭ない。
「Eugen!Herr Eugen!」
「では処刑を続行する」
恭士郎が離れた直後、背後では蛮族の処刑が執行された。
「「「「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!」」」」
なおも何かを訴える子供の叫びは履帯とマインプラウの打撃音とミンチになる直前の蛮族の悲鳴でかき消された。
「眠ったみたいですなー」
保護した子供はさんざん泣いていたが、泣きつかれたのか今は後部座席で眠っている。
不動産業者は静かになったのを確認して助手席の恭士郎に話を振る。
「それで、手元にはどれほど残ってますかなー」
先程予想外の支出があったことで予算は大幅に減っていた。
「2億使った。残り5千万でどこかねえか?」
当初向かうはずだった物件は1億だから金額はとても足りない。
安い物件にするしかない。
業者はというと特に進路を変えることもなく車を走らせている。
「それなら心配ないですなー。お客さんには特別にローンの提案もさせていただきますなー」
これは意外。通常、転生者はローンを組めない。
なぜなら戸籍に登録されておらず、収入も安定しないからだ。
ついでにいうと平均寿命は1ヶ月。
これにローンを組ませるのはバカでも躊躇う。
「おい、あの物件、なんかあんのか?」
「何もない物件はそもそもうちでは扱ってませんなー。そういうのは旅団が握り込んでますなー」
「それもそうか。それにしてはずいぶん商売っ気がないじゃないか。前金だけ払って俺が逃げるとは思わないのか?」
「逃げる人間は家を買いませんなー。持ち家がある人間は逃亡、脱柵する割合が低いと統計で出ていますなー」
それに、と業者は続ける。
「戦闘歴5年、任務達成率100%、逃亡なし、死亡履歴なし、狂剣の名前は有名ですからなー。死んで支払いから逃げる気ならはじめの1ヶ月で死んでますなー」
「そりゃどうも」
「着きましたなー」
車から出るとそこには写真とはだいぶ違うだだっ広い廃屋があった。
「おい、ずいぶん写真と違うじゃないか」
「写真を撮った20年前は寂れてなかったんですなー」
「庭が森になってるぞ」
「それは前の所有者の貴族院議員の持ち物ですなー。麻薬で小遣い稼ぎしようとして外来植物を隠れて栽培してたみたいですなー」
でも途中で侵略性の強い別の外来植物と交配して売り物にならなくなったんですなー。
と業者は続けた。
ふと、公務員時代に、隠れて葉っぱを咲かせることに一生懸命になっていた同僚がバレてチン毛を燃やされた記憶が蘇った。
電気代でバレたんだった。
「建屋の中でなんか動いたぞ」
「議員の残留思念でも残ってるんですかなー?家族と不仲でここに逃げ込んでる時間が多かったですからなー。まあ、死んでも住みたいくらいいい物件ということですなー」
「水道と電気とガスは」
「今言った件で業者が怖がって近づかないですなー。外来植物を駆除しないと施工してもすぐ成長した外来植物に破壊されるから割に合わんすなー」
井戸は使用可能ですなー。と業者は続ける。
この業者に思ったことができたので恭士郎は業者に確認してみる。
「おい、これに1億払って住みたい人間がいると思うか?」
「思いませんなー」
「それを俺に売るのはどういう了見だ?」
業者は恭士郎を見て一泊間を置く。
「戦闘歴5年、任務達成率100%、逃亡なし、死亡履歴なし、狂剣の名前は有名ですからなー。何とかなると思いますなー」
「そりゃどうも。だがこういうだまし討ちは感心しねーぞ」
恭士郎としてはこの内容でも自分が住むには十分だと思っていたが、それでも当初の内容と乖離が大きいことに文句がないわけではない。
値切り(ネゴ)はしないつもりだったが、この物件をただ押し付けられるというのは面白くない。
「分かってますなー。この物件購入者に限り、ガソリン、軽油、灯油、各5000L、薪炭一ヶ月分、発電機、薪ストーブ、揚水ポンプ、寝袋、斧、鉈、発破用爆薬、その他家財道具一式、あとは旅団払下げのピックアップトラックを差し上げますなー」
ゴネるかと思ったが業者も相応の準備はしていたようだ。
この内容なら少々の問題は目をつぶってもいい。
だがもう一点ほしい。
「タバコもくれよ。100カートンくらい」
「いいですなー。この物件、買い手がなくて困ってたんですなー。そのぐらいはサービスしますなー」
「よし、買おう。前金5千万だ」
金額を書いた小切手を業者に渡す。
「まいどありがとうございますなー。残りは1年ローンでどうですかなー」
1年と言うのには根拠がある。
外来種の出現頻度にはある程度の周期があり、外来種が転生する場所が周期によって変動するのだ。そして外人部隊の任務はその周期に依存するため、任務に応じて住居を移すのが主流だった。
だから、転生者は死ななかったとしても同じ場所に1年以上住むことは殆どない。
そういう事情があるからこのように宅地斡旋の仕事や、家財道具を搬送する陸送は需要が途切れないのだ。
「別に1ヶ月でも構わんのだろう?」
現在、恭士郎に1ヶ月で払うアテはないが、借金が手元に残っている状態は不安だった。
それに、別の地方で大口の仕事があった際に家を引き払えないと迅速に移動できない。
「可能であれば、それでもいいですなー。まあでもうちもそこまで焦らないんで1年以内にしておきますなー」
「サービスの物資は明日の正午に届けますなー」
そう言って業者が帰還したあと、恭士郎は木陰に寝かせていた子供を担ぎ上げる。
建屋に歩を進めると新参者に礼儀を教えてやるといいいたげに周辺の外来植物が枝と種子を飛ばしてきた。
恭士郎は吸っていた最後のタバコを吹き出すと奇跡で圧縮した空気を飛ばす。
大量の酸素を吸った火種は一瞬で燃え広がり、飛んできた枝と種子を焼き払う。
「今日から世話になるぜ。まあよろしく頼むわ」
外来植物からの追撃は来なかった。
第1印象は良好。まあまあの滑り出しといっていいだろう。
To_be_Continued.