16.商談
16.商談
「アイシンてめえ!ガキに汚え言葉仕込んでんじゃねえ!」
「知るか!あんたの育ちの悪さが写ったんでしょうが!」
「なんだこのアマ!」
「なんだこの野郎!」
「外でやれアホども!」
ズドン!
『帳簿係』のレバーアクションライフルに蹴り出された恭士郎とエクレール不本意ながら矛を収める。
「チビ、前金だ。おやつと着る物を準備しろ」
恭士郎は財布から10枚の銀行券をとりだしてセシリアに渡すとエクレールにお守りを押しつけて街中に向かった。
「あんたはどこ行くのよ」
「武器弾薬を調達すんだよ。あそこのホムセンだ」
準備が済んだらここに来いと言い残して。
エクレールの手には護身用に渡された自動拳銃と予備の弾、結構でかいし重い。
「コンナニ、タクサン」
セシリアは緋ノ本の町、というより買い物に興味津々といった感じだった。
貴族出身のセシリアは元いた世界では自分で買い物なんかしたことがなかった。
今見ている服も全部召使いが採寸して行商人から買った高級な布から仕立ててもらっていたらしい。
すげーお姫様だ。女神の自分よりいい暮らしをしてたのに今ではチンピラに捕まって清掃業者紛いのことさせられてるなんてかわいそうに。
可哀想だから何か買ってあげようあそこの服なんかどうだろう。ゴシックな感じのひらひらしたやつ。
試着したら必然、セシリアによく似合っている。
柄のない黒い生地はセシリアの肌の白さをよく際立たせている。
元がいいから余計な飾りは必要がないのだ。
ぱっちりした目と宝石のような瞳、少しウェーブがかった紫色の髪はそれ自体が至宝。
ひらひらした飾りはセシリアの線の細さを際立たせ小動物のような保護欲を駆り立てる。
この娘の前では着る物はすべて宝石を守る箱でしかない。
女神の自分がうっとりするほどセシリアは素晴らしい。
なんだこんな時に電話かよ。しかもあのチンピラだ。
「なによ」
「分かってると思うが、金は有限だ。無駄遣いするなよ。特に服」
くそ、しらける野郎だ。
かわいい子には服を買えと義務教育で習わなかったのか。
これはもう買いだ。あいつが何か言ってくるだろうが知ったこっちゃねえ。
値段はいくらだ?4万5千?
「え?」
手持ちの金のほぼ9割、高い。
なんてこった。
チンピラに頭を下げ屈辱に耐えて手に入れた金の大半が消えてしまった。
セシリアが自分の財布から金を出そうとしたのを大人の見栄で止めたことを後悔しそうになる。
結局替えの下着に荷物を入れるリュックに寝袋、非常食はセシリアの財布から支払われたことで大人の見栄すら濃口ラーメンの前の鮎の煮干しのごとく消し飛んでしまった。
「うう・・・尊厳が欲しい」
今口に入れた団子もセシリアの財布から出てる。
お茶がうめえ。
セシリアは初めて見る和菓子に興味津々な様子だった。
半透明のわらび餅を爪楊枝でつついている。
この時間がせめてもの癒やし。
仕事もチンピラの顔も忘れて今だけはゆっくりしよう。
そう思ってたらむさ苦しい男3人に取り囲まれた。
黒髪黒目ではないから転生者だろう。
「何よ、ナンパならお断りよ」
お布施なら大歓迎だけど。
「ずいぶん景気がいいじゃねえか、俺達にちょっと分けてくれねえかな」
転生者たちはニヤニヤしながらすり寄ってくる。
そういえば『帳簿係』が言っていた。
任務を受けるに当たって転生者同士で前金の奪い合いが起こることがあると。
よく見たらこいつらブリーフィングの時に見た覚えがある。
女神はこういうときの対処法は心得ている。
こういうときははした金を入れたダミーの財布を準備しておいてそれを渡すことで安全を確保するのだ。へたに抵抗してはならない。
何百年か前にへたに抵抗した他の女神が蛮族に殺されてからマニュアル化されているし優秀な女神エクレールはこの世界に来る前にしっかりと頭にたたき込んでいる。
それを速やかに実行。
「え、少なっ!?」「マジかよ、小学生でももっと持ってるぞ・・・」「どうやって冬越すんだ・・・」
「うるさい!やかましい!それが全部だボケ!」
セシリアに服を買ったからダミーの財布を準備する金がなくなった以外は完璧な対応だ。
金をたかりに来た転生者は肩透かしを食らって戦意を喪失している。
「なんだこの野郎!文句あんのか!?女神舐めんなコラ!見るな!哀れみの目でこっちを見るな!」
手持ちの荷物は女物の下着と非常食のエナジーバーだ。持って行っても小がないものしかない。
転生者たちは困ったように顔を見合わせるも、あーしょーもな、帰るわ、とはならなかった。
金がないのはこの転生者たちも同じ、手ぶらで帰れば冬が越せないからだ。
手ぶらで帰った後に取れる選択肢は限られている。
外人部隊の口利きで漁船に乗るか、ヤクザと呼ばれる緋ノ本マフィアから金を借りるかだ。
金を返せなかったら漁船送りになるから実質漁船送りしかないというわけだ。
漁船送りになったらどうなる?先月100人近く漁船送りになって、今生きてるのはたったの3人だ。
だから何としても金を手に入れなければならないが、外来種とやり合って勝てる気はしない。だから勝てそうな人間にターゲットを絞ったわけだが、ここで問題がある。
緋ノ本の原住民に手を出したら憲兵が動く。
憲兵が動けばどうなるか?殺されて皮を剥がされる。
緋ノ本にルールに適応出来ない転生者は害獣と同じ扱いだということを彼らは知っていた。
だから狙える相手は必然、自分が勝てそうでなおかつ金を持ってる転生者に絞られる。
必然的に目標は金のない女神より身なりのいい服を着ている転生者のセシリアに変更される。
「ハア・・ハア・・お嬢ちゃん、この辺りは変質者が出て危ないから静かなところに行こっか・・・」
「「うわきもっ!?」」
セシリアに近づいた転生者に他の二人が結構ガチ目に引いている。
エクレールから見てもキモい。
これはもう憲兵呼ぶしかない。
全員が引いてる時、この場で最適な動きをしたのは一人だけだった。
ー旋風
わらび餅の皿を空中に投げると同時に奇跡を発動。
発生した旋風できな粉を撒き散らして視界を奪う。
大人より目線が低いセシリアは視界を奪われなかった。
「エクレール、コッチ・・」
エクレールの手を引っつかんで店から脱出した。
「目が、目があっ」「クソ!あのガキやりやがった!」「逃がすな!追え!」
転生者たちも遅れて店から飛び出す。
「食い逃げじゃ!追え!捕まえてぶち殺せ!」
さらにその後ろからは店員の怒号が響いていた。
「構成刃先をご存じですか構成刃先というのは切削加工において特定の周速度で加工を行った場合に発生する現象で工具の応力によって加工硬化して工具表面に付着した被削材が刃先の役割を果たすという現象でここから着想を得て新たな武器をご用意させていただきました」
「説明だけじゃ分からん、モノを出してくれ」
伊達恭士郎は新たな商談と武器の調達の最中だった。
対面にいるのは『ベルンハルト財団』の若い研究員、東城護だ。
恭士郎はこの研究員から転生者用の武器のモニターの仕事を請け負っていた。
緊急任務で緋本原に出張すると伝えたらこの男も私用で来ていたらしく、ちょうど渡そうと思っていた武器があるから引き渡したいと言ってきた。
「朝陽、出してくれ」
「あい」
東城の横にいた子供がテーブルの上に武器を置く。細長い箱に入っている。
恭士郎は咥えていたタバコをコーヒーの中に突っ込むと箱を開けて中身を検める。
反り身がある片刃、日本刀に似ているがより実戦的な分厚い刀身に刃文のない刃、緋ノ本の武器、緋本刀だ。
「ずいぶん軽いな」
持ってみた最初の感想、いつも使っているホムセン売りの緋本刀は対人だけでなく、外来種の外皮を叩き切れるように重くなっているがこれは軽い。
軽い新素材でも使っているのかと思うが、見たところ鋼ベースの素材だ。
添加物や熱処理を変えたくらいでそこまで劇的に軽くなるようには見えない。
さらに見ていくと刀身の根元に穴が開いている。
「どうです?市販品より2割ほど軽量になっていますよ」
「それはいいが、強度はどうなるんだ?」
それを聞いた東城がまた元気になった。
これは面倒なやつだ。そう気付いた恭士郎は次のタバコに火をつける。
辛いとき、めんどくさいとき、タバコはいつも寄り添ってくれる。
12歳の頃から今でもずっと。
「よく気付いてくれましたじつはそれこそが本品の目玉になる部分でして刀身をよく見てくださいああここに拡大鏡があるのでこれを使ってください微細な穴が開いているのが分かると思いますが実はこの穴に秘密がありまして実はこの穴コンピューターの演算とNC制御によるレーザー加工によって誤差5/1000で等間隔にいるんですよそこで先ほどの構成刃先の話になるんですが『狂剣』の奇跡で刀身の根元にある穴から圧搾空気を取り込んで刀身の穴からブローすることで空気の構成刃先を作りその構成刃先によって切断することがコンセプトになるんですよ」
恭士郎はタバコをコーヒーに突っ込む。
「つまりガシガシ斬り合うのは刀身じゃなく俺の奇跡だから強度は妥協しても問題ないと言いたいのか?」
「そう言ったつもりです」
恭士郎は次のタバコに火をつけると煙を緋本刀に吹き付ける。
そして柄を引っつかんで奇跡を発動、煙が刀身根元の穴に吸い込まれ、刀身から吹き出す。それをさらに制御、散らないように圧縮する。
表面に煙の刃ができあがった。
「こんなもんか」「こんなもんで間違いありません」
使って見た感じだが、柄にも何か細工がしてあるようだ。
理力が溶けるように流れた。奇跡が制御しやすくなっている。
「バイオミミックをご存じでしょうか実は財団でも研究が進められている分野でして野生の外来種の生体組織を
「つまり外来種の皮を巻いてるんだな?」
「そう言ったつもりです。どの外来種が最適かはまだ研究中になりますね」
「これから討伐予定の外来種、皮があればいくらで買う?」
恭士郎にとっての『商談』はここからだった。
『帳簿係』に死体の処遇をしつこいほど確認したのはそういうことだ。
外来種の体は欲しがるところは欲しがる。
そして、旅団や役所より企業の方が往々にして金払いがいい。
目の前の若い研究員も乗り気なようだ。恭士郎はタバコが浮いたコーヒーを飲み干す。
眠気覚ましにもう一杯コーヒーを頼むか。
「コーヒーお持ちしましたー」
そう思っていたら次のコーヒーが届けられた。
ちょうど頼もうと思っていたところだが一体誰が頼んだんだ?
目の前の研究員はそういう気が利く人間じゃないことは分かっている。
「へへー」
研究員の隣ではしゃいでいるのは朝陽と呼ばれていた子供だ。
そういえば研究員がくっちゃべってる横でバシバシボタンを叩いていたな。
あれは遊んでた訳じゃなかったのか。
「お、気が利くな」
若い研究員が朝陽の頭をなでると朝陽の顔が綻ぶ。
「お前のガキ、ずいぶん懐いてるな」
朝陽は研究員の役に立っていることがうれしいのだろう。
満面の笑みで撫でられるに任せていた。
「実子ではありませんよ。財団で『購入』して以来小職が世話を任せられましてね。警戒心がなさ過ぎるのも考え物でして」
見れば朝陽のカップも既に空になっていた。
恭士郎が呼び出しボタンを押す。
「姉ちゃん、ホットミルクを一つくれ」
子供には退屈な『商談』がここから始まるのだ。
このくらいはしてやるのが大人というもんだろう。
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